【4曲目】恋のマジックポーション
<intro>
俺は宙に舞う5円玉を見つめながら「表が出たら音の返りが早い方、裏が出たら音の消えた方に行く」と決めていた。何の根拠もないが表面ならラッキーくらいに考えていたのだが、左手の上の5円玉には「五円」の文字と稲穂の絵が刻印されていたのでノーマンは
「なるほどね」
目的地に辿り着くとそこには渓谷がありおそらく石はこの溪谷に直接落下したらしく、投石の落下音が聞こえなかったのも
谷の深さはだいたい200~300mといったところか。降りるべきか予定を変更すべきか。悩ましいところだな。
野間という男は元々どちらかといえば慎重で、危険な賭けにはでないタイプの男のはずだった。しかし、ノーマンとして過ごしたこの数日の経験によってその慎重さが麻痺したかのように安全策と逆の方を選択する傾向が顕著になっていた。あるいは、自分がこの世界において強者である事実を認めはじめ、賭けではなく確信をもって挑んでいるのかもしれない。
さっきまでは五円の刻印が恨めしいとさえ感じたが、今となっては導かれたような気さえしてるよ。死なないために慎重であるべきと考えていたが、生きるために出来ることを積極的にやらなきゃって気持ちが、自分の中でどんどん大きくなっているのがわかる。
<side-A>
「いけそうだな」
と口に出しては見たが、いけそうでなかった場合どうするつもりだったのかは考えてなかったけどね。
自分の行動がどんどん大胆になっていくのを感じながら、岩壁を強く蹴って元いた方の岩壁に山刀を突き刺すと、その動作を繰り返しながら少しずつ降下していく。
「んっ」
おそらく地上から3分の1ほど下降したあたりで岩壁から生えている植物に目がとまる。
「これってヴェレノ草じゃん」
周辺を見回すといたるところにヴェレノ草が自生していることに気づくと、左手の
岩壁に突き刺した
とりあえず、欲しいものは手に入ったしこのまま上に戻って
ノーマンは目的を達成するたびに気分が高揚してくのを感じながら警戒心が緩まぬように気を付けた。再び
日の光がほとんど届いていないこの場所で、なぜ俺はこの景色が見えているんだろう?
そして、思いついたように目を閉じて視覚情報を遮断してみたが、目に映る景色が変わらないことに気づいたノーマンは思わず口元をゆるませる。
なるほどね、
「まるでコウモリだね」
そういっておどけていると突然川の中から魚型の
うまく機能していないどころか、おそらく風の音も川の音ももれなく情報として収集しているみたいだ。川から出てくる
そして
「痛っ」
「毒? しまった」
ノーマンは警戒していたつもりだったが、そのつもりこそが油断そのものだった。慌てて戦譜のステータス欄を確認すると『毒』『麻痺』と表示されているのを見て、慌てて傷口から毒を吸い出しヴェレノ草の葉を一枚取り出し傷口にあてバンダナでしばったがステータスは変わらない。
ヴェレノ草の使用方法が違うんだろうな。ダメージはほとんどないが左手が少ししびれて握力を失っている。どうしたものか。
渓谷を来た道で抜け出すにしても断崖絶壁を上る途中で意識でも失おうものなら川に落下して
「上流か下流か」
そう言ってポケットから5円玉とりだし右手の親指で上へ弾くが、左手は使えないので宙に舞う5円玉を右手でつかみ取って手を開く。
「ちっ、またか」
下流はイージーで上流はハードだと頭の中で決めていたノーマンは今のコンディションならイージーが望ましいと思っていたが、今日の5円玉占いはどうやらノーマンに試練を与えたいらしい。
気分の上がる鼻歌をうたいながら上流へ向かう途中、魚型やら蛇型やら虫型の
徐々に侵食する左手の麻痺はいつのまにか肘にまで及んでいたが、
少しずつ川幅は狭まり勾配もきつくなってきたあたりから、周辺に
