【22曲目】Through Your Hands

<intro>

 昭和61年8月15日金曜日


 野間の誕生日は夏休みのど真ん中お盆の時期であったため、幼いころから友人から誕生日を祝われる習慣がなかった。それでも、幼稚園のころはそれを不憫に思ったのか母親が親戚を集めて誕生日会を開いていたのだが、小学生になるとその行事もなくなり、父親からの手紙と現金1万円が母親から手渡され、せいぜい夕飯の後にケーキを食べられる日という程度にしか、野間は自分の誕生日を認識していなかった。しかし、友人の鈴木に誘われてたまたま出向いた夏祭りで、誕生日という日が特別な日だったことを野間は初めて実感することになる。


 公園の中央のやぐらではスピーカーから流れる盆踊りの曲に合わせ、中年の男性が和太鼓を叩いている。そのやぐらを囲んで浴衣を着た老若男女が盆踊りに興じているのを、野間は綿飴わたあめを食べながら遠巻きに眺めていた。そんな野間を見つけて中学校の同級生・佐野さの理子りこが駆け寄ってくる。

 「のーまー君」

 「ん?(佐野じゃん)」

 「探しちゃったよ」

 「ん?(俺を探した?)」

 「今日、野間君が来るって鈴木君に聞いたから」

 「へえ(なぜ?)」

 というか、鈴木にはついさっき誘われてノコノコついてきた来ただけで、予定していたわけではないんだが・・・っていうか鈴木はどこに行った?

 野間はあたりをキョロキョロと見回す。

 「どうしたの?」

 「いや、さっきまで一緒にいた鈴木がどこへ行ったのかと・・・」

 「鈴木君はあっちで真理子と喋ってるよ」

 そう言って佐野理子は鈴木と真理子のいる方を指さした。

 アイツ、俺をえさに佐野理子と渡部わたべ真理子まりこを呼び出し、さらに俺を佐野の生贄いけにえにして渡部と楽しむつもりだな。まあどうせ何もない夏休みのど真ん中だし、別にそれは構わないんだがめられたのが面白くない。正直にお願いしたら断るとでも思ったか? それより何より、佐野理子は校内でも美少女と評判のだ。俺なんかでえさやら生贄いけにえになるもんなのか?

 「そかそか・・・で、なぜ俺をさがしていた?」

 「野間君って、今日お誕生日なんだよね?」

 「おお、そうだった」

 忘れたふりはしてみたが、正午に街中に鳴り響く汽笛の音と、テレビの中の甲子園球児の黙とうは、嫌でもを教えてくれる。

 「これプレゼント」

 差し出された小さな可愛い柄の紙袋を野間はマジマジと見つめ固まった。野間にとっては親戚以外からの初めてのプレゼントで、しかも、プレゼンターが美少女となれば緊張しないわけがない。

 「・・・俺に?」

 「うん」

 「・・・なんで?」

 「誕生日だから?」

 「・・・中身見ていい?」

 「うん、もちろん」

 野間がおそるおそる紙袋のテープをはがし紙袋に手を入れると、中にはヒンヤリとした感触の金属が入っていた。そして、おそるおそる取り出して見る。

 「音叉?」

 「野間君、ギターはじめたんだよね?これがあったら調律チューニングができるよ」

 そっか、この娘ってピアノを弾く子なんだったな。楽器仲間的な感じ?

 「あ、ありがとう。でも、チューニングメーターあるし・・・」

 「ダメだよ、耳を鍛えなきゃ。あんな機械は電池が無くなったり故障したらおしまいだもん。自分の耳で音を理解しなきゃ」

 「そっか。ありがとう」

 野間はニコリと笑って礼を言うと、音叉を鳴らして自分の耳に近づける。

 「その音叉はA音だから、ギターだと5弦なんだよ」

 「それはさすがに知ってるよ」

 「野間君は昔から音感がいいから、A音もそのうち耳が覚えちゃうよ。そしたら、これがなくてもどこででもギターの調律チューニングができるね」

 そう言ってニコリと笑う佐野を見て、野間の中に些細ではあるが疑問が生まれた。

 昔から?中学校の同級生では?

 すると、鈴木が真理子と手を繋いで野間と佐野のほうへやってくる。

 「野間。お前知らないかもだけど、佐野は小学校も一緒だぞ」

 「えっ?そうだっけ?」

 「同じクラスにならなかったけど、ずっとお前を気にかけてたわけよ。ね?佐野」

 「ちがうちがう。野間君の音感が凄いなってずっと思ってたけど、別に好きとかじゃないよ」

 「えっ、そうなの?」

 鈴木は自分の思い違いに少し焦ったが、その横では野間が困惑した表情をしている。

 って告白もしてないのにフラれた気分だわ。鈴木め、やってくれたな。しかし、佐野はいったいどこで俺の音感を発見したのかが疑問だ。

 「うん。でも野間君が音楽はじめたって聞いたから、どうしてもあげたいなって」

 「これって、そんなに重要?」野間がたずねる。

 「うん。きっと野間君の役に立つはずだよ♪」

 初めて異性から貰った誕生日プレゼント。何を貰ったって嬉しくないわけがない。

 「とりあえず、ありがとう。多分・・・一生大事にする」

 「うん♪」佐野理子はニコリと笑った。

 誕生日最高かよ・・・。


 正直ね・・・あの時は完全に浮かれてて、音叉の事などどうでも良かったわけさ。いい気になってお前との恋物語も妄想しまくったさ。まあ、結局なにもなかったけどね・・・。

 ただな、佐野理子よ。あの時言ったってのが今で、ここまでお前が予想していたのなら・・・いや、こんな予想はしていなかったとしても、

 「元の世界に帰ったら、必ず見つけ出して、改めてお礼しなきゃな」

 ノーマンは手に取った音叉を眺めながらつぶやいた。



<side-A>

 下拵したごしらえなんてのは簡単だ。相手の弱点を調べて見つけてをどうやって攻略すればいいか思案して、あとは効率よく攻めればいいだけ。巨岩兵士ストーン・ゴーレムの時と手順は変わらない。

 リッチーの魔力が客観的に見てべらぼうに大きいのは、不死骨旅団ノスフェラトゥとかいう骸骨兵士スケルトンの軍勢や髑髏騎士スカル・ナイトたちを見て十分わかる。あれでレウラ村やカトリヤ村に攻め込まれたら、たぶん一日で廃墟になっちまうだろうさ。冒険者の討伐隊どころか、どこかの国の軍隊を全滅させるくらいもできたかもしれない。

 まあ、それを壊滅させてその危機を防いだのだから、それだけでレオたちがやったことは十分に立派だったわけだ。

 ただね、俺が主観的に見る限りでは、という点でリッチーを脅威に感じているのか?と問われると、巨骨兵士ボーン・ゴーレムになって魔力が増大している今ですら・・・正直そうでもない。


 レオへの卒業プレゼントの思い出づくりのために、ノーマンは対峙している巨骨兵士ボーン・ゴーレムの攻略法を考えていた。


 まず、この巨体を維持している魔力の波長と、巨体から繰り出される攻撃魔法の波長が、微妙に違うんだよなあ。

 巨骨兵士ボーン・ゴーレムになるプロセスから見て、多分あの最後まで謁見台にいた側近の骸骨兵士スケルトンだけ特別かなんかで、巨骨兵士ボーン・ゴーレムを維持する核にしてんだろうな。

 だからを奥の手みたいに最後まで戦闘に参加させずにとっといたんだ。そんで、リッチーはそのに魔力を供給してえ、あの骸骨兵士スケルトン変換機コンバーターになってえ、リッチーの魔力が巨体を維持する魔法になってるとする。だから、攻撃魔法とは巨体維持の魔力の波長が異なってるってことなんだと思う。

 ってことは、巨体維持のためには複雑な魔法を使うことなく、魔力の供給だけすればいいから、リッチーは戦闘に集中できるってことか?

 っていうか、そもそもリッチーはなぜ巨骨兵士ボーン・ゴーレム化したのかを考えると、やっぱり、物理的フィジカルな攻撃力・防御力の強化か?ってことは魔法だけじゃなく、殴ったり蹴ったりもしてくる?

 うーん。まあとりあえず十中八九、あの核になってる骸骨がだな。


 ノーマンが持ち前の妄想力で推測した内容はほとんどが的外れだったが、もし正確に推察していたとしても攻略の基本戦略は変わらなかっただろう。


 「巨岩兵士ストーン・ゴーレムより早く動けるからって、俺より速いわけじゃねえからな」

 ノーマンは初めて使う本気マジモードの縮地フリートをフル活用して接近・接触・超音波検査エコー・離脱を繰り返し、巨骨兵士ボーン・ゴーレムの体を調べまくった。

 「なんの攻撃だノーマン。まったく効かんぞ」

 リッチーはノーマンの行動を攻撃だと思い込んでいた上に、そのが自分の体に一切ダメージを与えられていないと勘違いした。それは、リッチーの思い上がりでも油断でもなく、不死者アンデッドである彼自身がそもそも痛覚を持たないがゆえの誤解であった。

 しかし、リッチーの発言からそのに勘づいたノーマンは、「ちくしょう」や「なぜだ」などのわざとらしい台詞を適度に混ぜつつ、さらに、リッチーが誤解したままでいるように、攻撃してるフリも加えて身体検査を続行する。

 しばらくして、脚・腰・胴・胸・腕・首・頭のすべてをチェックし終えると、ノーマンはレオたちのいる地点まで一旦後退した。そして、作戦プランをレオに簡単に説明すると、今度はではなく本格的なをするために、再び巨骨兵士ボーン・ゴーレムに向かっていく。


 リッチーは巨骨兵士ボーン・ゴーレムになることで、間違いなく強化されている。というよりも、本来の力を取り戻したという方がよいかもしれない。

 ノーマンの妄想通りだとするならリッチーは巨体を動かすことに魔力を消費していることになっていて、物理的な攻撃力と防御力を得るために魔力を消耗していることになる。しかし、それは高位の魔導士ウィザードであるリッチーにとってはむしろ弱体化を意味している。つまり、実際にはノーマンの妄想とは真逆で、リッチーは核の骸骨兵士スケルトン変換機コンバーターにして、元々 骸骨兵士スケルトンとして使役するために付与していた魔力を回収していたのである。

 元冒険者とはいえタダの遺骨を魔物モンスターにするためには自分の魔力を与え眷属とする必要があり、しかも、魔獣モンスターの遺骨も合わせて1500体分ともなれば相当量の魔力を消費しなくてはならない。リッチーはいずれ人間を蹂躙するために兵士のを優先し、自分の魔力を削ることを選択した。それは、削ってなお自分を倒せる人間などいないと思えるだけの自負があり、事実としてこれまで自分はおろか不死骨旅団ノスフェラトゥを脅かす人間すらいなかったのだ。

 しかし、事態は突如として一変した。4匹の魔獣モンスターを連れて来た一人の少年には、魔力を分け与えてまで作った軍勢を蹂躙され。それらをヘラヘラと歌いながら見守るもう一人の人間は、格下だったとはいえ魔王軍の序列として同格扱いの魔王軍の将帥を二人倒している。これらの事実をふまえ、もはや人間とあなどることなどできようもないリッチーは、全力をかけて戦う以外の道はなかった。

 「われわれ魔族の寿命は長い。また最初から始めればよいだけのこと。その前にまずノーマンたちを皆殺しにして、後の憂いを断たねばならぬ」

 巨骨兵士ボーン・ゴーレムの頭部に融合しているリッチーはそう自分自身に言い聞かせながら出来るだけ冷静を装ったが、どれだけ大量の攻撃魔法を繰り出してもすべて簡単に防いでしまうノーマンに対する苛立ちは、徐々につのっていった。そして、そのがピークに達するより少し前に、ノーマンによるは完了してしまう。

 

 

<side-B>

 うーん、実際に身体検査をしてみるとだな・・・俺の予想とえらく違うことばかりではないか。上から目線で観察をしていた自分が恥ずかしくなってきた。

 まず、巨体に魔力を供給してんじゃなくて、体の部位パーツから吸い上げてんのね。もともと分け与えていた自分の魔力だったのかも。

 それに、ぜんぜんトラップ魔法マジックとか仕掛けてこねーし。魔力が無尽蔵状態なのをいいことに、火力にまかせた魔法攻撃をするだけじゃんか。ゆったら移動要塞みたいなもんだな。いやいや、バカにしてんじゃないのよ。大がかりな魔法マジックなんて使わんでも、手数で圧倒すれば軍隊であろうと冒険者であろうと、たいていの人間にとってはそれこそ脅威だからね。消耗戦になったら先に息切れするのは人間側だろうし、街どころか小国の一つくらい消し去れるんじゃなかろうかというほどの魔力量、恐れ入ったよ。巨体を維持するための魔力は、胸の真ん中にいる骸骨兵士スケルトンがある程度調整しているみたいだし、魔力の回収もこの骸骨兵士スケルトンにお任せみたいね・・・なーんだ、アレがって俺の予想は正解じゃん。・・・計算式が間違ってるのに答えが合ってる感じが、また恥ずかしい。

 ところで、まあリッチーの手数の多い事よ。いろんな魔法マジックを使いまくるなあ。見た事がある魔法やつで言えば、火弾バレット風刃エッジ氷針ニードルだろ? 地面からは石の壁が出てくるし、水の鞭みたいなので打たれそうになるし、け続けるのも一苦労だねえ。おっ、やったあ、雷撃系も来たよ。やっぱりあったか雷撃 魔法マジック。これで蓄電池バッテリー製造計画がより現実的になったかも。でも、魔法マジックってのは得意な系統とかありそうなものだが、満遍なく使えるリッチーはやっぱり凄いんだな。それとも、なんて概念はこの世界にはないのだろうか? 街に行ったら誰かに教えてもらわなきゃ。

 しっかしだ、パイアお姉さまといい、リスクといい、リッチーといい、自分より強い敵と戦った経験が浅いのか?というか、そもそもそんな経験は皆無だったのかもしれないな。俺も人の事を言えたもんじゃないが、格下かくしたを蹂躙する戦い方にあまりにも慣れすぎてるというか、勝つための算段が甘いというか、どいつもこいつも、敵を圧倒するって方向性が大前提なんだよなあ。俺なんて圧倒的に強くても慎重に戦ってるってのにさ・・・己惚うぬぼれすぎなんだよ、みんな・・・。

 ノーマンはそんなことを考えながら、巨骨兵士ボーン・ゴーレムが自分の動きを捕らえられないのをいい事に、足を止める事なくとにかく高速で動きまわった。そして、リッチーの魔法マジック攻撃をかわしながら、超音波切断ソニックカッターを使って巨骨兵士ボーン・ゴーレムの体のあらゆる箇所をサクサクと斬り切り刻みまくる。手ごたえもなくダメージも与えられていないことはわかってはいたが、この攻撃には明確な意図があった。

 切られても痛くもかゆくもないご様子だけど、斬られた箇所の修復で巨体の維持にまわしている魔力が確実に消耗していってんだよねえ。地味な攻撃だけど積み重ねれば多少なりとも防御力は削れるし、この地道な作業が俺のだと思ってくれたらなお良いって話。もうちょい防御力削ったら最後の仕上げといきますか。


 こいつは何がしたいんだ。そんな細かい攻撃を繰り返しても勝てないことくらいわかっているはずだ。いや、待てよ。

 リッチーは魔法マジック攻撃の手を緩めることなく、巨骨兵士ボーン・ゴーレムの内側の魔力の流れを確認した。すると、変換機コンバーター骸骨兵士スケルトンが調整している巨体維持のための魔力の消費が、少しずつではあるが増加していることに気づく。巨骨兵士ボーン・ゴーレムの姿になることで大量の魔力が使い放題になっている状態の今、巨体が崩壊するということは魔力の供給源を失うことになり、火力で押し切る戦い方しか知らないリッチーにとって、それは絶対に避けなければならない事態だった。

 ノーマンめ、この私に消耗戦を仕掛けてきただと。巨骨兵士ボーン・ゴーレムの崩壊を狙うとは悪辣な。そうはさせるか。


 ・・・って、そろそろ気づくころだろうなあ。

 リッチーが意識をノーマンからほんの少し逸らした隙をみつけ、ノーマンは気配を消して巨骨兵士ボーン・ゴーレムの背中に張り付いた。核の骸骨兵士スケルトンがいる心臓部を、背後から超音波切断ソニックカッターで十字に深く斬りつける。そして、鎌鼬かまいたちで傷口をさらに深く広げると、ポケットから取り出した小さなを傷口の奥の方に投げつけた。

 ホントはさ、このまま骸骨兵士スケルトンを壊してしまえば終わるんだけど、みんなで一緒に倒すって、レオと約束したからね。ここは下拵したごしらえだけで。

 ノーマンはリッチーの意識を自分に向けさせるために巨骨兵士ボーン・ゴーレムの体から離れ消耗戦を再開したが、巨骨兵士ボーン・ゴーレム魔法マジック攻撃の手が緩み始めたのに気付くと、ようやくリッチーが巨体崩壊阻止に動きだしたことを確信してニヤリと笑う。

 遅いのよ、でも気づいただけでも偉いか。まあ、そっちの狙いには気づけても、俺たちのは想像もつかんだろうがね。

 そして、レオたちの位置を音感探知ソナーで確認すると、消耗戦のを止めて巨骨兵士ボーン・ゴーレムから距離をとった。

 

 リッチーは核の骸骨兵士スケルトンからの魔力の供給をおさえると、その分の魔力を巨体の維持に回す。そして、魔法マジック攻撃を一旦停止して巨体に大量の防御魔法を施すと、離れた場所からこちらを見ているノーマンを見つけ安堵したようにのたまった。

 「ふふふ、つめが甘いなノーマン。そう易々と思い通りにはさせんぞ。消耗戦などさせるものか」

 その段階はとっくに終わってるっつーの。

 ノーマンが攻撃姿勢をとっていない安堵から生まれた自分自身の台詞によって、リッチー自身がノーマンとの消耗戦を恐れていたことに、不本意ながら気づかされてしまう。そして、それは魔王軍のエリートであるリッチー自身のプライドを深く傷つけ、その傷がやがてノーマンに対する激しい憎悪となっていった。

 「許さんぞ、ノーマン。お前だけは絶対に許さん」

 すると、巨骨兵士ボーン・ゴーレムの全身に無数の魔法陣が浮かぶ。

 全弾発射的なやつ? 今さらしょうもないな。

 ノーマンはニヤリと笑いながらすべての魔法陣を衝撃音波ソニックブームで破壊すると、鎌鼬かまいたちを頭部に一発放ち挑発した。

 「あんたさ、僕を他の冒険者と同じだと思ってんの? そんな普通の魔法マジックを数だけ撃っても僕には通用しないことくらい、いい加減わかってるよね? それとも、お馬鹿なの? 僕を倒したいなら、とっておきの一発撃ってこいよ・・・ってか、そんなのあるの? っていうか、できんの?」

 ノーマンの実にわかりやすい挑発も開戦前のリッチーなら戯言と無視できたはずだったが、憎悪で冷静さを失った状態、しかもその状態に追い込んだ男からの侮辱を受け流す余裕は今のリッチーにはなかった。

 「ノーマン。そうやってわたしを見くびったことを、後悔しながら死ねえ」

 そう宣言すると、巨骨兵士ボーン・ゴーレムの体格に見合った極大の魔法陣を、リッチーが宙に描きはじめる。通常、魔法は威力が大きくなればなるほど魔法陣が大きくなるので、極大魔法ともなると魔法陣の完成には多少時間がかかる。そして、魔法陣を描く作業は他者に邪魔された場合は無効化されるが、術者自身が途中で止めることはできない。もちろんノーマンはそんな法則はこの時点ではまったく知らなかったが、魔法マジックの発現にある程度の時間がかかることは想定していた。

 このタイミング、狙ってたのよ。

 「レオ」「押忍オス

 「ガウ太」「ウオン」

 「カー助」「カー」

 「ピギ夫」「フギー」

 「コー四郎」「コー」

 「みんな最大マックスにデカくなれ」

 『押忍オス・ウオン・カー・フギー・コー』

 チーム・レオの面々は先ほどノーマンから指示された作戦プラン通りに、気配を隠しながら巨骨兵士ボーン・ゴーレムを取り囲む陣形をすでにとっていた。それにノーマンが加わった6人による正六角形の中心には、極大魔法陣の形成途中でなにもできない巨骨兵士ボーン・ゴーレムがいる。

 「やるぞみんな。咆哮ハウル、いってみよ」

 ノーマンの合図とともにチーム・レオの咆哮ハウルの合唱が鳴り響く。そして、それをノーマンの音程調整ピッチ・シフトでA音に調整し、ノーマン自身もA音を最大音量で発声した。

 すると、巨骨兵士ボーン・ゴーレムの体内の骸骨兵士スケルトンの近くに投げつけた音叉アイテムが激しく共鳴振動をはじめ、その波動は瞬時に巨骨兵士ボーン・ゴーレム体内に広がっていく。全身に広がったノーマンたちによる咆哮ハウルの共鳴振動は、防御魔法で固められた巨骨兵士ボーン・ゴーレムの屈強な巨体に内側から膨大なダメージを与えた。そして、変換機コンバーター骸骨兵士スケルトンは大きなダメージ受けると、巨体維持の処理がおいつかず暴走してリッチーに魔力の過剰供給オーバーロードをはじめる。

 (レオ。これが僕たちの合体技、共鳴振動六暴声ハウリング・ヘキサグラムだ)

 巨骨兵士ボーン・ゴーレムの魔力が暴走し巨体が崩壊をはじめると、魔力の過剰供給オーバーロードで大ダメージを受けたリッチーは落下して地面に叩きつけられた。しかし、リッチーのプライドはまだ砕け切ってはおらず、満身創痍で立ち上がり最後の意地を見せる。

 「まだだ、ノーマン。不死の魔人マイト不死魔将リッチーに敗北はない」

 ここまで来ると、尊敬に値するな。本当に立派な将軍だよ、不死魔将リッチー

 でも反撃する力はないだろうな。このままレオの従魔サーヴァントにするのも面白いかもしれないが、ここはレオにスッキリしてもらおう。

 ノーマンはレオの父親ちちが使っていた槍を足ですくって、そのままレオの方にポンと蹴り上げた。

 「レオ。親父おやじにできなかったは、お前が締めくくるんだ。親父おやじを越えたついでに、親父おやじの仇も討ってやれ」

 「押忍オス

 レオは父親ちちの槍に思いをこめて右手で強く握りしめ、反動をつけて全力の投擲ジャヴェリンをリッチーに放つ。荒々しいジャイロ回転でリッチーを串刺しにした槍は、リッチーの体をそのまま螺旋回転に巻き込み、弧を描き竜巻のように上昇していった。そして、北の塔に激しく打ち付けられたリッチーは力尽き、槍に体を貫かれたままグッタリと崩れ落ちる。

 やれやれ、不死ではなかったな。出し切ったかな?

 ノーマンは音感探知ソナー不死者リッチーを確認すると、卒業祝いの拍手をしながらレオの方に歩み寄る。

 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、師匠」

 レオは肩で息をしながら涙目でゆっくり振り返ると、ノーマンはニコリと笑っていた。

 「お前が弟子で、僕はホントに幸運ラッキーだよ。おいで」

 ノーマンが両手を開くとレオは飛び込むように抱きつき、達成感や喪失感や色々な感情を師匠にぶつけた。ノーマンはうんうんと相槌をうちながら自慢の弟子の成長を喜びつつ、心の中では愛娘の10年後と重ね合わせてレオを抱きしめた。


 ああ、夜が明ける頃にはレオともお別れか。子どもが親離れするのは良いことだけど、やっぱり寂しいんだろうな。これはなかなかの予行練習だ。

 「いいか、レオ」

 「押忍オス

 「お前はとんでもなく強くなって、親父おやじもぶっ飛ばして、親父おやじの仇も討った」

 「押忍オス

 「目標を終えたつもりでいるかも知れないけどな」

 「押忍オス

 「大事なのは次は何をするかだ」

 「・・・」

 「別に戦わんでもいい。所持者ホルダーだなんてこと忘れて、普通に生きたって構わない」

 「・・・」

 「どうやって生きるにしろ、お前はその両手から溢れる力で・・・なんでもできる」

 「押忍オス


 俺の目標は元の世界に生きて帰ること・・・俺のこの両手にだって、必ずはずだ。


 ノーマンは唇を噛みしめながら、改めて自分に言い聞かせた。


 


※【23曲目】は2022年8月9日に公開です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る