【6曲目】サンライズ
<intro>
平成9年7月6日(日)
毎週日曜日、野間は横浜で趣味のインラインホッケーに興じている。もともと所属しているチームは「シープス」といって、県内でもまあまあ知られた強豪チームだったが、野間はもっぱら社会人サークルの「サンズ」の練習に参加していた。
「野間ちゃん、いつも助かるよ」サンズのメンバー・安達美也子が野間に笑顔で話しかける。
「いいのいいの、っていうか、僕の方こそいつも混ぜてもらって、ありがとね」
防具を着用しながら談笑する。
ゴリゴリの体育会系で男所帯のシープスは、上達のためにより強いチームとの合同練習を好む傾向があり、野間はそれが苦手だ。一方サンズは同世代の男女混合チームでレクリエーションを目的としているので、もともと娯楽志向でホッケーを始めた野間にとってはこちらの方が居心地がいいのだ。
「やっぱりうちの練習って、シープスより物足りないでしょ」
「そんなことないよ。楽しくホッケーができて嬉しい」
「シープスだってホッケーしてるじゃん」
「うーん。あっちはさホッケーを楽しむってより、とにかく勝つためにホッケーしてる感じかな」
「野間ちゃんは勝ちたくないの?」
「僕はホッケーやって遊びたいだけなんだよ。勝った負けたはそのあとのお・ま・け」
「でも、シープスでもちゃんとやってるじゃん」
「そりゃ、参加する以上は役に立たないと」
二人がスケートリンクに入って柔軟をはじめると他のメンバー・藤倉学が近寄ってくる。
「野間さん、こないだの試合すごかったね。相手チームの人、みんな大学時代アイスホッケー部だったんでしょ?」
「そうなんすよ。もう実力が違いすぎ」
「でも野間さん充分やりあってたじゃん。やっぱさあ、自分より強いやつと戦う時ってもう全力で立ち向かうしかないよね」
藤倉がそう言うと野間がニコリと笑う。
「それは違うかな。みんな勘違いしがちだけど、もっと大切なことがあるんだよ」
「大切なこと?全力で立ち向かう以外になんかあんの?」
野間は立ち上がり転がってきたパックを打ち返すと、そしてその質問に答えた。
「あるよ」
<side-A>
ノーマンはギターをしまいディオに歩み寄り、後ろからたずねる。
「ディオさん。なんか確信あったわけ?レオ君の
「そうだな。飯の前に話してた低い可能性、レアケースってやつだよ」
「レアケース?」
「
「なによ?」
「彼の体をめぐる、不思議な生命力とでも言っとこうかな」
「不思議な生命力?」
「ああ、普通の人間からは感じられないほどの力が彼に宿っている」
うーん、もしかして
「レオ君」
手招きをするディオに駆け寄ってきたレオは少し興奮気味に言った。
「ほんとにありがとうございます」
「私は何にもしてないよ、これは君の天命だ。それじゃその
「はい」ページをめくる。
「正しい名前が表示されているかい?」
「『レオナルド・ペスカーラ』はい、あってます」
「
「はい、えーと。『
「やはりそうか」
「これがディオさんの言ってたレアケース?ってかこの職業って珍しいの?」
「ああ、とても珍しい。というか実在したことに驚いている。古い民話に登場するだけの架空の職業だと思っていたからな」
ディオはノーマンの方を向く。
「そういう意味ではノーマン。お前の
「ふーん」すかして答える。
普通を知らんから、凄さがまったくわからない。
「レベルは?」
「☆が1つです」
「
「えーと、『
「そりゃいい。ガウ君と契約を結んでみたらいい」
「ガウと?」
ガウを犬だと思い込んでいるレオにとっては不思議な提案だろうな。
「でもどうやって」
「君の思うようにやってごらん」
そう言われてレオはガウの顔を両手でつつみ目を合わせる。
