【16曲目】Doing All Right

<intro>

 『紅蓮のマリウス』の通り名を持つ☆5の魔法マジック戦士ウォリアーには、ニコラスという10歳年上の兄がいた。17歳で所持者ホルダーに覚醒したニコラスはあまり強くはなかったが、マリウスにとってニコラスは憧れの存在であり自慢の兄だった。

 マリウスが12歳の時にニコラスは冒険者ギルドの依頼でナザブ村の防衛任務につき、それ以来離れて暮らす日々が続いていく。そんな中、マリウスは15歳で所持者ホルダーに覚醒し冒険者デビューを果たすと、瞬く間に兄のレベルを追い抜き冒険者の間でも名の知れる存在となっていった。冒険者ギルドに登録してたった1年強で『勇者候補』とまで言われるようになってからも、マリウスの憧れ存在がニコラスであることは変わらなかった。身を挺して仲間を守る優しいニコラスは、マリウスにとっていつまでも自慢の兄だった。

 マリウスが17歳の年、冒険者ギルドに不幸なニュースが入る。

 「冒険者ニコラスが防衛任務を放棄して逃走」

 「ナザブ村が猪型魔獣カリュドーンにより壊滅」

 ナザブ村の生存者からの証言により悲しい事実として伝えられたが、マリウスには到底受け入れられない事件であった。

 それからマリウスは必死になってニコラスの行方を捜索した。兄に会ってその時に何があったのかを兄の口から聞くために。ほどなくしてニコラスと再会を果たすが、その時にはすでにニコラスはすっかり変わり果てた姿になっていた。伸びきった髪、やつれた顔、うつろな目、荒れた肌、ボロ布のような服、放つ悪臭、ずっと憧れていた優しい面影はもうそこにはなかった。人目を避けるように身をひそみじめな暮らしをしていたことは一目瞭然であった。

 心が病んでその時の事情をうまく説明できない兄から得た情報は、猪型魔獣カリュドーンというマレディ樹海のぬしが途方もなく強いという事と自分のせいで村が滅んだという懺悔の言葉だった。

 しかしマリウスは兄に失望しなかった。☆1の冒険者で編制された弱小 小隊パーティーの仲間を守るため、逃走を選択した兄の判断を誇らしいとすら思った。しかし任務を放棄した冒険者に対する憤りは心の中でくすぶり、やがてその憤りは激しい怒りとなって村を壊滅させた猪型魔獣カリュドーンへと向かっていく。

 そこからのマリウスはの活動は、憧れの兄に逃走を選択させるほどの強敵である猪型魔獣カリュドーンに復讐を果たすべく、自身の強化と『強い仲間』を集うことに傾向していく。

 絶対的な防御力を誇る大楯の戦士ウォリアー『鉄壁ディラン』。この世に壊せぬむのはない戦斧バトルアックス使いの戦士ウォリアー『壊し屋ヘンスレイ』。風魔法と雷魔法を自在に扱う攻撃系魔術師メイジ『風雷のシスカ』。小隊パーティーの危機管理を完璧にこなす回復系魔術師メイジ『祈りのへレーナ』。絶対に的を外さない弓の名手『早撃ちハリス』。小隊パーティーの戦闘を優位にするためにあらゆるトラップ魔法を駆使する『万策のクーン』。そして、この6人を束ねるリーダーは圧倒的な剣術と炎の魔法で無数の魔獣モンスターを葬り去った天才 魔法マジック戦士ウォリアー『紅蓮のマリウス』

 7年かけてギルド最強の小隊パーティーと呼ばれるまでに上りつめた7人は、ニコラスの心とザナブ村の民のかたきである猪型魔獣カリュドーンを討つために満を持して立ち上がった。

 そして、この兄への偏愛が、勇者候補とまで言われた冒険者マリウスの運命を大きく変えてしまうことを誰も知らない。



<side-A>

 「いやー、うちの宿屋にこんなビッグな来客がくるとはね」

 「なにしに来たんだ?今朝早く出て行ったけど」

 「酒じゃないですか?うちの村にはそれくらいしかないし」

 「でも、あの人たちならどの国に行ったって最高の酒が飲めるだろうよ」

 「ですよねー」

 宿屋で不毛な会話が交わされいた頃、客人と朝食中のジョゼの元に馬に乗った村人がやってきた。

 「ジョゼ村長、大変なことになりました」顔面蒼白である。

 「どうした?」

 「緊急事態です。すぐに来てください」

 ただならぬ危険を感じたジョゼは急いで家を出る。

 っていうか、ジョゼさんって村長なの?というか何が起きた?

