【25曲目】木綿のハンカチーフ

<intro>

平成12年2月14日(月)


 「ぜーんぶ、ノストラダムスのせいだ」

 「何が?」

 「あいつの予言通り去年の夏に世界が滅んでさえいれば、こんなにつまらない思いをせんでも済んだ」

 「滅ばなかったおかげでイイ思いをしている連中は、そうは思ってないだろうよ」

 「そんなの俺には関係ない」

 「あっちも無関係のお前に付き合う義理はないってよ」

 野間時親のまときちかは定休日の日曜日以外はほとんど毎晩コーストに現れる。

いつもならカウンター席でウイスキーを飲みながら、バーテンダーの『森部もりべしん』と不毛な会話をするだけだが、この日の野間はどこか不満気ふまんげだった。

 「だいたい、何で今日はそんなにグチグチうるせーのよ? 時親さん」

 「バレンタイン・・・うざい」

 「は?」

 「バブルなんてとっくに終わってるのに、イベントごとだけはバブルの風習が残ってるんだよお」

 野間はカウンターテーブルを叩くジェスチャーで、世間へのいきどおりを訴えた。

 「まあ、世間は雰囲気だけでもバブル気分にして、懸命に経済を回してんだろ? あれか? 職場で義理チョコも貰えんかったか?」

 野間はスツールの低い背もたれに寄りかかるようにふんぞり返る。

 「ちげえよ。うちの会社はそういうの禁止なの」

 「じゃああれか? 義理チョコくらいはくれそうだったたちに、相手にされんかったか?」

 「・・・」

 森部の推理に確信を突かれ野間が沈黙すると、森部はあきれたように野間に言葉を投げる。

 「図星かよ・・・あのさ、女なんてウザくね?」

 「はあ? しんちゃんはさ、モテるからそういう台詞せりふけんだよ」

 「はあ?別にモテねえから。っていうかさ、時親さんって優しいし女の子と喋るのもうまいのに、なんで彼女ができんのだろ?」

 「という呪い」

 野間は森部の褒め殺しにそう即答で返した。

 「ああ、それね。みんなのお兄ちゃんだもんな」

 「言ってくれるなよ・・・」

 「でもまあ、いいんじゃね? 時親さんの価値がわからん連中おんなどもにモテても意味ないって」

 森部はウインクしながらサムアップする。

 「あっ、今ちょっとキュンってした」

 「キスする?」

 「えっ? どうしよう」

 という観客のいないコントがはじまり、いつものノリに戻ったところで本日二人目の客がやってくる。

 「いらっしゃ・・・どうした?」

 少し驚いた進の表情を見て、野間がスツールをクルっと回して振り返ると、顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくった若い女性が立っていた。

 「あら祐子ゆうこちゃん、どしたの?」

 野間がのんきに質問すると、武田祐子たけだゆうこはその場にしゃがみこむ。

 「今日のデートで・・・彼に別れを告げられました」

 話によれば、コーストの近所の医科歯科大学の同級生だった恋人が、卒業と同時に実家の青森に帰るとのこと。武田祐子としては3月の卒業後に即入籍して歯科医同士でラブラブな日々を送れると思って挑んだバレンタインに、まさか別れを告げられるとは思っていなかったらしい。

