【3曲目】赤いスイートピー

<intro>

平成16年12月31日金曜日


 例年ならば行きつけのショットバー『コースト』で常連が集まり年越しをするのだが、今年は太客の貸し切りパーティーの予約が入ったらしく俺は行き場を失ってしまった。独りぼっちがさびしいというよりも、いつもの居場所から追い出された感じがなんとも言えず切ない。

 夕方になると常連仲間の岡村が電話をかけてきた。どうやら、大晦日に常連仲間の数人で岡村の自宅に集まる予定だったらしく、独りぼっちになるであろう俺を哀れんで仲間に加えてくれるとのこと。他に予定があるわけでもない俺に断る理由はなかったので住所と時間だけ確認して電話を切った。約束の22時に岡村宅をたずねると岡村を含む仲良し幼馴染4人組がすでに集合して飯を食っている。みな同い年の4人組は2歳年上の俺を時に人生の先輩として敬い、時におじさん扱いしていじりたおす。岡村・石塚・林の3人はコーストの常連組でしょっちゅう会っているが、中田はパン屋という職業柄朝が早いためコーストで遭遇することほとんどない。それでも見知った仲ではあったが慣れていないぶん無礼講状態の他の3人とは違い人生の先輩として敬う気持ちの方が強いらしく敬語で接してくれる。

 「時親さんって、いくつから煙草吸ってるんすか?」

 「23歳からだよ」

 「わりと遅めなんすね。なんで吸い始めたんすか?」

 「さびしかったから」

 俺は喫煙を始めたきっかけを端的に表現したつもりだったが、言葉足らずだったようでその場が微妙な空気になる。だので丁寧に説明しなおした。

 「あのな、僕は22歳まで嫌煙家だったんだよ。そんで23歳の時に付き合ってた彼女が喫煙者だったわけよ。ほら、僕って女性に甘いだろ?車で彼女がタバコ吸うのを許してたわけさ。俺は吸わなかったけど」

 俺はウイスキーを一口飲んでから続ける。

 「そんでな、結構こっぴどいふられ方をしたわけだ。そのあと、車の助手席のドアのポケットに彼女の煙草のストックがあって、さびしいなって思ってなんとなく吸ってみたんだわ。そしたら、なんか吸ってる間は何も考えなくていい感じがして、それから吸うようになったんだよ」

 みんなのどういう感情かわからない視線が俺に集まると、急に恥ずかしくなった俺は照れ隠しにウイスキーを飲んだ。だが、どうやら中田はこの話が気に入ったらしい。

 「時親さん」

 「なんだよ」

 「なんか時親さんってドラマっすよね」

 「どういうこと?」

 「いや、俺たちとはモノのとらえ方が違うっつーか、独特じゃないっすか。だからいつも独りなんすね」

 「うるせー。大きなお世話だ」

 そういって俺は煙草に火をつけた。

 


<side-A>

 「煙草って、吸っちゃうよねえ」

 バルコニーの手すりに腰をかけ足をブラブラさせながら、ノーマンは呑気に煙草を吸っていた。所持品の中に煙草が1カートンあったのは救いだったが、凄惨な事故にあったあとに知らない場所にされて来たのだからストレスがないわけがない。ヘビースモーカーではないにしろストックが切れるのは時間の問題だろうと考えていた。

 「ねねね、ディオさんディオさん。ディオさんのパイプの葉っぱってどうしてるの?」

 「たまに村に行って買うんだよ」

 「煙草の葉っぱって高い?」

 「ああ、まあまあの高級品かもな。生産農家が少ないので希少なんだよ」

 「そうなんだ。あっ」

 そういえばこっちの暦ってどうなってんだろ?

 「ねねね、ディオさんディオさん。この国の暦ってあるの?」

 「そりゃあるよ。今日は大陸暦2020年6月22日一曜日だな」

 えっ、俺が事故ったのが西暦2020年6月19日金曜日だったわけで、目を覚まして三日目の今日が6月22日月曜日。。。

 「っていうかってなに?」

 「そりゃ、一曜日から七曜日までの七日間で一週間だよ」

 ってことは、一曜日は月曜日。暦がリンクしてる?何か意味があるのかな?

 ノーマンは少し考えたが、すぐにやめた。どんな意味があるにせよ生活するうえで時間の概念が共通していることは都合が良いのだから、受け入れてしまう方が建設的なのである。その真相を突き止める事もそれについて時間を費やす事も、今の自分にとっては優先すべき課題とはノーマンには思えなかった。

 そういえば、タバコ農家の収穫時期って6月だったな。ってことは、

 「それってどっかで自生してないの?」

 「自生してはいるらしいんだが、そこは南の森のより強い魔獣モンスターが多くて☆3の冒険者でも単身では厳しいという話だ」

 ディオさん曰く、この辺の魔獣モンスターも退治するには単身なら☆2は必要らしいが、俺にとっては弱すぎて慣らし運転にすらならない。単身☆3で厳しいというレベルは、訓練の段階を慎重に上げていくにはちょうど良いかもしれないな。

 「じゃぁ、僕が取ってこよっかな。場所教えて」

 ディオは北の方を指さす。

 「あそこの岩山を越えた先に広い森林があって、そこに自生していると聞いたことがある。行くんだったらついでにも見つけたら取ってきてくれ」

 草の絵が描かれた三枚の紙をノーマンに差し出す。

 「なんに使うの?食料?」

 「薬品ポーションの材料だよ。こちらの鮮やかな緑のエナジア草が『回復薬』。こっちのギザギザのスピナ草が『治療薬』。この紫がかった怪しいヴェレノ草が『解毒薬』。魔法の使えないお前さんには必要になるアイテムだろうから、作り方を教えてやる」

 「それも自生してるの?」

 「こっちは間違いなく生えてる」

 「なるほど、じゃぁ採れるだけ採ってくればいいね。どんなところに自生してるの?」

 「ジメーっとしたところ」

 「ジメー?」

 「そうジメー」

 真顔で見つめあう二人。

 「うんわかった。それで、あのー、例のものは?」

 もじもじしながらディオに尋ねるノーマン。

 「あそこに置いといた」

 ディオが指さす先の納屋の壁には革の鞘に入った山刀マチェットが2本立てかけられていて、その傍らには折りたたまれた布製のマントが置かれていた。ノーマンはかけよってそれらを確かめる。

 「そそそ、これでいいです。何から何までホントあざーっす」

 そういいながら山刀マチェットとマントを装備する。

 「お古だがそれよりましな武器も防具もあるのに、それで大丈夫か?」

 昨晩、戦譜スコアを確認して俺が着目したのは職能『回避エスケープ』と『音感探知ソナー』。おそらく最初の鹿モドキを発見したのは音感探知ソナーで攻撃をかわしたのは回避エスケープによるものだと思う。たしかに納屋の中には剣・戦斧・槍などの武器や革製の兜・鎧・盾などの防具はあったが、武器や防具を装備するのは戦譜スコアに影響する気がして今は控えたい。特に防具についてはできるだけ早く回避エスケープに慣れて精度を上げたいので基本的に装備するつもりはない。山刀マチェットとマントを借りたのは、素手の戦闘や返り血で手や服を極力汚したくないという、衛生的な理由によるところが大きい。

 「大丈夫大丈夫! いざとなったら手ぶらで逃げてくるよ」

 そう言ってノーマンは岩山を駆け上がっていった。

 「気を付けてなー」

 「はーい。いってきまーす」


 「なんもいないな」

 標高にして5~600m程度の名もなき岩山には、視界の範囲どころか音感探知ソナーを使っても魔獣モンスターも野生の動物もいなかった。ものの数分で頂上に辿り着いたノーマンは、ディオ家の反対側に果てしなく広がる森林を見下ろす。

 「おお、手付かずの自然。一面の緑だねー」

 眼下に広がる大自然を眺めながら自分が異世界に来たことを改めて実感したノーマンは嬉々として岩山を駆け降りると、ふもとに降り立ち音感探知ソナーを使って索敵をはじめた。



<side-B>

 「この森は魔獣モンスターだらけだね。群れみたいのもいるし」

 いくらこちらの世界で☆7の強者と言っても、中身は平和な日本のただの一般人でしかも46歳のおじさん、怖くないわけがない。腰に差した2本の山刀マチェットを鞘から抜き両手で構えた。

 「僕は大丈夫。やればできる子」

 自分を鼓舞しながら、敵に自分の居場所を知らせるように歌を口ずさむ。

 「♪~」

 森がざわめき殺気をまとったいくつかの気配がじわりじわりと歌の発生源に向かってくるのを感じたノーマンは、大きく一つ深呼吸をして全身の力を抜いてから森の中に入っていった。森の奥から聞こえるこちらに向かってくる足音は、これまで遭遇したどの敵よりも明らかに動きが速かった。

 昆虫型の魔獣モンスターはいい。一発で魔獣モンスターだとわかる。だってこんなにデカい普通の昆虫いるわけないもの。

 2m近いカマキリがノーマンの視界に現れた時にはすでに大カマキリの攻撃範囲の内側で、大カマキリはノーマンの首を刈らんとばかりに両腕の鎌を振り上げる。ノーマンとっさに前進して距離を詰めると、2本の山刀マチェットを下から振り上げカマキリの両腕を切り落とす。そのままの姿勢から返す刀をハサミのようにしてカマキリの首をはねると、つづけて左側の暗がりから間髪入れずに犬型の魔獣モンスター襲ってきた。音感探知ソナーであらかじめわかっていたので、慌てることなく冷静に左の山刀マチェットを振り下ろし額を叩き切る。さらに、「キエーッ」と叫び声をあげて予定どおりゴブリンが頭上から槍で襲ってくると、少しだけ後ろに下がって攻撃をでぎりぎりに回避した。そして、右の山刀マチェットで眼前のゴブリンの両肘のを水平に薙ぎ切りると、返す刀でゴブリンの首も同じように水平に薙ぎ切る。そのまま少し膝を曲げて力をためると、前方のやや離れたところにいるトカゲ型の魔獣モンスターからの遠距離攻撃を回避した。すぐさま、飛来する粘液をかわしながら一気に距離を詰めると、トカゲ型の魔獣モンスターの背後に回り胴体を真っ二つにする。戦闘態勢を崩さずそのまま周囲を警戒するが敵の気配は消え、連携したかのような波状攻撃をしのいだノーマンは肩をなでおろしホッと息をついた。

 俺、やっぱ強いな。戦うたびに音感探知ソナーの精度があがっていくし、恐怖心もどんどん無くなってきている。元の世界で蚊やゴキブリと戦っていた方が難易度が高いとすら感じるぞ。

 そして、自分が葬ったゴブリンの亡骸を見つめながら思う。

 「予想はしてたけどやっぱり人型もいるか。人型を切るのはやっぱり少し抵抗あるなあ」

 振り返ってトカゲ型の亡骸を見下ろし考える。

 「この程度の敵ならまとめて来られても対処できるけど、敵のレベルが上がってきたら遠隔攻撃や魔法攻撃の対策も必要しなきゃならんか。ここはいい練習場になりそうだね」

 煙草に火をつけて少し休憩をはさむ。

 とりあえず、今日のメインの目的はタバコの葉と薬品の材料の調達ってことで、魔獣モンスター狩りは控えめにしとこうかな。あっそうだアイテム収集しなきゃ。

 「スコア」くわえ煙草のまま戦譜スコアを取り出す。

 戦譜スコアを手にしながら倒した魔獣モンスターに触れることでアイテムを取得できることをディオから学んだノーマンは4体の亡骸に触れる。

 カマキリ型の『サイズリッパー』からは『サイズリッパーの鎌』

 犬型の『デスハウンド』からは『デスハウンドの毛皮』

 ゴブリンからはゴブリンの装備していた『悪鬼之槍ゴブリン・スピア

 トカゲ型の『ミューカスクロウラー』からは『ミューカスクロウラーの粘液』

 を手に入れた。

 アイテムそれ自体が使えるものもあるそうだが、ほとんどは何かの材料に使うようで村や町の道具屋で買い取ってくれるらしい。昨晩も昼間に倒した魔獣モンスターの亡骸巡りでいくつかのアイテムや食肉を手に入れたが、魔獣モンスターのレベルが高いほどアイテムの取得難易度は当然上がるので、これから取得するアイテムの方が価値が高いということになる。アイテム化した魔獣モンスターの亡骸は消滅してしまうので、ノーマンはアイテム化する前に対象を良く観察した。そして、デスハウンドの毛皮に葉っぱがからまっているのを見つける。

 タバコの葉だ。ということは。こいつの来た方向にタバコの自生地があるかも。

 音感探知ソナーを使いながら敵の少ないルートを歌わず進むことにしたが、すべての魔獣モンスターを避けられるわけもなく、結局先ほどのような戦闘といくつか遭遇してからノーマンはタバコ草の自生地らしき場所に辿り着いた。森林内にはたくさんの草原地帯があり、しかもノーマンにとってはありがたいことに、この草原地帯にはタバコ草が群生しているエリアがいくつかある。

