山中の宿と不思議な出会い
宿に着くと辺りは薄暗く、西の方を向けば太陽が沈んでいた
鳴川は宿に着く前には意識を取り戻していた
しかし、ショックからか起きてからずっと放心状態のままでいた
先ほどの江國の顔面を蹴った件の話以前に、会話が碌に出来ない状態だった
「遥々遠くからありがとうございます。何もないところですが、どうぞごゆっくりなさってください」
山の中特有の昔ながらの宿に入れば、奥からオーナーと思われる年配の女性が現れて対応してくれた
暖かさを感じる穏やかな笑顔は、旅の疲れを癒すには十分なものだった
事前に人数分の個室を取っており、それぞれチェックインを済ませた後は割り振られた個室へ向かった
谷浦は荷物を置き、先ほどの事もあるので鳴川の個室へ様子を見に行けば、すでに保田が鳴川の様子を見に行った帰りだった
「ダメだね、相変わらず何の返事もしてくれない」
「…そうですか」
目覚めてからチェックイン後も保田が付きっきりで鳴川の対応していたが、状況は変わっておらず
「まいったな、神社までの道は鳴川さんの協力がないと見つけることが出来ないのに…」
くたくたになった保田は困ったように額に手を当てて項垂れてしまう
「とりあえず様子を見ましょう保田さん、駄目だった場合は最悪引き返すことも検討しないと…」
谷浦も苦し紛れに提案するが、谷浦自身もここまで来てと引き返すことには正直乗り気ではなかった
「そうだね…、とりあえず僕は一旦、自分の部屋に戻るよ」
「あとの事は俺と江國がやりますので、安心して休んでください」
「…ありがとう助かるよ」
保田もさすがに疲れが出たらしい、そう言い残しフラフラとその場を後にしてしまった
谷浦はそんな保田の後ろ姿を心配そうに見送る
今まで色んな取材をしてきたが、こんな事は生まれて初めてだ
数時間前に見た奇妙に膨れた鳴川の腹部と、その後の虚ろな顔をを思い出す
(俺がもっとしっかりしていれば…)
谷浦が悔しさに拳を握った…
その時だった…
「お兄さんは、旅の人?」
不意に後ろから声を掛けられた
「!?」
びっくりした谷浦は突然の事に息を飲みながら声がした方に振り向く
見ると、そこには一人の青年が立っていた
よくいる普通の青年のそれとは違った白い髪、それと同じく陶器のように真っ白な肌をしたその姿は、薄暗い室内に際立った
「驚かせたみたいでごめんなさい」
谷浦の反応に青年は、申し訳なさそうに困った笑みを浮かべ頭を下げる
「いや、こっちも気付かずに失礼な態度をとってすみません…」
相手の態度に釣られて、谷浦も同じく申し訳なさそうに頭を下げた
しかし青年はその笑顔を崩さず言葉を続けた
「いいえ、こんな気持ち悪い人間に、声かけられたら驚きますもんね」
「…え?」
「だってそうでしょう?こんな見た目」
まるで自分の存在が異質で気味悪がられるのは当然と言うように青年は笑うが
その様子に谷浦は何を感じたのか、ふいに谷浦の表情が変わった
「気持ち悪い、ですか………」
「………?」
「…それなら俺だって、似たようなもんです…」
それは肯定とも否定とも違った言葉だった
青年は何も返すことなく目を見開き谷浦を見つめる
しばらくして谷浦はハッとした表情に変わり
「…すみません。ただ単に後ろから声を掛けらえれるのにあまり慣れてなくって、気分悪くさせて………すいません」
我に返った谷浦は先ほどまでの調子に戻り、青年に向かって頭を下げた
そんな谷浦の姿を見た青年は不思議そうに見つめると、急に笑みを浮かべ
「…お兄さん、いい人だね」
「え…」
「そんなお兄さんにいい事教えてあげる…」
いつの間にか青年の口調が変わり、谷浦に徐々に近づいてきた
そして耳元で囁くように
「あの神社には近づかない方がいいよ…」
それだけ言い残すそのまま通り過ぎ去ってしまった
(あの神社………?)
