抱きしめて眠る

「こうして、2人は無残に殺された…村の連中達によってね」

話を終えた青年は一息ついて暗い空を見上げる


「どんな思いだったんだろうね…父様と母様は…」

見上げたままポツリと呟く


「痛かっただろうな、僕を庇いながら母様は村の連中の攻撃に耐えていたから…父様は血だらけだった、今でも覚えているよ、あの匂い…」


「お前はその時、どうしてたんだ?」

今まで黙っていた江國は何かを察したのか、ある質問を青年に投げかけた


的を得た質問だったのだろう、その言葉に青年はニヤリと笑い出した


「僕は母様のお腹の中で………すべてをね」


この言葉で江國は青年の実態を理解をしたようだ


「お前は生まれる前から羽衣 澪の超能力を引き継いでいたって訳か?」

「………!?」

江國の回答に黙って聞いていた谷浦は衝撃を受ける



「僕は恨んだ、何も悪くない父様と母様を化け物扱いした挙句に殺した村の連中を…!!」

その回答が正解というように青年は恨めしそうに吐けば

その言葉と共に青年は赤い光に包まれ浮かび上がった


「母体と一緒に殺された事で強い恨みと受け継がれた能力が暴走したってところか」


浮かび上がった衝撃で強い風が舞う、江國は受ける体制をとりながら冷静に答えを紡ぎだした


青年は本来は澪の命が尽きると同時に宿っていた赤子、つまり母親が殺されたと同時に亡くなるべきだったが

すでに生まれる段階から澪の超能力が宿っていたその赤子は、すべてを見据えその上で村の人間、それに関わった者に大きな恨みを抱き

殺された事でその力がひとりでに青年という存在を生み出したものなのだろう


目の前の今の青年の姿は積もった恨みが作り上げた怨念そのものだった


「手始めにあの学者の男を殺したよ、ギャーギャー騒いだ後に無様に死んだ姿を見た時は最高だった」

当時の事を思い出しているのか、うっとりとした顔で青年は語る


「その次は村の連中だった、…って言っても時期に崩壊するのは目に見えていたからね、ちょっと手助けをしただけで自滅していったよ」

青年の復讐の中にはもちろん村の人間達も含まれていた


「だからか……」

ぼそりと谷浦が喋りだした

「?」

谷浦の声を聞き取った江國が首をかしげる


「お前の中には俺たちのように探ってくる奴と、力に縋ってくる奴しかいなかった訳か…」

少し前に青年が話してくれた言葉を思い出すように語る


「そうだよ、そうやって来たやつは誰一人残すことなく殺してやったよ、母様と父様、そして僕自身が2人に会えなかった思いを、ね…」

ニヤリと不敵に笑う青年が紡ぐ言葉はどこか寂しさすら感じる



「そうすると、あの鳴川と一緒に肝試しに来てた連中もダメってことか…」


その言葉に江國は、一番最初に見た投稿映像に映っていた鳴川の友人たちの姿を思い出す、青年も心当たりがあったのだろう


「あー…あのうるさかった連中か、………もちろん」

その瞬間、青年は谷浦と江國に向かって手を振りかざした


「「………!!??」」


2人の脳内に直接映像が流れ込む


《イタイ、イタイ!!!!あ"あ"ぁ…っあああああ!!!》


《ひっ………ぐぁっ!!ぎゃぁぁあああああああああ!!!!!》


《な、なにこれ!!キモ…!!……!いたっ!!なにこれ…っ!!ぎゃぁぁああああああああああああああああああああ!!!!》



恐らく鳴川の友人なのだろう、見覚えのある顔もあった

それぞれ男女関係なく、これまでのように苦痛に歪んで亡くなっていく姿が脳内に映し出された


「………っ!」

衝撃的な映像を脳に直接見せられた事に、谷浦はショックが隠し切れずその場にへたり込んでしまう


「谷浦さん!!」

江國はすかさず谷浦の元へと走った

「無様だね」

そんな2人を見て青年は笑った


「てめぇっ…!」

その言葉に先ほどまでの冷静さを欠いて江國は反応するが

「まて、江國………俺は大丈夫だ…」

すぐに正気を取り戻した谷浦に引き止められた



「ねぇ、谷浦さんだっけ?」

唐突に青年が谷浦に話しかけた


「そうだが…?」

谷浦はゆっくりと立ち上がりながら青年の問いに答えた

ぐらりと揺れる体を江國が支える


「谷浦さんの質問に答えたから今度は僕が質問してもいいよね?」

ゆっくりと浮かび上がったままでいる青年は月明かりに照らされた状態で妖しく笑い問いかける



「谷浦さんは僕がここに現れる前、あの男に向かって「悲劇の主人公を気取るな」「泣くことならだれでも出来る」って偉そうに言ってたけど、僕のそれも一緒なのかな?」

「………?」

その台詞は数時間前に、谷浦が噂を聞きつけた男性にかって言った言葉

青年はあの時傍らで、谷浦たちの会話を聞いていたのだろう


まるで小馬鹿にするような言い方で青年は谷浦に再度問いかけた


「母様は秘密を隠していた自分が悪いって言っていたけど、そもそも隠すように仕向けたのは村の偉い連中だ」


天を仰ぐように広げ、悲しそうな顔で青年は語る

あの時、胎児として澪の中に居た青年はどこまで視えていたのだろうか

青年の言う通り、澪の体の秘密は澪の親族と村を収める人間達が、一部の人間だけで内密にしようとしていたことだ、当時の幼い澪は何も知らされずただ言うことを聞いていたにすぎない


