割れたガラス瓶
谷浦は自室に戻るため、暗く静まり帰った廊下を歩いていた
少し前に同じ場所を歩いているたはずなのに、なんだか足取りが重く感じる
――腹部が膨れる怪現象
――姑獲鳥を信仰していた村
――そして村人に殺された巫女
――――呪われた神社…。
(………まさか、な…)
谷浦は嫌な憶測を考えていた
姑獲鳥とは本来、妊婦が死んで化けてでてくる幽霊、妖怪とも言われる
他人の子供を奪ったり、逆に死んだ我が子を通りすがりの人に抱かせて危害を加えるなどいわれが様々あるが
どれも「妊婦」が絡んでいる事は共通していた。
昼間に見た鳴川の奇妙な出来事を思い出す………。
(あの時の鳴川さんはまるで…)
そう考えていた時だった…
――ガシャン!と大きな音が少し離れた場所から聞こえた
その音に思考を一気に奪われた谷浦は音のする方へと顔を向けた
(なんだ…?)
その直後、男性の怒号のようなものが聞こえてくる
(この声は…!)
聞き覚えのある声にたまらず谷浦は音のした方へ走り出す
音のした方は江國がいた部屋の方角だった
「………っ!?」
音がした場所に着いた谷浦は、信じられない光景を目の当たりにした
「……………っ、江國!?」
谷浦が見たのは明かりもつけず、薄暗い部屋の中で左腕から大量の血を流している江國がいた
「お前…、どうし」
「………っ逃げろ!!!」
江國は谷浦の存在を認識すると、谷浦の言葉を遮るように叫んだ
「逃げろって……、その腕どうしたんだっ…!?」
しかし谷浦は江國の声を聞かずに、江國の近くに向かった
「……く、………そっ」
江國は悔しそうに顔を歪めるが、顔がどんどん青ざめていき弱っていくのがわかった
「…大丈夫か江國!?」
谷浦がもう一度江國に声を掛けた、その時…
「………、あぁ、誰かと思ったらお前かぁー………」
奥の方から、気の抜けた声をした鳴川が暗闇から湧き出るように現れた……
なぜか割れた宿の物と思われるガラス瓶を握っており、その割れた瓶の先には大量の血と思われる液体がべっとりと付いているのが見えた
「………もしかして鳴川さんにやられたのか!?」
谷浦は瞬時に江國に怪我を負わせたのが鳴川とわかり、江國に問いかけるが
それでも江國は自分より谷浦を逃がす事を優先するような素振りをみせる
「………ぃい、から、はや、く………にげ、ろ………」
しかし、刺された箇所が深かったのか、左腕がさっきよりも真っ赤に染まる
「ふざけるな!こんな状態のやつ放って行けるか!!」
さすがの谷浦も物凄い剣幕で江國を怒鳴る
「………谷浦さん」
「鳴川さん…っこれは貴方の仕業ですか!?」
埒が明かないと判断した谷浦は今度は鳴川に向かって問いかけた
しかし鳴川は答えにならない返答を始めた
「声が聞こえたんだよ…、俺の頭の中に直接………」
「………鳴川さん?」
谷浦は鳴川の様子に戸惑った
よく見ると、目は虚ろであさっての方を向き薄笑いを浮かべている
(…様子がおかしい………)
ここで鳴川が正気ではないのが、谷浦は理解できた
「また、あのアレが来るって………」
「アレ……?」
谷浦は痛みでうずくまる江國を後ろに隠し、かばいながら鳴川を警戒する
「………凄く、すぅ、っっっごく、痛かったぁあ………、うごうご気持ち悪くて吐き気もして……………、本当に、腹が裂けるかと思ったぁ………」
虚ろな目で、話す言葉も子供のようにたどたどしくなるが
内容から察するに鳴川は今日起きた昼間のことを話しているようだった
「………またって誰が、そんなこと言ったんですか?」
先ほど話してくれたオーナーの女性の話を思い出した谷浦は、鳴川の言葉に何かを感じ言葉を投げかけた
そして鳴川は谷浦が思っていた通り、その言葉に反応した
「………巫女様だよ」
確かにそう答えた………
「――――っ!?」
谷浦は確信した、この一連の出来事はすべて"姑獲鳥村の巫女"の澪が関わっている事に
そして鳴川はスイッチが入った様に狂いながら暴れた
「巫女様は力をっ………欲してっ………いるぅううう!!!」
辺りを瓶で振り回しながら動き回る、幸い谷浦たちとは距離を取っているが何時こちらに来るか警戒していた
「こいつを!!お前をコロセバ!!!チカラ!!……ガッ!!………ハイルッテェェェエエエ!!!」
最早誰かわからない表情をしながら、おぼつかない足取りで鳴川が谷浦の後ろにいる江國に向かって言っているのがわかった
