【9曲目】Killing Me Softly with His Song

<intro>

 『疾風ゲイルファング』の名にふさわしく、風のように颯爽と南の森の木々の間を駆け抜けるガウ。昨日のスライム狩りでスライムに対する恨みも執着もすっかり解消されたらしく、遭遇したスライムたちには一切興味をしめさず素通りしていった。もはや彼にとっては石ころ程度の価値しかないのかもしれない。なにより今回の彼の狙いは自分よりも体が大きい魔獣モンスターなのだ。

 通常、レベルが低かったり幼かったりする魔獣モンスターは感情や意思を持たないし思考もしない。本能と欲求のままに敵を見つけて襲い掛かる。しかしガウは違った。レオに対して好意的な感情を持ち、自らの意思で人間であるレオとの共同生活を選択し、自らの思考でレオの危機に馳せ参じる。レオの感情や言葉も認識できているので簡単な意思の疎通すらできる。同レベルの魔獣モンスターではありえないほど知能が高いのである。

 レオとの従魔契約アグリーメント従魔サーヴァントになってから知性の向上はさらに顕著で、ノーマンたちの会話の内容もしっかり理解している。だので、レオを守る手段についてノーマンから注意された点についても従魔サーヴァントとしての戦い方についても自分のなすべきことはわかっていた。


 本日最初の獲物を見つけたガウはすぐには攻撃を仕掛けなかった。木の上で気配を消しじっとアルセルクを観察する。

 「自分より格上と遭遇した時はどうやったら勝てるかなんて考えるなよ。どうやったら敵が得意技が出せないか。どうやったら敵が戦いにくいか。場合によっちゃ、どうやったら逃げられるか。そんな風に考えるんだ」

 レオが無謀な戦闘をしないように、消極性を促すつもりでノーマンが教えた行動指針を、ガウは積極的に狩る側の行動指針として理解していたのだ。

 斥力パワーと突進力は自分より強い。でも総合力では自分が勝つ。そして何より、こいつの肉は旨い。

 ガウの見立ては大雑把ではあったが正しく、次の瞬間にはアルセルクの命を奪っていた。圧倒的な機動力スピードと牙による鮮やかな攻撃によるガウの瞬殺を音感探知ソナーで観察していたノーマンは頭を抱えてつぶやく。

 「おいおいガウ太よ。それは戦闘ではなく一方的な虐殺」


 

<side-A>

 「しかし意外だったな」

 一曲歌い終え休憩しているノーマンにディオが話かける。

 「何が?」

 「昨晩わたしが魔法を使って見せただろ。もっと興味をしめすかと思った」

 ノーマンは煙草に火をつけて答えた。

 「あん時は石鹸作りに夢中だったのさ」

 「それにしても魔法をはじめて見たのだろ?」

 たしかに実際の攻撃魔法を見たのははじめて(?)だったし凄かったのは間違いない。ただねアニメや映画で見たような、ああやっぱりそんな感じなのねって印象だったんだよね。

