第81話「エリック・コルベール」
顔色一つ変えずに、悪魔は甲板に落ちる銃弾をつまんだ。
銃撃は、梁の上に乗っているボートのあたりからだった。よく見ると、ボートをおおう雨よけの布のすき間からマスケット銃の長い銃身がのぞき、銃口がこちらを狙っていた。
「反乱が起きたようだ。海兵隊長、指揮を執れ!」
悪魔がそう言うと、雨よけ布が勢いよくまくれ上がる。姿を現したのは海兵隊長だった。
「そのようですね。船長」
腰から銃を抜き放って、ふたたび悪魔を撃つ。悪魔は、今度は、その場でひらりと身をかわした。
「なにをしている!? 海兵隊長、正気かっ!?」
甲板長が怒鳴る。
海賊のひとりが、ジェイドとベリルにむけていた銃を海兵隊長へ向けて撃ち放った。海兵隊長はマストを盾にするようにボートから甲板に飛び移ると、ダガーをその海賊に投げつけた。
ダガーは、その海賊の首に深々と刺さる。短い悲鳴を上げて、海賊は背中から倒れた。
「撃てっ!」
大尉が、海賊たちに向かって叫んだ。いっせいに銃弾が海兵隊長を襲う。
海兵隊長は、腕や足を撃ち抜かれても、おかまいなしにダガーや銃で海賊たちを仕留めていった。
傷だらけの海兵隊長は、最後の一丁を握り締めて、悪魔に迫った。
「どけっ!」
周囲の海賊を押しのけ、甲板長がロープに結んだランタンを、海兵隊長に向かって投げつける。腹に直撃した。
「ぐぅっ!?」
悪魔を狙っていた銃口が、ずれてしまった。
銃声が響き渡り、すっと小さな人影が音もなく消えた。そして、床から転がる音が聞こえてきた。
ジェイドもベリルも、一体なにが起こったのかわからなかった。
たしか、そこにはスピネルが、子どもたちの集団を海賊たちから守るように立っていた。なのに、彼女は、こつ然と消えた。
「あ~あ~。やっちまったぁ……」
やれやれと言った表情で、そばにいた骨つきチキンの海賊が下を見ている。
ジェイドが腰から銀の手斧を抜き放つ。ベリルも床に落ちていたクリスタルの瓶を素早く拾い上げる。二人は、銃や剣など気にすることなく暴れた。
あたりかまわず斧とクリスタルを振り回しながら、スピネルのいた場所に走り込む。
そこには階段があって、階下の暗がりにスピネルが横たわっていた。赤い髪が乱れ顔は見えない。腹のあたりから、どす黒い血が流れ、服を黒く染めていた。
「そんな……」
ベリルは、なす術なくその場に両手をついた。
「スピネル!!」
ジェイドが駆け下りようとしたが、海賊に服をつかまれ、後ろに引き倒される。
「お前っ!」
振り向きざまに斧を振り回す。そして、悪魔に向かって斧を投げつけた。悪魔が身をかわすと、斧は、空を切りながら船の外へ落ちていった。
「お前にはがっかりしたよ。海兵隊長」
悪魔は、ボロボロの身を引きずりながら、なおも、こちらに歩いてくる海兵隊長に向かって言った。
すでに海兵隊長の身体は黒く変色し、ひび割れていた。
最後の力で、海兵隊長は悪魔と距離をつめ、手の内に隠し持っていたダガーを、悪魔の胸に突き刺した。だが、銃弾同様、その切っ先も悪魔を傷つけることは叶わなかった。
「さらばだ。海兵隊長」
冷たい琥珀色の目で、悪魔は彼を見た。
「わたしの名前は、エリック・コルベール。海兵隊長などという名ではない」
火の粉を噴き出しながら、エリックはそう答えた。
「わたしは、生あるものの理に反すると知りながらも、自分の一生以上の時間を、他人の命を吸って生きてきた。だが、実際には生きてなどはいないのだ。わたしの中の大部分は、すでに死んでいる。お前たちも同じ罪を犯している」
そう言って、海賊たちや悪魔を見つめた。そして最後に、兄弟に目を向ける。
「自らの罪は、自らが贖わなければならない」
その言葉を最期に、エリックは、灰となって消えた。
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