【22曲目】Through Your Hands
<intro>
昭和61年8月15日金曜日
野間の誕生日は夏休みのど真ん中お盆の時期であったため、幼いころから友人から誕生日を祝われる習慣がなかった。それでも、幼稚園のころはそれを不憫に思ったのか母親が親戚を集めて誕生日会を開いていたのだが、小学生になるとその行事もなくなり、父親からの手紙と現金1万円が母親から手渡され、せいぜい夕飯の後にケーキを食べられる日という程度にしか、野間は自分の誕生日を認識していなかった。しかし、友人の鈴木に誘われてたまたま出向いた夏祭りで、誕生日という日が特別な日だったことを野間は初めて実感することになる。
公園の中央のやぐらではスピーカーから流れる盆踊りの曲に合わせ、中年の男性が和太鼓を叩いている。そのやぐらを囲んで浴衣を着た老若男女が盆踊りに興じているのを、野間は
「のーまー君」
「ん?(佐野じゃん)」
「探しちゃったよ」
「ん?(俺を探した?)」
「今日、野間君が来るって鈴木君に聞いたから」
「へえ(なぜ?)」
というか、鈴木にはついさっき誘われてノコノコついてきた来ただけで、予定していたわけではないんだが・・・っていうか鈴木はどこに行った?
野間はあたりをキョロキョロと見回す。
「どうしたの?」
「いや、さっきまで一緒にいた鈴木がどこへ行ったのかと・・・」
「鈴木君はあっちで真理子と喋ってるよ」
そう言って佐野理子は鈴木と真理子のいる方を指さした。
アイツ、俺を
「そかそか・・・で、なぜ俺をさがしていた?」
「野間君って、今日お誕生日なんだよね?」
「おお、そうだった」
忘れたふりはしてみたが、正午に街中に鳴り響く汽笛の音と、テレビの中の甲子園球児の黙とうは、嫌でもその日を教えてくれる。
「これプレゼント」
差し出された小さな可愛い柄の紙袋を野間はマジマジと見つめ固まった。野間にとっては親戚以外からの初めてのプレゼントで、しかも、プレゼンターが美少女となれば緊張しないわけがない。
「・・・俺に?」
「うん」
「・・・なんで?」
「誕生日だから?」
「・・・中身見ていい?」
「うん、もちろん」
野間がおそるおそる紙袋のテープをはがし紙袋に手を入れると、中にはヒンヤリとした感触の金属が入っていた。そして、おそるおそる取り出して見る。
「音叉?」
「野間君、ギターはじめたんだよね?これがあったら
そっか、この娘ってピアノを弾く子なんだったな。楽器仲間的な感じ?
「あ、ありがとう。でも、チューニングメーターあるし・・・」
「ダメだよ、耳を鍛えなきゃ。あんな機械は電池が無くなったり故障したらおしまいだもん。自分の耳で音を理解しなきゃ」
「そっか。ありがとう」
野間はニコリと笑って礼を言うと、音叉を鳴らして自分の耳に近づける。
「その音叉はA音だから、ギターだと5弦なんだよ」
「それはさすがに知ってるよ」
「野間君は昔から音感がいいから、A音もそのうち耳が覚えちゃうよ。そしたら、これがなくてもどこででもギターの
そう言ってニコリと笑う佐野を見て、野間の中に些細ではあるが疑問が生まれた。
昔から?中学校の同級生では?
