【12曲目】The Cross
テーブルを挟んで同じ方を向いて座っている二人は、煙草を吸いながら会話をしていた。
「ディオさんは、僕をこっちに連れて来たのが誰か知ってるんでしょ?」
正面を向いたまま目を合わせるわけでもなくノーマンがたずねると、やれやれという表情でディオがこたえる。
「やはりお前は賢いな。薄々は勘づいているとは思っていたよ。だから正直に言おう。知ってはいるが、今は言えない」
ノーマンは少し笑った。
「知ってるならいいよ。
カマをかけよったか。少し苦笑いをするディオ。
「クリアすべき課題の有無はわからないが、上乗せできる余白がまだまだあるというところかな」
「過大評価じゃない?」
「そうでもないさ。わたしはノーマン・クロノスに出会ってからこの一週間驚かされてばかりだ。まずは
「つまり、それに関しては奇跡的な偶然で誰かの意図は介在していないと?」
ディオはパイプを一度大きく吸ってから、煙をゆっくり吐き出して語りはじめる。
「異世界から来た人間は、わたしが知る限り4人だ。一人目は直接は知らんが四百年以上前に来た男で、そいつはこちらの世界で生涯をまっとうした。彼の子孫は今でもこちらの世界で暮らしているという話だ。そして二人目は五十年ほど前に来た男で・・・」
言いかけたところでノーマンがつっこむ。
「ちょっとちょっと、急に三百年以上ワープしたけど」
「まあいいから聞け。二人目は強かったが頭が良くなかった。慢心し自惚れたあげく自分より強い
「じゃあ異世界から来て子孫も足跡も残すこともなく、ただの冒険者として旅の途中で死んじゃった連中がたくさんいたかもってことね。そんで食われちゃった二人目のことをディオさんはたまたま知ってたと・・・」
「ああ・・・そして三人目」怒りに満ちた表情に変わるディオ。
きっとこいつなんかやらかしたんだな。温厚なディオさんのこんな顔はじめて見た。
「四十年前にあらわれたこの男は、
「僕の世界の武器を持ち込んだんだね」そう言われてディオは軽く驚く。
「そんなことまでわかるのか。そう『
この世界に来て感じたことの一つがまさにそれだ。この世界ではどうやら
一般市民が戦闘行為を行わないのはひとえに戦力として
「まあある程度の鋳造技術があって火薬が製造できたら、量産は簡単だもんね」
「あの男は異世界から
「そんでそいつはどうなったの?」
「ある国の王のもと、
「おお名君だね。立派な王様だわ」
「即刻処刑され、やつの残した技術・情報はすべて廃棄された」
「なんかさ、最初の人以外ろくなやつが来ないね・・・僕の世界の人。それが普通だと思われちゃうとなんか胸が痛いよ」
ディオの顔からは先ほどまでの怒りの表情はなくなり優しい表情になる。
「だったらお前自身が先人の汚名を晴らしたらいい。わたしの知る異世界人の四人目はお前だ・・・ノーマン」
なんで俺がおバカちゃんな先人の尻拭いをせにゃならんのか・・・それに俺は異世界代表ではない。
「うーん、僕は死にさえしなきゃいいよ」頭をかくノーマン。
「一つ聞いていいか?」
「なーに?」
「おそらくお前は
正直なところまったく思わなかったわけではない。ただのオッサンとしてはこの上ない強力な武器には違いない。ただ、この世界の俺は生半可な
「あくまでも推測なんだけどね。一人目以外のお歴々は多分、元の世界で強い側の人だったんだと思う。武道の達人とか優秀な兵士とか。僕の国じゃ
ディオは黙って聞いている。
「強い側の人は戦うのが・・・いや違うな。勝つのが好きなんだよ」
ディオはなるほどといいたげな表情をしながら続きを聞く。
「僕はさ、元の世界じゃホントただの一般人なわけ。それも下の方よ。46歳のオッサンだし、喧嘩も弱っちいし暴力も嫌い。偉くもなりたくないし、人に認められたいわけでもない。だから当然勝ちにもこだわらない。この世界に誘拐された意味もいまだにさっぱりわからないし、なんでこんなに強いのかなんて意味不明だよ。ただね・・・一般市民を戦争に巻き込んだり命を危険にさらすような武器も兵器も思想も支配者も大嫌いなんだ。これ回答になってる?」
「じゅうぶんだ」
「それなら良かった。僕はこの世界を良くしようとか、みんなを救おうとかは考えていないんだ。僕が目指すゴールはただ一つ。元の世界に帰って嫁と娘と暮らすこと」
「この世界が滅ぼされようとしてもか?」
「もしこの世界が滅んだら僕も死ぬから、それは困る。ディオさんやレオたち死んじゃうのは嫌だな。かかる火の粉は払うし友だちも助けるよ。できる範囲でだけど」