この先に大きな滝があるな。この音の感じ聞いたことがある。なんだろうこの記憶を刺激する音。
そして滝に辿り着いたノーマンは既視感の正体に気づく。
「吹き割の滝?」
サイズこそこちらが遥かに大きいが、嫁の実家の近所にある別名『東洋のナイアガラ』。そうか、だから聞いたことがある気がしたんだ。
左手のことも忘れ少し感傷にひたっていると、ふとした違和感に気づき
「視覚で見えてるな。灯りがある?誰か人がいるのか?」
とっくに夜になっているはずだから、日の光が差し込んでいるはずはないのに、滝の上の方がうっすら明るいな。
ノーマンは今度はつもりではなく最大級の警戒心をもって
そもそもヒカリゴケは光を反射するだけで、それ自体が発光しているわけじゃない。だがこれはそのもが光ってんだな。
ノーマンは慎重に近づき
未知のアイテムを探るのには
そう軽く決意したノーマンは左手に縛ったバンダナを右手ではずし、血がべっとり張り付いたヴェレノ草の葉をはがした。そして、泉で左手の血の汚れを洗い流してから『浄化の結晶』を傷口にすりこんだ。
「どうだ?」
すると、左手の傷口から指先、手首、肘、上腕の順に麻痺とは違う痺れがじわじわと広がってくるのを感じる。そして、ステータス欄から『毒』『麻痺』が消えたまでは期待通りだったのだが、その痺れは左腕を越えて左肩から徐々に全身へと広がっていった。
しくじったかもな・・・いかん脳までしびれてきた。意識が保てない。死ぬのか?サトコ・・・。
ノーマンはその場でうつぶせに倒れた。
<side-B>
まぶしい。俺はどうなった。まだ生きているのか?
両手を胸の上で重ね合わせマントを布団代わりに仰向けで眠るノーマンの顔を朝日が照らすと、左手を日よけにして険しい表情のまま目を開けて眼球だけぐるりと動かし周囲を確認した。ガバッと起き上がり今度は首を左右に振って周囲を確認すると、意識を失ったまま眠っていた状況に気づく。
なにがどうなっているかわからないが、とりあえず生きているらしい。ホントは起きた時に病室にいて、こちらの世界の事が全部夢であってくれたらその方が良かったんだけどな。
思い出したように左手を見つめグッパーをしながら動作確認をする。
「本物の吹き割の滝をサユリちゃんとサトコと、絶対に一緒に見るんだ」
そうはっきり口にしてから、
おそらく、『浄化の結晶』かこの泉自体が
やっぱり誰かいたのか?助けてもらったのかな?まさかディオさん?まぁとりあえず今はなんでもいい。死なずに済んだ。せっかく助かった命だ、もっと慎重にいこう。とりあえず病み上がりだからしっかり栄養摂らなきゃ。
実際にはノーマン自身ですらすっかり忘れてしまっていた事件が起きていたのだったが、この時のノーマンがもしそれに気づいていたとしても、やはり優先順位は栄養補給よりも低かったかもしれない。ノーマンはディオにもらった干し肉をかじりながら今日の予定を考える。
でも結局、夜戦の修行もあんまりできなかったなあ。選ばなかった方の湿地帯にも行ってみたいし、エナジア草とスピナ草の採取もしなくてはならないし、少し散策しながら帰ろう。
もらった干し肉を食べつくし煙草に火をつけ食後の一服で気分転換をはかり、そして、一服を終えると命が助かった安堵からかご機嫌に鼻歌をうたいながら遠回りの帰路についた。
「♪~」
********************************
ディオはこの二日間、塩水に漬けておいたアルセルクの肉を適度な厚さに切っては吊るし切っては吊るしという作業をひたすら続けていた。実のところ、
「ディオさんただいま。いやーやばかったよ、毒魚の棘が刺さって死にかけたさー。でもどうにか乗り切ったよ」
問題があったようなのでディオは少し申し訳ない気持ちになったが、誤魔化すように笑いながら元気よく手を振り返して見せた。