 「そうねえ。まあ想像の範囲内だったし、僕が魔法系の職業ジョブだったらもっと食いついたかもしれないけど、なんせ吟遊詩人バードなもんで」

 ギターを指さしながらおどけて見せる。

 「しかしだ、この先は魔法で攻撃してくる敵にも遭遇するだろうし、魔法系の職業ジョブ所持者ホルダーと対峙する可能性だってあるぞ。知っといて損はないだろ」

 まるで俺がこれからどういう道のりを歩むか知っているようだな。

 「たしかに知っといて損はないよ。でも、レオの世話を疎かにするほどの価値も意味も今はない。そう思ってるんだけどね。それに・・・」

 「それに?」

 「魔法攻撃っていっても、要は当たらなければいいんでしょ?」

 「ずいぶん簡単に言うじゃないか。うぬぼれると痛い目をみるぞ」

 随分真剣な眼差しでおっしゃいますな。まあディオさんはディオさんなりに俺のことを心配してくれているんだろうな。

 ノーマンは違う違うという風なジェスチャーをしながら反論する。

 「あのねディオさん。僕はこの世界ではことを最優先に考えているんだ。魔法の対策がとれていないうちは、魔法を使う敵に遭遇しても逃げるって話さ」

 ウインクしてはにかむノーマン。

 「なるほどな・・・大きなお世話だったかな、すまん」

 「謝らないでよ。僕の身を案じての忠告でしょ? 僕はこっちの世界に来てから、ずっとディオさんに感謝しているよ」

 「フンっ」

 ディオが少し照れた顔をそっぽに向けながら右手で煙草を要求したので、ノーマンはニヤニヤしながら煙草を1本ディオに譲った。


 レオは黙々とビリヤードの練習をしている。時折自分が何をしているかわからなくなるが、そんな雑念が生まれるたびに「師匠を信じる」と自分の胸に言い聞かせていた。それでも繰り返していくうちに気づくこともあり、転がるゴルフボールは徐々にテーブルの端に近づいていった。

 ノーマンはその光景を眺めながらなんとなく槍をキューに見立て、素振りで自分の動きを確認してみる。

 の時に俺が無意識でやってる特有の動作アクションがあるかもしれないな。うっかり木村に教わった基本動作をそのままレオに教えたけど、俺の動作を正確に教えないとにはならんのかもしれん。まずビリヤードの基本は右肘を支点にしてキューを突く。俺もその通りにやってるつもりだけど・・・」

 そう言って自分の素振りを何回か確認してはじめて違和感に気づく。

 あっそうか。俺、木村に教わった通りになんかやってないじゃん。約20年越しに今気づいた。

 「レオすまん、僕まちがえて教えてた」

 「何をですか?師匠」

 ノーマンはビリヤードの基本ではなく自分の打ち方を説明しなおす。

 まずグリップは人差し指と親指の付け根に挟むだけで強くは握らない。次に支点にするのは右肘じゃなくて右手首。右肘はしっかり角度を固定して、グリップを握る力だけで打つ。

 レオは言われた通りにやってみる。

 手首を支点にグリップを握る動作でキューの先端がちょこんとゴルフボールにと、ボールはゴロゴロとテーブルを転がりテーブルの端の少し手前で止まった。

 「師匠、こんな感じですか?」

 レオが不安げにノーマンの方にふりかえると、逆にノーマンの方から質問で返す。

 「自分の中でなんか違い感じる?」

 「まだぼんやりとだけど感じます」

 「そしたら、それがハッキリするまでやってみよう」

 ノーマンの言うの感覚をおぼろげながらに体感したレオは、何をやらされているか不確かだった先ほどまでと違い、明確な目的意識をもって練習に集中できた。

 ノーマンは応援のつもりで歌おうとしたが、「師匠。集中できません。邪魔です」と叱られたので、槍で一人遊びをはじめる。 

 なんか懐かしいな。小学生の頃のカンフーや少林寺の中国拳法ブームを思い出すよ。長い棒を持てば映画を真似て振り回したっけな。新聞紙でヌンチャク作ったりしたな。そういや槍術ってのは棒術が発展してできたなんて話も聞いたことがある。こんなことなら五輪書と合わせて宝蔵院流槍術の教本くらい手に入れておけばよかった。

 一人遊びを続けながらも、ときおり音感探知ソナーに意識を集中する。

 しかしガウ太よ。お前、魔獣モンスター狩りすぎじゃね?自分よりデカいのばっか狙ってるけど、南の森の生態系変わっちゃうぞ。

 そんなこんなで時間を費やしているとノーマンを呼ぶ声がする。

 「師匠ーっ」

 レオのところに行くとゴルフボールはテーブルぎりぎりのところで止まっている。

 「俺、つかんだかもしれません」

 まじか?早くね?

 「じゃじゃじゃじゃー、やって見せてくれよ」

 ノーマンが弟子の成長速度に少し焦りながら促すと、レオは無言でうなづき実演し成功して見せる。

 テーブルの端に止まったボールをノーマンは無言で拾い、レオの方に置きなおす。レオも黙って再度成功して見せる。二人が沈黙のままそれを繰り返し、20回連続成功させたところで、ノーマンはニヤリと笑いやっと声を出した。

 「槍に持ち替えよう」


 二人は向かい合い組み手を再開すると、レオは見事な迎撃を披露して見せた。ノーマンには「レオができるようになった」くらいにしか思っていなかったのだが、レオはまったく違う衝撃的な感触を得ていた。

