【15曲目】酒と泪と男と女

<intro>

 大陸暦2001年8月6日一曜日、ナザブ村に一人の女児が誕生した。名前は『フィオーレ・アルベロ』。ナザブ村にある葡萄酒園ワイナリー主人オーナージョゼ・アルベロの息子シモーネ・アルベロとその妻フェデリカの間に生まれたその女児は、ジョゼにとって目に入れても痛くないほど愛おしい初孫だった。

 当時の魔王軍にどういう意図があったのかはわからないが、所持者ホルダーではない一般市民に対しての攻撃には消極的で、襲撃の矛先は主に各国の都市部に向けられていたため、辺境の村々の平和は比較的守られていた。魔王軍の拠点があったマレディ山のふもとのナザブ村もその例にもれず安全であったため、フィオーレは家族とともに比較的に幸せな幼児期をすごすことになる。

 暴君の圧政に苦しめられた経験のある村や、国家間で起きた戦争の巻き添えをくらった村の住民からすると、魔王軍と戦争状態にあるほうがむしろ平和で幸せに暮らすことができたというから皮肉なものである。

 しかし魔王軍との戦争の激化にともない、そんな平和な辺境にも異変が生じる。勇者の出現に呼応するかのように活性化された魔王の強大な魔力が、魔王の統制下にない野生の魔獣モンスターにまで影響をおよぼし、それらの暴走を誘発したのだ。やがて、無駄に攻撃性が強くなった魔獣モンスターは頻繁に人を襲うようになり、辺境各地の被害も徐々に拡大していった。そして、ナザブ村ではその対策として村の防衛を冒険者ギルドに依頼することにしたのだ。

 この時、大公領首都フィリトンにある冒険者ギルドの本部には、ロカーナ国内の村々から同様の依頼が殺到していた。しかし、伝統的に固有の軍隊を持たない大公領は有事の際には冒険者ギルドから大量に傭兵を雇い入れるため、腕の立つ☆3以上の冒険者はほとんどそちらに取られてしまい、ギルドの名簿には☆2以下の冒険者しか残っていなかった。そして、その☆2の冒険者ですら殺到しているすべての依頼に答えるためには圧倒的に数が不足しており、本来であれば村の防衛業務には派遣しない☆1の冒険者が大量に投入されることになる。こうしてナザブ村には☆2の冒険者1人と☆1の冒険者7人で構成された計8人の小隊パーティーが派遣されることになった。

 8人は職務によく励み、村の被害を最小限におさえ、住民にも溶け込んだ。そして、彼らはしばらくして戦争が一応の終結を迎えたあともナザブ村の駐在任務を志願しそのまま村に居残った。そうやって平和な日常のもとで5年の歳月がたったころ、思いがけない事件が起きてしまう。

 それはフィオーレの11歳の誕生日だった。



<side-A>

 リオウ山脈を抜けパマル農地に足を踏み入れると、ノーマンはレオに装備品すべてとガウとカークをしまわせる。そして、レオには魔術師之杖ロッドと少し大きめの布のバッグを待たせ、自身はマントと山刀マチェットをしまい大き目のリュックを背負いアコースティックギターのハードケースを左手に持った。

 「ガウとカークはわかりますよ。でも、なんで装備までしまうんすか?」

 「所持者ホルダーであることを隠すためだよ」

 「意味わかんないっす。別にここにだって冒険者ギルドから派遣された駐在だっているでしょうし、旅の途中に立ち寄る冒険者もいるってパウロも言ってたじゃないですか」

 「うんうん、わかるよ。でもさ、駐在さんも旅の冒険者もパウロもちゃんと冒険者ギルドに登録して身分がはっきりしてる連中なんだよ。僕たちは、まだ冒険者ギルドに登録もしてない、身分不詳の野良の所持者ホルダーなわけよ。正体不明のオッサンと子どもが武装してウロウロしてたらやばいだろ?」

