第80話「悪魔のささやき」

「またその話か……」


 やれやれとジェイドが肩をすくめる。


「ジェイドにベリル。いや、ロードストーン、よ」

「「!」」

「お前たちが暮らしていた町は、フラバルト王国の港町ラ・ブランシュらしいな?」

「それがどうしたんだよ?」


 ジェイドがかみついた。けれど、その言葉にいつもの鋭さはなかった。そう、ベリルには思えた。


「道端の石ころ、流浪の民ペレグリンよ」


 ジェイドは何も言い返さない。ベリルも無言を貫いた。


「色々と苦労を強いられてきたのではないか? なぁ、ジェイド君、そしてベリル君。お前たちも、他のヘリオドールの民同様に、流浪の民ペレグリンとして、異国の町の片隅で、不当な扱いを受けて来たのではないか? んん?」

「仮にそうなら、どうだってのさ? 今、そんな話はどうだっていいよ」

「それが、大ありなんだ、ベリル君。ベリル・クローチコールよ」


 クローチコール。そう呼ばれて、ベリルは動揺した。胸に鋭い痛みが走る。兄を見ると、ジェイドも顔を強張らせていた。


 ──ザッ!!


 一瞬だった。悪魔の大きな左右の手が、素早くジェイドとベリルの手首をつかんで締め上げた。

 悪魔は、二人に顔を近づけて、その琥珀色の瞳で、二人の緑の混ざる灰色の瞳を見つめた。


「お前たちの瞳の奥に、はっきりと怒りが見えるぞっ!!」


 悪魔が短く、射抜くようにそう言った。


「怒りだけじゃない。恨みや憎しみ、そして悲しさが。ドロドロとした感情のその奥、見えているぞ? 惨めで弱々しい本当のお前たちがな」


 二人は、何もかもを見透かされているような気になった。


「お前たちは、そもそも、その名を捨てたかったのではないか? クローチコール兄弟よ」

「てめぇ! ──っ!!」


 悪魔は、ジェイドの手首をさらに締め上げる。強がりの言葉さえ許さない。


「名を捨てる気はないのなら、なぜクローチコールなどと名乗った!? ロードストーンという名を捨てたのは何故だ!?」


 素早く、そして責め立てるように悪魔は言った。


「お前たち兄弟は、生まれも育ちもラ・ブランシュであろう? ん? どうだ、ベリル君、そうだろう? なのに、異物として劣ったものとして生きて来たんじゃないのか? そして仮にヘリオドールという国が今もあったとしても、お前たちは石ころ。最下層の身分だ。なぁ? 気づいているんだろう?」


 悪魔は、手の力を強め、二人にさらに顔を近づける。琥珀色の瞳がすべてを見透かす。


「お前たち兄弟には、


 ジェイドとベリルの瞳が揺れる。琥珀色の眼から逃げるように顔をうつむかせた。その手から力なく、クリスタルの瓶と海賊の手記が、落ちる。


「さぁ、もう一度訊く、ジェイドとベリル兄弟よ。名前を捨て、我が船に乗れ」


 ズドン──ッ!!


 激しい銃声が轟いて、悪魔の身体がわずかに揺れた。甲板の上が騒然となる。みな一斉に襲撃者を見やった。

 攻撃は船首側、船の前方からだった。でもそこに人影は見あたらない。するともう一度、銃弾が悪魔を襲った。

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