ある研究者の記録

その後、谷浦は江國の病室を後にし会社へと向かった


「保田さんから話は聞いてますよ」


会社に戻ると、すでに池谷が仁王立ちで待ち構えており

後ろのデスクには大量の紙束がどさりと置いてあった


「"羽女之村うめのむら"で調べても大したもんはでませんでしが、"姑獲鳥村"で調べたらゴロゴロと出てきましたよ」

紙束はもちろん池谷が事前に保田から説明を受け調べた資料だった。


「さすがだな…、今日の今日でもう情報を見つけたのか」

「私の情報収集力舐めないで貰っていいですか?」


仕事の早い池谷に感心する谷浦だが、池谷はそれどころではないようだった


「私も手伝います、だからその隠しているシャツ今すぐ着替えて貰っていいですかね」

そう言うと池谷は奥にある更衣室の方を指さした

前もって持参していた上着で隠していたが、先ほどの血が付いたシャツが池谷にも見えたらしい


「いいのか?この件はお蔵入りになるって保田さん言ってたぞ」

ふと、思い立ったのか、移動しながら谷浦は池谷に問いかけた


「いまさら何言ってんですか、中途半端に放り出すなんて出来ませんよ、谷浦さんもそうでしょう?」

だが、池谷の返答は頼もしいものだった

何もかも完璧に返されてしまった谷浦は苦笑いして更衣室へと向かった





---------------------


「姑獲鳥村は当時は学者の間で有名な村だったようですね、何人か村に移住してまで調べた人もいたようです」


谷浦は池谷が口頭で資料の説明をしている中、自身もその資料を熱心に目を通す


「最近まで研究している奴もいるのか…」

「羽女之村はあくまでも表向きの呼ばれ方で、いまでも姑獲鳥村の呼び方が主流のようですね」

池谷が調べた資料のほとんどは姑獲鳥村を調べていた学者の記事だった

羽女之村だと関連地域の市町村サイトのみでしか検索に引っ掛かることしかなかったが、姑獲鳥村で調べた途端に古い記事の研究報告書、掲示板のスレッドが見つかったという


「妖怪を信仰してる村なんて珍しかったんでしょうね、それにこう言った噂もあったようです」

そう語る池谷は数枚にまとめた紙を谷浦に渡す

その紙に書かれていたのは、とある掲示板のスレッドの印刷だった


「噂?呪われる神社以外にもあったって事か?」

村に関する噂はあくまでも「行ったら呪われる神社」しかなかっただけに

まだ噂があるのかと谷浦は池谷に疑問を投げる


「どうやら子宝に恵まれない人が、この村の神社に行くと授かる事が出来るという噂でした」

「なるほどな、ご丁寧に体験談まで書いてある…」

妊婦に関する"姑獲鳥"の名がある分、噂が誇張したものかと谷浦は軽い気持ちで考えた


「姑獲鳥だけに、子宝祈願ってやつか?」

「それもただの子宝祈願じゃないそうです」

「?」

だが、池谷の回答はとんでもないものだった


「男性も祈願すれば、自身の身体に子供を宿す事ができたそうですよ」


「は?」

素人考えでも常識的に有り得ないことに、谷浦は思わず呆気にとられる


「一時期は色んな専門学者や、研究家がこぞって調べに来たそうですよ」

っと言っても昭和初期とか随分前のことらしいですけど、と池谷は付け足し次の資料へと手を伸ばした


「…そんなデタラメな話があるのかよ」

「今じゃ考えられない話ですけどね、だけど鳴川さんの件と関係ありそうじゃありませんか?」


膨れた腹を抱えながら苦痛に悶えて亡くなった鳴川を思い出す


「……確かにな」

あの時は呆然と見ることしか出来なかった谷浦は静かに肯定した




「なぁ、この中で誰かコンタクト取れないか?」

突然、谷浦は姑獲鳥村を調べているリストの紙を指しながら池谷に話しかけた


「にわかに調べた俺たちよりも詳しい事情を知っているかもしれない、話ができそうな人物はいそうか?」


つい最近調べ始めた自分たちよりも、姑獲鳥村について詳しいと考えたのだろう

しかし、簡単にはいかなかった


「無理ですね」

「?、どういうことだよ」

きっぱり言い切った池谷に谷浦は戸惑ったが、次の言葉でその答えの意味を思い知らされる


「みんな亡くなってます」


池谷は恐ろしいものを見るように、谷浦の指しているそのリストを見た


「亡くなってる、って………」

谷浦はもう一度聞き返す

確かにそのリストに載っている人物は谷浦たちよりも高齢だが、最近まで調べていた学者のほとんどはまだ亡くなるような年代でもはなかった


さらに池谷は追い打ちかけるようにもう一つ伝えた


「死因のほとんどが腹部が破裂した事による大量出血死だそうです」

「腹部………?」


ここで一気に鳴川の死因と姑獲鳥村が繋がるような感覚に落ちた


「男性が妊娠するって噂もあながち本当かもしれませんね…」

池谷は冷静に語りながら、掲示板のスレッドが印刷されている紙を見つめる


「これ以上は調べるなってことか…」


頼みの綱である人物達が亡くなってしまっている今、谷浦は手詰まりを感じ頭を抱えたいたのだが


池谷がある提案を出してきた


「学者の先生には会えることはできませんが、一つだけ方法があります」

「方法?」


池谷は一枚の写真と地図が乗ってある紙を谷浦に渡した


「この学者が亡くなる前に、姑獲鳥村に関する資料をここの図書資料館に寄贈したらしいです」


そう言って渡された紙には、ここからさほど遠くない場所にある図書資料館だった


「ここに…」

「行ってみますか?もしかしたら」

池谷は谷浦が危険にさらされることを考えたのだろう、姑獲鳥村を調べてきた学者たちのように