 「たしかに、怖いかもしれない」

 「そそそ、だからまあせめてギルドに登録するまでは普通にしてようや」

 「押忍オス。じゃあ、師匠に従います」

 レオは渋々という感じで師匠の提案を受け入れた。

 多分、強くなって冒険者特有の自己顕示欲がちょっと出てきちゃったかなあ。ここは俺が折れるとするか。

 「あとね、僕はさレオ。魔獣モンスターのいないところではできるだけ普通に暮らしたいんだよ。申し訳ないけど、付き合ってもらえないかな?」

 「そういうことなら仕方ないですね。師匠に付き合ってあげます」

 「うん、ありがとう。そしたら、村に入ったら『師匠』じゃなくて『ノーマンさん』でよろしく頼むわ」

 「押忍オス、ノーマンさん」

 ふう、子どもの機嫌をとるのは大変だね。

 「じゃあそういうことで、日が沈む前にはカトリヤ村には入ろう。人目につかぬように全速力で行くよ」

 「押忍オス


 小さな村落を2つほど通り抜けるとカトリヤ村が二人の視界に入ってきた。

 カトリヤ村は遠目で見ても道も家並みもしっかり整備されていて、レウラ村や通り抜けてきた村落とは異なり、どちらかというとと言われた方がしっくりくる。とりあえず、何食わぬ顔をしてしれっとお邪魔してみよう。

 「師匠。なんかすごいっすね」

 「うん。村っていうより町だよね。明るいうちに到着できてよかった」

 「さすがに足が痛いっす」

 「じゃあ宿屋でもさがそうか」

 「師匠、お金あるんですか?」

 「あっ、少ししかないや。道具屋か冒険者見つけてアイテムを金に換えよう」

 二人がそんな会話を交わしながら歩いていると、一人の少女が少し警戒した表情で近寄ってくる。

 「あなたたち、この辺じゃ見ない顔ね。服装も変わっているし、山賊?」

 ほんとに山賊だったらこの娘はどうする気なんだろう。

 「どもども、こんにちは。僕ら旅の途中で」

 ノーマンは頭を下げながらレオの頭を掴んでおじぎさせる。

 「ふーん、ならいいけど。この村は初めて?」

 「うん、とても立派な村で感動だね」

 「へえ、うれしいこと言うじゃない。宿はどうするの?」

 「今しがた到着したばかりで右も左もわからない状態なんだけど、もしよかったら宿屋か道具屋のあるところまでご案内お願いできる?」

 「道具屋?」

 「お金の持ち合わせがないもので、手持ちの品を換金できればと」

 「この村に道具屋はないわ。でも、ちょうど宿屋に商人が泊っているから、話してみたらいいわ」

 なんか色々助かったな。この娘も口調はきついが悪人ではないようだ。

 宿屋に向かって歩きながらお互いの自己紹介がはじまる。

 「わたしはフィオーレ・アルベロ。実家の葡萄酒園ワイナリーで働いているの。あなたたちは?」

 葡萄酒園ワイナリーだと? いきなりビンゴではないか。

 「僕はノーマン、吟遊詩人。それでこの子はレオナルド。レオって呼んでくれ」

 「吟遊詩人ねえ、それで変な格好しているのね。で、二人の関係は?親子?」

 そうか、吟遊詩人ってだけで普通じゃない服装でも許されるんだ。

 「レオはレウラ村の子で、フィリトンにいる親戚のところに連れてってくれって、こいつのお爺さんに頼まれてね」

 「(親戚?お爺さん?)レオ君のご両親は?」

 「母さんは病気で死んだ。親父は冒険者になって出てったきり」

 フィオーレは立ち止まり、突然レオを抱きしめる。

 「大変だったんだね。偉かったね」レオは少し驚きながら返答する。

 「あっでも、爺ちゃんがいたし。今は『ししょ』じゃなくてノーマンさんが一緒だから楽しいよ」

 フィオーレはレオの両肩に手を置き顔をじっとみつめ微笑んだ。

 「そっか、レオ君は強いんだ。お姉さんも見習わなきゃ」

 多分、この娘も両親いないんだろうな。しかも、レオになにやら好感をもったようだ。これはいい流れだ。でかしたレオ。これはいいコネクションになるぞ。

 そんな不埒なことをノーマンが考えていると事件イベントが発生する。

 「牛が逃げたぞー。みんな危ないから家に入れー」

 ノーマンが音感探知ソナーで確かめると前方約500mから興奮状態の20頭の牛の群れが迫ってくるのがわかる。

 「こっちに来る」

 「大変だわ、どこかに隠れなきゃ」

 「いえいえここは我々にお任せあれ」

 ノーマンはギターを構える。

 (ちょっと師匠、所持者ホルダーってのは隠すんでしょ?)