 「占いでもしてやろっか?」

 心配そうな顔で野間がたずねると、祐子はカウンターに顔を伏せたまま答える。

 「占いだったら3日前がよかったです・・・もう遅いです」

 「いやほら、この先にいい事あるかもじゃん・・・」

 なんとかその場を取り繕うとしている野間を森部が止める。

 「時親さん、ここは占いじゃないよ。そうねえ・・・なんか歌ってあげれば?」

 「いやいやいや、この状況でこんなオッサンの歌なんて、なおさら聞きたくないだろ?」

 野間があきれて見せると、森部はもっとあきれて見せた。

 「そういうところだよ、時親さん」

 「なにがよ?」

 「時親さんはさ、たくさん色んな武器もってんのに、使わないじゃん」

 「武器?」

 森部はニッコリ笑って倉庫の方へ歩いて行き、ギターを持って戻ってくる。

 「出来ることがあるのにやらないのは、っていうんだよ」

 「歌えってか?」

 「うん」

 「あの・・・お願いします」

 釈然としない表情で手に持ったギターを眺める野間に、祐子が顔を伏せたまま気持ちを伝えた。

 「まじか?」

 少し驚きながらもお願いされると悪い気がしない野間は、足を組んでギターを構える。

 「じゃあ、その・・・古い曲を。♪~」



<Side-A>

 「いい店だね、長いの?」

 店内をぐるっと見回してから、カウンター越しにノーマンが話かけると、グラスを磨きながらバルドが答える。

 「ありがとうございます。15年くらい前に前職をやめてそれから」

 15年前ねえ、勇者と魔王の戦いが終わったくらいか。なんか訳アリっぽいけど・・・ここはスルーだ。

 「ノーマンさんは、どうしてフィリトンへ?」

 「ああ、冒険者ギルドに登録しようと思ってね」

 「へえ、ご職業は?」

 しまった、墓穴を掘ったか。

 「えぇっと、戦士ウォリアー?」

 「へえ、意外だな」

 ドキっ。

 「ど、どうして?」

 「いえ、なんとなく魔術師メイジ系の雰囲気だったので。いえ、失礼しました」

 なるほど、確かに吟遊詩人バード技能スキルは補助魔法に似ているし、もしかしたら魔術師メイジ系の職業ジョブなのかも知れないな。

 「いいの、いいの。良く言われる。剣のイメージないって。あっそうだ、冒険者ギルドの偉いさんって融通ゆうずうが効く人?」

 「うーん。頑固なところもありますけど、話せばわかる人だと思いますよ」

 「うんうん。そかそか」

 その情報に少し安心したのか、ノーマンの腹が鳴る。

 「何か召し上がりますか?」

 そういえば今日は何も食ってないな。あぁ、米食いたいな・・・。

 「お米ってある?」

 「ええ、リゾットならわりとすぐにお出しできますけど」

 「それください」

 ノーマンが鬼気迫る表情で前のめりに即答すると、バルドはビクッとしてから笑顔になった。

 あるじゃん、あるじゃん。レウラ村でもカトリヤ村でもなかったから、もう何も期待していなかったけど、米あるじゃん。日本のお米ってわけにはいかないだろうけど、米があるならいくらでもアレンジが効く。

 「少々お待ちください。リゾットお願いします」

 バルドがキッチンの誰かに声をかけると、綺麗な女性の声で了解の返事がかえってくる。

 「コックさん?」

 「あっ、はい。わたしの嫁です」

 妻帯者か・・・良かった。かくまってくれたり、唐突に握手を求められたりと、少なからずの方かと勘ぐっていたが、妻帯者なら安心だ。

 野間という男は同性愛に対する偏見はまったく持っていなかったが、自分がではない自覚もあったので、積極的に接近してくる同性との距離感は異性以上に気をつかう癖があった。

 「可愛い声の奥さんだね」

 「ありがとうございます。ノーマンさんはどちらからいらしたんですか?」

 嫁の話はスルーかよ。まあお互い様だな。

 「一応、レウラ村の方から来た」

 「一応?」

 さて、どこまで話して良いものか・・・。

 「えっと、元は他の国の人間なんだけど、レウラ村に漂着してね」

 「元はどちらなんですか?」

 うーん、そうなるよね。

 「それがよくわからない。だからあんまり色々なことが良く分かってないんだ。ただ、所持者ホルダーは冒険者ギルドに行けって、拾ってくれた爺さんが送り出してくれてね」

 「色々あったんですねえ」

 バルドはノーマンの出身地について、それ以上の詮索をしなかった。

 さすが客商売。引き際がわかっていらっしゃる。

 「あったのよお・・・で、良く分かってないからついでに聞いちゃうけど、その耳ってエルフなの? いや、エルフって見たことなくて」

 しばしの沈黙・・・。

 やっぱり繊細な話か?