「おーおかえり。無事でよかった。目的の品は手に入ったか?」
「ばっちりだよ。エナジア草もスピナ草もヴェレノ草も大漁大漁」
「えっヴェレノ草も大漁?」少し驚くディオ。
「うん、変なところに生えてたけど採れるだけ採ってきた」
そう言ってノーマンが採取してきた3種の植物を並べると、ディオはヴェレノ草を手に取り目を丸くした。
「正直な話、ヴェレノ草だけは見つからないと思っていたんだがね」
ディオさんによると、ヴェレノ草は植生もほとんどつかめておらず希少性が高いらしく、解毒薬の材料としてだけではなく希少植物として高額で取引されているらしい。たしかに普通に地面に生えていた2種とは違いたまたま見つけた感は強い。
「それで
「簡単にいうと煮出す」
「もったいぶったわりにそれだけかよ」
「さっそく作ってみるか」
火にかけた大鍋でエナジア草の葉を煮込む。葉の色が抜けたら葉を取り出す。そしてそのまま煮詰めると小瓶1本分の回復薬が完成する。手順は簡単だが、大量の葉を投入したわりに出来上がる量は少ない。スピナ草とヴェレノ草も同様の作業をする。
「もっとデカい鍋があればいっぺんに作れるんだがね」
そう言ってディオはテーブルの上に出来立てほやほやの3本の小瓶を並べる。
「緑の薬が回復薬。赤い薬が治療薬。紫の薬が解毒薬だ。お前の採って来た材料はどうやら良質だったらしいな。濃い色から見て薬効も高そうだし、かなりの額で売れるはずだ」
「採取の危険度と手間を考えると
「そういうことだ」
「これってさ、3つ混ぜて万能薬みたいにはならないの?」
「ならない。色々研究して試されてきたらしいが、混ぜると毒化してしまうんだ」
「毒化かあ、そりゃよくないねえ」
ノーマンは頬杖をついて3つの小瓶を見つめながらニヤリと笑う。
そのあと二人はちょくちょく休憩をはさみながら、夜までかかって採取した薬草をすべて
深夜になってディオが寝るのを待ってノーマンは薬作りをした作業場にむかった
「試してみたいことがあるんだよね~♪」少し笑って鼻歌をうたう。
まず『浄化の結晶』。こいつは☆7の俺が気を失うほどの薬効があるから希釈する必要がある。普通の水が入った水瓶の中に結晶を一粒入れて試してみたが・・・溶けないか。ならば、『ウルズの泉水』を注いだ水瓶にこれに入れると・・・バッチリ溶けたじゃん。
ノーマンはその溶解液を柄杓ですくって『ブラッドスカーの毒棘』にパシャっとかけてみると分解されて溶けてしまったので、この液体が浄化というより毒性の物質を分解する効果があるのだと勝手に解釈した。緑・赤・紫の薬瓶を一本用意して空の酒瓶の中で実際に混ぜてみると、ディオが言った通りに赤黒い毒液へとみるみる変化していく。
こりゃあまた、濃度の強い毒だこと。匂いをかいだだけでやられそうだな。しかし、こーこーでっ、この毒液Bに先ほどの分解液Aを足してみーるーとぉ。
「♪~」
歌いながらテンション高く大きい瓶のなかに溶解液を注いでいくと、赤黒い液体はみるみると薄い青みがかった透明になってく。そして変化が落ち着いてからそれを
46歳のおじさんは、実験が大好きだ。
なんとなく『浄化の結晶』と『ウルズの泉水』についてディオさんに言い出せずにいて、わざわざディオさんが寝てからこそこそ隠れて作業したが、こういう結果なら黙ったままの方がいいかもしれない。
そして、ノーマンはそこから手持ちの回復薬・治療薬・解毒薬を7本ずつ消費して、計14本の
とにもかくにも、サトコよ。生きて帰れる確率がまた少し上がったみたいだよ。
※【5曲目】は2022年4月5日に公開です。
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