 (大丈夫。僕の職業ジョブの存在はまったく知られてないから、戦譜スコア出さなきゃ歌ってもばれやしないさ)

 (知りませんよ)

 牛の群れが視界に入るとノーマンはいつもの調子でギターを弾きながら歌いはじめた。

 「♪~」

 ギターの音色にのって穏やかな歌声が辺りに響きわたり、やがてその音が牛の群れに届くと徐々に興奮状態は徐々におさまり足が止まる。

 「すごい」

 フィオーレは驚きのあまり思わず両手で口をふさいだ。

 「よし、レオ。牛さんたちを元の場所までつれていってあげなさい」

 (どうやってですか?師匠)

 (お前は魔獣操者モンスターテイマーだろうが。大丈夫お前が命令したら従うよ)

 レオは半信半疑で牛の群れの前に立ってロッドを掲げながら命令する。

 「さあみんな。来た道を戻って、自分たちの元いた場所に静かに帰ろう」

 牛たちはその命令に絶対服従する以外の選択肢がないかのように、10頭ずつ2列に整列しゆっくりと来た道を帰っていった。魔獣を従える魔獣操者モンスターテイマーの言葉が動物にとって本能的な脅威であると、この時レオはまだ気づいていなかったが、ノーマンにとっては想定の範囲内のことだった。

 「できちゃった」結果に軽く驚き呆然とするレオ。

 「レオ君すごいっ」フィオーレは後ろから飛びつくように抱き着いた。

 「レオは動物の扱いが天才的でね。レウラ村でも羊や牛の世話をよく手伝っていたんだよ」

 とでも言っとけば通るだろう。

 「うんうん、納得。ノーマンさん、あなたの歌声も素敵だったわ。ねえ二人とも宿屋じゃなくてうちにいらっしゃいよ。お爺ちゃんを紹介するわ」

 よしよしよし、理想通りの展開だ。今夜は美味しいお酒が楽しめるに違いない。

 こうして二人は今晩の寝所を手に入れた。



<side-B>

 広大な葡萄酒園ワイナリーの敷地に入ると、農園の方から葡萄の甘い香りがする。収穫の時期にはまだ早いが果実は順調に育っているようだ。

 「わたしのことはフィオって呼んでいいよ」

 「ああそりゃどうも」自然と笑みがこぼれる。

 「でも、ホントに泊めてもらっていいの?俺らお金ないし」

 「お金なんていいの。わたしレオみたいな弟が欲しかったんだ。だから今夜はたくさんお話しましょ」

 「で、僕はお爺ちゃんのお話相手ってことで?」

 「そう。お酒の話したいでしょ?」

 「ええそりゃもう」

 農園を越えると立派な醸造所が幾棟か建っていて、そこから少し離れたところにアルベロ家があった。三人が家の中に入ると、品の良さそうな老人が居間でくつろいでいる。

 「お爺ちゃん、ただいま」

 「おかえり、フィオ」

 「今日はお客様を連れてきたわ。さあ入って」

 ノーマンとレオはフィオに促され低姿勢で入室する。

 「そちらの方々は?」

 そこからフィオが、出会いからここにいたるまでの経緯を自分目線の脚色を加えながら説明すると、フィオの祖父は二人に挨拶をする。

 「それはそれは遠いところからよくいらっしゃいました。わたしはこれの祖父でジョゼです。今夜はゆっくり過ごしてくださいな」

 「ありがとうございます。いやしかし広い農園ですね。長いんですか?」

 ノーマンとジョゼがありきたりな大人の会話をはじめると、フィオはレオを誘って夕食のしたくにむかった。フィオたちが居間から出ていくのを見送ったあと、しばらく会話が続いたがジョゼはノーマンに思いを吐露する。

 「フィオがお客さんを連れてくるなんて珍しいので少し驚いてます」

 「社交的なお嬢さんに見えますが?」

 「ええ、村の皆とは仲良くしておりますが、旅の方とはあまり・・・」

 「お爺ちゃん、余計なことは言わないで」

 夕食の準備完了を知らせにきたフィオが口をはさむ。

 「私は旅の人が嫌いなんじゃないの。冒険者が嫌いなの」

 おやおや、正体を隠して正解だったな。わけは聞くまい。

 「とにかく夕食の準備ができたから、あちらで食べましょう」

 「ささ、ノーマンさんもご一緒に。もしよかったら、食事の後に少しお時間ありますか?」

 「ええ、今夜はもう寝るだけなので時間はたっぷりと」

 何か相談事でもあるのかな?

 こちらの世界に来てから主に魔獣モンスターの肉が主食だったノーマンにとって家庭料理はありがたく、初体験の品々で興奮するレオとともにこの夕食を楽しんでいた。そこでノーマンはふと疑問に思う。

 (なあレオ、ガウとカークの食事ってどうなるの?)

