【24曲目】Fool For The City
<intro>
大陸暦2020年7月1日
「普通にクソ暑いな、この国の7月は真夏だね」
広がる草原を眺めながら額の汗をぬぐう。
気のせいかマレディ樹海を出てから急に暑くなった。やっぱり富士山級の山があると、山の向こうとこちらではかなり気候が変わるみたいだねえ。個人的には
ノーマンは革ジャンのポッケから煙草とライターを取り出して腕に巻きつけたコーザをおろすと、マントと革ジャンを
ディオさんの話を鵜吞みにするなら、俺は体感以上に相当強いはずなんだよな。なにせ、マレディ討伐に参加した冒険者集団のアップグレード版の
そんな事をぼんやりと考えながら、おそらく貴族の領地であるいくつかの農村を風のように通り過ぎていく。収穫の時期らしく農園という農園に人が多いので、ノーマンは
さすがに
やがて右側の遠くの方に海が見えてくると、前方に城郭都市らしきものの姿がノーマンの視界に入ってくる。
おー、なんと大きな街だこと。城壁の外にも民家がだいぶ増えてきたな。うーん、一般人を装うべきか冒険者として堂々といくべきか・・・迷った時はこれだな。
ノーマンは立ち止まりポケットから五円玉をとりだすと、いつものように親指で弾き上げ五円玉が宙でクルクルと回っている。
なんやかんや言ってこれでここまで上手くいってるからね。絵柄が出たら一般人、五円が出たら冒険者ってことでどうかひとつ。
落ちてきた五円玉を両手で挟むと右手をそっと開いて、左の手の平に乗った五円玉をのぞき込む。
冒険者かよー、でもそりゃそうだわな。どうせ隠したところで、すぐにボロはでるだろうさ。そしたら、腰に
ノーマンはレウラ村であったパウロたちを思い出しながら、少しだけ冒険者風の態度を装ってフィリトンに向かって歩いて行く。
<Side-A>
「あの列に並ぶのかな?」
フィリトンは大公の居城を中心とした城下町になっていて、海に接する東の港湾部分以外は高さ5mほどの城壁に囲まれていた。西・南・北にある城門では番兵と役人による入国審査がそれぞれに行われており、フィリトンを最初に訪れるものはもれなくこの審査を通過して通行手形を手に入れなくてはならない。フィリトンは大都市だけあって1日に何百人もの人間がこの審査をうけるので、この日もたくさんの人が行列を作って順番待ちをしていた。
(おい、コー四郎)
(コー)
(お前どこまで小さくなれる?)
腕に巻けるサイズとはいえ見た目はバッチリ毒蛇のコーザを、番兵に見られるのはよくはないと考えたノーマンはコーザにたずねた。すると、コーザは腕から一旦離れ地面に降りて
「おっ、手の平サイズ。これなら隠せるな」
そういって小さくなったコーザをポシェットにかくす。
「これで良し」
フィリトンの城門は中央の
ヤバい、緊張してきた。昔から面接とか苦手なんだよなあ。なんにせよ、この世界には嫌煙や禁煙という概念がないのが救いだ。それにしても、町はデカいし人も多い。ちょっと前の男性に話しかけてみよっかな。
「あのー、すいません」
「はい?なんですか?」
「僕はレウラ村から来たんですけど、どちらからいらしたんですか?」
「レウラ村?遠くからいらしたんですね。わたしは家族とカトリヤ村から来たんですよ」
男性の前には奥さんらしき女性と女児と男児が列に並んでいて、ノーマンと目が合うと軽く会釈をかわした。
おそらく乗り合いの馬車にでも乗って来たのだろうが1週間から10日は要したに違いない・・・ってことは2日前に村が半壊しかけたことなんて当然知らないのだろう。
「カトリヤ村ですか、いいところですね。あそこはお酒も美味しいし、住んでる人も皆優しいですからね・・・」
そこからノーマンと男性は入国審査の順番が回ってくるまで、何気ない世間話をしながら時間をつぶした。男性の一家の順番が来て門番らしき男が「次どうぞ」と声をかけると、4人はノーマンに軽く会釈しながら通用門の中に入っていった。ノーマンが振り返るとノーマンの後ろにはすでに長い列ができており、中には防具を装備した冒険者も含まれていた。
ここまでの行程では遭遇しなかったけど、結構な数の冒険者が