「……江國!!」
谷浦は江國を庇おうとするが、何故か江國によって阻止される
「俺にあんたを守らせてください…」
先ほどまで痛がっていたのに江國は真っ直ぐ谷浦を見つめていた
「何言ってんだ!はやくっ…」
「大丈夫です、俺実は強いんですよ」
そう言う江國の顔はいまだ青ざめているが、どこか生気を持ち始めていた
江國は谷浦を庇う様に鳴川の前に立ちはだかる
「ったく、これだけは使いたくなかったのによ…」
地を這うような低い声で江國が一言つぶやく
瞬間、江國の周りの空気が変わった…
「それだよ、オマエ…、さっきもそれを使っていたヨナァァ!」
その空気に気づいたのか、いたずらに暴れていた鳴川が動きを止め、ガラス瓶を江國に向け狙いを定める
「憑りつかれてる癖に偉そうな事言ってんじゃねーよ」
不機嫌を隠すことなく言えば、江國は人差し指と中指を口元にあて息を吹く素振りをした
まるでその姿は仕事で見ている祓い屋のその仕草に酷似していた
同時に鳴川も江國に向かって走り出す
そして一瞬だった…
江國は真剣な眼差しで、口元に充てた指を突き刺すように鳴川に向けた
「これで俺を殺せると思う事自体間違いなんだよ」
江國は鋭い目をして鳴川を見つめる
すると鳴川は糸が切れた人形のように崩れ落ちた
ガラス瓶は手元から零れ落ち床に転がる
「………これで、憑いてたモンは祓った…」
江國は崩れ落ちた鳴川を見て安堵したのか、膝から崩れ落ちるように座り込んだ
「江國!!」
谷浦が江國に近づくと江國の顔は脂汗がすごく、今すぐに治療が必要なのがわかった
「言いたいことはいっぱいあるが、ひとまず救急車を呼ぶぞ!」
谷浦はそう言うと、いったん江國を寝かせて携帯を取りに立ち上がろうとする
「………ふふっ」
「…なんだお前、急に笑い出して……」
「言いたいことは、かぁ……」
江國が突然笑い出したことに谷浦は不審がる
「な、なんだよ…お前………」
出血が酷くてヤバいのかもしれない、谷浦はそう考えた時だった
「やっぱ、俺あんたの事大好きだ………」
そういうと愛おしそうに谷浦の頬に触れる
「守れて良かった………」
そして江國はそのまま目を閉じてしまった
「………え、くに………?、おい、おい!!江國!!」
谷浦は必死に江國を揺さぶるが、江國は動かなかった
するとドアの方から足音が聞こえた
「……っ…谷浦くん………これは………」
現れたのは今まで部屋で休んでいた保田だった、眠っていたが物音がして起きたらしい
額に汗を浮かべているところをみると走って来たのか、肩も上下していた
「………ほた…さ、………江國、江國が…」
谷浦は呆然とした表情で保田を見上げる、血だらけの江國と近くで倒れている鳴川を見て大体を察した保田は、静かに谷浦に歩み寄った
「………落ち着いて、江國くんは大丈夫だよ」
保田は谷浦の肩を掴む、反動で谷浦の瞳から涙が零れた………
「えっ………?」
谷浦は保田の言葉のままに江國を見ると、江國は起きてはいないが胸が上下に動いているのが確認できた
「よく見て、気を失っただけだ……、ただこのままだと危険だから僕が今すぐ救急車を呼ぶよ」
保田が携帯を取り出した
その時だった…
「ッ………、アァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
突然、倒れていた鳴川が叫び出した
谷浦と保田は驚き鳴川の方へ振り向いた
鳴川は昼間の時とは比べ物にならないほどに、転げまわり暴れだす
「――イタイ!!!………、イタイイタイイタイイタイィィィイイイイイイイ!!!」
目を見開きながら口から涎を垂れ流し、苦痛に悶える様は獣のようだった
そして、鳴川の腹が風船のように膨らみだす
「ハッ………、い、イヤダ!!!!しにた、………、じに"だぐな"い"ぃぃっ!!!………じに"だぐな"い"ぃぃぃっ!!!」
膨れる腹を見ながら鳴川は必死に叫ぶ
――メリッ……メリメリッ……
「ギ、………ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
悲痛な断末魔を上げたかと思うと
鳴川の腹がバツッと一際大きな音と共に腹部が裂け
鳴川は酷い形相のまま息絶え、その周辺は一気に赤に染まった………
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