ディオはその言葉を聞いて何かを決断したかのように、無言で立ち上がり屋内へと入っていく。そしてしばらくすると古びた宝石箱のような小箱を持って現れた。席につくとその小箱をテーブルの上に置きノーマンのほうに差し出す。
「これをお前にやる」
「何これ?」
「開けてみろ」
ノーマンが言われたとおり小箱を開けると、小さな付箋のようなものが1枚だけ箱の底の真ん中にチョコンと置かれていた。
「だから何これ?」
「『
「だから
「
「
なんか、チートな香りがぷんぷんする。
ディオが持ってきた
実際には
「お前がどう使おうと自由だが、危険な使い方はしないと信じてる」
「いやいやこんなヤバいアイテム手に余るよ。僕のこと信用しすぎじゃない?」
ディオは黙って首を横に振る。
「でもさディオさん、こんな激ヤバな代物、存在してちゃまずくない?」
「正直まずい。だからお前に託す」
「いやいや、託すくらいならディオさん使ったらいいじゃん。それこそ
「その使い方はもったいない」
このクソジジイ。ノーマンは心の中でとっさにつぶやいた。
「勝手なことを言っているのはわかっている。この奇跡の
「じゃあ勇者のクリストフ君とかに渡しちゃえばよかったじゃん」
「わしあいつ嫌いだし」
なんだそりゃ、知ったことか。それでもディオさんはディオさんなりにずっとこの
「そこまでして守り続けてきたものを、なんでまた僕になんか渡そうなんて思ったんだよ?」
「お前は賢い。大した説明もしていないのに、すでにこの
「僕にだって私欲はあるよ」
「元の世界に帰って嫁と娘と暮らすことか?」
「そうだよ」
「だったら
それはナイスアイデア・・・でもその手には乗らんよ。どうせ
「その顔を見ると、
「まあ一応、レオの
「もし
「もし魔王を追記しても、一定のレベルや習熟度に達していなければ、魔王の
「・・・お前すごいな。」
「案外レオの
「それはない」
「なんで?」
「勇者は同じ世界で一人しかなれない」
「だって、クリストフ君って行方不明なんでしょ」
「行方不明と死はイコールではない。多分、生きている」
そういってディオは小箱のふたをパタンと閉じた。
多分、勇者のクリストフ君となんかあったんだな。
「とにかくだ、今すぐ使えということではない。もしもの時のために選択肢の一つとして持っておいて損はないだろうよ。お前が元の世界に帰る時にまだ残っていたら、信頼できる者に任せるなり、それこそ回復薬にしてしまうなりすればよい」
「そうだなあ」左膝を抱え込みアゴをのせて少し考える。
「でもね、ディオさん」
「なんだ?」
「僕、それもらったらすぐに使っちゃうよ」
「なんに?」
「それは内緒だけど、すぐに使う。多分ね、これが存在し続ける限りこの世界も僕もヤジロベエみたいにフラフラして、不確定な要素に振り回されると思う」
「不確定?」
「だって人類の宝になるか人類を破滅に追いやるかを、1人の人間の判断にゆだねるなんて、なんつうか、健全じゃない」
「だからお前なら・・・」
「いやいや、だって僕はまだこの世界に住む極一部の人しか知らないから。僕はまだこの世界の人類の味方になるとは決めてないんだよ、ディオさん」
はじめて見せる鋭い目つきでディオをにらむ。
「言ったよね? 僕のゴールは元の世界に帰って嫁と娘と暮らすこと。それをこの世界の人たちが邪魔するなら人間は僕の敵だし、魔王が協力してくれるなら魔王は僕の味方だ。もちろん邪魔するなら魔王だって僕の敵だ。人類も魔王も敵になって孤立したとしても、僕は僕のゴールは変えない」
「そうなるな」
「だからね、そういう究極の選択をせまられた時に、僕の手に
「そのソフトな内容がもうすでにお前の中にあるわけだな」
「そういうこと」
「やはりお前は優しいな。誰かを傷つけるためには使いたくないと」
「結果誰かは傷つくかもしれないけど、積極的にどこかの陣営に加担はしたくないんだよ」
ノーマンはディオが自分に望んでいることを、ディオはノーマンが望んでいないことを、お互いに推測の範囲内で共有した。ディオは
「お前らしいやり方を見せてくれ、ノーマン。それをずっと見ている・・・お前が
「そういう事なら、受け取っとくよ。ありがとう、ディオさん」
正直、ディオさんがどういう立ち位置で、どういう権限を持っているのかは知らんが、こういうチートな
「そういえばノーマン。お前、自分の
「してないよ」
ディオは少し唖然とした。