 「そういう事も良くわからないんですもんね。私は人間とエルフの、ハーフエルフなんですよ」

 バルドは優しく微笑みながら、なノーマンにそう教えた。

 「ふーん。なんかカッコイイね」

 「あはは、ありがとうございます。そうそう、だからノーマンさんの歌声」

 「なに?」

 「遠くからかすかに聞こえてきて。まるで精霊のささやきのように」

 エルフの次は精霊か、どんどん未知の存在が登場するな。

 ノーマンがその辺の事情にピンときていないと察したバルドは慌てて解説する。

 「エルフは精霊との親和性が高いんですよ。だから人間には聞こえない精霊のささやきが時々聞こえることがあるんです」

 「へえ」としか言えない・・・。

 「お待ちどおさま、チーズリゾットです」

 熱々の料理をキッチンから運んできた女性に、ノーマンは目を奪われる。

 「あっ、ありがとう。あのさ、バルド君」

 「なんでしょう?」

 「君の嫁さんは、精霊か妖精のたぐいなの?」

 「やだー、お世辞言っちゃって。ただの人間ですよ。バルドの妻の『エリーザ』です」

 エリーザが華奢で小柄な体に乗っかった美しい顔を笑顔にして挨拶をすると、少しだけ動揺したものの冷静さを取り戻して挨拶で返した。

 「あっ、僕はノーマン。よろしく」右手で軽く敬礼する。

 まさに美男美女とはこのことだね。

 「そうだ、ノーマンさん。を聴かせてくれませんか?」

 「歌?」

 バルドの突然の提案に首をかしげるエリーザ。

 「そうなんだ、ノーマンさんの歌をちゃんと聞きたくて、それで、偶然店の前にいらっしゃったところをお招きしたんだ」

 「へえ、お上手なんですか?」

 エリーザは笑顔でノーマンにたずねる。

 一応、上手いつもりで歌ってはいるが、そうやって聞かれると返答に困る。

 「上手いかどうか、エリーザちゃんが決めてよ」

 ノーマンはそう言って席を立つとギターをケースから取り出し、テーブル席の椅子の背もたれをつかんでを二人に向け直した。

 「どんな歌がいいかな?ノリノリなやつ?甘いラブソング?」

 「うーん・・・切ない恋の歌がいいです」

 変わったチョイスだな。

 「すいません、ノーマンさん。彼女、そういう物語が好きなんです」

 「なるほど。じゃあ、こういうので」

 ノーマンがGのコードをジャーンと鳴らすと、バルドの耳がピクッと動きエリーザの背中には鳥肌がたつ。ノーマンは二人の反応を見て悪戯心が生まれると、イントロを飛ばしてそのまま歌から入った。

 「♪~」

 するとバルドはノーマンの歌声に敏感に反応する。

 (歌・・・いや魔法?)

 歌がすすむにつれエリーザは歌詞でつむがれた物語に心をつかまれ、胸の前で組んだ両手には自然と力が入り、やがて涙が頬をつたって固く結んだ両手にこぼれ落ちた。

 ノーマンがフルコーラス歌い終わりアウトロを省略してGのコードを鳴らして曲をしめると、バルドとエリーザは一度見つめ合ってから興奮気味に感想を述べる。

 「素敵です、ノーマンさん。こんなお歌、聞いたことありません」

 「ノーマンさん、もしよろしかったら時々で結構なんで、この店で歌ってくれませんか?」

 「あっ、それはいい考えだわ。みんなにも是非聞かせたいものね」

 「ああ、きっとみんな喜ぶよ」

 おいおいおい、勝手に二人で盛り上がってくれるなよ。まあ悪い話じゃないけどな。

 「ありがたい話なんだけどさ。まだ、この街で暮らすと決めたわけでもないし、暮らすとなったら寝床も探さねばならんし・・・」

 「じゃあ、お店の2階に住んではいかが?」

 「それはいい考えだよエリーザ」

 おいおいおい、だから勝手に二人で話を・・・ん、2階?