そんなことを考えているうちにノーマンに順番が回ってきたようで、番兵に呼ばれると通用口の中に入っていった。入国審査は通用口内にある一室で行われる。部屋の中では番兵が2人扉の両脇で立っていて審査官らしき男が2人テーブル越しに座っていた。ノーマンは着席を促されて審査官らしき男の正面に着席する。
「えーっと、まずはお名前は?」
「ノーマン・クロノスと申します」
「今回の入国の目的は?」
「冒険者ギルドに登録したいのと、職探しです」
「なるほど、
「はい。あっそうだ、レウラ村の村長とカトリヤ村の村長から入国審査の際にこれを渡すように言われたのですが・・・」
そう言って懐から2通の手紙を出し審査官に渡すと、審査官は2人で中身を確認して回し読みをする。
何が書いてあるかは知らんが、村を守った恩人について悪くは書いていないだろう。
審査官は手紙を読み終わると、何かを話し合ってから面接を再開した。
「ノーマンさん。この手紙によるとレオナルド・ペスカーラという少年が同行しているようだが?」
「ああ、彼は体調がすぐれないようで、今はカトリヤ村で休養しています」
「なるほど、では後日やってくるかもしれないと」
「ええ」
「なるほど。本来ですと
2人の審査官が立ち上がりノーマンに握手を求めるとノーマンはそれに応じる形で立ち上がり握手を交わした。
「この手紙はこちらでお預かりして、レオナルドさんがいらした時に入国手続きがスムーズに進むように手配しておきますが、よろしいかな?」
「はい、お任せします。なにからなにまで、ありがとうございます」
何が書いてあったんだろ?っていうか村長ってそんな権限があったのかよ。もっと色々と注文しといても良かったかもな。
ノーマンは守衛に軽く会釈しながら退室すると、通用口の内側の方の窓口で通行手形を受け取り晴れてフィリトンに入国した。城門前には大きな広場がありノーマンがベンチに腰掛け周囲をぐるりと見渡すと、入国したての人たちやこれから出国する人たちであふれかえっている。カトリヤ村とはケタ違いの人の多さに多少
すると、あまりにも多くの人の話し声や生活音が情報として一気に頭に流れ込んできてしまい、ノーマンの脳は軽い混乱に見舞われ吐き気をもよおしてしまう。
こりゃ、
ノーマンは一度深呼吸してからニヤリと笑い、再び
まず人間の発声の周波数を拾って、その周波数帯の音量だけを下げる。声がうるさい順に丁寧に一つ一つ選別してどんどん消してしまえば、そのうち脳が混乱しないレベルまで、感知する音の数を減らせるはずだ。次に人の動く生活音にも同様の処置をしていけば、風の音だけで街のおおよその範囲の全体像は見えてくる。幸いなことにフィリトンは周囲が城壁で囲まれているから、形がとらえやすい。
この
<Side-B>
なるほど、この街は正八角形に敷設された城壁に囲まれていて、高台の城を中心に建物が放射状に並んでいるのか。上から見たら五稜郭みたいな優れた造形美なんだろう。海に接する東の1辺以外の7つの辺にはそれぞれ城門があるようだが、北東・南東・南西・北西の4辺は閉じている。マレディ山頂の
とりあえず、まだ日も高いし散歩でもするかね。
フィルター近くまで吸い切った煙草の吸い殻を携帯灰皿に放り込むと、ポケットから取り出した5円玉を右手の親指で弾き上げた。
冒険者っぽい、いかつい装備してる連中は西側に多い感じがするから、多分そっちに冒険者ギルドがありそうだな。でも港にも興味あるんだよね。
宙に浮いた5円玉を右手で掴みとって手の平を開ける。
「西か・・・先に冒険者ギルドを目指せと」
ノーマンは気怠そうにベンチからヨイショと立ち上がると、手を頭の後ろに組んで見知らぬ街の散策へと出発する。もともと野間という男は無目的に歩くことが好きだったが、こちらの世界に来てからというもの
険しい山道とは違う整備された石畳の道。うっそうとしたジャングルとは違う家々が並んだこの景観。人を見れば襲って来る
「平和だ・・・」
そんな言葉がうっかり口からこぼれるほど穏やかな徘徊を3時間ほど続け、商店・公園・民家などを見物しながら都会と呼ばれる街のおおよその文化レベルを把握した。
うんうん、たしかにレウラ村やカトリヤ村とは桁違いに文化的かもしれない。それと戦争がない時期だからなのか、昨日まで俺が生きてきた環境がウソのように平和だ。だがどうしてだろう? 事なかれ主義の怠け者であったはずの俺にとっては、この状況は喜ばしいことであるはず。しかし、この短時間でもうすでに退屈に思いはじめている。ここまでの日々のせいで、俺はどうかしてしまったのか? それとも
