腹の立つ依頼人

そして、数日が経ったある日


映像を提供した男性と同行して今回の目的地、羽女之村うめのむらの神社に向かうことになった

向かうメンバーは谷浦と保田と江國

池谷は情報収集係として会社に残ることになった


そして、一緒に同行してもらうという男性というのは…


「やべ~取材とかってテンション上がりますね~」


鳴川剛史なるかわつよし”保田が見せたDVDに映っていた人物であり、今回の心霊映像を投稿した協力者なのだが、少々癖のある人物であり


「ってか女の子とかいないんすか?もしかして野郎だらけで行く感じですか?」

谷浦たちも映像を見た時点で、性格に難があるのは覚悟はしていたが想像以上だった


「申し訳ありません鳴川さん、今回は僕たちが同行させていただきます」

保田は扱いなれた様子で、鳴川を自身が乗ってきたハイエースに案内する

鳴川はいまだに大声で何か言っていたが保田は終始笑顔で対応していた


(池谷は留守で正解だったかもな…)

その様子を谷浦は、先の鳴川の発言に内心軽蔑した眼差しで、少し離れた場所から見つめていた


「谷浦さん、顔に出てますよ」

すると、いつの間にか背後にいた江國に声を掛けられる


「……っ、びっくりさせるなよ」

気配に気付かなかった谷浦は不意打ちを食らい動揺してしまった

「あはは、驚いた谷浦さんって可愛い」

江國は悪戯っ子のように無邪気に笑い出した


「"可愛い"は一言余分だ」

「でも、そういう顔はあまりしない方がいいですよ」

つい谷浦もカッとなって言い返すが、江國の言葉に固まる


「………そんなに酷い顔をしていたか」

鳴川に送った視線の事だろう、思い当たる節がある谷浦は素直に受け止めたようで、無意識に顔を手に触れた


「ああいう奴は思ったより敏感に反応しますよ、気付いたら後が厄介です」」

普段は警戒した態度をとるくせに、不意にみせる谷浦の素直な反応に江國は笑みを抑えて言葉を続けた


だが突然、谷浦は思い出したようにハッとして江國に警戒しだした

「余計な心配するな、つーか近いっ…!」

谷浦はぶっきらぼうに返し、半歩下がる


「心配するに決まってるじゃないですか、好きな人の心配して何が悪いですか?」

谷浦の態度が変わってしまった事に、江國は少し残念な気持ちを抱きながらそれもで楽しそうに谷浦にもう一度近づく


江國にとっても、普段はあまり喋る機会がない谷浦との会話が純粋に嬉しかった、いつもより少しだけテンションが上がっている様子だった


だが、それが仇となってしまう


「……ばっ!…お前!これ以上っ…」

谷浦は近づいてきた江國に驚き、足元を掬われてしまう

「………っ!谷浦さん!!」

江國もそれに気付き谷浦を庇う様に手を伸ばす

谷浦も咄嗟に手を出してきた江國の手を縋るように掴んだ

だが結果として、その恰好は2人がお互いを抱き寄せ合うような形になった


「……っ!離せ!」

瞬時に状況を判断した谷浦は顔を真っ赤にして乱暴に手を離し距離をとる

「本当にお前といると碌な事がない!」

谷浦は顔を真っ赤にしながら江國に言葉を吐き捨てた


それに対して江國の表情が変わった

「そんなに俺が嫌いですか………」

その表情は悲しみで歪んでいた

「ぇ………」

予想外の江國の反応に谷浦が戸惑っていたその時だった


「おーい、準備できたか~い」

保田が車の窓から声をかけてきた、様子から見るに今までの谷浦と江國のやり取りは見ていた様子ではなかった


「!?す、すみません!!すぐ行きます!」

いたたまれなくなった谷浦は、そそくさと車まで行き運転席のドアを開けた

江國は何も言わず黙ってついていく

逆にその様子に谷浦はぎこちなさを感じた



「……やっぱりあいつ苦手だ」


聞こえるか聞こえないかの声量で呟かれた声は、エンジン音にかき消されて誰にも聞こえる事はなく

こうして羽女之村うめのむらの取材の旅が始まった



村までの道中の最初は保田と鳴川の雑談を交えた質疑応答の取材が行われており、谷浦は運転に集中することができた


しかし、質問も尽き段々と終わり保田と鳴川の会話は雑談になっていく

そしてそれと同時に車から見える景色も変わり始める


都会の街並みとは全然違う雑木林しか見えない道路

古い看板が時々通り過ぎるだけだ


谷浦はこういう時に自身と違い社交的な保田を心から尊敬する

するとおもむろに鳴川が話し始めた


「そーいえば、谷浦さんでしたっけ?」

突然、鳴川が谷浦に声を掛ける


「…、はい、なんでしょうか?」

ミラー越しに見えるにやけ顔に少し不安を覚えながら谷浦は答える

車に乗る前の江國とのやり取りを思い出せば無理もなかった


そしてそんな谷浦の不安は的中してしまう



「もしかして谷浦さんってホモなんすか?」

どうやら、鳴川には先ほどの江國とのやり取りを聞かれていたらしい

反射的に谷浦の握っているハンドルに力が入る


「いやー、実は2人が喋ってるのなんとなく俺聞こえちゃったんですよね」

その言葉で谷浦はすべてを悟った

(聞かれたか…)