「父様もそうだ、母様の秘密を知ってもなお母様を愛し抜いた、母様を守っただけだっ………それなのに!」

狂った様に語り続ける青年を谷浦はじっと見つめた


「もしかして、僕が2人の子供になったのが悪かったのかな?」


月明かりに照らされた青年は、あどけない少年のように儚く悲しい表情でその瞳に一筋の涙が伝っていた


「僕は存在しちゃ、ダメだったの?」


青年はその目に大きな涙を携えて尋ねる

いつの間にか赤い光が静かに消え、浮いていた体は地面にそっと降りた


「あんなことが起こる前は母様がいつも僕に話しかけてくれたんだ、「早く生まれて来てね」「会えるのが楽しみだな」って」


青年の瞳に溜まっていた涙はボロボロとこぼれ落ちていく



「父様も何も言わなかったけど、いつも母様のお腹越しに撫でてくれた、とても暖かくて僕も2人に会いたかった、………なのに!!」


谷浦は何も言えなかった、青年の問いかけに心が揺らいだ

自分があの時男性に向かって言った事は間違いなのか………

一言も発することが出来ず拳を握る


「それでも泣く僕を悲劇の主人公ぶるって言いたいの?」

瞬間、青年は谷浦の目の前に近づいた


その目は泣き腫らした後はあるが、黒目を極端に小さくし目を見開いた不気味な形相で谷浦に近づいた


「ねぇ、答えてよ」


谷浦の視界は青年の手によって暗闇に包まれようとしていた…






青年は谷浦に手を伸ばす


「触るな」


しかし、その手は江國によって止められた

江國は谷浦を肩に寄せるように抱きしめ青年との距離を取る


「本当に邪魔だな………」

青年は江國を見ながらイラついた様子で喋る、しかし江國はお構いなしに谷浦と青年の間を割って入ったまま言葉を続けた


「お前の言い分なんか知るか」


そしてきっぱりと言い放った

「谷浦さんは何も間違っていない、けど合ってもいない」


その言葉に青年も谷浦も目を見開く、呆気にとられたのだ


「間違ってないし合ってもいない?馬鹿にしてるのか?」

青年が理解できないと苛立たせる、それに対し江國もさらに畳み掛けるように質問を投げる


「じゃあ逆に聞くよ、正解ってなんだ?」

「正解?」

「お前にとって正解ってなんだったんだ?」


江國の問いかけに青年は黙り込んでしまった

しばらくして江國が次の話へと進む


「巫女としての決まり事を破ったのはあの二人だ、だがそれでお前という存在が出来たのも確かだ」

「じゃあお前は僕が悪いっていうのか!?」

「悪いって決めてるのはお前自身じゃないのか?」

「!?」


今度こそ青年は何も言い返せず黙ってしまう


「谷浦さんは何も悪い事を言っていないと俺は思う…それでもお前が納得しないで俺たちを殺そうとするなら俺は容赦はしない、それだけだ」


江國はそのまま谷浦の方へと向いた……

話を聞いていた谷浦は江國の言葉で考えが落ち着いたのだろうか

促されるようにゆっくりと口を開いた


「俺はせいぜい「気持ち悪い」とか悪口言われたくらいだからな、殺されたお前の気持なんかわからないし、今後もわかってあげることは出来ない」


ぽつりと、嚙み締めるその言葉は青年の心にどう聞こえるのか

伏せていて顔はよく見えない


「俺はどんなに辛くても苦しくても、悲観して泣き喚いて現状が変わらなかったからな、諦めて前向きになる振りしかできなかった」

「………」

「もしかしたら、お前もそうやって人を殺していくことで俺みたいに前向きになる振りをしていたのかもな」



その瞬間、はじけるように江國に掴まれていた青年の腕は振りほどかれた

江國はすぐに体制を整え防御に入る


「………お前と一緒にするなよ!」


青年は明らかに動揺していた


「僕はあの羽衣澪、姑獲鳥村の巫女の子供だ!!お前のように馬鹿みたいな理由で人を殺すわけがない!!これは制裁だ!!」


声を荒げ青年は怒鳴る、その姿は泣きすぎてなんで泣いているのか分からない子供のそれにも重なる


「………だからお前らも今すぐ殺してやる!!」


2人から距離をとり、手をかざして叫ぶ





しかし、2人は何も起こらなかった