すると、鈴木が真理子と手を繋いで野間と佐野のほうへやってくる。
「野間。お前知らないかもだけど、佐野は小学校も一緒だぞ」
「えっ?そうだっけ?」
「同じクラスにならなかったけど、ずっとお前を気にかけてたわけよ。ね?佐野」
「ちがうちがう。野間君の音感が凄いなってずっと思ってたけど、別に好きとかじゃないよ」
「えっ、そうなの?」
鈴木は自分の思い違いに少し焦ったが、その横では野間が困惑した表情をしている。
ちがうちがうって告白もしてないのにフラれた気分だわ。鈴木め、やってくれたな。しかし、佐野はいったいどこで俺の音感を発見したのかが疑問だ。
「うん。でも野間君が音楽はじめたって聞いたから、どうしてもこれあげたいなって」
「これって、そんなに重要?」野間がたずねる。
「うん。いつかきっと野間君の役に立つはずだよ♪」
初めて異性から貰った誕生日プレゼント。何を貰ったって嬉しくないわけがない。
「とりあえず、ありがとう。多分・・・一生大事にする」
「うん♪」佐野理子はニコリと笑った。
誕生日最高かよ・・・。
正直ね・・・あの時は完全に浮かれてて、音叉の事などどうでも良かったわけさ。いい気になってお前との恋物語も妄想しまくったさ。まあ、結局なにもなかったけどね・・・。
ただな、佐野理子よ。あの時言ったいつかってのが今で、ここまでお前が予想していたのなら・・・いや、こんな予想はしていなかったとしても、
「元の世界に帰ったら、必ず見つけ出して、改めてお礼しなきゃな」
ノーマンは手に取った音叉を眺めながらつぶやいた。
<side-A>
リッチーの魔力が客観的に見てべらぼうに大きいのは、
まあ、それを壊滅させてその危機を防いだのだから、それだけでレオたちがやったことは十分に立派だったわけだ。
ただね、俺が主観的に見る限りでは、魔力という点でリッチーを脅威に感じているのか?と問われると、
レオへの卒業プレゼントの思い出づくりのために、ノーマンは対峙している
まず、この巨体を維持している魔力の波長と、巨体から繰り出される攻撃魔法の波長が、微妙に違うんだよなあ。
だからそれを奥の手みたいに最後まで戦闘に参加させずにとっといたんだ。そんで、リッチーはその核に魔力を供給してえ、あの
ってことは、巨体維持のためには複雑な魔法を使うことなく、魔力の供給だけすればいいから、リッチーは戦闘に集中できるってことか?
っていうか、そもそもリッチーはなぜ
うーん。まあとりあえず十中八九、あの核になってる骸骨がミソだな。
ノーマンが持ち前の妄想力で推測した内容はほとんどが的外れだったが、もし正確に推察していたとしても攻略の基本戦略は変わらなかっただろう。
「
ノーマンは初めて使う
「なんの攻撃だノーマン。まったく効かんぞ」
リッチーはノーマンの行動を攻撃だと思い込んでいた上に、その攻撃が自分の体に一切ダメージを与えられていないと勘違いした。それは、リッチーの思い上がりでも油断でもなく、
しかし、リッチーの発言からその誤解に勘づいたノーマンは、「ちくしょう」や「なぜだ」などのわざとらしい台詞を適度に混ぜつつ、さらに、リッチーが誤解したままでいるように、攻撃してるフリも加えて身体検査を続行する。
しばらくして、脚・腰・胴・胸・腕・首・頭のすべてをチェックし終えると、ノーマンはレオたちのいる地点まで一旦後退した。そして、作戦プランをレオに簡単に説明すると、今度はフリではなく本格的な下拵えをするために、再び
リッチーは
ノーマンの妄想通りだとするならリッチーは巨体を動かすことに魔力を消費していることになっていて、物理的な攻撃力と防御力を得るために魔力を消耗していることになる。しかし、それは高位の
元冒険者とはいえタダの遺骨を
しかし、事態は突如として一変した。4匹の
「われわれ魔族の寿命は長い。また最初から始めればよいだけのこと。その前にまずノーマンたちを皆殺しにして、後の憂いを断たねばならぬ」
<side-B>
うーん、実際に身体検査をしてみるとだな・・・俺の予想とえらく違うことばかりではないか。上から目線で観察をしていた自分が恥ずかしくなってきた。
まず、巨体に魔力を供給してんじゃなくて、体の
それに、ぜんぜん
ところで、まあリッチーの手数の多い事よ。いろんな
