「いつも…」

「谷浦くん今日だけ僕の代わりに、この子の指導お願いできないかな?」

「誰ですか?」

「2日前からアルバイトで入社した江國くんだよ」


保田さんがそう言って連れて来たそいつは、やたら綺麗な顔をした男だった


「あぁ、確かそんな話聞いていました」

「あれ?谷浦くんは知らないんだっけ?」

「2日前は俺休み貰ってたんで」

「そっかそっか、そうだった」


見覚えのない顔に俺は納得がいった

2日前は休日で休んでいて、その次の日は外で取材……

俺が知らないのも無理はないが…


「どうして急に俺に?」

だいたいこういう仕事は保田さんがやることに俺は疑問を感じた


「実は新しい家族が出来そうなんだよ、今日は早く帰って妻と一緒に病院について行ってあげたいんだ」

その言葉はまるで心臓が握りつぶされるような衝撃だった


「おめでとうございます……」

「やだな~!まだ決まった訳じゃないし気が早いよ!」

上手く笑えているかと思ったが、ちゃんと繕えたらしい保田さんには気づかれていないようだ


俺はなんとかこの状況から抜け出したくて、なるべく自然を装って保田さんの横にいるアルバイト君に目を向けた


「え~っと………はじめまして、だよね」

「江國遊馬といいます、宜しくお願い致します。」

江國と名乗った男は、静かな口調で名を名乗り頭を下げた、俺も同じようなかんじで適当に返す


「谷浦宏光っていいます、こちらこそよろしく」

第一印象は、【良くも悪くも今時の大学生】それぐらいの印象だった





「これはここに置いて欲しい、それ以外が来たら適当に誰か呼んでくれ」

「わかりました」

真面目に仕事に取り組む姿勢の江國に、内心俺は感心した

正直挨拶のやる気のなさから適当に来たアルバイトと思っていたからだ


(見た目よりはやる気があるってことか……)

