心霊映像制作会社

ここは、とある映像制作会社。

この会社の基本的な作品の多くは、一般から寄せられた心霊やオカルト現象を取材し、それをドキュメンタリーにした作品を主に制作している。


言葉通りマニア向けな作品が多いが、コアなファンが一定数いるため名作はないが、それなりに名の知れた作品を輩出している。


そんな会社のフロアである出来事が起こる


「谷浦くん今いいかな?」


呼ばれた彼の名は"谷浦宏光たにうらひろみつ"ここの制作会社のスタッフの1人である

短髪に眼鏡が特徴で、基本は何が起きても表情に出すことはあまりなく、常に冷静に仕事をこなす姿が評価されている


「どうかしました?保田さん」


そして、先ほど谷浦に声を掛けたのは彼の上司である"保田和俊ほたかずとし"

谷浦と長年にわたって数々のいろんな取材を続けており、上司と部下という間柄ではあるが気心しれた関係でもあった


「少し相談したい事があってね、でかい案件が入ったんだ」

保田は谷浦とは正反対に人懐っこい笑顔で近寄る


「へぇ、でかい案件ですか…」


しかし谷浦は「でかい案件」という言葉を特に興味がある素振りをせず淡々と返す

「もう!谷浦くんってば相変わらずリアクションが薄いな!」

反応が薄い谷浦に、保田は年甲斐もなく子供のような怒り方で返す

ただそれもいつもの事らしい、谷浦は特に気にせず会話を続ける


「だって、そう言っていつも肩透かしになるような事が多いじゃないですか」

「うっ…、それはそうだけど…」

保田も思い当たる所があるらしい、すぐに先ほどまでの怒りが収まり言いよどんでしまった

実際谷浦の言う通り「肩透かし」になることが多いのも、この世界にはあるのも事実だった


意表を突かれてしまった保田は、今度はしょんぼりしながら「今度のは本当だもん」「谷浦くんのわからずや」等つぶやき落ち込んでしまった


さすがに上司のその様子を放っておくほど谷浦も鬼ではなかったらしい

谷浦は面倒くさそうにため息をついた


「………わかりました、すぐ向かいますよ」

「ほんと!?さっすが谷浦くん!」


つい先ほどまでしょげていたのに、行くと言った途端パァッと顔を輝かせる保田に、これにはさすがに谷浦も苦笑いを浮かべた


「で?どこで話すんですか?」

「会議室だよ!池谷ちゃんが準備してくれてるから、先に向かってて欲しんだ」

というと保田なぜか会議室とは違う方へ歩みだす


「えっ保田さんはどこ行くんですか?」

会議室に一緒に向かうものだと思っていた谷浦は、少し驚いた様子で保田に声を掛ける


「僕はちょっと、忘れ物があるから先に行ってて~」

どうやら取り忘れた物があったらしい、そう告げた保田はそれだけ言うとその場を後にした


「…本当、毎度毎度忙しい人だ」


保田がいなくなった後、愚痴のようにぽつりと谷浦はつぶやく

が、その顔はどこか優しい表情をしていた




谷浦が会議室のドアを開くと聞いていたとおり、すでに準備を進めている人物がいた

「あ、お疲れ様です谷浦さん」

テキパキと機材のハンディカメラ操作をしているのは、スタッフの"池谷いけたにまどか"

手慣れた様子で入室した谷浦に顔を向けて挨拶だけし、すぐに視線をカメラに戻した


「お疲れ、このカメラは?」

挨拶を返した谷浦も、池谷の手元にあるハンディカメラの存在に気づく


「記録用ですよ会議の内容も、もしかしたら使うかもしれませんので」

「はいはい、そういうことね…」

ドキュメンタリー作品を扱っている以上こういう光景はよくあることだ

返答に納得した谷浦は特にやる事がなく、1人持て余していると

一人の若い青年が谷浦に近寄ってきた


「谷浦さんお疲れ様です。」


青年の名前は"江國遊馬えくにあすま"