 「君たちが暮らしているんじゃないの?2階って」

 「ええ、結婚する前は私が一人で住んでましたけど、エリーザと一緒になってからは別に家を買ってそちらに二人で住んでます。だから今は空き家で。ノーマンさんが住んでくれたら防犯にもなるし、いかがでしょう?」

 「でも、僕まだ仕事もないし・・・(お金はあるけど)」

 「それはこの先ゆっくり決めたらいいですわ。それこそ仕事を探すにしても拠点は必要でしょ?」エリーザが詰め寄る。

 たしかに拠点があるのは便利かもしれない。酒場ともなれば情報も集めやすいに違いない。しかし、こんなにトントン拍子にことがすすむものだろうか?

 「エリーザ。ノーマンさんは冒険者なんだよ」

 「まあそれは素敵。だったらなおさらいい話だわ」

 「どういうことで?」

 ノーマンはどんどん進む話に割って入り質問した。

 「この店は冒険者が集まる酒場なんです」

 うん、使いたくない言葉だったけど、これはに違いない。この流れには乗るのが正解。

 「わかった。それでは、しばらく2階のお部屋に住ませてもらうよ」

 「素敵だわっ、これでノーマンさんのお歌がいつでも聞ける」

 本音はそれかい。でも、こちらにとってもありがたい話だ。

 「とりあえず、リゾット食べていいかな?」

 ギターをテーブルに置いて、カウンターに戻る。

 「ああそうだった。リゾットがすっかり冷めてしまいましたね。エリーザ、新しいものを・・・」

 「いやいい。ちょうどいい」

 「どうしてですか?遠慮なさらず・・・」

 「僕、猫舌だから・・・」

 「猫舌?」

 猫舌という概念は元の世界でも日本だけだったっけか?

 「あーっと、えーっと、熱々は食えないんだ」

 そう言ってリゾットを一口食べた。

 あっ、久々のお米・・・うまし。



<Side-B>

 結局、バルド夫妻の好意に甘えることにしたノーマンは、部屋に案内された直後に突如として睡魔に襲われ、短く深い眠りにつく。


 ああ思い切り寝た。すごくスッキリしている。安全な場所のベッドで眠ることがこんなにも尊いことだったとは。あまりにも環境が変化したので、レオとお別れした今朝の事が、もうずっと前のことのように感じられるほど良く寝た。部屋に案内された時には明るかった部屋が暗くなっているということは、もう夜か・・・。とりあえず、一度店内の様子でも確認しておくか。

 ノーマンは部屋を出て音感探知ソナーで1階の店内の様子を探ってみる。

 キッチンにはエリーザ。カウンターにはバルド。カウンター席にはごつい男が1人。テーブル席には2人組が3組。3人組が3組。4人組が2組。計26人か。っていうか昼間はガランとしていて気にしなかったが、客が入ると結構広い店なんだな。バルドとエリーザ、2人で回せるのか?

 ノーマンは1階に降り勝手口からキッチンに入ると、エリーザがとてつもないスピードで料理を作ってはカウンターの配膳台へと運んでいた。

 なるほど、エリーザも所持者ホルダーなのね。客にはセルフで配膳台まで取りに来させればキッチンは1人で十分ってことか。バルドもどうせ所持者ホルダーだろうし、酒も作るだけで客が自分で取に来る仕組みのようだ。

