【19曲目】暗闇から手を伸ばせ
<intro>
平成13年7月7日土曜日
あの頃の自分は、心のどこかでノストラダムス氏の予言を信じていたのか、将来に対してどこかしら無頓着だったと記憶している。結局、恐怖の大王も現れず世界も滅亡しないまま2年の月日が流れた今となっては、もっと将来に対して真剣に向き合うべきだっと少し後悔している。
別に今の生活に不満があるわけではない。ひょんなことから外資系の優良企業に就職し、会社からもそれなりに期待されているのは、むしろ無頓着にすごしてきた割には上出来な立ち位置にいるはずだ。しかし、どうにも根が不真面目なせいなのか、いわゆるエリートさんたちとはそりが合わず、プライベートで会社の人間とかかわることはほとんどない。だので、友人と言えばもっぱらいきつけのショットバー『コースト』に集まる連中ばかりだ。
『コースト』には色んな連中が集まる。俺のような会社員もいれば、近所にある歯科医大の学生に、キャバクラ店の店長とキャバ嬢に、建築関係の
自分の知らない世界や業界の話を聞くのは勉強になる。役に立つ知識であるかどうかは置いといて、普通の会社員である俺の知らない世界を追体験させてくれる彼らの話は、なんというか脳の活動領域が広がる感覚にさせてくれる。そう思考の自由度が上がるような気分になるのだ。
そんな彼らの中でも際立って面白いのが長島義男という2歳年下の男で、中古車販売・自動車整備の仕事をしている。自動車に関してほとんど詳しくない俺にとっては、面白いだけでなくとにかく便利な存在だ。
「もしもし義男、時親だけど車のバッテリーの調子悪いんだけど」
「エンジンはかかる?」
「うん」
「そしたら店まで車乗って来なよ。いつくる?」
「30分後にはいける」
「そしたら牛丼大盛りお前のおごりで買ってきて」
「豚汁もつけてあげる。じゃあ後で」
野間時親は途中で報酬の牛丼大盛りと豚汁を購入してから長島義男に会いにいった。そして、長島義男はボンネットを開けてバッテリーについて丁寧に説明しながら、野間の車が抱えていたバッテリーの
「っていうかさ、大学出てるくせになんでこんな事知らねえんだよ」
「文学部で車のバッテリーのことは勉強しないし、でもバッテリーについては良くわかった。硫酸と銅があれば作れるんだね・・・バッテリーって」
「自分で作る馬鹿はいねーよ。買えよ」
「そりゃ買うけどさ。《もしも》って時はこの
長島義男は気怠そうに牛丼と豚汁をビニール袋から取り出して、廃棄処分予定のタイヤに腰を掛ける。
「そりゃ良かったな。でも、
「・・・そっか」
「お前、ホントは馬鹿だろ?」
<side-A>
「ねえ師匠」
「なに?」
「もし師匠が
おっかない発想・・・こいつやっぱり勇者よりも魔王寄りだな。
「そうだねえ、そのためには僕を
「そっかあ、じゃあ無理だな」
「アハハ」
「ハハハ」
「で、この大きな門は開けられるのかい?コー四郎」
コーザは元のサイズに戻り、片側の扉を少しだけ開ける。
「基本的に外の警備専門で、あんまり中に入る機会がないみたいっす」
「そかそか」
ホントは
門の中をそおっと覗くと灯りはなく、静寂と暗闇に包まれていた。さらに、
「ねえレオ。お前たちは外で見張り、頼んでいいか?」
「えー、なんでですか?」
「だって真っ暗な中じゃ、お前らなんもできんだろ?」
「
食い下がるねえ。
「とりあえず様子だけ見てきたいんだけど、僕が逃げてきた時に扉が閉まってたら困るからさ。頼むよ」両手を合わせて頭を下げる。
「わかりましたよ。絶対に一人で無理しないでくださいね」
不満げに了解したレオは、あぐらをかいて門に寄りかかり、拗ねた。
ノーマンは扉の中に入ると自分から出る音を
奥に広間があるから通路ってわかるけど、この通路もたいがいに広いな。卑怯・狡猾・残忍を絵にかいたようなずる賢い男・
長い通路を抜け大広間にたどりつくがこの
そろそろ来るかな? ノーマンが身構えようとすると床が抜ける。
「うわっ」
さすが卑怯者・・・というか、こんなにわかりやすい罠にかけるかね?