 これでしばらく分のタバコ供給の目途が立ったな。

 そう安堵しながらひとつのエリアのタバコ草を茎ごと収穫し何束かにまとめた。戦譜スコアを開きタバコの束に触れる所持品アイテムにタバコの葉の束を収納すると一覧に『タバコ草の束×100』と表示された。同一アイテムは数量が表示されるのを学んでノーマンはその場に腰を下ろし煙草に火をつけ感傷にふける。

 誰一人知らない世界でホントに独りぼっちなんだな。

 「さびしいな」

 つぶいて家路につく。


 「おかえりノーマン。まだ昼だぞ、ずいぶん早かったな」

 ディオはバルコニーで昼食をとっていた。

 「ただいまディオさん。あっ薬草とるの忘れた。」

 「どうりで早いわけだ」

 46歳のおじさんは、集中すると色々忘れる。

 「もう一回行ってくるよ」

 右手をサムアップして見せる。

 「どうせなら今夜は帰らずに夜営キャンプでもしてきたらどうだ?これを機会に夜戦にも慣れといた方がいいだろう」

 なるほど、悪い提案ではないな。特にやることもないし、行っとくか。

 「その提案採用です。んじゃ、行ってきます」そういって敬礼する。

 「食料持ってけ」

 保存用の干し肉をノーマンに持たせてやったディオはノーマンの後ろ姿をみながら、

 「忙しい奴だな」と嘲笑した。

  ノーマンは戦譜スコア所持品アイテムに干し肉を収納すると、先ほどよりも素早く岩山を越え再び森にやってきた。

 『ジメー』ってのは湿地って感じかな。となるとミューカスクロウラーがいた方向があやしいな。

 捜索範囲をしぼった音感探知ソナーで川の流れる音や水辺をビチャビチャと歩く魔獣モンスターの音が聞こえるを確認すると、木の枝を飛び移りながら目的地に向かう。タバコの葉の探索で下を歩くよりもこちらの方が魔獣モンスターとの遭遇率が低いと学んだ。そして薄暗い森をしばらく行くと、足場の枝が少し滑るようになってきたのを感じる。

 たしかにジメーっとしてきた。

 地面に降りて周囲を観察するとタバコ草ほど群生しているわけではないが、エナジア草とスピナ草がところどころに生えている。

 ①明るい内に採れるだけ採って、徹夜で夜戦修行して、夜が明けたらヴェレノ草を探す。

 ②明るい内にヴェレノ草を探して、徹夜で夜戦修行して、夜が明けたらすべて採集する。

 ③採集はすべて明日に回して、今から朝までとにかく魔獣モンスター狩りをする。

 納期があるわけではないので、急ぐ必要も効率良くやる必要もないわけだが、行動指針だけでも決めておこう。これまでの戦闘を考えるとそうそう負ける気がしない。でも食中毒やアナフィラキシーショックでは余裕で死んでしまいそうな気がする。俺が今もっとも警戒すべきことは戦闘以外でのダメージからの死亡。毒対策は急務かもしれない。そうなると、選択すべきは②だな。もっと湿度が高い場所を探そう。

 ノーマンは同じくらいのサイズの石を5つ拾い、等間隔のタイミングで5つの方向に同じ力加減と同じ角度で投げた。音は湿度の高いところの方が早く伝わるので、音感探知ソナーを使えばどの方向の湿度が高いか判別できると考えたからだ。

 5つのうち3つは音の返りが少し遅く、1つは少し早い。そして、もう1つは消えた。

 2つの方向それぞれに改めて集中して音感探知ソナーを使ってみると、早い方には魔獣モンスターが多く消えた方には魔獣モンスターがいない。そしてその両方の距離はそう遠くなかったので、両方に行ってみようと考えた。

 「問題は順番だな」

 少しだけ考えて戦譜スコアを出すと、所持品アイテムの中から取り出した5円玉を親指で弾きあげると、クルクル回りながら落下してきた5円玉をパチンと両手ではさんで左の手の平を確認した。やれやれという表情で煙草に火をつけ一服する。煙草を1本吸い終わりポケットから出した携帯灰皿に吸殻を放り込むと、ひとつ大きな深呼吸をした。

 「行きますか」

 そして、ノーマンはニヤリと笑って走り出した。


※【4曲目】は2022年3月29日に公開です。

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