新人特有の妙に熱い奴よりはマシだし、逆に俺的には好印象だった


「俺からは以上だけど、なんか質問ある?」

だけど新人教育自体が得意じゃない、保田さんには悪いけど俺はさっさと切り上げてしまいたかった

最低限の事は教えて、後は軽く質疑応答をして去ろうとしたつもりだったのに





「仕事の質問じゃないけど、1ついいですか?」

「………?、俺に答えられる奴なら」

ふいに江國が妙な事を言い出した、何を言い出すか少し警戒するが

本当に妙な内容だった


「"霊感"とか"霊能力"ってどう思います?」

「………は?」


江國の質問の意図はこうだった

「心霊現象が起こる場所って意外と認められやすいですけど、霊能力者とか霊感ある奴って変な目で見られるか、胡散臭いレッテル貼られやすいって思うんですよね」


こいつの言っている事もわからなくはない、が……

「………」

「谷浦さんは個人的にどう思います?」

「………信じることの何が悪いんだ?」

「…え、」


こいつは俺の返答に何を期待していたのか知らんが、俺は思ったままを伝えた


「お前の言いたいことはよくわからんが、俺は真剣にそう言ってるなら信じるよ」

「…信じる、ですか…」

呆けた顔で江國が返す、なんだよ悪いか…


「別に霊感あるなしに限らないけどな…」

「ふふっ………」

「なんだよ」

「変わらないな、――――ちゃんは………」


この時のあいつの、江國の言葉が上手く聞き取ることができなかった







---------------------



場所は変わり、山から少し離れた病院に谷浦たちは運ばれた


あの後、鳴川の叫び声が宿内に響き渡ったのか、一時騒然となってしまった

警察や緊急隊員が駆けつける頃にはより一層騒ぎになり、気づけば暗くなっていた空は明かりが見え、病院に着くころには明朝の時刻になっていた


病院内のベンチで座り込んでいる谷浦に、事情を説明や報告を済ませた保田が戻ってくるなり声を掛けた

「江國くんの容態は安定しているって、しばらくしたら目を覚ますそうだよ」

「そう、ですか………」

谷浦は顔を上げる気力もないのか、壁にもたれかかり力なく声を出す

よく見れば谷浦の服全体に江國の血がべっとりと付いていた、江國を庇った時に付いたのだろう、付いている範囲の広さが傷口の酷さを物語った


「…、鳴川さんは?」

だが江國の安否を知り、少し気力が戻ったのだろうか

間を開けて谷浦が質問をした


「即死だ、病院の人が言うには駆け付けた時点で亡くなっていたそうだよ」

目の前であの惨状をみれば素人でもわかることなのだが、なぜだか聞かずにはいられなかった


「………そうですか」

谷浦は少し前に口にした台詞を再度うわごとのようにつぶやいた


「この件はお蔵入りになるだろうね、さっき上から連絡がきたよ…」

いつの間にか谷浦の隣に座っていた保田が他人事のように語る


「お蔵入りですか…」

谷浦も口にしたもののどこか実感がなかった


「もし、そうなったらまとめて有給取ろうかな」

そう乱暴に言う保田は心なしか自棄になっていた


「何かするんですか?」

「もうすぐ子供が生まれるんだよ、どうせ仕事は暇になるだろうしさ」

「そういえばもう少しですね…」


この時、谷浦は少しだけ違和感を覚えた


「………?」

「どうしたの?谷浦くん」

急に黙ってしまった谷浦に保田が心配する


「………いえ、すいません何でもありません」

すぐに我に戻った谷浦が謝る


「どこか具合悪いとかじゃないよね?」

「大丈夫です、そういうのではないので…」

「…よかった」

そのまま何を話すでもなく2人は黙ってしまった…


しかし、しばらくしてその沈黙を破ったのは意外にも谷浦だった


「………俺は、この件を引き続き調べようと思います」

谷浦は先ほどまでと違い、真っ直ぐと前を見て何か意思を固めている様子だった


「……何か、引っ掛かるところがあるのかな?」

保田は谷浦の決意に止めるでもなく質問を投げた、軽率に止めないのは上司として谷浦を見てきた"何か"があったのだろう


谷浦もそれをしっかり感じ取り、部下として自身の考えを口にした


「実は昨夜、あの事件が起きる前にある話を聞いたんです」


そう前置きすると、谷浦は昨夜聞いたオーナーの女性から聞いた【姑獲鳥村の巫女】の話を始めた……




――――数時間後…



「………姑獲鳥を信仰していた村の巫女か」

谷浦から話を全て聞いた保田は静かに驚いた後、そのまま考え込んでしまった


「そうすると、鳴川さんの怪奇現象も説明ができるんです」

そう話す谷浦は話す言葉はゆっくりだったが、静かに続きを語った


「姑獲鳥は元々妊婦から生まれた妖怪、幽霊ともいわれています、あの時の鳴川さんの様子はまるで…」

しかし、谷浦はここで言葉を止めてしまう


「………妊婦のようだったね」

悟った保田が続きの言葉を足せば、谷浦は顔を青ざめ


「保田さんは、気にしないで奥さんのところへ行ってください……、俺が一人で」

「そういうことなら僕も付き合うよ」

ここで谷浦は自分だけ行くと告げるが、保田によって言葉を遮れてしまう


「保田さんは危険です!奥さんにもしもの事が、保田さん自身になにかあったらどうするんですか!?」

さすがの谷浦も黙っていられなかった、感情的に声を荒げ保田に詰め寄る

しかし保田も引かなかった


「もう手遅れだよ………」

声は小さいが、低く意思のあるしっかりした声だった

それを聞いた谷浦も黙り込んでしまう


「きっとこの件に関わった時点で、手を引こうが何しようが逃げられないよ、根拠はないけどね」

そう語る保田の目には、この仕事に携わる者だけが知る特有の覚悟に近い力強さがあった


「そうですね…、言われてみればそうだ…」

そう言われてしまえば、谷浦も納得するしかなかった


もう、あの時から自分たちは呪われていたのかもしれない

苦しんで亡くなった鳴川の惨劇を思い出して微かに身震いを覚えた


「でも少しだけ時間をくれるかな………」

ふと、保田は申し訳なさそうに谷浦に頼み込んだ


「美香と、妻と話をしておきたいんだ………」

そう言って笑顔を見せた保田はいつもの姿だった


そんな保田を見て谷浦は


「わかりました」

いつも通り、たった一言了承の返事をした

しかし、その顔はいつもと違い清々とした爽やかな笑顔だった


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