 「あっ、ノーマンさん。おはようございます。しっかり休めました?」

 キッチンに現れたノーマンに気づいたエリーザが笑顔で話しかける。

 「おはよ。ちょっと寝すぎたくらいだよ。今何時?」

 「20時くらいかな。バルドがカウンターで待ってるから行ってあげて」

 「待ってる?」

 「紹介したい人がいるのよ」

 カウンター席ってことはあのごつい男か。

 「ああ、お店の方にお邪魔します」

 キッチンを通り抜け店に入るとカウンターのごつい男とすぐに目が合う。

 デカいしゴツイ。アメフト選手かプロレスラーって感じの分厚い体だ。顔の大きな傷跡といい、日本の街中まちなかで普通に遭遇したらスルーの案件だな。

 「おー、待ってました。あんちゃんがノーマンか。俺はブルーノだ、よろしくな」

 ブルーノはカウンター席から立ちあがり、ノーマンと強引に握手をしてそのままカウンター席に招き入れた。

 随分ぐいぐい来るけど、見た目ほど悪い奴じゃなさそうだ。

 「ノーマンさん、旅の疲れは取れましたか?」

 バルドが優しくたずねる。

 「ああ、おかげさんで良く眠れたよ。やっぱりベッドはいいな」

 「それならよかったです。あっ、改めて紹介します。彼がブルーノ。こう見えて、冒険者ギルドのマスターなんですよ」

 げっ、いきなり本命。いやあ、この店に来たのはやっぱり運命だわ。

 「はっはっはっ、あんちゃんも冒険者登録してくれるらしいじゃないか。人手が足りなくて助かるよ」

 「こちらこそ、いきなり偉い方と知り合いになれてありがたい」

 とりあえず友好的な関係を築いておこう。

 「くわしくは聞いてないんだが新しい住人ができたって、たった今バルドから聞いてね。『毎日のように顔を合わすことになるなあ』なんて話してたんだ」

 「ってことはこの店はギルドマスター御用達ごようたしってこと?」

 「ええ、贔屓にしてもらってます」

 バルドが笑いながら答える。

 「あんちゃんは、どこから来たんだい?」

 「えっと、レウラ村かな」

 「ああ、パウロが行ってるところか」

 共通の知人がいた。

 「そうそう、パウロ君。彼もそろそろレウラ村から出発したかな?」

 「交代の冒険者がここを出たのが先週だからまだだろうな」

 あらあら、残念。パウロ君まだレウラ村を出られないのね。

 「でも、遠かったろ? 何日かかった?」

 「うーん、2・3日かな?」

 その瞬間、店内で大爆笑がおきて客の皆が盛り上がる。

 「いやいや、あんちゃん。それは早すぎだろ。冒険者が技能スキル使ったって1週間はかかる道のりだぞ」涙目で笑いながらブルーノが言う。

 「街道使えばな。直線で来れば大した距離じゃないさ」

 そして、2度目の大爆笑が沸き上がる。

 「いやいや、ラーガ森林とリオウ山脈とマレディ樹海を突っ切ったってか? ヒィヒィ、苦しい。そんじゃあんちゃんは亡霊かなんかか? アーハッハッ」

 相変わらず店内が笑いの渦に包まれている。

 ああ、そっか。寝起きでついうっかりの方を喋っちまったな。ふつうは2週間から20日くらいかけて来るんだっけ。まあ、酔っ払い相手にムキになっても仕方ないし、ここは笑い話でおさめておくか。

 「いやー、あんちゃん、気に入った。あんた面白いな」

 「そりゃ、どうも」

 カウンターに肘をついてムスッとしながらノーマンは答えた。

 「若いってのはいいな。あんちゃん、歳はいくつだ?」

 はい来た、変な空気になる質問。聞いて驚け。

 「46歳。今度の8月で47歳になる」

 一転して店内が静まり返る。

 「・・・まじか?」

 「まじだ。文句あるか?」

 ブルーノはさすがには真実だと察したらしく席から立ちあがる。

 「年上の人に、あんちゃんなんて軽口たたいてスマン」と礼儀正しく頭を下げた。

 真面目なやつだなあ。別に若者扱いしてくれても、悪い気分ではないのだが。

 「別にいいよ。どこ行ったって、いつも若造に見られるんだ。それこそパウロだって、最初は年下だと思って舐めてやがったから」

 「いやいや、そこはホント申し訳ない。若造扱いは俺でも不快に思う。すまなかったな、旦那」

 ん?ちょっと待て、俺が年上?ってことはこの男はいくつなんだ?