 師匠の言ってたって、の中間くらいに考えていたけど、実際に師匠の攻撃をした時の感覚はまったく別次元の・・・そう、気持ちいい。

 ディオが昼食を知らせなかったらもうしばらく続けていたいほど、レオにとっては病みつきになりそうなくらいの快感だった。

 

 昼食をとりながらディオがたずねる。

 「で、レオ君。槍の真髄は極めたのかい?」

 「いえいえ、まだ極めるなんてとんでもないです。ただ・・・」

 「ただ?」

 「入口には立ったと思います」

 ノーマンは口笛を吹いて「言うねえ」と茶化すと、レオは赤面した。

 「ところでさ、ガウ太っていつ戻ってくるの?」

 「戻らせますか?」

 「いや捕食しまくっているだろうから腹は減ってないだろうけど、単純にいつ帰ってくるのかな?って」

 「呼べばきますよ」

 「呼ぶってどうやって?」

 「『帰ってこい』って念じれば」

 「まじで?やってやって」

 「押忍オス

 レオがガウに帰還を命じる。そして、しばらくすると、一回りほどサイズアップしたガウが戻ってくる。その逞しい姿を見て3人は声をそろえて言った。

 「どういうこと?」



<side-B>

 「こういう時にはまず戦譜スコアを確認するといいだろう」

 そう切り出したのはディオだった。

 レオは慌てて戦譜スコアを開いて確認する。

 「どうだ?」

 「あのー。自分の☆が3つになってます。あっ、ガウも3つだ」

 「あくまでもわたしの推測だがな。魔獣操者モンスターテイマーのレベルには従魔サーヴァントの経験値が反映されるのかもしれんな」

 たしかにさっきまでガウ太は自分よりデカい魔獣モンスターを殺しまくっていたけれど、それだけか?

 「もちろん逆も考えられる。魔獣操者モンスターテイマーの経験値が従魔サーヴァントに反映されるかもしれないし、あるいはその両方ということも」

 レオは何が起きているかさっぱりわからず呆然としている。

 「なあレオ、その他に変化はないのか?」

 「あっはい。えーと・・・」

 レオの説明によると。職能アビリティの欄に「意思伝達コンタクト」「相乗効果シナジー」が追加され、技能スキルの欄に『槍術士ランサー』『加速アクセル』が追加され、従魔サーヴァントの欄に空欄が増え、ガウの技能スキルの欄に『疾風ゲイル』『咬撃バイト』『咆哮ハウル』が追記されているとのこと。おそらく、帰還命令が可能なのは意思伝達コンタクトによるもので、経験値が上乗せされているのと技能スキル欄に加速アクセルがついたのはガウの疾風ゲイルの相乗効果によるものだろうな。それと従魔サーヴァント欄の空欄は従魔契約アグリーメントできる魔物モンスターが増えたってことだろう。

 「つまり二人はめっちゃ強くなったってこと?」

 「そのようだな」

 「レオはまだ実戦デビューしてないんだよ。ありうるの?」

 「普通はない、というか見たことがない。ただそれを言ったら魔獣操者モンスターテイマーという存在がそもそもという話だ」

 「なるほど、規格外の職業ジョブなのかもな。いずれにせよ、午後は実戦デビューだね」

 「えっ、もうですか?」

 「あったりまえだよ。しかも北の森林で」

 「おいおいノーマン、そりゃいくらなんでも急すぎるだろ。まずは南の・・・」

 ディオが言いかけたところを手で制する。

 「僕も南からって最初は思っていたけど、もうあそこの魔獣モンスターはすでにガウ太の餌にしかならない。それに、僕の考えが正しければレオはガウ太より強い」

 「まさかレオ君がガウよりも? お前の考えを聞かせてもらおう」

 「うん。たぶん魔獣モンスターは自分より強い者にしか従わない」

 「ウオン」とガウが答える。

 「お前やっぱり僕たちが言ってること理解してるだろ?」

 「ウオン」

 「やれやれ、もう未知のことだらけだ」そう言って頭を抱えるディオ。

 「ディオさん、僕もついているし無理はさせない。だから安心して待っててよ」

 「自分も今の強さ知りたいっす」

 「ウオン」

 ディオはあきらめたようにレオの両肩を強く掴んで優しく語りかける。

 「わかったよ。ホントに無理はするんじゃないぞ、レオ君」

 「押忍オス


*****************************


 とは言え、俺とガウ太の移動速度にレオがついてこられるわけでもなく、時間短縮のためレオはガウ太の背中に乗ってウルズの泉近くのゴブリンの巣らしい場所まで移動してきた。ここまでの道中せっかく魔獣モンスターに遭遇してもすべてガウ太が狩ってしまった。もしかしたらここでももはや物足りないのではないだろうか。とにもかくにも、レオの力を試したい。