ノーマンはこの世界に来てからの自身の意識の変化に戸惑い、思わず立ち止まり腕組みして考え込んでしまう。
っていうか、この街はいい街だけど、なんか住民の表情が明るくない。そんなんだからこんな気分になるんだな。
ノーマンは自分が悩んでいる原因をフィリトン市民に擦り付けると、
おそらくそのエリアの住民が集会などを開くであろう広場の中央には噴水があり、ノーマンは噴水の
「下向いて歩いている皆さーん、しばし、お耳を拝借」
70年代のシティ・ロックをお見舞いしてやるぜ。
ノーマンがそのままギターでイントロを奏でると、周辺にいた人たちが何が起きたのかと徐々に集まりだす。そして、イントロが終わりノーマンの歌声が辺りに響き渡ると、集まった人たちは衝撃をうけたような表情を浮かべた。
「♪~」
ノーマンが明るくないと評した住民の表情はみるみる内に明るさを取り戻し、まるでセピアに染まったかのような重たい雰囲気の街並みにに
「みなさん、いいねえ。いい顔になってきたよ。じゃあ2曲目いくね」
あがる歓声に思わず鳥肌を立てたノーマンは、イントロ抜きで歌いはじめた。
「♪~」
やっぱり音楽はさ、戦いに使うんじゃなく、こういうのがいいよね。
ノリの良かった1曲目とは違った少しメロウなテンポのラブソングを歌いあげると、聴衆は目を閉じてノーマンの歌に酔いしれる。しかし、間奏のギターソロに入った時に事件は起きた。聴衆の後方から悲鳴が聞こえ演奏をつい止めてしまうと、おびえた聴衆が左右に割れて道ができる。そして、中央を自分に向かって歩いてくる3人組の
ああ、天下の城下町にもこういう方々っていらっしゃるのね。逆に都会だからかな? 田舎にはおらんかったタイプの人種だ。住民の表情が明るくないのは、こういう連中の影響もあるのかもしれないな。
3人組が噴水の縁に座るノーマンの目の前に到着すると、そのうち1人の男がニヤニヤとしながらノーマンに絡みだす。
「いやー、お兄さん、大人気だねえ。この辺じゃ見ない顔だが、旅行者かなんかかい?」
ノーマンは努めて穏やかな口調で答える。
「ありがとうございます。僕はレウラ村から来たばかりなんです」
「そうかそうか、それはフィリトンへようこそ・・・でな」
「はい」
「この辺で勝手に催し物をするのはご
「ご法度? 路上で演奏するのは法律で禁じられているのですか?」
ノーマンの質問に、3人組はやれやれといった表情を浮かべた。
「いやいや、ちゃんと俺らに筋を通してくれりゃいいのよ」
俺らねえ。少しおちょくってみるか。
「ああ、あなたたちはお役人さんでしたか。お役所に申請が必要なんですね」
要領を得ないノーマンの対応に、少し苛立ちしだいに語気が強まっていく。
「おいおい、兄さん鈍いな。役所も法律も関係ないんだよ」
「それでは誰に許可を取ればよろしいんですか?」
「だから俺たち『
プッ、超中二病かよ・・・
「それは失礼しました。それでは許可をいただきたいのですが、どのように手続きすれば?」
「ふっ、やっとわかってくれたな兄さん。とりあえず、まず今日のこの違反の罰金を払ってもらってからだな」
違反に罰金と来たか。
「おいくらになりますか?」
3人組は目くばせしてからノーマンに吹っ掛ける。
「ホントは、2,000Θなのよ、銀貨20枚。だが、俺らも鬼じゃあない。お兄さんは知らなかったわけだし、今回は半分の1,000Θで勘弁してやるよ。良心的だろ?」
どんな良心だよ。それにしても歌っただけで約10万円? まあ払えない額ではないのだけど、ここまで来ると面白そうなので、もう少し踏み込んでみるか。
「せっ、1,000Θ・・・払えない場合はどうなるのでしょう?」
「そうだなあ、借金ってことで、うちの仕事の手伝いしながら返済してもらうことになるな」
うわっ、わかりやすい悪徳。どうせ、利息だなんだと借金が
「まあ、レウラ村みたいな田舎から来たら驚いちゃうかもだけど、これが都会の流儀だから、授業料だと思ってくれよ」
そう言って
さて、ここでクエスチョン。この状況をどう対処すべきでしょう?