 「あのさ、ブルーノはいくつなの?」

 「44歳だ。そんでこっちのバルドは42歳」

 ブルーノすまん、俺の方こそお前を年上のオッサンだと思っていたし、バルドこそ超若造だと思っていたよ。

 「まあ、あんたはギルドマスターなわけだし、お互い様ってことで」

 ブルーノは着席して酒のグラスを手に取る。

 「じゃあ、乾杯するか。旦那」

 まあ結局こんなもんだな。

 「おう、よろしくなブル」

 「わたしも混ぜてください」とバルドもグラスを持つ。

 すると店内にいた皆がグラスを持って立ち上がり、それを見たブルーノが声をあげる。

 「みんな。新しい仲間、ノーマンに乾杯だ」

 「かんぱーい」

 「よろしくなノーマン」

 盛り上がりたいだけだな・・・こいつら。まあ、それはどこの世界でも一緒か。不愛想な世界よりは余程ましかもしれんな。

 しばらくして、店のドアが開くとワイワイと騒がしい客たちの視線が集まり、入って来た客の姿を確認すると店内が静まり返る。長い黒髪を後ろで縛った美しい女性が酒瓶をもってフラフラと千鳥足でブルーノの隣に座ると、不思議な緊張感に店内が包まれているのがノーマンにもわかった。美女は真っ赤に腫らした鋭い目で店内をにらむと、客たちに強い語気の低い声で悪態をついた。

 「なによ、アタシが来ちゃいけなかった?」

 店内に緊張感が走る。

 「おい、マリカ。もうできあがってんのか? ここんとこ飲みすぎだぞ」

 「うるさいわね、ブルーノ。あんたに言われる筋合いはないわよ」

 うーん、なんか超美人さんだけど、超面倒くさそうなのが来たな。これも常連か?

 「マリカさん。あまり飲みすぎると体に毒ですよ」

 「あんたもうるさいよ、バルド。兄弟そろって私に説教?」

 兄弟?バルドとブルーノが?

 「あのー、バルド君。ブルと兄弟なの?」

 「えっ、はい。あっ、言ってませんでしたっけ」

 聞いてねーよ。

 「あはは、似てないね」

 「ああ、腹違いなんだ。母親の種族も違うんだぜ」

 デリケートな話のはずなんだけど、ブルはそういうの気にしない人なんだな。

 バルドとブルーノと普通に会話しているに気づくと、マリカはブルーノの背中越しに声をかける。

 「あれ? あんた見ない顔だね、可愛い顔してるじゃない・・・」

 あっ、これはロックオンされたらまずい奴だ。こういう相手には、

 「僕の名前はノーマン。今日からここの2階に住むことになりました。遠く離れた故郷には嫁と娘がおりまして、帰る方法を模索しております」

 こういう時は嫁と娘を出すとだいたい引いてもらえる。

 「妻子持ちか。つまんないの」そういって持っていた酒瓶に口をつける。

 (ノーマン。こいつはマリカって言って、こないだ男に捨てられて荒れてんだ)

 「聞こえてるわよブルーノ」酒瓶をカウンターに叩きつけるように置く。

 「フィリトンに骨をうずめるって、ずっと一緒にいようって言ってたのに・・・」

 マリカは思い出したように号泣した。

 「ああ、はじまった。だから他所よそもんの男なんて止めとけって言ったろ?」

 (ねえ、バルド君。そんでその男はどうしたの?)

 「私に直接聞きなさいよ、ノーマン。そいつはね官僚で、王都ロカーナから来たの。ずっとフィリトンに務めるって言ってたのは嘘。ホントはずっと王都に帰りたかったのよ」

 すると騒ぎに気付いたエリーザが、キッチンから出てくる。

 「もう、マリカちゃん。こんなに飲んじゃって。バルドやブルーノに絡んだって、あの男は帰ってきやしないのよ」

 可愛い顔して結構きびしいことおっしゃるのね。

 「じゃあ、このノーマンって新顔に絡めばいいの?」

 エリーザがマリカにあきれる姿を見て、バルドはノーマンに目で何かしらの合図を送った。

 ん?なんだよ・・・ああ、なるほどね。結局どちらの世界でも、酒場で傷ついてる女性のために、俺に出来る事はやっぱりってことね。

 ノーマンは席から立ち店の奥にある小さなステージに行くと、戦譜スコアからギターを取り出し無言でギターを構える。ニヤリと笑ってからGのコードをジャーンと鳴らすと、その場にいた全員が鳥肌を立てるほど店内の空気が一気に変わった。そして、ノーマンがイントロを飛ばして歌から入ると、その歌声でマリカの涙がピタリと止まる。

 「歌?・・・いや魔法?」



※【26曲目】は2022年9月6日に公開です。

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