ノーマンは冷静に落とし穴の壁を蹴りながら下っていった。そして、地下の空洞に到達すると、落とし穴の真下には針山が広がっている。それを
「どうやって入った、人間」低い声が洞窟に響く。
「扉が開いてたんでうっかり迷いこみました」
相手が聞き取れるか取れないかの小さな声で返事をすると、聞き取れているかいないか、さだかではない
「樹海のパイアはどうした?」
「お見かけしませんでしたので、お出かけだったんじゃないですかね?」
「門の外の
「そちらもお見かけしませんでしたね」
「針山をどうやってかわした?」
「そんなものありましたっけ」
適当な返答ばかり小声でくりかえすノーマンに、しだいに苛立つ
適当な返答に怒ってんだか小声に怒ってんだかわからんけど、声の波長からだいぶイライラしてるのが丸わかりだな。
そして、
そっちかあ、ちゃんと聞こえてたんだ。さすがにこの閉鎖空間だと
少し体を硬直させながら、こりずに小声で答える。
「嘘とは?」
「私の目には貴様のウソが見えるのだ」
ああ、蛇のピット器官って《やつ》だな体温の変化で探ってやがる。俺の
「愚かな人間よ。貴様は生きては返さぬ」
「勝手にお邪魔したのは謝りますが、殺すのはどうかと」
「黙れっ」
「終わりだ人間。何も見えない暗闇の中で悶え苦しみながら死ね」
そう言って湖の周りのくぼみ部分を埋め尽くす大量の霧を吐き出した。
ノーマンはとっさに鼻と口を手で塞ごうとするがすでに霧を吸い込んでしまった後だったらしく、体を震わせながら両膝から地面に崩れ落ち
「クククッ、この湖の濃硫酸と私の猛毒で生成された
「溶けてしまう前に、私の血肉となることを許してやる」
そう言って
ズサッ、スッパーン。
「相手が悪かったな閣下。闇も毒も効かんのだよ・・・僕には」
<side-B>
ディオさんにもらった
俺がこちらの世界に来て、一番焦ったのは『ブラッドスカーの毒棘』。戦闘は相手が強ければ逃げればいいが、状態異常の方は一度食らったら逃げようがないので、何十倍も厄介だ。あの時は運良く助かったが即死級のアクシデントにこの先遭遇する可能性は否めない。それで『
一応、ディオさんにもすぐ使うと宣言はしていたから、良心の呵責はほとんど無かった。まあ、
だから、レオたちが毒耐性を取得したって聞いた時は少し悔しかったが、少なくとも毒以外の麻痺や睡眠や石化などに対しては有効かどうか確証がない間は、師匠である俺の優位は未だ揺らがないと考えてよしとした。
だから、レオが俺を
一方で、マレディ山にいる二人の
でも、多分あの勝ちっぷりを見て悔しかったんだろうね、何がなんでも
大広間に入ってツーンと酸性の香りがした時に、義男の
落とし穴には笑った。
針山もお粗末だったなあ。あれが立ち上がって退路を塞ぐのも丸わかり、というか俺がアイツの立場だったら、そもそも目の前に落ちる落とし穴作ったけどな。だって至近距離で
他にも
俺がアイツの立場だったら、
会話も全部適当に返してやった。あれでアイツの気持ちを逆なでしてやったった。狡猾な奴とはまともに会話したら負けだからね。正しい情報なんてやる必要はない。相手の計算にプラスにならない情報でイライラさせるのが一番。
案の定、勝負?アイツは勝負ではなく一方的に罠にはめたつもりだろうけど、過程を楽しめなかったアイツは、勝負手を焦って対象の観察を怠った。
まあ、さすがに
お洋服が硫酸に耐えられるか心配だったけど、
そんで、アイツの頭にふれて
ピギ夫よ、アイツは狡いけど賢くはなかったぞ。
ノーマンは煙草を吸い終わると
・
・
・
・
コイツの臓物は解毒薬の研究に使えそうだな。肉はやっぱりコー四郎に食わせてやるべきなんだろうか? というかこの洞窟、結構深いよな。とりあえず俺が無事ってことと中には入るなってことだけは伝えとかなきゃ。毒耐性といったって硫酸が
ノーマンは
「レオ君、お待たせ」