しっかしだ、パイアお姉さまといい、バカリスクといい、リッチーといい、自分より強い敵と戦った経験が浅いのか?というか、そもそもそんな経験は皆無だったのかもしれないな。俺も人の事を言えたもんじゃないが、
ノーマンはそんなことを考えながら、
切られても痛くもかゆくもないご様子だけど、斬られた箇所の修復で巨体の維持にまわしている魔力が確実に消耗していってんだよねえ。地味な攻撃だけど積み重ねれば多少なりとも防御力は削れるし、この地道な作業が俺の本気だと思ってくれたらなお良いって話。もうちょい防御力削ったら最後の仕上げといきますか。
こいつは何がしたいんだ。そんな細かい攻撃を繰り返しても勝てないことくらいわかっているはずだ。いや、待てよ。
リッチーは
ノーマンめ、この私に消耗戦を仕掛けてきただと。
・・・って、そろそろ気づくころだろうなあ。
リッチーが意識をノーマンからほんの少し逸らした隙をみつけ、ノーマンは気配を消して
ホントはさ、このまま
ノーマンはリッチーの意識を自分に向けさせるために
遅いのよ、でも気づいただけでも偉いか。まあ、そっちの狙いには気づけても、俺たちの本丸は想像もつかんだろうがね。
そして、レオたちの位置を
リッチーは核の
「ふふふ、つめが甘いなノーマン。そう易々と思い通りにはさせんぞ。消耗戦などさせるものか」
その段階はとっくに終わってるっつーの。
ノーマンが攻撃姿勢をとっていない安堵から生まれた自分自身の台詞によって、リッチー自身がノーマンとの消耗戦を恐れていたことに、不本意ながら気づかされてしまう。そして、それは魔王軍のエリートであるリッチー自身のプライドを深く傷つけ、その傷がやがてノーマンに対する激しい憎悪となっていった。
「許さんぞ、ノーマン。お前だけは絶対に許さん」
すると、
全弾発射フルバースト的なやつ? 今さらしょうもないな。
ノーマンはニヤリと笑いながらすべての魔法陣を
「あんたさ、僕を他の冒険者と同じだと思ってんの? そんな普通の
ノーマンの実にわかりやすい挑発も開戦前のリッチーなら戯言と無視できたはずだったが、憎悪で冷静さを失った状態、しかもその状態に追い込んだ男からの侮辱を受け流す余裕は今のリッチーにはなかった。
「ノーマン。そうやってわたしを見くびったことを、後悔しながら死ねえ」
そう宣言すると、
このタイミング、狙ってたのよ。
「レオ」「
「ガウ太」「ウオン」
「カー助」「カー」
「ピギ夫」「フギー」
「コー四郎」「コー」
「みんな
『
チーム・レオの面々は先ほどノーマンから指示された作戦プラン通りに、気配を隠しながら
「やるぞみんな。
ノーマンの合図とともにチーム・レオの
すると、
(レオ。これが僕たちの合体技、
「まだだ、ノーマン。不死の
ここまで来ると、尊敬に値するな。本当に立派な将軍だよ、
でも反撃する力はないだろうな。このままレオの
ノーマンはレオの
「レオ。
「
レオは
やれやれ、不死ではなかったな。出し切ったかな?
ノーマンは
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、師匠」
レオは肩で息をしながら涙目でゆっくり振り返ると、ノーマンはニコリと笑っていた。
「お前が弟子で、僕はホントに
ノーマンが両手を開くとレオは飛び込むように抱きつき、達成感や喪失感や色々な感情を師匠にぶつけた。ノーマンはうんうんと相槌をうちながら自慢の弟子の成長を喜びつつ、心の中では愛娘さとこの10年後と重ね合わせてレオを抱きしめた。
ああ、夜が明ける頃にはレオともお別れか。子どもが親離れするのは良いことだけど、やっぱり寂しいんだろうな。これはなかなかの予行練習だ。
「いいか、レオ」
「
「お前はとんでもなく強くなって、
「
「目標を終えたつもりでいるかも知れないけどな」
「
「大事なのは次は何をするかだ」
「・・・」
「別に戦わんでもいい。
「・・・」
「どうやって生きるにしろ、お前はその両手から溢れる力で・・・なんでもできる」
「
俺の目標は元の世界に生きて帰ること・・・俺のこの両手にだって、必ずできるはずだ。
ノーマンは唇を噛みしめながら、改めて自分に言い聞かせた。
※【23曲目】は2022年8月9日に公開です。
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