彼は数か月前に入社した大学生のアルバイトで

容姿端麗で艶やかな黒髪が印象的な人物だ、入社当初は社内の女性スタッフに騒がれていたが

谷浦はこの江國という男が大の苦手だった…



「…なんでお前がここに来るんだ」


谷浦は引き攣るような顔で江國を見る

だが、対して江國は嬉しそうな顔で谷浦を見つめた


「俺も呼ばれたんですよ、今回の取材一緒にやってみないかって」

そう言いながら江國は警戒をしている谷浦に歩み寄る


「…お前の勘違いじゃないのか?」

谷浦は反射的に後ろに後ずさりながら江國を警戒を一層強める


前述のとおり谷浦は江國の事が苦手だ、なぜなら…


「酷い言い方ですね、俺は大好きな谷浦さんと一緒に仕事できて嬉しいのに」


江國は谷浦に対してのアプローチが異常に激しいのだ


きっかけは全く分からないのだが

江國の入社とほぼ同じ時期から、江國の谷浦に対するアプローチは始まっており

会えば毎回のように「好きだ」「今日も綺麗ですね」など

好意的な人間だったら卒倒するほどの蠱惑的な笑みを浮かべ、ほぼ毎回会うたびに谷浦に詰め寄るのだ


「っ…池谷、江國の言ってる事は本当なのか?」

「そうですよ~、江國くんも今回勉強の為に参加させるんですって」

谷浦は助けを求めるように池谷を見るが、最早目も合わせず言葉だけ返し作業を続ける始末

これは池谷の性格の問題でもあるが、谷浦は軽くあしらわれた現状に軽く絶望を覚える


「………マジかよ」

「だ、そうなんで是非、ご教授お願いします。」


悪戯するような笑顔で笑みを向ける江國と対照的に


「……最悪だ」


谷浦は眉間にしわを寄せ、何かこみ上げるものを抑えながら現実を受け止めるしかなかった



しばらくして忘れ物を持ってきた保田が会議室にやって来た

今回の取材の話し合いが始まり、会議室のテーブルに池谷が準備していたカメラが静かに動く



「早速だけど、みんなにこれを見てもらいたい」


保田は着いて早々に1枚の真っ白いDVDを出してきた、恐らく先ほど取りに行っていた物であろう


「これはどうしたんですか?」

「一般募集で来たやつだよ、この間肝試しをしたときに撮れた映像らしい」

そう保田が返答を返すとタイミングが良かったのか、映像は始まった


映像の内容はよくある身内のノリで撮影した肝試しの映像だった

男女が数人、深夜の古びた神社で騒いでいる様子だ


《え~!今、俺たちは!来たら絶対呪われるという神社に来てま~す!!》


映像内の男性がふざけ半分で言うと「キャー」「こわいー」等の画面外にいる女性の声が聞こえる


傍から見ても不謹慎極まりない映像なのは誰が見ても明白だった

室内の誰ものが顔をしかめるが、その映像の中で池谷は別の事に気が付いたらしい


「呪われた神社?」

ぽつりとつぶやいた池谷の言葉に保田が気づく


「どうやら若い子たちには有名な話なんだ、ここから少し離れた山に『羽女之村うめのむら』って集落に近い村があってね、そこに壊れかけた小さい神社があるらしい」

「その神社が、来た人に呪いをかけるってことですか?」

さすがに迷信じゃないか?とでも言いたそうな顔を浮かべる池谷


「……もう少し作り話でも捻っていると思うけどな」

谷浦も同感のようで、目線は映像に向けたまま会話に入る


「言いたいことはわかるよ、でも僕だってそんなあからさまなガセネタ持ってくるような馬鹿じゃない」


保田がそう言うと、映像内の様子が変わった


『おい!おい!おい!!!やべぇって!!!』


映っている男性が青ざめた様子で駆け寄る、画面の端には見切れているが泣きはらしている女性も映っていた

その瞬間だった




オギャアァアアァアアア!


オギャアァアアア!


オギャアァアァアアア!


オギャアァアアアァアアァアア!


オギャアアァアアアア!


オギャアァアアア!


オギャアァアアア!



映像の音声いっぱいに赤ん坊の泣き声が広がる


「……っ!!」


室内にいる人間は全員、突然のことに意表を突かれて固まった

映像に映っている人間は逃げまどっているのだろう、画面がぶれて何が映っているのか認識できなかった


そしてほどなくして画面が暗くなり、映像が終わった



「………、なんですか、いまの…」

池谷が呆然と真っ黒になった画面をみつめ問いかける

「………なるほどねぇ」

谷浦も先ほどの保田の言葉が理解できたようで、してやられた顔でこめかみを抑えた


「最後のは乳児の泣き声ですよね?聞こえてくる限り絶対1人ではないように聞こえますが」

対して、今までずっと黙って映像を見ていた江國は、先ほどの映像を分析し始める


江國が気づいた事に感心したのか、保田は頷きながらこう付け足した

「そうだね江國くんの言う通りだ、それとこれも見てほしい」

そう言うと保田はリモコンで先ほどの映像を巻き戻し、とある画面で停止ボタンをした

池谷と江國は一時停止された画面を不思議な顔で見つめていたが

谷浦は気付いたらしい


「1人、女性が映っていますね…」


谷浦はすっと映像の一部に指で示せば、冒頭で映っていた若い女性たちの恰好とはまるで違う、異様な姿をした女性の姿が映し出されていた


「さすが谷浦くん」

保田は満足した顔を谷浦に向ける…

「………まぁ、これはどうも"肩透かし"ではないことは確かですね」

会議室に行く前の会話を自ら思い出した谷浦は、ため息を吐きながら部造作に頭を掻いた

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