第79話「人間の殻~悪魔の真の姿」

 船長は、笑みを浮かべたままジェイドとベリルに向かい合っている。ジェイドは、クリスタルの銀の留め金を外して、船長に突き出した。


「おっとっと」


 特段あわてることもなく身を引くと、船長は、お手上げのポーズをして見せた。


「意外だねぇ。悪魔ってもっとデカくて恐ろしい見た目してんのかと思ったぜ。ちょっと拍子抜けだな」


 ジェイドは、瓶の口を船長に向けたまま、鼻で笑った。


「ん? ああ、この姿が不満かね?」


 船長はそう言うと、背を丸めた。

 それを見て、周囲にいた海賊たちが、船長をさけるように身を引き、彼の周りに円ができた。


 ゴキッ──!!


「「!?」」


 突然、骨の折れる音がして、船長の背中にヒビが入った。背が縦に大きく割れて、むくむくと、中から何かが出てくる。まるでセミやチョウの脱皮のようだった。


 ジェイドとベリルは、口を開けてその様子を見つめていた。


 船長の抜け殻から姿をあらわしたのは、長身の男だった。ゆうに三メートルを超える背丈で、氷のような青白い肌をしている。長い黒髪の頭には二本の黒角。瞳は琥珀色をしていた。下半身は獣のようで、分厚く黒い毛におおわれていた。船長の殻は、彼のへその穴に吸い込まれるように消えてしまった。


 悪魔が面長のその顔を、ジェイドとベリルに近づける。


「さ。これで、満足したかね?」


 ごくりと、ベリルは息を呑んだ。


「あ~、そういうこと? いいね。どう見ても悪魔だ。コートもよく似合ってる」


 ジェイドは、咳き込むようにそう返した。


「それで? ジェイド君にベリル君、君たちはどうしたいのだ?」


 悪魔はそう問うた。


 ベリルが、腰のバッグから海兵隊長の手記を引っ張り出して、それを周囲に見せつける。


「俺たちは、お前の名前を知っている」


 クリスタルの瓶を悪魔に向けたまま、ジェイドがそう言った。

 同時に、海賊たちは、ベルトから銃や剣を引き抜く。すべての銃口と剣先がふたりに向いた。


「ほう……」


 悪魔は、特にあわてる様子は見せなかった。


「嘘と思ってる? 船内でこの手記を見つけたんだ。ヘリオドール王国の海兵だった頃の誰かが、悪魔の名前を書き残していたんだ」


 嘘である。ベリルは、正面からハッタリをかけた。目でちらりと海兵隊長を探したが、さきほどから彼の姿は見あたらなかった。


「ならば、言うてみるがいい」


 声をひそめて、悪魔は言った。


「言わない」


 きっぱりとベリルは断った。


「ここは空の上だからね。こんなところでお前を封印したら、船ごと下に落ちてみんな助からない」


 ベリルの言葉をジェイドが引き継ぐ。


「取引をしよう。今すぐに船を地上まで戻せ。俺たちと連れてきた子ども全員を開放しろ。そして二度と俺たちの目の前に現れるな。そうしたら、これは返してやるよ」

「密航者の分際で生意気なっ!」


 足刺されの海賊が、苦々しく言い放つ。


「あのなぁ……」


 うんざりするようにジェイドが声をもらした。


「俺たちは、密航者じゃねぇっつってんだろ! 自分たちが商船を襲っておいてなに言ってやがんだ。俺たちは、この船から脱出するため動いてたに過ぎない。地上に戻って下船できればそれでいいんだ。別に俺たちは、海賊を討つ正義の海兵でもなけりゃ悪魔を祓うエクソシストでもない。逃げだせりゃそれでいい」


 ジェイドは、もう一度、悪魔と面と向かって彼を睨み上げた。


「さ? どうするんです、悪魔殿?」

「やはり、ほしいな……。ジェイドにベリル。ロードストーン兄弟よ、わたしと契約してこの船の乗組員にならないか?」


 悪魔はそう言ってほほえんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る