谷浦は面倒くさそうにため息を吐いた

その様子を見た鳴川は更に面白いものを見つけたように饒舌に離し始める


「えっ!?やっぱり当たり!?やべー!!俺狙われたらどうしよっかな~」

何がそんなに面白いのかゲラゲラと笑い転げる鳴川に嫌気を感じる



「おい、お前」

これには江國も反応し鳴川の方を睨むが、瞬時に谷浦が声を出し遮った


「申し訳ありません鳴川さん、その話に答える事はできません」

笑い物のように馬鹿にされる事にストレスを感じるが、無下にする訳にもいかず、あくまで冷静に谷浦は答える


しかし、むしろというべきなのか鳴川は予想どうりバカみたいに反応した


「なんだよ!さっきまで人の事は散々聞きまくってテメェの事は内緒ってかぁ!?あぁ!?」

弱い者をいたぶるそれの様に煽る鳴川、さすがに保田も黙るわけにはいかず


「鳴川さん申し訳ないですが、スタッフのプライベートは本人が嫌がる以上は控えてくれませんか?」

かばうように声を掛けるが、それが逆に火に油を注いでしまう


「えっ?谷浦さんを庇うって事はもしかして保田さんもホモだったりするんですか?」

ああ言えばこう言う

まるで小学生のような返答に保田も瞬間的に腹を立ててしまったのか


「私には妻も子供もいます!そう言う言い方は止めていただきませんかね!?」

売り言葉に買い言葉になってしまい声を荒げてしまった



「保田さん!!」

谷浦もこの状況に慌てて保田に呼びかける

その顔は酷く傷ついたような顔をしているのを江國は見逃さなかった



「…、いい加減にしろよ…」

江國が静かに囁いたその時だった



――― ドクンッ…!!


「うぐっ!!!!」

さっきまで馬鹿笑いしていた鳴川が突然急変した


「……っあ、…ぃ、…う。い"てぇぇっ!!!!!」

鳴川は狂いだしたように車内でのたうち回り始める、その姿は尋常ではないほど痛そうにもがいていた


「谷浦くん!!車を停めて!!」

とっさの判断で保田がいち早く指示を出す


「……っ!?…は、はい!!」

谷浦も必死に機転を利かせ車を路肩に寄せ車を停める

幸い道路は谷浦たちの車しかなく、すぐに停車することができた


「鳴川さん!!大丈夫ですか!」

保田はいまだ苦しむ鳴川に近寄り声を掛ける


「……っは、は、っ…、…は…」

停車すると鳴川はおもむろに車のドアを開け道路に飛び出してしまった

谷浦、江國は後を追う

保田も職業柄からバッグに入れていたハンディカメラを取り出し二人の後をすぐに追った


「イテェ…、あ”、あ”ぁぁあぁぁぁあ”あ”あ”あ!!!」

アスファルトの上で打ちひしがれた魚のようにビクビク転がる鳴川


顔は痛みで歪み、もはや人の顔のそれとは思えないほどの奇妙で恐ろしい形相だった

「ひっ…ぎゃあ”、あ”ぁぁあぁぁぁあ”あ”あ”あ!!!」

喉がはち切れんばかりの断末魔に近いその声は聴くに耐え難いものだった

3人も近づいたものの、ただ見る事しかできなかったが

突然、江國があることに気づいた


「……腹、」

「腹?」

江國の言葉に復唱する谷浦


「こいつの腹を見てください」

その言葉に谷浦と保田も鳴川の腹回りを見る

それは目の疑う光景だった


「……膨れてる」

さっきまで何もなかった鳴川の腹がまるで風船のように膨らんでいることに谷浦も気づく


「なにが起こっているんだ…、」

谷浦たちとは少し離れた場所で、保田はカメラ越しに鳴川を見ながら目の前の異様な光景に驚愕していた


今だ痛さで暴れる鳴川は痛みが収まる様子はなく、道路のアスファルトに擦れた肌に容赦なくかすり傷がつき、血がにじみでていた


「あ”ぁぁあぁぁぁあ”あ”あ”あ!!!…痛いっ、…だ、すげでぇ!!だずげでよぉぉおおおお!!」


「ど、どうすれば…」

谷浦はこの状況をどうしようもできず狼狽えていた



「江國くん!?何する気だ!!」

保田が叫ぶ

その声に谷浦が気付くと江國が鳴川に近づいてきた


「お前、なにやってんだよ!」

谷浦も恐怖と不安で近寄る事ができず保田と同様に声を出した


しかしそんな2人の声を無視し、江國は鳴川に近づいた

だが、痛くて暴れているのか近づいても逃げるように鳴川は転げまわる


それにしびれを切らしたのか江國は突然


「おい聞こえてるならこっち向け、今楽にしてやる」

江國の声が辛うじて聞こえたのか、江國はその言葉に反応し苦しそうな顔でこちらを向いた、その時


―――― バキィッ!!