①まとめて殺す。
②生まれてきたことを後悔するくらいボコボコにする。
③おとなしく1,000Θ払う。
④バックレる。
①は秒でいけるな。でも、人間を殺すのは、まだ抵抗があるんだよなあ。
②も同様だけど、ボコボコにするって、意外と殺すのよりも手加減が難しいかも。仲間を呼ばれても面倒だし。とりあえず、まだこの国の法律もわからんし、お尋ね者になるのは困るので、①②は却下。
③は多分、一番平和的な解決方法ではあるが、こいつらの言いなりになるのは普通に不愉快だな・・・ってことはやっぱり、④だよね。
「そうですか。それなら・・・」
ノーマンは精一杯弱々しい姿を擬態しながらギターをギターケースにしまうと、一瞬の隙をついてギターケースを抱えてダッシュした。そして、ある程度距離が離れたところで振り返り、3人に向かって悪態をついて見せる。
「バーカ、バーカ、てめえらに払う金なんかねえよ」
ノーマンの捨て台詞が虚を突かれた3人組の逆鱗にふれる。
「くそっ、あの野郎。追うぞっ」
リーダー格の1人に残りの2人が続き、ノーマンを追走する。ノーマンは普通に走って逃げたが、3人組は
「フッ、
最後の捨て台詞が相手の敵意を決定づけたとはまったく思っていないかのようにノーマンがのたまうと、目の前の酒場らしき店のドアが開きの中から現れた男性とノーマンの目が合う。
あら随分と男前さんだこと。背もスラっと高く細身、目は切れ長で耳がとんがって・・・ん?エルフ的なやつか? なんか手招きしてるけど・・・俺?
ノーマンが確認するように自分を指さす。
「よろしかったら、こちらに避難しませんか? アイツらはしつこいですよ、あと少しするとやってきます」
まじか?
ノーマンは
ホントだよ。面倒くさい上にあきらめも悪いとは。
ノーマンは初対面の男前からの申し出に少し迷ったが、面倒事を避けるのと、自分が少しのどが渇いていることに気づき、男前の申し出を受けることにした。
「助かる。ついでに何か飲ませてもらおうかな」
「どうぞどうぞ、いらっしゃいませ」
酒場には情報が集まるものだし、損はないだろう。
そうして、2人は店の中に入っていった。
「あいつ、ただの旅芸人か何かだと思ってたけど、
「あぁ、間違いないな。次見つけたら油断はしない。
3人組は東方面まで追っては来たものの、完全にノーマンの行方を見失う。すると、1人がノーマンの避難した店に気づいた。
「おい、あの店」アゴをくいっとやって2人に知らせる。
「ちっ、こんなとこまで来ちまったか」
「まずいっすね」
「ああ、今日はひとまず
「あのチビは絶対許さねえ」
3人組は悔しさを滲ませながらも、この店を避けるように西方面に戻っていった。
「先ほど西の方で歌っていたのはあなたですか?」
男前の店員からの唐突な質問に戸惑いながらノーマンは質問で返す。
「ここからは結構遠かったんだけど・・・聞こえたの?」
「はい、かすかにですが。耳がいいので」
エルフっぽい男はそう言って自分のとがった耳をつまんで見せる。
「あはは、良すぎでしょ」
ノーマンは自分の事を棚に上げて少し笑顔ひきつらせた。
「私は『バルド』。この店の店主です」
バルドが右手を差し出す。
「僕はノーマン。えっと、旅の冒険者です」
ノーマンは差し出された右手に応えるように握手を交わす。
随分と友好的な紳士だな。というかまあ普通に客商売だもんな。
サトコ。都会に来て突然はじめてのトモダチができたかもしれません。サトコもたくさんともだちができるといいね。
※【25曲目】は2022年8月30日に公開です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます