【2曲目】Keep Yourself Alive

<intro>

 元の世界でも不眠症気味だったノーマンは、この朝気持ちよく目覚めた。

 「あぁ良く寝た。久しぶりによく寝た」

 頭がすっきりしたノーマンは服装を整える。昨晩、二人の宴を終えてから寝るまでの間、『生きる』と決めた上で自分がどう行動すべきなのかをずっと考えていた。 

 ディオの話では魔獣モンスターやら野生動物との遭遇も避けられないだろうし、この世界における自分の性能は知っておかなければならない。まずは脳ミソと肉体を同期させて、思い通りに動かせるようにはなっておきたい。

 「じゃぁ一丁、試しますか」

 ため息まじりに宣言して窓から外出すると、昨晩ディオが指さした東の海岸に向け日の出前の薄暗い道をかけていく。

 「えっ」

 自分のスピードに戸惑うノーマンの目には景色が驚くほどの速さで流れる景色が見える。

 どういうこと?

 東の海岸までの道のりは目算で5~6kmはあったはずなのだが、敵に遭遇することもなく5分程度で駆け抜けてしまった。

 「体が異常に軽く感じるし、息切れもない」

 自分の体の性能に驚きながら足元の石を拾い海に軽く投げてみると、放たれた石は轟音をたてて一瞬で100mほど離れた海面に着弾した。ノーマンは少し引き気味に顔がニヤリとなる。

 「これはこれは」

 そして、その場で少し膝を曲げて軽く跳躍をすると、体感で5m以上の高さまで上昇し着地時に足のダメージもない。

 「とりあえず、凄いのはわかった」

 問題はこの身体能力がこの世界でどれくらいの位置にあるかだな。要はこの世界の住人なり魔獣モンスターなりが俺より弱ければ、生き抜く確率はあがるのだから。

 頭をクシャクシャとして、なんとなく正拳突きをしてみたり上段蹴りをしてみたり体を動かしてみる。

 やっぱり実際に戦ってみないとわからないか。いずれにせよ、ここで躓くようなら生き抜くのは難しいだろうし、ここに来るまで敵に遭遇しなかったということは、あの速度なら逃げ切れるということなんだと思う。

 「狩りしてみますか」

 意を決して、来た道をゆっくり歩き始める。



<side-A>

 ノーマンは緊張感をもって森を歩く。

 なぜだろう、耳を澄ますと森の中の音が良く聞こえる。生き物の動く音も聞き取れる。

 そして何体か感知した足音の内、一番近いものへの接近を試み対象を観察した。

 大きい鹿?っていうか俺の知ってる鹿ではない。日本の山や奈良にいるタイプではなく明らかにアラスカなどに生息するヘラジカに近い。よくよく考えてみると、こちらに来て間もない自分に魔獣モンスターと野生動物の区別なんてつくわけがないんだよな。まあとりあえず、人間の姿を見て逃げたら野生動物。襲ってきたら魔獣モンスターってことで。

 独自の判別方法を思いついたノーマンは自分の姿を鹿らしき獣に認識させるべく木陰から飛び出す。するとその生き物は即座に前掻きをしながら戦闘態勢に入り唸り声でノーマンを威嚇する。両者の距離は約20m。

 はい、魔獣モンスター確定。

 ノーマンが無意識に半身になって身構えると、それを合図といわんばかりに魔獣モンスターは咆哮をあげ角を突き出し真っ直ぐに突進してきた。

 軽バンにひかれる寸前ってこんな感じかね。さてどうする?

 ①避ける。

 ②角を掴んで止める。

 ③カウンターで一撃かます。

 命を守るための戦いの日々。これが初戦だし、まずは①で避けようかな。

 敵から目線を外さないまま左に小さくわかすと、魔獣モンスターは勢いでそのまま10mほど直進したのちクルっとターンして再びノーマンに突進してくる。この時点でノーマンには自分がこの魔獣モンスターよりも圧倒的に強いという確信に近い自信が芽生えていた。

 まず相手の動きが目で追えた。そして簡単に避けられた。なんならすり抜けざまに首に手刀を浴びせられるくらいの余裕があった。油断はしなければ、れる。

 46歳のおじさんは、おごらない。

 ノーマンはニヤリと笑い再度突進してくる敵に向かい正対して全身の力を抜くと、

 イメージした通り左にかわしすり抜けざまに魔獣の首に手刀を全力叩き込んだ。すると、魔獣モンスターのちぎれた頭部は宙を舞い地面に角から突き刺さり、首のない体はぐったりと地面に倒れこんだ。

 「とりあえず初戦勝利い。多分、俺、強いわ」



<side-B>

 「おいノーマン、朝食はどうする?」

 日の出頃に目を覚ましたディオはノーマンを呼びに寝室を訪れたが、そこにノーマンの姿はなかった。あわてて家の外に出て周辺を見回してみると、森の方がなにやら騒がしいことに気づいた。

 まさか。

 慌てて剣と盾を装備して森の騒がしい方へ向かうと、森の奥の方から何体かの野生動物を抱えた血まみれのノーマンが現れる。そして呆気にとられている老人の姿に気づいたノーマンは、

 「あっ、おはようディオさん、あのさ、これって食べられるやつ?」

 二人で家に戻るとノーマンは風呂場をかりて、衣服と体に浴びた返り血を洗い流た。その間、ディオはノーマンの着替えを用意して、刃渡り60cmほどの山刀マチェットで起用に獲物の解体作業を始めた。

 「良かったよ、食べられるやつで」

 着替えをすませタオルで髪を拭きながらノーマンが現れる。

 「あんまり驚かせなるなノーマン、魔物モンスターに襲われたかと思ったよ」

 「いや、たくさん襲われたよ。全部返り討ちにしてやっただけ。森の中ではまだ死体が転がってるよ。とりあえず、食べられそうなやつだけ持ってきた」

 「素手で?」

 「うん素手で。でもあれね、スライムっぽいやつとかヌルヌルしてるから素手で戦うの気持ち悪いね。次行くときは、その山刀マチェット貸してもらっていい?」

 ディオはやれやれといった表情を浮かべながら解体を続ける。

 「森へは何をしに行ったんだ?」

 「いや森の先よ。僕が倒れてたって砂浜にね。なんか私物が落ちてないかなと」

 「私物?それで何か見つかったかい?」

 「なあんもなかった」

 そしてノーマンは思い出したようにディオに尋ねる。

 「あのさ、昨晩話してた、『所持者ホルダー』とか『戦譜スコア』ってやつなんだけど」

 「あぁ、こちらの世界では『所持者ホルダー』として目覚めると『戦譜スコア』が発現して戦闘職に就くことができるんだよ」

 「『職業ジョブ』ってどうやって決まるの?」

 「すべて解明されてはいないが、『所持者ホルダー』になって最初に手にした武器で決まるとか、血筋で決まると言われているよ。 この肉そこのたらいに入れてくれ」

 「そしたら、うかつに武器類は手にできないね。 その肉もたらいに入れとく?」

 「山刀マチェットは武器にカウントされるかどうかはわからんけどな。 これは今食べるからそっちのテーブルに置いてくれ」

 「うーん。素手で戦うの気持ち悪いんだよね。っていうか素手で戦ったら『武闘家』みたいな職業ジョブになんのかな? これ生でいけるの?」

 「まぁ、その前に『所持者ホルダー』にならんと。 それは生が旨い」

 「それってどうやってわかるの? じゃぁ食べやすいように捌くいとくよ」

 ディオは解体を中断しノーマンに向き直ると、両手を体の前に出し本を開くような仕草を見せる。ノーマンはそれをフォークとナイフで獲物の肉を切り分けながら眺めていた。

 「こうやって、『スコア』と念じながら呼ぶんだ」

 そして、ディオの両手の上に光が集まり大きな辞典のような本が現れると、それを右手で持ち左手で指差しながらノーマンに見せた。

 「これが戦譜スコアだ」

 「へぇ魔法みたいなもんか、僕も出せたりして」

 肉の切り分けを中断して、ノーマンも真似てみる。すると、ノーマンの両手の上にも光が集まり戦譜スコアが現れる。

 「出ちゃった」

 あっけにとられた感じのノーマンを見て、ディオは呆れたように口を開いた。

 「まあ森の魔獣モンスターを素手で蹴散らすくらい強いんだから『所持者ホルダー』なのは間違いないと思ったよ。 とりあえず、朝飯食わんか?」

 「そんな感じなんだ。しまうのはどうやるの? うんうん、食べよ」

 「消えろと意識すれば消える。 調味料とってくる」

 そういって台所に行くディオが戻るまで、ノーマンは戦譜スコアを出したり消したりして遊んでいた。


 鹿の魔獣モンスター鹿型魔獣アルセルクという名らしく、ディオさんは何度か食べたことがあるらしい。全体的に生で食せるというから馬刺しのような感じなのだろう。実際に食べてみると、なんともいえないクセはあるが味は悪くない。ただ食べたあとに胃のあたりが少し熱を帯びる感覚が気にはなる。食べなかった部分は、いったん塩水に漬けて、干し肉にするらしい。


 朝食をすませ、解体の片づけを終えると改めてディオが説明を始めた。

 戦譜スコアの表紙裏には目次があり、

 ・名前

 ・職業ジョブ

 ・レベル/習熟度

 ・状態ステータス

 ・職能アビリティ

 ・技能スキル

 ・魔法

 ・所持品アイテム

 ・記録レコード

  が表記されており、詳細はそれぞれのページに記載されている。とのこと。

 

 想定の範囲内だが、まんまRPGの世界だな。

 「戦譜スコアの情報は例外を除いて他人には見せないのが基本だ」

 「へえ、その例外ってのは?」

 「たとえば軍隊に入隊する時や入隊後在籍中には確認される」

 「なるほど、軍隊以外の生き方ってあんの?」

 「冒険者や用心棒のような仕事もあるし、盗賊のたぐいに落ちぶれるやつもいる。さいわいこの国には冒険者ギルドがあるので、冒険者を選んでもそこで仕事にありつけるだろうよ」

 「ちょっと待った。この<<国>>って、そういえばさ、ここってどっかの国なの?」

 「そこからか。ここは『ロカーナ王国』のフィリトン大公領で、最南端にある『レウラ村』のさらにはずれだ」

 つまり、ド田舎ってことね

 「そしたら、僕の戦譜スコアを確認してみましょうかね」

 ワクワクしながらページをめくり、目次の項目に触れるとそのページにが開く。

 「お名前は『ノーマン・クロノス』(本名じゃなくここで名乗った名前なのね)」

 「お次は職業ジョブと。まだ武器触ってないから、職業ジョブは空欄かな?『職業ジョブ吟遊詩人バード』(どうゆうこと?)」

 「あのー、ディオさん、吟遊詩人バードってなんすか?」

 「旅して歌う人だろう?」

 「そうじゃなくて、所持者ホルダー職業ジョブなんすか?」

 「いや初めて聞いた。昨晩リュートを手にして歌っとった時にはもう戦譜スコア発現後だったのかもな。まあどの職業でも戦えるはずだろう」

 「リュートって武器なの?」

 「楽器だよ。理由わけはわからんが、なっちまったもんはしょうがないさ。別に戦士からはじめてあとから魔法も覚るやつもいるし、魔術師だって戦闘の技術は身につけられる。ただ、基本的な性能には影響するだろうけどな」

 なるほど、まあたしかに今朝は魔物モンスターを素手で倒せたし、吟遊詩人バードについてはあとで考えよう。

 「そんでレベル欄はと。ん? 『レベル/習熟度:★☆☆☆☆☆☆』」

 お星様マークが七つあるけど、レベル7ってこと?

 ディオが詳細について説明する。

 「レベルについては☆印で表示される。目安としては、ロカーナ王国の場合、

 ☆…軍学校・魔法学校の生徒、見習い冒険者

 ☆☆…軍隊入隊資格クラス、初級冒険者

 ☆☆☆…小・中軍隊長クラス、中級冒険者

 ☆☆☆☆…指揮官クラス、上級冒険者

 ☆☆☆☆☆…将軍クラス、一流冒険者

 ☆☆☆☆☆☆…歴史に名を残す名将クラス、伝説級冒険者

 という感じだな」

 「☆6が最高?」

 「いや上限は知らないが前に魔王と戦った『勇者』は☆7だったらしい、そういえばその『勇者』はむこうのの出身だったよ」

 ディオは西側を指さした。

 「勇者ねぇ」

 なんか面倒に巻き込まれる予感しかしない。☆7の件は内緒にしとこう。

 「ノーマンのレベルは?」

 「えぇっと、☆4みたいよ」

 「なるほど、このあたりの魔獣モンスターでは歯がたたないわけだ。あと注意するのは、星の色だ」

 「色?俺のは一つだけ『★』だけど」

 「習熟度が増すと『☆』が『★』になって、職能・技能・魔法などやれることが増えていく。戦い方によっては『★★』が『★☆☆』に勝つこともある。ちなみに、☆がすべて★の場合、『マスター』と呼ぶんだ」

 「なるほど。習熟度が足りないと格下にも負けるわけだ」

 「そういうことだな。習熟度のために重ねた戦いや様々な経験が『記録レコード』に記載されていく」

 「それってこの戦譜スコアに書ききるの?」指をさして尋ねる。

 「勝手にページが増えていくのさ」

 その他の説明も懇切丁寧にしてくれたが、他がどうでもよいくらい、俺にとって一番魅力的だったのは『所持品アイテム』だった。

 「東の砂浜で私物を探しとったらしいが、お前さんは所持者なんだからその『所持品アイテム』の中にあるかもしれないぞ」

 「まじっすか?といっても、こちらの世界に来てから手に入れたものなんてないけど・・・えっ!」

 あの夜襲われた時に車の中にあったもの。車の後部座席を倒してトランクルームにして詰め込んであったであろうほとんどの物が、一覧に記載されている。


 YAMAHAのAPX-4A(エレキアコースティックギター)

 TINYBOY(ミニアコースティックギター)

 EpiphoneのSG G-400 Korina(エレキギター)

 Ibanezの540S-LPF(エレキギター)

 KAWAIのFⅡB(エレキベース)

 他にも、アンプやエフェクターにシールド。替え弦。

 楽器以外でも、インラインホッケーの道具一式。金属バット。

 釣り道具一式。工具箱。

 衣類。靴類。

 古本屋に売ろうと段ボール詰めした本。

 自分でも忘れていたような物まで全部ある。

 身の回り品を詰め込んだリュックまである。

 ただしスマホなどの電子系のものはないらしいが。

 うーん、46歳のおじさんは、モノが捨てられない。


 あの黒影野郎、味な真似してくれるじゃないの。でも、何が目的かますますわからなくなってきたけど。

 

 所持品アイテムのチェックに熱中しているノーマンにディオが尋ねる。

 「お望みのものはあったかい?」

 「お望みのもの以上の収穫だよ。戦譜スコアって使えるわー」

 「もう少し早く知ってれば、森の獲物も抱えて持ってこなくてよかったのにね」

 「あっ」


 それでもね、生き抜く希望は少し見えたよ。早く『サトコ』に会いたいよ。


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