だが、谷浦は池谷がそれを言い切る前に席を立った

「もちろん行くに決まっている、生半可で終わらせるなんてまっぴらごめんだ」


そういうと谷浦はその場を去ってしまった



池谷は、谷浦が去った後を静かに見つめる


「さて、これでひと段落着いたし、もうと行きますか」

そしておもむろに調べてきた姑獲鳥村の資料達をざっと片づけ

大事にしまっていた調に手を出した




翌日、谷浦は姑獲鳥村を調べた資料があるという図書資料館へと向かった


「こちらになります」

「どうも」


簡単に受付を済ませ、案内された資料がある場所へと向かう


「ここ、か……」


広い室内の一番奥、薄暗くあんまり人が立ち寄ることはないであろう場所の棚の隅に、目当ての物はあった


「『【姑獲鳥村の巫女の伝説】に関する調査記録』………」

手書きの分厚いファイルが時代の流れを感じる


机に移動して早速ページを開く

色あせた紙にはびっしりと手書きで文字が記されており

この学者の熱意のようなものを谷浦は感じ取ることができた


書いてある内容は以下の通りであった


"妖怪の姑獲鳥を信仰する「姑獲鳥村」の調査記録をここに書き記す


明治の前半、当時は集落だった村は伝染病の影響で妊婦が死に絶える事例が発生していた

時系列と症状からして、この当時流行した流行り病だと考えられる


周囲の人間はこの現状を妖怪の姑獲鳥の仕業と考え、祓うのではなく信仰することで厄災を収めようとしていた

時期としては、流行り病が収まるタイミングと上手く合致した為、信仰が進んで行き集落は村へと変わった

それが姑獲鳥村の誕生の経緯である"


そう書かれていた文章の後に、それを証明する別紙の調査表が貼られていた

「…あれは流行り病のせいだったのか」


あの時オーナーの女性が教えてくれた、姑獲鳥村の誕生のきっかけが紐解れていく


"村の中心になり姑獲鳥の信仰を行っていたのは「羽衣一族」という一族であり、代々から女性が生まれると巫女として育てられていた


そして、姑獲鳥村で最後の巫女となった「羽衣 澪」は超能力を持つ人物だったとされる

この調査記録では彼女の実態についての調べた記録と村の歴史を残していきたいと思うー……"


「超能力………?」


この時、谷浦は忘れていた会話を思い出した


---------------------


「その澪って巫女は、特別な力を持っていたと伝えられていたの」

「…特別な力?」

「私はあくまで噂話だと思うわ、それだけ凄い巫女だって伝えたかったのかも知れない」


---------------------


「やっぱり、ただの噂話じゃないってことか………」


さらに谷浦は読み進めた


"残念ながら彼女はすでに他界しており、彼女の協力を得て調査を進めることは不可能だが

当時、彼女の能力を調べていたという団体から資料を借りることが出来た

これを基にしてこの調査記録を進めていきたいー……"


「調べていた団体?」


ふと、谷浦は言葉を漏らした


続きが気になり次のページを開くと、当時の団体が調べた資料のページとその学者が再調査した結果が記されていた


「………これは」


"項目は、透視・サイコキネシス・霊視・予知と記されており

結果は、「どれも現時点では力は本物という証明しかできない」と書かれていたー……"


「本当に羽衣 澪には不思議な力ってやつががあったのか」


しかし、谷浦はこの学者の続きの文章がまだ綴っていることに気づく


"だが、私はこの借りた資料自体そのものがおかしいと考える

理由は後に記述する


当時の団体の職員の1人は村へ移住して調査を進めていたようだ

その職員は調査対象の羽衣 澪に心底惚れ込んでいたという

当時の別の記録していた人物の日誌からその記述が見つかり、私はそう考えた

そのため、再度彼女の記録は続くだろうー……"


「………心底惚れ込んでいた、まさか」

いやな予感が谷浦を襲う


"この人物は後日、羽衣 澪を陵辱したという記録がでてきた

しかし許婚がいたことで拒まれた男は半狂乱してしまったというー……"


「……羽衣 澪を襲った男は元々村の人間じゃなかったのか」

オーナーの女性の話では男は「村では権力がある人物」と称されていたが

時の流れでそう解釈されたのだろうと推測する


思えば不思議だった、村人に相手にされないような人物なら

いくら訴えたところで村人は、羽衣 澪を信じるだろう

なのに村人は最終的には男の言い分を信じた


「そういうことか…」


一息ついて谷浦は資料を閉じた


「あとは呪いと羽衣 澪が繋がる何かがあれば………」


その時谷浦は積まれていた書物を肘で小突いた


「あ、…」

トサッと小さな音を立てて一冊の本が落ちてしまう

谷浦はすぐに拾い上げ傷がないか確認すると

本の隙間から一枚の紙が出てきた


「?」


その紙は1枚の写真だった、当時の物なのだろう黄ばんでおり古い写真なのだが妙な違和感を拭えなかった


谷浦はある違和感を抱く

「なんか見覚えが………」

そう思い写真の裏を返せば、「羽衣澪の許婚 清孝」と文字が書かれていた


「こいつが、………清孝?」


谷浦は写真を凝視する、この男が清孝


「………」


谷浦は静かに写真を見つめ、とある仮想が浮かんだ


「もしかしたら………」


何かを悟った谷浦はこれ以上資料を調べることはなく

この図書資料館を後にした


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