「俺とこれからも一緒にいてくれるかい?ガウ」
レオとガウのおでこに魔法陣が浮かび上がる。
「ウオン」
ガウが応える2つの魔法陣が光の線でつながる。そして大型犬ほどのサイズだったガウの体は光をまとい虎ほどのサイズに変化した。
「おおっ、ゲイルファングの成体に進化しよったな」
「えっ?ガウ、お前犬じゃなかったのか?」驚くレオ。
レオが
「正直、
そう言いながらディオはレオの頭を撫でた。
なんか二人で盛り上がっちゃってさ、俺はすっかり蚊帳の外だねえ。っていうかやっぱり
ノーマンは少しすねながら煙草をくわえライターを構える。
「ノーマンさん!」
ノーマンはびっくりしてライターを落としそうになったが、そんなことはお構いなしにレオが駆け寄り地べたに正座して両手をつく。
「ノーマンさん。いや、師匠」
「へっ?」呆気にとられるノーマン。
「俺に。いや、自分に戦い方を教えてください」
レオはそう言って地べたに頭をつける。
「いやいやいや、☆2の
「自分もガウも師匠が助けに来てくれなきゃ死んでました。ホントなら恩返しすべきところを図々しいお願いしているのは充分承知しています」
ノーマンの話はスルーしてひたすら土下座を続けるレオの横で、ガウも地べたに伏せて頭を垂れる。
ペットはずるいじゃんか。俺だって自分のことで精一杯なんだよなあ。だいたい身体能力に頼りきってる俺に教えられることなんて、あっ、五輪書も教えながらの方が身に入るかも。レオには悪いがまたもやお前を利用させてもらうとするか。
ノーマンはレオの正面にあぐらをかいてすわり、面倒くさそうに言った。
「あのね僕も修行中なんだわ。それに僕には僕の目指すところがある。だからずっとは無理だけど・・・しょうがない、一緒に修行するか?」
レオはガバッと顔を上げてノーマンに飛びついた。
「師匠ーっ。一生ついていきます」
「うんだから、ずっとは無理だって。っていうかお前ら臭いから風呂はいってこいよ」
半分照れ隠し半分本音で風呂を命じた。
「はいっ」
ぴしっと立ち上がるレオと行儀よくお座りしながら尻尾を振っているガウ。ディオはその光景をニコニコしながら眺めていた。そして、1人と1匹を風呂場まで案内してから戻ってくると、ノーマンは地べたにすわったまま頬杖をついて煙草を吸っている。
「もしかして、ここまで想定内?」
「さあな。でもあの子にはお前が必要だよ、ノーマン。そしてもしかしたらお前にとってもあの子が必要になる日がくるかもしれない。縁だよ縁」
「ディオさんの仕事もふえるよ」
吸い殻を灰皿に押し込み、新しい煙草に火をつける。
「かまわんよ」
ディオが火をつけたばかりの煙草をノーマンの手から取り上げて吸うと、ノーマンはブスっとしながら立ち上がり尻の砂をはらった。
「じゃあさ、さっそくで悪いんだけど、槍って2本あったっけ?」
煙をフーっと吐き出して、
「あるよ」
<side-B>
風呂あがりで戻ってくるレオを猛スピードの槍が襲ったが、レオは半身になってかわしながら右手で槍をつかむ。ガウがレオをかばうように前に出て鋭い眼光でノーマンをにらみ姿勢を低くして唸り声をあげると、ノーマンはニヤリと微笑みながらゆっくりとした拍手をした。
「すごいすごい、でも今の槍はスライムの攻撃よりえぐかったろ?」
ハッとするレオ。
「それが☆2の力だ、身体能力だけで☆1の
「師匠。くどいっす」槍を持ちなおして言い返した。
ノーマンは頭をひとかきして真剣な眼差しでレオに言う。
「じゃぁ、次は二人でかかってこい」腕を組んで仁王立ちのまま二人に命令する。
「はいっ。行くぞガウ」「ウオン」
不器用に槍を構え穂先をノーマンに向け突進するレオ。そしてガウはノーマンの右に素早く回り込み2人で同時に襲いかかる。