 「おいガウ太」

 「ウオン(なんでしょう?)」

 「お前は一人で狩りでもしてこい」

 「ウオン(どういうこと)?」

 「お前の強さを計ってこい。そんで、やばくなったら全速力でここまで逃げてこい」

 「ウオン(レオは)?」

 「レオは僕が見てるから」

 「ウオン(わかりました)」

 いかん、なぜか俺までガウ助と意思の疎通がとれてしまっている。

 「とりあえずだレオ」

 「押忍オス

 「これに敵をおびき寄せる。いいか、絶対自分から突進するな」

 「押忍オス

 「学んだことを実践すれば、お前は勝てる」

 「押忍オス

 緊張感のある、いい目をしている。大丈夫だ。

 ノーマンは木の上へ移動して、いつでもレオを助けられる距離を保ち、敵をおびき寄せるために歌をうたう。

 「♪~」

 そしてその歌にレオへの鼓舞の思いをのせる。


 しかし、しばらくしてもゴブリンは出現しない。

 音感探知ソナーで調べてたが、ゴブリンはたしかにいるはずなのにどういうことだ。動こうとしない。何かを警戒して隠れている?

 ノーマンがそう思った時にけたたましい叫び声がノーマンの耳に響く。

 「ワオーン」

 ガウ太?なんか大勢に追っかけられてこっちに来る。蜂? 大量の蜂型の魔獣からあのガウ太が逃げ回っている。ゴブリンの連中これから隠れてたのか?まずいな。

 ノーマンは地面に降りてレオに指示する。

 「いいか、これから大量の魔獣モンスターがこっちに向かってやってくる。お前はガウ太に乗って逃げろ」

 「?」

 「僕ができるだけ撃ち落とすけど、僕が撃ちもらした連中はお前がするんだ。いいね?」

 笑ってウインクするノーマン。

 「押忍オス」覚悟を決めるレオ。


 少しするとガウが全速力で逃走してきた。蜂型の速度はガウとほぼ互角で長蛇の陣形でガウを追走してくる。ノーマンはこの陣形なら問題ないと少し気楽になった。

 ガウとすれ違う刹那、

 「レオを頼む」

 とだけ言い残して山刀マチェットを構えニヤリと笑い、そして歌う。


 蜂型魔獣スパイクホーネットが単体であれば、ガウの敵ではない。おそらく10~20体であっても逃走することなく、ガウ単体で倒せた相手だ。ただ蜂型魔獣スパイクホーネットは常に100~200体の集団行動をとる。その脅威を本能で察知したガウは、ノーマンの指示通りとにかく遁走したのだ。そして蜂型魔獣スパイクホーネットの相手をノーマンにバトンタッチして、ガウはレオを背中に乗せとにかく走った。レオはのためにガウの背中で後ろ向きに立って槍を構えている。

 

 師匠・ノーマンはそれまでの漂流者・ノーマンを上回る技量を手にしていた。弟子のために作った技を伝授することで自らちゃっかりを極めてしまったからだ。突撃してくる蜂型魔獣スパイクホーネットは元の世界のスズメバチのように「噛む」「刺す」「掴む」の攻撃をノーマンに繰り返すが、山刀マチェットバージョンに改良されたはさらに新技「刃幕シールド」へと進化を遂げて蜂型魔獣スパイクホーネットの群れを屍の山に変えていく。そしてしばらくすると蜂の群れはほぼ全壊して追撃は終わった。