ノーマンが扉の隙間からヌッと顔をのぞかせると、満面の笑みで振り返るレオ。
「師匠、お帰りなさい。下調べはバッチリ済みましたか?」
「それなんだけどお・・・うっかり
ノーマンはおどけて見せ許しを乞うてみたが、レオは怒りと軽蔑の眼差しでノーマンを糾弾した。
「でたでた、はじまったよ。ずるいっすよ、そういうの・・・」
やっぱり、こうなったか。
「あのな。中はホント真っ暗でさ、罠もあったし
「毒攻撃だったら俺らだって耐えられますよ」
怒りが収まらずムキになっているレオに、ノーマンは片膝をついて目線を合わせると優しくゆっくりとした口調で語りかける。
「あのなレオ、毒にもいろいろ効果があるんだよ。全身が麻痺したり失明したり後遺症が残るのもあれば石化することもある。眠らされたり、それこそ即死する状態異常だってあるんだよ。その状態異常をお前らが完全に防げるかどうかを確認せずに
「だとしても、師匠が戦ってるの見せてくれるくらいいいじゃないですか」
「暗くて見えないよ」
「でも・・・」
「あのなレオ。バジリスクって野郎は卑怯者なんだ。ピギ夫もいってたろ?」
「はい」
「アイツがもし戦闘中お前を見つけて、お前が人質にでもなったら、流石の僕もお手上げだ」
「・・・」
「もしもレオの身に何かあったら、僕はお前の爺さんやディオさんに会わせる顔がない。いや、それだけじゃない・・・何より、僕が悲しいだろ」
レオは目を少しうるませて目線を下にやった。
「すいませんでした。いつも師匠が正しいのはわかってるんです。俺のことをちゃんと考えてくれてることも」
ノーマンはレオの頭をワシャワシャとして立ち上がる。
「安心しろレオ。お前らには、あそこではバリバリ働いてもらうから」
そう言って、マレディ山の頂上をビシッと指さす。
「あそこには
レオは自分の不遜な態度に怒ることなく、それどころかちゃんと出番を考えていてくれたノーマンに感動し、機嫌をなおしてニコリと笑って元気に応えた。
「
コー四郎の話によれば、
「レオ、大丈夫か? 顔色がずいぶん悪いけど」
「頭が痛いっす。それと苦しくて気持ちわる・・・ゲー」
ノーマンが慌てて嘔吐したレオを介抱しながら他のメンツの様子を見ると、
「カー助がこれじゃあな。 レオ、
「はい」
レオが虫の息で
あんだけ強くても毒耐性があっても酸欠にはかなわんか。ん?ということは、どんなに屈強な冒険者でも
「みんなー、
「師匠」
レオが力なく声を絞り出した。
「ん? どした?」
「みんなに
「怪我や毒じゃないから、効くかわからんぞ。それに、あれは体に負担もかかるし」
「
うーん、副作用とかも調べたいから被験体になってくれるのはありがたいんだけど。あっそうだ、あれがあんじゃん。
「
ノーマンはウルズの泉水に浄化の結晶を溶かした、
最初に毒にやられた時は、これで乗り切ったし、毒以外にも効果があるか試したいと思ってたんだ。
そして、ノーマンが全員にその液体を飲ませると、皆の
へえ、効くんだ。ってことは、これは状態異常に対して効果があるってことか?
レオはニヤリと笑って「行けますね」と元気いっぱい登山を再開するが、しばらくして高度が上がると再び顔色が悪くなる。
「薬を・・・」
「あのな、この薬品には『
ノーマンが再び全員に
『酸欠耐性』
まあ理屈はわかるよ・・・なるほどね、経験を重ねると能力になるのね。いいねえ、わかりやすい世界で。
「師匠」
満面の笑みでレオが呼ぶ。
「なんだよ」
「戦闘以外でも強くなるのは、大事ですね」
「そだね」
そんなん知ってる。だから
やっぱり
ディオさん。多分、僕は正解だ。
さとこ。パパはそっちに帰っても病気にならない体になったようだよ。
※【20曲目】は2022年7月19日に公開です。
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