仲良しだなあ、息ピッタリだよ。それにガウ太は速さだけなら☆3といっても過言ではない。
先に攻撃してきたガウを跳び箱のようにいなすと、後続のレオの攻撃はスウェイでかわして足をかけて転ばす。しかし、レオはすぐに起き上がり槍をかまえ、ガウも反転して攻撃の姿勢で身構える。
「それそれ。その姿勢」
ノーマンは笑いながら二人を両手で制した。自然にとった姿勢がもっとも理想的な姿勢であることは多く、レオがとっさにとった姿勢はまさにノーマンが教えたいそれだった。
「レオ。ホントは剣術が習いたいかもしれんが、お前は小さい。そりゃ僕も小柄な方だから小さいっちゃぁ小さいんだけど、お前はもっと小さい。だから大きくなるまでは死なない戦い方を覚えろ」
「どういうことですか?」
ノーマンはディオから借りたもう1本の槍を取り出しレオと同じように構える。
「しっかり腰を落として、石突あたりを右手でしっかり持って、槍の真ん中を左手で支えろ。そんで、自分と敵の間に穂先を置くんだ。常にそれが基本姿勢だ」
レオは自分の姿勢を確認する。
「
「でもそれじゃ敵は倒せません」
「いいんだよお前が倒さなくて。敵を倒すのはガウ太の仕事だ」ウインクしながら言った。
「多分な、それが
「それが最初の教えってことですか? 師匠」
「いいや、最初に教えたのは槍の構え方。今のはお前に対する僕のお願いだよ」
ノーマンは続ける。
「これから僕の修行に付き合うってことは、ここからお前らが遭遇する
1人と1匹は息をのむ。それに気づいたノーマンはワンクッション入れる。
「ではレオ君。自分より強い敵と戦うにはどうしたらいいと思う?」指をさす。
レオは少し考えてから答える。
「自分の力をすべて出し切って戦うしかないと思います」
「ブッ、ブー」両手で『×』のサインを作る。
「例えばだ、レオの強さが10で敵の強さが12だとしよう。お前が全力で戦っても相手も全力だったら絶対に届かないだろ。それじゃ死んじゃうんだよ」
「じゃあどうしたら・・・」レオが言いかけると、食い気味に答える。
「相手に全力を出させなきゃいい。正確には全力を出せない状況を作るんだ」
「どういうことでしょう?」
一応、高校の教員免許は持っているから上手く教えられると思っていたが驕っていたな。11歳といえば小学生。もっと嚙み砕いて伝えなくては。
「少し視点を変えよう。敵はお前にとどめを刺すために何をする?」
「強い攻撃をする」
「そそそ、強い攻撃=得意技だな。じゃぁとどめを刺されないためには?」
「得意技をくらわなければいい」
「いいね。じゃぁどうすれば得意技をくらわない?」
「敵の得意技がとどかないところにいればいい」
「いいね。得意技だけじゃなく攻撃全般にも言えるな?」
「はい。でも相手の攻撃がとどかないってことは、俺の攻撃も・・・あっ」
ノーマンはニヤリと笑う。
「はい、そういうこと。言っただろ?お前は攻撃しなくていいんだよ。だから相手の攻撃がとどかないところにいるか、相手が攻撃できない安全圏を作り出せれば、死ぬ確率はぐーんとに下がる」
話がつながって目を輝かせるレオにノーマンは続ける。
「いいか?自分より格上と遭遇した時はどうやったら勝てるかなんて考えるなよ。どうやったら敵が得意技が出せないか。どうやったら敵が戦いにくいか。場合によっちゃ、どうやったら逃げられるか。そんな風に考えるんだ」
「そのための槍の構えなんですね」
おっ飲み込みがいい。こいつセンスあるな。
「お前がしっかり相手に向かって穂先を向けてりゃ
ガウと距離を取り槍を構え向かい合う。