一瞬あっけにとられた谷浦はすぐに正気に戻り、過ぎた方角へ振り向くがすでに姿はなく
「…なんだったんだ、あいつ」
谷浦は呆然と過ぎた方角を見つめて呟いた
保田が部屋で休んでいる間、谷浦は江國と一緒に近状報告を会社にいる池谷に送るため作業を進めていた
「今日撮れた映像データは先に送っておきますね」
「あぁ、頼む。報告書は俺が作っておくよ」
2人は谷浦の部屋で、それぞれ持ち込んだノートパソコンを使い作業に没頭していた
「他にやることはありますか?」
「…特にして欲しいことはないな」
「じゃあ、映像チェックに入りますね」
「頼んだ」
谷浦と江國は黙々と作業をこなす
江國もさすがに仕事中は集中しているのか、いつものように谷浦を詰め寄るような事はなく順調に進んでいた
(こうしていれば真面目でいい後輩なんだけどな…)
煙草をくわえながら相手に気づかれないように谷浦は思惑する
向かいに座って作業に取り掛かる江國を改めて盗み見れば綺麗な顔つきだ、それでいて切れ長の目は芯の通ったカッコ良さも感じられる
(…俺じゃなくても相手にする奴はもっといるだろうに)
いっそ今までの好意的な態度は冗談だと言われたほうが納得いくのだが、それこそ今までの江國を見てきた谷浦は、冗談だと考えられないのもまた事実だった
そうこうしているうちに江國に見つめている事に気づかれてしまう
「どうしました?谷浦さん」
(…しまった)
こちらの視線に気づいた江國がすこし楽しそうに見つめ返す
その視線はいつも谷浦に詰め寄る時に見せるそれで
「…なんでもねーよ」
谷浦は内心焦りながら表面上は冷静を装う
「嘘」
愉快に笑いながら、江國は谷浦との間を挟んでいる机の上に身を乗り出す
足で器用にノートパソコンを端に寄せ谷浦との距離を縮める
「何考えてたんですか?」
「いいから仕事しろ」
目線をパソコンに移しあしらうように接するが心臓の音がうるさい
「教えてくださいよ…」
江國は何かを感じたのか諦めることはなかった
江國は手を伸ばし、谷浦の薄茶色の髪の毛に優しく触れようとするが
その手は谷浦本人に弾かれてしまった
「いい加減にしろ、仕事に戻れよ…」
鋭い目を江國に向けるがその顔は赤く、向けていた目線もすぐに逸らしてしまった
弾かれてしまった手をそのままに江國は谷浦を見詰める
「……、忘れらないんですか?保田さんの事」
江國の突然の言葉に谷浦は急激に背筋が凍り付いた様な感覚に襲われた
「何言ってんだ…、お前…」
谷浦は馬鹿にしたように笑い飛ばすが、声は震え瞳は明らかに動揺を隠しきれていなかった
その姿をみて確信した江國はさらに続ける
「はぐらかさなくてもいいですよ、好きなんでしょ?」
江國は今度は好戦的な態度で挑発するように口の端をあげる
その様子に、これ以上否定するのは無駄だと思ったのか
「…………昔の話だよ」
谷浦はあっさりと答える
しかしそれでも江國は止まらなかった
「この顔が"昔の話"で片付けている顔なんですか?」
「……っ」
「『僕には妻も子供もいる』って言葉に傷ついた顔をした癖に?」
「お前に何がわかるんだよ!!!!」
谷浦は思わず耐え切れなくなり叫んだ
目の前の江國は特段驚いた様子もなくジッと谷浦を黙って見つめる
「……っもういいだろう、どうせ俺はっ…」
谷浦は最後の言葉を言う前に江國に遮られた
「勘違いしないでください」
江國は先ほど弾かれていた手を谷浦の頬に沿わせる
「俺は谷浦さんが大好きです、保田さんよりも谷浦さんを幸せにできる自信があります、それだけです」
江國はそれだけ言うと乗り出していた体を戻し、ノートパソコンを持って部屋を後にした
終始されるがままだった谷浦は、ドアが閉まった後もしばらく同じ体制のままでいた
「……っ、なんだよ」
しばらくして正気を取り戻した谷浦は、もたれかかるように壁に寄りかかり
そのまま崩れ落ちるように体を預けた
「やっぱり、あいつ苦手だ…」
かすれた声で独り言ちる谷浦の顔は赤く染まっていた
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