 音感探知ソナーで様子をさぐると、村の中心にある広場に人が集まっている。中心には大きな猪型の魔獣モンスターらしき物体が横たわっていて、どうやら何者かによって捕獲されたらしい。

 ノーマンはレオを連れて人目につかぬように現場へ急ぐ。ジョゼよりも先に到着したノーマンたちは木の上から見物をきめこむ。すると、この大型の魔獣モンスターを捕獲した小隊パーティーのリーダーであるマリウスは高らかに声を上げた。

 「かつて、ナザブ村を壊滅に追い込んだ凶悪なマレディ樹海の猪型魔獣カリュドーンは、我々が捕獲した。もうおびえなくて大丈夫だ」

 (師匠、あれがフィオのお母さんたちを殺したっていうってことですか?)

 (うーんどうなんだろう。確かに魔獣としては大型ではあるけど、羽広げたカー助の方が大きく見えるよな?)

 (ですよね。昨日のゴーレムたちの方が迫力あったっすよ)

 そこへジョゼが現れ、駐在の冒険者に事情を説明するように求める。

 「これはどういうことだ?」

 「それがですね、村長。こちらは冒険者ギルドでも最強と名高い小隊パーティーの皆様でして。今朝方けさがたこの猪型魔獣カリュドーンを捕獲していらしたんですよ」

 「あなたが村長ですね。8年前にナザブ村を滅ぼした凶悪な猪型魔獣カリュドーンを捕らえました。これで気が済むとは思いませんが、かたきはとりました」

 少し誇らしげに語るマリウスを見て、ワナワナと怒りに体を震わせるジョゼ。

 「あんたは何を言っているんだ。たしかにこれもいたが、これはなんかじゃない。ふざけるのもたいがいにしろ」

 マリウスは感謝でもされると思っていたのか、あっけにとられた。

 「どういうことです?」

 「あんたたちは大変なことをしてくれたな」怒りから絶望へと変わる。

 「もう駄目だ、が来る」

 ジョゼはそう言って深くうなだれたが、すぐに強い気持ちを取り戻す。

 しかし、村長としての責務は果たさねば。

 「村人全員に伝達だ。今すぐ南へ逃げろ」

 「なんなんだよまったく」

 「せっかく捕まえてやったってのに」

 「もっと感謝されると思ったわ」

 マリウスたちには事の重大さがまったくわかっていなかった。

 (やっぱり間違いだったみたいっすね)

 (すね。っていうか、北からとんでもないのが近づいてきてるんだけど)

 (ジョゼさんの言ってたですね多分)

 (だな。とりあえずお前下いって、あの間抜けな冒険者連中に大声で『北から魔獣モンスターの大群が来るぞー』って知らせてこい)

 (俺らは行かなくていいんですか?)

 (まだいい。自分で蒔いた種だからな、尻ぬぐいは自分たちにやらせとけ。最強ってのを見せてもらおうじゃないか。それに・・・)

 (それに?)

 (フィオが来た)

 (まじっすか?)

 (だからとりあえずは様子をみよう)

 (押忍オス

 レオは木を降りて善意の第三者を装い皆に聞こえるように大声で叫ぶ。

 「北から魔獣モンスターの大群が来てるぞー。村民は急いで南に逃げろー。冒険者さまたちは魔獣モンスターの撃退をお願いしまーす」

 冒険者って、小馬鹿にした感じがいいじゃない。

 「なんだと?」

 マリウスたちに冒険者のスイッチが入る。

 「みんな、とにかく今はこの村を守る。いいな」

 『わかった』

 マリウスと仲間たちは武器を構え、掛け声を上げる。

 『すべては正義の名のもとにっ!』

 なんじゃそりゃ。こいつらはおそらく自分のやってることは全部正しいって思うタイプの連中だな。俺とは合わんわ。

 せせら笑うように呆れたノーマンはばれないように後をつけた。


 「レオ、何があったの?え、これって猪型魔獣カリュドーン?」

 少し遅れて現場にあらわれたフィオにはまだ状況が理解できていない。

 「フィオ。勘違いした冒険者がさ、捕獲したらしい。ひでえよな」

 「フィオ」

 「お爺ちゃん」

 「ここは危ない、すぐに逃げるんだ」

 「お爺ちゃんはどうするの?」

 「わたしは村長として一人でも多くの村民を。レオ君、フィオを頼む」

 そう言って、ジョゼは走り出した。しかし、それを放っておくフィオではなく、ジョゼを追って走り出す。

 そりゃそうだろ、俺だって爺ちゃんが危なかったら放ってはおかないっての。

 レオは迷うことなく二人に付いていった。


 「おいおい、猪型魔獣カリュドーンが何体もいるぞ」

 「ホントにじゃなかったの?」

 「とにかく、一体ずつでも倒すしかない」

 「トラップ魔法をやまほど仕掛けて捕獲した相手だぜ?」

 「それでもやるんだ」

 ちーがーうーだーろー、違うだろー。倒すんじゃねえよ。村民ファーストだろ。トラップ魔法なんてもんがあるなら、村に侵入させないのが先だろ。ああダメだこいつら。魔獣モンスター倒すことしか頭にないわ。敵を倒す=正義だと思ってるわ。

 それでも、この最強チームは猪型魔獣カリュドーン相手に善戦した。盾役のディランが先頭に立って相手の足を止めると、即座にヘンスレイが戦斧で攻撃を加える。シスカが攻撃魔法の準備をしている間にハリスが弓を連射する。クーンが気配を消しながら猪型魔獣カリュドーンの周囲にトラップ魔法を張り巡らす間に、へレーナが小隊パーティー戦闘力ステイタスを上げる補助魔法を唱える。そして、マリウスがとどめの『炎剣』を猪型魔獣カリュドーンに放つが、他の猪型魔獣カリュドーンに妨害される。崩れた陣形を立て直しながらへレーナが回復魔法でダメージコントロールを行う。

 そんな攻防を繰り返すが結局 猪型魔獣カリュドーンを一体も倒せないまま、農園は他の猪型魔獣カリュドーンに群れに荒らされていった。

 そろそろ出番かな? とノーマンが考えたとき、猪型魔獣カリュドーンの後方から超大型の猪型魔獣カリュドーンがゆっくり現れる。

 えーーー、デカすぎるだろ。正面から見たら巨岩兵士ストーン・ゴーレムと変わんねえじゃん。

 まるで動く山のような威圧感にさすがの最強チームにも動揺を隠せず、それぞれの肉体は心よりも早く反応した。あるものは本能的に離脱を試み、あるものは硬直したまま震えて声もでない。恐怖のあまり失禁した仲間の姿を見て、震えの止まらないマリウスから声が漏れる。

 「ぼくたちは、大きな間違いを犯した。こいつがだったんだ」

 だが、時すでに遅し。真実を悟ったマリウスとその仲間たちは、すでに数体の猪型魔獣カリュドーンによって退路を塞がれていた。迫りくるから放たれる魔気オーラに押しつぶされそうになると、最強チーム一瞬にして『死』の恐怖につつまれる。そして、それが生きる事への諦めに変わるのには、さほど時間はかからなかった。追い打ちをかけるように、低く重たい声でがうめく。

 「人間ども・・・皆殺しだ」

 マリウスはもはや声にならない声でつぶやいた。

 (兄さん、先生・・・ごめんなさい)

 かくして冒険者ギルドが誇る最強チームはマレディ樹海のの餌となり、その華々くも短い人生を終えたのだ。



<side-B>

 こいつはマジでヤバいぞ。巨岩兵士ストーン・ゴーレム並み、いや、それ以上に強い。とにかく、農園荒らしを止めて、村人の安全を守るのが優先だな。

 ノーマンはレオとの合流を目指し全速力で村に戻る。

 

 一方その頃、レオは無謀な二人を必死に説得していた。

 「ジョゼさん、村民への周知は俺がしますから。とにかく、フィオと逃げてください」

 「子どもにそんなことは任せられない。レオ君、お願いだからフィオを頼む」

 「わたしはたった一人の家族を見捨てるわけにはいかないの」

 そんなやり取りの中、猪型魔獣カリュドーンが襲ってきたので、レオは思わず槍を出して猪型魔獣カリュドーンの襲撃を退ける。

 「レオ?」

 「フィオ・・・ごめん。俺、所持者ホルダーなんだ。だから二人は逃げてくれ」

 猪型魔獣カリュドーンが反撃の体勢に入ると、レオはガウとカークを召喚した。

 「やんのかよ、猪。お前なんて怖くないぞ」

 おそらく格上の相手に対しても、一歩も退かないレオの気迫が猪型魔獣カリュドーンをひるませる。

 「よーし、良くやった我が弟子」

 そう言って猪型魔獣カリュドーンの背後から登場したノーマンは、脳天にかかと落としを決めて気絶させた。

 「師匠」

 涙を浮かべながら師匠の登場に安堵するレオに微笑みかけると、ノーマンはその場にいる面子に今すべきことを伝える。

 「ガウ太とカー助は火災の鎮火だ。そんで怪我人と村人の回収はレオ、お前に任せる。フィオとジョゼさんは・・・とにかく逃げろ」

 「ガウ太、カー助。お前らの疾風ゲイル竜巻トルネードなら火が消せる。頼んだぞ」

 「ウオン(まかせて)」

 「カー(りょうかい)」

 「レオ、こいつを持っていけ。使い方はわかるな?」

 「押忍オス

 ノーマンが手持ちの回復薬・治療薬・解毒薬をすべてレオに手渡すと、フィオはその手際の良さになぜか苛立ちを隠せずにいた。

 「あんたなんなの?」

 「すまんフィオ、とにかく生き伸びてくれ。言い訳も後でたんまりするし、罵詈雑言をいくら浴びせてくれてもいいから・・・とにかく生き延びてくれ」

 ノーマンの気迫のこもった真剣な表情に圧倒され、フィオは黙ってうなずく。

 「師匠は?」

 「僕はあの大将と話しをつけてくる」

 レオは師匠の無事を祈る気持ちと絶大な信頼を込めて言った。

 「押忍オス。頑張ってください」


 大型の猪型魔獣カリュドーンは荒れ狂う。

 「の息子はどこだ? 人間ども絶対に許さんぞ。焼き殺してやる」

 ゆっくり前進しながら指示をだす。

 「息子たちよ、人間を駆逐せよ。腹が減っているなら食らえばいい」

 

 フィオが魔獣モンスターを恨んではいなかったのは、冒険者に対する怒りと軽蔑の思いの方が強かったからかもしれない。そんなフィオにとって捕らわれた猪型魔獣カリュドーンは、むしろ被害者のように見えていた。レオと離れたあと、ジョゼの制止を振り切って広場で横たわった哀れな猪型魔獣カリュドーンに向かって歩いた。

 「ごめんね。アイツらが余計なことしなければ無事だったんだよね」

 涙を流しながら近づくフィオ。とその時。

 「の息子に何をする気だ、人間。許さんぞ」

 捕らわれた猪型魔獣カリュドーンに人間が危害を加えようとしていると勘違いしたが襲いかかる。

 「止まれー」ノーマンの放った『言霊ヴォイス』と超音波ソニックの合わせ技が周辺に鳴り響くとすべての魔獣モンスターが一瞬動きを止めた。

 お前ら(ガウ太&カー助)は止まらんでいい。

 そして続けて歌をうたう。

 「♪~」

 はわずかではあるが自分を含め猪型魔獣カリュドーンたちの士気が下がるのを感じた。

 「何をした人間。いや、貴様何者だ」

 は前掻きで下がりかけた士気を自ら奮い立たせると、まさに猪突猛進でノーマンを襲いかかる。ノーマンは冷静にギターを山刀マチェットに持ち替え、二刀を中段で構え衝撃に備える。は左右にステップしてフェイントを入れながら猛スピードで接近すると、ノーマンの左側に回りこみ低い体勢からミサイルのような右牙をノーマンめがけて突き上げた。

 「死ね、人間」

 巨体質量×猪突猛進速度が生み出す膨大な運動エネルギーが牙の先端に集中し、とてつもない破壊力に変換されてノーマンに迫る。しかしノーマンはその右牙の先端を、体の正面で交差させた二つの山刀マチェットで押さえつけた。消撃アブソーブという巨岩兵士ストーン・ゴーレムパンチを食らって思いついた迎撃カウンター縮地フリートを応用した新技は、体を緩衝材に見立て受けた衝撃エネルギーを極限まで減少させる技。どうにか攻撃を止めることには成功したが、ノーマンの口から血がこぼれる。

 チッ、まだ未完成だな・・・ダメージが想像以上だ。でも、即死するほどじゃない。

 そしてニヤリと笑う。

 二人は右牙と山刀マチェットまじえたまま対峙する。

 「わが渾身の一撃を受け止めるとは、やるな人間」

 ああ、コイツは格下にも手抜きしないタイプだな。

 「あのね、お話があるんだけど」

 「はなし?」

 「まず、ちゃんと謝罪する。申し訳なかった」

 「?」

 「馬鹿な連中が勘違いとはいえ、あんたの大事な坊ちゃんを、卑怯な手を使って傷つけ拉致した。あんたが怒るのも当然だ。馬鹿どもに変わって正式にあやまる・・・スマン」

 「それがわかっているなら、やった連中を差し出せ」

 「そうしたいのは山々なんだが・・・さっきあんたが食っちまった」

 「あいつらか」

 「ってことで制裁も済んだわけだし、この辺で手打ちにしちゃもらえんだろうか?」

 「人間どもは前にも同じような罪を犯した。二度目はない」

 「そこをなんとか。あんたの一撃を受けた僕に免じて」

 このさんは、俺が引けば押すし押すと引くし、絶妙に意地悪してくるな。

 このは、離れようとしても進もうとしても、自由にさせてはくれんな。

 『力を測っているのか?』二人は同じようなことを考えていた。

 「だめだ。村人を皆殺しにして息子は連れてかえる」

 チッ、意固地だな。仕方ない。

 「それなんだけど。馬鹿で卑怯な連中がおかしなトラップ魔法をしかけたらしく、坊ちゃんのあの拘束を無理やり引っぺがすと危険みたいだよ(ウソだけど)」

 「なんだと?」

 「坊ちゃんもだいぶ流血してるみたいで、かなり憔悴している。このまま無理やり連れて帰ると多分途中で死んじゃうかな、と(ウソだけど)」

 「ならばすぐに拘束をいますぐ解け」

 「そうできれば良いんだけど、なんせ魔法を仕掛けた張本人じゃないと難しいみたいでね(ウソだけど)」

 「解けないのか?」

 おっ、親の部分が出てきたな。あと一押し。

 「いや、僕に一晩くれ。必ず安全に拘束を解いて怪我も治して万全の状態で引き渡す」

 「人間を信じろと?」

 「人間は信じられなくても、はどうだい? 明朝には大将が焼け野原にした村のあった場所に必ずとどける」

 はノーマンの目をじっと見つめながら少し考える。

 「ではあの小娘をよこせ」

 「?」

 「オレの息子のそばにいるあの娘だ」

 フィオ?まずいな。

 「いいわよ」フィオが立ち上がる。

 へ?

 「ノーマンさん。ちゃんとあの子を助けてあげて。それでちゃんと親御さんに返すべきだわ」

 もはやどっちが悪者なのか、わかんなくなってきた。

 「もちろん」

 「お前の名はノーマンというのか?」

 「ああ」

 「ならばノーマン、明朝の息子を無事に連れて来い。そこで人質交換だ」

 フィオには申し訳ないが、飲むしかないか。

 「わかった」

 「それで、そのあとはオレと一騎打ちをしろ」

 へ?どゆこと?

 「オレは誰にも邪魔されず、お前と戦ってみたい」

 これも飲むしかないよね・・・。

 「僕が勝っても負けても、それで手打ちってことにしてもらえるなら」

 「勝てると思っているのか?」

 「負けるつもりではやらない」

 目を合わせたまま二人はニヤリと笑う。

 お互い呼吸を合わせたように牙と山刀マチェットをおさめると、は踵をかえし息子である7体の猪型魔獣カリュドーンに破壊行為の停止を指示した。そして、フィオは先ほどまで気絶していて遅れて来た猪型魔獣カリュドーンの背に乗り、マレディ樹海の方へと帰って行った。

 「ふう、ブラフが通用してよかった」

 その場に座り込み、口に溜まった血をペッと吐いた。薬品はすべてレオに渡してしまったので、虎の子の超薬U.Pを口に含んでクチュクチュしてから飲み込む。

 「まずは人質に死なれたら目も当てられない」

 ノーマンは捕らえられた血だらけの猪型魔獣カリュドーンの体に手をあて、超音波検査エコーで瀕死でないのを確認すると少し迷った。

 治療・回復したとたんに暴れたりせんかね?こういうのはやっぱり魔獣モンスター博士に相談しとくか。

 超音波ソニックでレオを呼び出す。

 「村の被害状況は?」

 「農園はだいぶやられたみたいです。ガウとカークが確認中だけど、たぶん誰も死んでないと思います。あっ、薬は村の人に任せました」

 「うん、ありがと。お疲れ様だったね」

 とにかく、村人に死者がでなかったのはなによりだ。ってことは、死んだのは最強の冒険者たちと駐在の冒険者だけだな。

 「ときにレオくん」

 「なんすか?」

 「フィオが連れていかれた」

 「なんですって?すぐに助けに行かなきゃ」

 「いやいや、明朝このお坊ちゃんと交換する」

 「でも」

 「大丈夫。こちらが約束を守ればあの大将はフィオにはなんもせんよ。そんなことよりもだ、その交換相手の坊ちゃんなんだが、回復させて大丈夫かな?」

 レオは少し不満げな表情を浮かべながら猪型魔獣カリュドーンに近寄り手をそえる。

 「ひでえ怪我だな。あいつらお前を罠に誘導して捕らえたんだろう?」

 弱い呼吸の猪型魔獣カリュドーンが目だけ動かしレオをじろりと見ると、レオは猪型魔獣カリュドーンの体におでこを押し付ける。

 「ごめんな。あんな連中のどこが最強だってんだよ。すぐに怪我なおしてやるから暴れるなよ。かならず助けてやるからな」

 なんか胸騒ぎがするな。

 ノーマンは弟子を見つめながら胸がざわつくのを感じる。

 ノーマンがレオと丁寧に拘束を解いて超薬U.Pを準備していると、猪型魔獣カリュドーンは生まれたての子鹿のようにぷるぷると立ち上がろうとした。

 「だめだよ無茶すんなって、いますぐ治療してやるから」

 「フギー」

 力ない声で鳴く猪型魔獣カリュドーン

 「なんか言いたげだな」

 「『ありがとう』って言ってますよ」

 あれあれ、レオ博士・・・まさかの?

 レオと猪型魔獣カリュドーンの目が合うと両者の額に魔法陣が浮かぶ。

 「俺と一緒に来るか?」

 「フギー」

 次の瞬間、二つの魔法陣が光の線でつながる。そして4tトラックほどのサイズだった猪型魔獣カリュドーンの体は光をまとい軽自動車ほどのサイズに小型化し、ダメージも完全に回復した。

 「師匠」満面の笑みで振り返り、無邪気に喜ぶレオ。


 ああ、交換しなきゃならん人質を、こっちの仲間にしちまいやがった。

 明日はフィオをどうやって助けたらいいんだろう。

 まあ、どうにかなるか。




※【17曲目】は2022年6月28日に公開です。

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