「いいか、敵と対峙した時は相手を良く観察しろ。色・形・動作、それらすべてが敵の攻撃や性質を知るためのヒントになる。ただ、敵に集中しすぎるな。周辺までできる限り視野を広げろ。目に入るモノのすべて貴重な情報で、すべてが知識になる。そして知識が足りない部分は想像力で補え。これは格上も格下も関係ない、すべての敵に対してこの姿勢をくずすな」
「はいっ」真剣な眼差しでガウを観察するレオ。
まあ基本姿勢を理解はできたみたいだな。あとは実戦の場面でもできるかどうかだ。
「とはいえだ、現実問題として射程内に入った敵とは戦わざるを得ない。だから、
お前に二つの攻撃パターンを教える。とりあえず一つ目を今から反復練習してもらおうかな」
「はいっ」
「うーん、なんか気合が入らないなあ。
「僕の国ではそういう返事はね『はい』じゃなく『
「
「大きな声で」
「
「もっと大きな声」
「
「まだまだ」
「
「もっと」
「
「腹から声出せ」
「
「お前いいねえ」ノーマンの気分が少しあがった。
「よーし、場所を移動するぞ」
「
ディオを留守番にしてノーマンとレオとガウは、ディオ家からすこし北に離れた小高い丘のふもとに場所をうつした。
「ここがいいかな。早速やろうか」
「
一つ目の動作パターンを説明する。
①密着している敵を両手を使って槍の柄の部分で押し出す。
②押し出した敵を太刀打ちの部分で上から叩きつける。
③素早く槍を引いて真っすぐに突く。
「とりあえず、僕を敵に見立てて実際にやってみよう」
「
ノーマンは自分の槍の柄とレオの柄を互い違いに重ねると、グッと少しだけ力を入れた。
「僕を全力で押し出してごらん。コツは瞬発力、一気に力を爆発させろ」
「
レオが足腰・背中・両腕に溜めた力を言われた通り一気に押し出す力に変えると、その力をそのまま受け止めたノーマンの体は3mほど後方に飛ばされる。
「うまいうまい、初めてとは思えんね。次は一気に距離を詰めて僕を槍の棒の部分で上から叩きつけよう」
「
レオがダッシュして一気に距離を詰めながら上段に構えた槍をノーマンの頭部を狙って振り下ろすと、ノーマンはかわさずに両手で支えて槍の真ん中部分でしっかり受け止めた。
「いいねいいね。そのままの場所で僕を槍で貫いてごらん」
「
レオが槍を素早く引き両手に力を込めてノーマンの腹部をめがけてグンと穂先を突き出すと、打撃を防いだ槍を静かに下げて先ほどと同様に槍の真ん中で受け止める。
こいつ飲み込みがいいのかセンスがあるのか、言われたことを速攻で実戦してくるな。
「うまいうまい。その3つの動きを間髪入れずに連続でやってみよう」
そして、この連続動作を30回ほど繰り返したところでレオの息が少しあがったのを見て、ノーマンはニヤリと笑って声をかけた。
「いいかい、これを体に叩きこむのが最初の目標だよ」
「じゃあ、しばらくは、ひたすらコレっすか?」
「いいや。僕も他にしたい事があるし、レオなら次のステップに進んでも問題なさそうだから一人でできる課題を与えます」
そう言ってノーマンが
「師匠。これなんすか?」
「昨日の探索の帰り道でえらい巨木が生えててさ、腕試しのつもりで切りつけたら、うっかり伐採してしまったんだ。これはその戦利品」ピースサイン。
「あはは、師匠すごいっすね」少し引いて表情をゆがませながら師匠をたたえる。
レオの称賛をスルーしてノーマンはなだらかな坂になっている丘の斜面を指さす。
「今度はこの切り株を相手にしながら丘の上まで切り株を運ぼうか」
レオは少し青ざめた顔をしておそるおそるたずねる。
「師匠。あのー、この練習はちゃんと意味があるんですよね?」
ノーマンはニヤリと笑ってこたえた。
「あるよ」
※【7曲目】は2022年4月19日に公開です。
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