代わりに2人は柔らかい光に包まれた…



「………これは」

江國は谷浦を庇うように抱きかかえたまま辺りを見渡す

柔らかい光は月明かりよりも明るく2人を包む


「江國、これもお前の力なのか…?」

谷浦も戸惑い気味に江國に問いかけたが

「違います、俺じゃない………」

自分ではないと江國は答えながらある一つの可能性を感じていた



ふと、谷浦は視界の隅に江國とは違う人の気配を感じた

「?」

「多分、この人たちですよ…」

江國も同時に察知したらしい、谷浦に助言するように告げた


「あ、…ぁ…」


目の前の青年はその光を、谷浦と江國の後ろにいる人物たちに目を見開く



『…帰りましょう』


凛とした女性の声よりは少し低めに感じる優しい声色

谷浦は誰だか理解するには時間がかからなかった


「………羽衣 澪」


自身を守るようにして、青年に語り掛けるその姿に幻でも見ているかのような気持ちになる


『長い間、1人にさせてしまったようだね…』


江國の方には清孝の姿もあった、写真で見るよりも優しさと力強さを感じる



「ど、…して………」

青年は信じられないものを見るような目で後ずさる


羽衣澪と清孝の姿をしたそれは淡い光を纏った状態で谷浦たちを守る様に現れた



「何が起こってるんだ………」

「谷浦さん、ここは彼らに任せましょう」

驚いて戸惑う谷浦に江國は更に肩を抱き寄せ見守るように促す


羽衣澪と清孝はゆっくりとした動きで青年の元へと歩み寄り始めた


「ち、………違うんだ、母様………っ僕は………っ」

青年はまるで悪事がバレた子供の様に狼狽えたまま必死に言い訳のように話す、その姿は今までの罪を重ねた証拠なのか何故かみるみるうちに血だらけの姿になっていた


まるで罪を重ねていくように、白い青年の姿が赤黒く染まる


『貴方が犯した罪を私達も償いましょう……』

対して羽衣澪は穏やかに笑いながら歩を進める


「違う、………っ僕は………っ」

青年は何を感じているのか、酷く怯えた様子で泣き崩れる


『今まで1人にさせてすまなかった…』

清孝も同じくあやすように笑みを浮かべながら近づく


「父様も母様は何も悪くないっ………!!」

青年は絞り出すように叫ぶが、その瞬間2人に抱き寄せられた


神々しい淡い光に包まれた羽衣澪と清孝の姿は徐々に消え

2人の服は青年を染めていた赤黒い色が伝染するように染まり始めた



「ぅ、ぅわあああああああああああああ!!!!」

青年はその姿を見るや癇癪をおこした子供のように泣き出す



『共に行きましょう………、晶……』

抱きかかえた青年と共に、羽衣澪と清孝は静かに地面に沈むように消えてしまった


「っ…ごめんなさい………」


青年はその言葉を最後に、地面の下へと消えていった






「終わった………のか?」


しばらくして、谷浦は声を発した

その頃には目の前にいた羽衣澪と清孝の姿はおろか

青年の姿も見えず、隣には江國しかいなかった


いつの間にか夜が明けのか、うすぼんやりと空が明るくなり始めていた


「………最後がこうなるなんてな」

江國も一件落着と判断したのか、緊張したものが解けたようにどさりとその場に座った


「……あいつは、羽衣澪と清孝はどうなったんだ?」

谷浦は何となくわかっていたが、先ほど見た光景の詳細を江國に求めた


「俺にもよくわかりませんが、子供の尻拭いをしているようにも見えましたね…」

江國は青年が消えた地面を見つめながら答える


「………それは、あまり良い言い方じゃないな」

谷浦もそれで納得したのか、それ以上突き詰める事はしなかった



「俺は、貴方が無事でよかったです…、今はそれだけにしときます」

そう告げ江國は困ったような悲しそうな顔で笑った


「そうだな、助けてくれてありがとう江國………」

谷浦も同じように眉を悲しげに寄せ、笑う



2人の間に優しい風が吹き抜けた


「戻るか、池谷も心配しているだろう………」


こうして、一連の事件は幕を閉じた


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