 (なんか収容ハウスされている時は腹減らないみたいです)

 (それなら安心だね)

 食後の談笑に入るとジョゼがノーマンに歌のリクエストをする。

 「もちろん、一宿一飯のお礼は歌でさせてもらいます。吟遊詩人なんで」

 「♪~」

 室内に優しい音楽が流れるとジョゼはうっかり涙ぐむ。そして、曲が終わると弟子以外の二人は感動して拍手をしながらノーマンをたたえた。

 レオよ、お前最近俺の歌に飽きてきてんだろ。

 「お爺ちゃん、今夜はレオと一緒に寝ていい?」

 「わたしに聞かないでレオ君に聞きなさい」

 「ねえレオ」

 レオがノーマンの顔色をうかがうと、ノーマンはニコリと笑って返す。

 「あまり夜更かししないようにね」

 「押忍オス

 「なーにその『押忍オス』って?」

 「俺とノーマンさんの挨拶だよ」

 そういってノーマンにウインクした。

 「それではノーマンさん、大人は大人同士もう少し付き合ってもらえますか」

 「ええ、さっき言ってた用事ですね」

 ノーマンの期待が徐々に高まる。家を出るとジョゼはワインの醸造所とは別の建物にノーマンを案内した。そして、そこにはノーマンが本で見たことのある機材が並んでいた。

 「これはまだ市場には出してないんですが・・・」

 「蒸留酒ですね」

 興奮を抑えきれないノーマンは食い気味に答えてしまう。

 「どうしてそれを?」

 ノーマンはしまったと一瞬思ったのだが、直後にはここで出し惜しみをするのは愚かな行為だと悟った。

 「この蒸留酒の原料はワインですか?搾りカスの方ですか?」

 「搾りカス?」

 「搾りカスから作る方法もあるので是非試してください」

 「あなたはなぜ?」

 「理由は言えません。が、もし僕の知識で役立つことがあればなんでも協力します」

 ジョゼはその言葉で何かを悟ったように、試作品の蒸留酒ブランデーを酒樽からグラスに注ぎノーマンに差し出す。

 「まずは味見を」ニヤリと笑うジョゼ。

 「いただきます」同じくニヤリと笑うノーマン。

 やったー。絶対にあると確信してたんだよな。ワインじゃ物足りなかったんだ。アルコール度数の高い酒が飲みたかったんだよー。

 そう心のなかで叫びながら、ノーマンは蒸留酒ブランデーの香りをまずは楽しみ、次に口に含み味を楽しみ、ゴクリと飲み込み焼ける喉の感触を味わった。

 「どうですか?」すがるように尋ねるジョゼ。

 「・・・素晴らしいです」涙目で喜ぶノーマン。

 こうして二人の夜がはじまった。

 

 「わたしのお母さんはさ、8年前に魔獣モンスターに殺されちゃったんだ」

 「えっ?」不意の告白に動揺するレオ。

 「それで次の年にその魔獣モンスターに復讐するっていって、お父さんが出ていっちゃって」

 「7年前・・・もしかしてマレディ山の討伐隊?」

 「うん、なんでわかったの?」

 「俺の親父が参加したのもそれだ」

 「驚いた。そんな偶然あるんだね」

 「俺のお母さんは、その次の年に流行り病で・・・」

 「そっか。どちらの父親も家族を捨てて自分勝手だよね」

 レオは無言で同意すると話題を最初に戻す。

 「フィオのお母さんは、なんで魔獣モンスターに?」

 「全部、冒険者が悪いの」

 フィオの怒りに満ちた表情に変わるのを見て、レオはごくりと唾をのんだ。


 「いやー、ノーマン先生。あなたのおかげでこの蒸留機の問題点が良くわかりました。これで蒸留酒ブランデーの大量生産の目途が立ちました」

 「いやいや、葡萄酒には葡萄酒の良さもあるしファンも多い。それはそれで立派な文化なんですよ。僕としてはワインを材料にして蒸留酒ブランデーを大量生産するよりも、搾りカスから作る蒸留酒グラッパの生産にぜひ挑戦トライしてもらいたい」