「なんでだ?」
「チェックしたら、それに甘えそうで。自分が凄い色々できるのはわかってるけど、それは
「じゃあもし、
「そりゃ、第二・第三の候補を用意してますがな」
「・・・やはり、お前は賢いよ」
一連のやり取りを終えた後、普通の世間話をしていると、レオが昼寝から目覚め二人のところに顔をだす。
「ディオさん、師匠。ごめんなさい、うっかり寝ちゃいました」
「ははは、レオ君。寝るのはいい事だよ。眠れる時にはたくさん寝なさい」
ディオさんはレオに甘い。実は俺が
「レオが決めていいよ」
「何をですか?」
「出発するタイミング」
「ここを?」
「そそそ、今すぐ出発してもいいし、一晩ここで過ごしてもいいし、なんならあと何日かここにいてもいい」
そうノーマンが言うやいなや、レオはディオに飛びついた。
「ディオさん。俺、ホントにホントにディオさんとずっと一緒にいたいです。ホントはディオさんも一緒に来てほしいんです」
「おやおや」嬉しいやら困ったやらの表情でレオを抱きしめるディオ。
「レオ。いいんだよ、お前ずっとここにいても」
俺は一人でも先に進むし。
「でも俺はもっと強くなりたいんです」
ディオの胸で涙を流しながら熱い思いを語るレオにノーマンは提案した。
「じゃぁ、今から行くか。あのなレオ、お前深刻に考えすぎ。ここにもレウラ村にもカー助に乗っていつだって帰れるだろ?レウラ半島なんてほぼほぼお前の行動圏内なんだよ。だからもっと気楽に『いってきまーす』でいいんだよ」
ノーマンは自分たちが出発したあとに、おそらくディオがここから姿を消すと知りながら、レオに優しいウソをついた。
「・・・ですよね」
涙をぬぐいながらレオがディオに言う。
「俺、かならず強くなってディオさんに会いに来ます。だから、待っててくださいね、ディオさん」
「もちろんだ。いつでも会いにおいで」
ディオも優しいウソをつく。
ノーマンは寝室に戻り、服を着替え旅支度を整える。ライダースの革ジャンにデニムパンツとトレッキングシューズ。こちらの世界に来た時の服装のその上にディオからもらったマントを羽織った。そして、忘れ物がないか室内をチェックして部屋のドアを閉じ一礼する。
家の外ではレオとガウとカークが、ディオに最後の挨拶をしている。ノーマンが到着するといよいよ旅がはじまる。
「そうだ、最後にいいか?」
「何よ?」
「最後に一曲頼むよ」
「そうだね」ギターを出して歌う。
「♪~」
じゃあなディオさん。色々ありがとう。でも、俺を誘拐した罪はちゃんと償ってもらうぞ。
お前がどこまでやるかちゃんと見てるぞ。レオ君の事はよろしく頼む。
ラスボスであんたが出てきたらボコボコにしてやるからな。
二人の旅の幸運を祈ってる。
ノーマンは歌いながらディオと見つめ合い、視線でかみ合わない会話を交わした。
曲が終わるとディオは拍手しながらノーマンに近寄って右手を差し出す。別れの握手だと思ったノーマンも右手をだすと、
「違う。煙草一箱おいてけ」感動のかけらもない催促をするディオ。
「まあ世話になったし、これもつけるよ」煙草一箱とジッポライターを重ねて渡す。
「悪いな」
「いえいえお安いもんです」
「ディオさん、それじゃ行ってきます」レオが元気よく声をあげ、一行はディオの家を後にした。
どんどん遠く小さくなっていくノーマンたちの後ろ姿が見えなくなると、それを待っていたかのように声が聞こえる。
「彼はどうでした?」
ディオの背後に現れた黒い影がディオにたずねた。
「面白い男だった。これまでとは別次元だ」
「でしょ?あいつの才能はこちらの世界向きなんですよ」
「才能?」
「あちらの世界では『器用貧乏』などと呼ばれて、役立たずのような扱いをうけるのですが、こちらの世界ではそれは万能なんですよ」
「それで誘拐したわけだ」少し笑う。
「誘拐だなんて人聞きが悪い、招待したんですよ」そう言い残して影の姿は消えた。
ノーマンはガウにまたがるレオを見つめながら考える。
ディオさんにはディオさんの宿命。
俺には俺の宿命。
そして、いつかレオにもそういうのが出来るんだろうか。
俺の世界でもこの世界でも、みんながみんな色んな宿命を背負ってる。
それぞれの
サトコ・・・お前にはそんなもの、背負って欲しくない。俺が必ずお前を守ってやるからな。
※【13曲目】は2022年5月31日に公開です。
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