 『お前にとってもあの子が必要になる日がくるかもしれない』

 ディオの言葉を思い出す。

 「教えられるより教える方が覚えがいいのは俺の癖だね。まあとりあえず、出来ることは増えた。さてレオはどうかな?」

 ノーマンはわざと撃ちもらした蜂型魔獣スパイクホーネットとレオの対決を音感探知ソナーで見物する。


 「ガウ、ストップだ。ここらへんで蜂を迎え撃つ」

 「ウオン(うん)」

 「師匠はね、俺を逃がしたんじゃない。多分、をさせたくてこの状況を作ったんだ」

 「ウオン(?)」

 ガウがその場に止まると、接近してくる1体の蜂型魔獣スパイクホーネットの姿が徐々に見えてくる。

 「ここは一人でやるから、ガウは隠れて」

 「ウオン(へいきか)?」

 「だって俺は、ガウより強いんだろ?」

 「ウオン(そうだね)」ガウは木陰に身を隠す。


 先手は蜂型魔獣スパイクホーネットだった。蜂型魔獣スパイクホーネットはガウには劣るもののレオの予想を超える猛スピードで接近する。レオは緊張でやや反応が遅れしがみつかれてしまうが、しっかり槍の柄でガードし敵の密着は許さない。そして敵が臀部の針をふりかぶった瞬間にレオの体が反射的に動く。敵を自分からひきはがし即座に接近して槍を叩きつける。敵はそれをかわし一旦後退してホバリングしながらレオを威嚇する。

 「シャーッ」

 レオはすぐに穂先を敵と自分の間に置いて姿勢をただす。

 「速い。でも、切り株より軽い」

 実戦経験のないレオにとっての基準は切り株だった。

 「全身の各部位がきしむほどの重量を押し付けてきた切り株にくらべ、こいつの体の軽いこと、こいつのつかむ力が弱いこと。話にならない。」

 そう感じるとレオは緊張から解放され、槍を構える姿勢からは少し力みが消えた。

 敵が威嚇から攻撃に転じるとそれに合わせて迎撃を試みるが、かわされ再度しがみつかれる。またひきはがし、今度は追撃せず槍を構える。

 「今のはにいってしまった」

 すぐに突進してきた敵にまた合わせるが、相手のしつこく繰り返される攻撃をいなすばかりになってしまう。

 「これじゃただのだ。ええーいしつこい」

 少しいイラついて柄で敵を弾き飛ばす。この時のイラつきはしつこい敵に対してというより、迎撃ができない自分に対してのもどかしさだった。

 「師匠の槍よりもゆるい攻撃相手になぜうまくやれない」

 そう言って悔しさで槍を強く握りしめた瞬間、はっとする。

 「まだ力んでたな。特に右手」

 教わったことをやるうえで槍をしっかりと握るのは当然だけど、迎撃だけは別だ。

 敵をにらみ目線で牽制しながら、ビリヤード練習で覚えた手首の動きを確認する。

 「いい感じ」穂先を少し下げて相手の攻撃を誘うと、敵は隙ありと言わんばかりに飛び込んでくる。

 「じゃない。でもない。」

 そして、迫って来た敵の額に殺気のない穂先が

 「サクッ」触れた穂先の極先端が敵の額の中心に少しだけ沈むと、そこから豆腐に包丁を入れるようにスーっと穂先がすべて敵の額に収まっていく。そしてレオが槍のグリップを握ったときに手の平からうまれたわずかな振動は、槍を伝いながら波動に変わり穂先で衝撃波を放ち敵の頭部が破裂した。

 レオは槍を突き出したわけではない。切り株の重量に等しい反作用のエネルギーが、わずかな手の動きによってそのまま前方に放出されただけだった。

 「できた」

 興奮してないわけじゃない。でも、心がひどく落ち着いている。

 

 頭部を失った蜂型魔獣スパイクホーネットの亡骸の後方から、さらに3体が接近してくる。

 「ウオン(てつだう)?」木陰からガウがたずねる。

 「いや、いい。負ける気がしない」

 槍を構えながらレオはニッコリ微笑んだ。


 音感探知ソナーで見物していたノーマンは、レオの勝利に確信があったので、助けに行く準備もせず余裕で煙草を吸っていた。そして、自分が教えた事を完璧に再現して見せた弟子が、親友に吐いたセリフに思わず声を出してつぶやいた。

 「言うねえ」



※【10曲目】は2022年5月10日に公開です。

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