 「なるほどー、ご慧眼恐れ入りました。早速近日中に蒸留酒グラッパの試作にとりかかりましょう。搾りカスを使うなんて、無駄がなくなって結構結構」

 かなり酒が進んだ二人はすっかり意気投合して、共通の目的に向かって意見を交わしていたがノーマンは突然話題をかえる。

 「ところでジョゼさん」

 「なんだい?」

 「フィオはなんで冒険者が嫌いなの?」

 ジョゼは真顔に戻ってグラスをテーブルに置くと、しんみりとして重たい口を開いた。

 「わしらの家族は8年前まではナザブ村というところにいてね、駐在の冒険者が8人ほどいたんだよ。みんないい子たちでね、レベルは低くて弱かったけど、戦争の時からいつも一所懸命でね。戦争が終わってからもナザブ村に残って駐在を続けてくれてね。村人ともよく馴染んでいたのさ」

 「フィオとは?」

 「うちでも良く夕飯に招待したりね。フィオも彼らに懐いていたよ」

 「ふーん、そんで?」煙草に火をつける。

 「なにがきっかけなのか、どうしたかったのか。多分あの平和な毎日に飽きたんだろうねえ。8年前のある日、その8人の中の5人がマレディ山のふもとの樹海に入ったんだ」

 「マレディ山?」

 「戦争が終わった後も魔王軍の残党がいたんだが、彼らは別に人間を襲うこともなく、あの樹海から出てくることはなかった」

 「へえ」

 なんだろう?魔王からの特殊な命令でもあったのかな?

 「そこで彼ら5人は愚かにも魔獣モンスターを狩ってしまった」

 「まあ冒険者のお仕事だよね?」

 「違う!」ジョゼが少し声を荒げる。

 「魔獣モンスターが人里におりてくることはずっとなかったんだ。だから、何もしなければ何もされないはずだった」

 「なるほど」

 「しかし彼らは冒険者のさがを抑えられなかった。だが、許されないのはそんな事じゃない」

 「?」

 「彼らが魔獣モンスターを狩った数日後、あの樹海のぬしが現れた」

 「ぬし?」

 「巨大な猪の化け物さ。そいつが言ったんだ。『魔物モンスターを狩った者を差し出せばなかったことにしてやる。さもなくば、この村を焼き尽くす』ってね」

 「そいつはもはや冒険者ギルド案件だね」

 上位の魔物モンスターになると人間と会話ができるってか?

 「『大丈夫です。我々が対処します』って冒険者のリーダーのニコラスは確かにそう言ったんだ。そして村人は彼らを信用した」

 「立派じゃない」

 「立派?ふざけるな」ジョゼがグラスを床に叩きつける。

 「冒険者8人は村を捨てて逃げたんだぞ」

 あちゃー、そりゃダメだ。

 「そしてフィオの誕生日、屈強な魔獣モンスターたちがやってきて宣言どおりに村は焼き尽くされた」

 「まさかその時にフィオの母親が?」

 「殺された。というより火事で逃げ遅れた」

 そりゃ、フィオじゃなくても冒険者嫌いになるよ。しかも、よりによって誕生日って。

 「フィオの母・フェデリカを含め多くの村民が命を失ってしまったが、カトリヤ村に避難して生き残った村民はどうにか過去を乗り越えながら今も暮らしている」

 なんかだろ?ここまで聞くと、樹海のぬしってやつのほうがその冒険者連中よりも筋が通ってんだよなあ。魔王軍ってちゃんとしてる印象だわ。

 少し落ち込むふりをしながらノーマンは確認した。

 「はあ。それでフィオは冒険者が嫌いなのか」

 「違ーう」興奮したようすのジョゼがテーブルをひっくり返す。

 「妻を亡くしたわたしの息子は、その怒りと悲しみをきっかけに所持者ホルダーに目覚めた」

 おお、なんかそういうきっかけで目覚めるもんなんだ。

 「怒りに燃えたシモーネは、とにかく強くなるために毎日励んだんだ。リオウ山脈に挑んでは戦士としてレベルを上げていった。そして、やがてフィリトンの冒険者ギルドがマレディ山にいる魔王軍の残党を狩る冒険者の募集をはじめた」

 ああそれ、レオの親父も参加したやつだな、多分。

 「そして、家族を捨て出て行った父親を、フィオは今も許せずにいるんだ」

 憤り満載のジョゼを見て、ノーマンは冷めた視線で思った。

 もうまるっきりレオじゃん。あの二人って、境遇が似すぎだろ。

 「だいぶ飲みすぎましたね。そろそろ寝ますか?」

 怒りで酔いが回ったジョゼは力なくうなずくと、ノーマンに肩を支えられながらお家へと帰っていった。

 

 所持者ホルダーなの隠して正解だったな。

 さとこ。自分の素性はなんでもペラペラと人に教えるものじゃありませんよ。




※【16曲目】は2022年6月21日に公開です。

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