江國は鳴川の顔面に容赦なく蹴りを入れた

顔を蹴られた鳴川は気を失ったのか、両鼻から血を流し白目を向いたまま動かなくなってしまう


「これは谷浦さんを馬鹿にした罰だ…」

囁くように呟いた江國はそのまま動かなくなった鳴川に近づいてしゃがみこんだ


「馬鹿野郎お前なにやってんだよ!!」

「江國くん、いくら何でもそれは…」

一部始終を見ていた谷浦が江國のそばに近づいてきた

続いて保田も追いつく

だが、2人の言葉はそれ以上発することはなかった


よく見ると江國は鳴川の腹に何かを押し当てている


「とりあえず、一か八かですが…効果はあったよです」

「なんだ、それは…」

すかさず谷浦がその何かに気付き問いかける


「お札です、気休めに護身用に持ってきた奴ですけどね」

江國が押し当てているそれは神社などでよく見かける"御札"だった


御札が直に当たっている鳴川の腹は別の生き物のように蠢いていたが

次第に動きが静まり、膨らんでいた腹も見る見るうちに小さくなり元の姿に戻った


「静まった…」

谷浦は初めて見る光景に驚愕が隠せなかった

「こんなこと生まれて初めてだ…」

保田も同じ気持ちだったのか、手元のハンディカメラも心なしか震えていた


しかし江國は

「本当は谷浦さん守るために使いたかったんだけど、どこまでも腹立つ野郎だ」

悔しそうに鳴川の腹にあてられている御札を見つめていた


――鳴川の一件が落ち着き


無事を確認した3人は、気を失った鳴川を協力して車に運び

少し予定とは違うが、事態が事態なので予約していた宿へと向かった


「お前、もしかしてお祓いとかできるのか?」

移動の道中、谷浦は江國におもむろに話しかける


「お祓い?」

運転している谷浦の助手席に座っていた江國が返す

後部座席では、保田が鳴川の顔の治療をしていた


「さっきの御札だよ」

「御札?あぁ、これですね」

そう言うと江國はカバンから先ほどの御札を取り出した

その御札は効力が切れた印なのかわからないが、真っ黒に変色しておりあの出来事の恐ろしさを物語った


「俺もびっくりしてます、適当にやってまさか祓えるとは思いませんでした」

江國は御札の端を摘み、まるで他人事のように話す


「その御札はどこで手に入れたの?」

今度は後部座席から会話を聞いていた保田が質問をしてきた


「よくわかりません、実家にある祖母の棚から拝借したので」

「そんなんで祓ったっていうのかよ………」


谷浦は信じられないという表情をしていたが認めるしかなかった

その御札が怪奇現象を沈めるところをみたのは確かなのだから…


「あとでその御札も調べてみる必要があるね…」

保田は真面目な顔で江國が持っている御札を見つめる


「宿に着いたらさっきの映像と一緒に、会社にいる池谷に送りましょう、江國、特に問題ないよな?」

谷浦も同じ意見だったのか、江國に同意を求める

「構いませんよ、ばあちゃんには後で伝えておきます…」

江國も断ることがなかったのか御札を見つめながら同意した


「…しかし、どうするんだお前」

「何がです?」

谷浦が突然、話題を変えてきた

江國は話の主旨がわからず聞き返す


「さっきお前が蹴った事だよ、なんて説明すればいいんだよ…」

谷浦は先ほどの鳴川の顔面を蹴った時の話だったらしい

蹴られた本人が起きたら、と先に起こるであろう面倒事を想像した谷浦はげんなりとした表情になる


「…あー…、救助の為に仕方なく蹴ったとかでいいんじゃないんですか?」

話の主旨が理解できた江國は面倒くさそうに返した


「それで相手が納得すると思ってんのか!?」

「何言ってるんですか自業自得ですよ!?助けただけでもありがたいと思って欲しいですよ!」

ふん、と江國は子供のように不貞腐れて窓の方を向き、これ以上は聞きたくないとアピールをした

その態度に谷浦は何も言えなくなる

「お前なぁ…」

(江國が言っている事もわからなくないが…)

困ったようにため息をつく谷浦

江國が自分に好意を持っているのはよく分かっている

今回の行動は本来やってはいけない行為だが少しだけ理解はできた…


(…それに、俺だって)

谷浦はそこまである言葉が浮かんだが、急に考えるのをやめてしまった


そんなことをしているうちに保田がまとめに入った

「2人は気にしなくていいよ、鳴川さんが失礼なことをしたのも事実だ、僕も少し感情的になったしね…」


「…保田さん」

谷浦は少し前の保田の言葉を思い出す

――『私には妻も子供もいます!そう言う言い方は止めていただきませんかね!?』



「失礼なことをしたのはお互い様だ、それでも相手がどうこう言うなら僕だって上の立場の人間として言いたいことはある」

だから安心して!と笑う保田に谷浦は、これまでのモヤモヤが晴れるのを感じた


「…ありがとうございます。」

谷浦は安心したのか、和やかな笑顔で保田にお礼を述べる

保田も同じく笑みを浮かべ

「後の事は考えるのは止めて今は宿を目指そう」


こうして、車は宿へと向かった


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