忘れていた記憶の話

江國が目を覚ましたと病院の看護師が教えてくれた。


「谷浦くん行ってあげて、僕は上に報告してくるから」

そう言って保田は席を立って行ってしまったが

谷浦は江國のいる病室のドアから動けずにいた

ドアノブをじっと見つめたまま開ける素振りを見せない


瞳は伏せ、何かを考えこんでいるようだった

しかし、ドアの向こう側にいる人間によって、それは強制的に終わらされてしまう



「誰かいるんですか?」

ドアのせいでくぐもってはいるが、間違いなく江國の声であった


「……………………俺だよ」

それが引き金で観念した谷浦は静かにドアを開けた


「谷浦さん…?」

病室に入ると江國はベッドの上に座っており、腕には包帯が巻かれて痛々しい様子だった

その姿を見た谷浦は一瞬で眉をひそめる


「腕は痛むか?」

近くに置かれたパイプ椅子に座り、江國の様子を伺った


「まぁ、動かせばそれなりに…」

「悪かった…、俺がもっと早く気づけば…」

谷浦は静かに頭を下げ謝罪を述べるが、それは江國に遮られてしまう


「やめてください、俺がしくじっただけです」

江國は心底いやそうな顔で拒否したが、何故か谷浦はそんな江國の姿を見て笑みを浮かべる


「そう、か…」

「…?」


普段なら何かしら言い返す谷浦に江國も不思議に感じたが、言葉にできないまま何を話すでもなく2人は沈黙してしまった



窓から朝日が差し込む

ふいに谷浦が口を開いた


「久しぶりに昔の夢を見たんだ…」

「…昔の夢?」

突然の話題の切り替えに江國も戸惑うが、谷浦の顔を見た途端に何かを察しそれ以上は口にできなかった



「よかったら話を聞いてくれないか?…もし、本当にお前が俺のことが好きって言うなら、聞いてほしい話なんだ」


江國はその言葉に目を見開いた、そして静かに


「……どうぞ」

と小さく承諾した





これは谷浦が中学時代の話にさかのぼる


「俺、中学の時好きな奴がいてさ、そいつ男だったんだよ……周りにもバレてクラスで浮いてたんだ」

当時の事を懐かしそうに語るが、その内容は悲痛なものだった


「もちろん家族にもバレて、家にいても落ち着かなくて、よく家を飛び出した」


傍らで聴いていた江國も話の内容に無意識に眉間にしわを寄せる


「………お気に入りの場所があったんだ、家を飛び出した日はいつもそこに向かってた」


「お気に入りの場所………?」

"お気に入りの場所"江國はその言葉に強い引っ掛かりを感じた


「人通りがない小さい公園で古びた遊具がたくさんあった、時間をつぶすには丁度いい場所だった」


「それって………」

江國はその言葉に自分自身の何かが重なるような感覚に襲われる


「俺はそこで小学生ぐらいのガキにあったんだ…」


「………、っ」

ここで何も言えなくなり言葉を詰まらせる江國だが

それでも谷浦は構わず語り続ける


「不思議な奴でな、自分には霊能力があるけど上手く使えないからいつも怒られるってよく泣いてた」

「………」

「霊能力とかその時の俺は少し半信半疑だったけど、霊視?ってやつで結構言い当てたりしててさ、『すごい、こいつは本物だ』って思ってた」

「谷浦さん………」

「たぶん、それがきっかけなんだろうな、俺がこの業界に入ったの」


江國は黙り込んで下を向いていた

「………」

「そのガキ、お前だろ江國」


谷浦の問いかけに観念したのか、江國はおもむろに顔を上げた


「そういう思い出し方止めてもらいませんか……っ」

顔は真っ赤で、谷浦にとってその顔は初めて見る江國の顔だった

「ふはっ……無茶言うなよ」

たまらず笑い出す、その表情は仕事の時とはちがう朗らかで優しい笑顔だった


「そうやってからかうところは変わらないんだな、

「そうだな、お前はそうやって俺のこと呼んでたな」

江國のその呼び方に谷浦は懐かしさを感じたのか嚙みしめるように目を閉じた


「いつ思い出したんですか?」

「さっきお前が運ばれて治療されてる間だよ、うたた寝したんだよ、その時夢を見たんだ」


谷浦のその答えに江國はあからさまにムッとした表情をした


「それまで忘れてたってことですか……?」

「悪く思うなよ、忘れたい思い出でもあったんだ………」

「俺との思い出をですか?」

「話をちゃんと聞いてたか?俺はあの時周りに「ホモ野郎」ってあだ名で陰口言われてたんだぞ、普通にトラウマだわ」


「トラウマ………」


ここで谷浦の当時の心情を理解したらしい、納得はしたがその顔は苦虫を嚙み潰したような顔をしていた


「お前との思い出を一緒に忘れることで、自分を守ろうとしてたんだよ」

「……そうですか」

これ以上江國は何も言えないでいた


「でも、今は忘れてたことを後悔している………」

谷浦は目を伏せて、思い出した出来事を愛おしそうに感じながら

「お前はあの時言ったんだ、『ひろ兄ちゃんがどんな人でも僕はひろ兄ちゃんが大好きだ』って」


「谷浦さん、それ………」

「俺はずっと前からお前に告白されてたんだな………」

谷浦は照れくさそうに笑った

江國はそんな谷浦を見ながら自身のことを語りだした


「……俺、落ちこぼれだったんですよ、一生懸命やってもダメで、いつも兄貴と比べられて悔しくて悔しくて」

「そうか………」

「そんな時、あんたに出会ったんだ、俺がしていることにあんたは喜んでくれて俺は嬉しかった、また頑張ろうって思えた」

「………そうか」


「だから忘れられて時はショックでしたよ、せっかく霊視であんたの事突き詰めて入社したのに」

「………は?」

谷浦はその一言で固まった


「おま…っえ?、霊視……して、入社って…え?」

「その言い方はまだ忘れているんですね」

動揺している谷浦に江國は呆れた様子でため息をはく


「俺はあの時こうも言いましたよ『俺が立派な霊媒師になったら結婚してください』って」

「へっ………?」

「ついでにこれも言いました『ひろ兄ちゃんが遠くに言っても俺が霊視で見つけて絶対迎え行くから』って」

「そんな、こと………言ってた、のか?」

谷浦はみるみるうちに顔を真っ赤に染める



「ちょっと!!最初に思い出すのはそこでしょう!!」

信じられないと憤りを見せながら江國は声を荒げた


「そ、そうだった………け?」

だが谷浦は突然のことで頭がいっぱいいっぱいになり、パニックを起こしてまともに返事が返せなかった


「………もういいですよ」

そんな谷浦を見た江國は谷浦の腕を引っ張っぱる

腕を引かれて体制を崩した谷浦は江國にもたれかかった


「うわっ!………江國、なに………んっ………!」

谷浦の口に柔らかい感触が当たる

目の前いっぱいに江國の閉じられた瞳が映る


しばらくして、引っ張られた腕が離された


「お、お前………」

谷浦は勢いよく江國から離れるが

ゆでだこの様に真っ赤にしながら口元を抑え、江國を睨みつけるしかできなかった



「…これで忘れていた事はチャラにしてもらいます」

当の江國は「べ」と舌を出しながら満足そうに微笑んだ

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