第77話「宝箱とクリスタルの瓶」
タコ壺の中には、黒鉄の大きな宝箱があった。複数のかんぬきを抜いて、ふたりで力を合わせて大きな蓋を持ち上げる。
ジェイドは息を呑んだ。まさに、海賊の宝と呼ぶにふさわしい品々が、そこには溢れていた。
カットする前のさまざまな色の宝石ルース。古びた金貨や銀貨。宝石で飾られたゴブレットにナイフとフォーク。柄に小さなダイヤが輝くダガー。宝石があしらわれたカトラスに金や銀の指輪にペンダント……。
宝に目がくらむジェイドをよそに、ベリルは、それらをかき分けて、なにかを見つけると両手で引っ張り出した。
それは、錆びきって青や緑に変色したぼろぼろの銅だった。細長い壺の形に見える。
「あった……」
そう言うと、ベリルはへなへなと座り込んだ。
「どうしたんだよ、さっきから?」
「あのタコが、クリスタルの瓶を呑み込んでて、体の中でそれを守ってる可能性も考えてた。仮にそうだったら、もうおしまいだったよ」
「あっ、なるほど」
そう言われて、ジェイドは、はじめてそのことに思い当たった。
「ま、でも問題なかったわけだ。それだよな。クリスタルの瓶は」
「だろうね」
ベリルは、青銅の壺を下に置いた。調べてみると、切れ目が見える。
ジェイドが、手斧を切れ目に突き立てて、割り裂いていく。ぱかりと青銅は、ふたつに割れた。
銅の壺の中にあったのは、淡い光を放つ透明なクリスタルの瓶だった。銀の留め具に紫色の宝石の栓。海兵隊長の手記の通りだ。
今度はベリルが息を呑む。あまりの美しさに言葉が出なかった。指でなぞると表面は、細かく彫り込まれ、何かの文様がほどこしてあるようだった。
トンと、ジェイドが弟の腕を靴の先で小突く。
「おい。あんまり見惚れんなよ。お前も悪魔に魅入られるぜ?」
そう言うと、ジェイドは笑った。転がった青銅を見る。内側には、クリスタルの瓶の形がくっきりと残っている。どうやら壺の形をした型に銅を流し込んで、完全にクリスタルの瓶を封じていたようだ。
「しかし、えらく厳重に保管してたんだな。宝箱を怪物に守らせるだけじゃなく、こんなもんまで被せて。何の意味があんのかね?」
「恐れてるんだよ。悪魔はこの瓶が恐ろしい。エリックさんは、この瓶は悪魔でも破壊できないって言ってた。でも、きっと――」
「ルミエール号の生き残り、ジェイドとベリル兄弟!!」
ふたりの名を呼ぶ声が、頭上から響いた。ジェイドとベリルは、息をひそめて互いを見やった。
壺の穴から顔を出して外を見やる。声は、船上甲板からのようだった。
「ジェイドとベリル兄弟よ、聞こえているのだろう? お前たちが隠れているのはもう知っている。船倉を爆破する気などがないことも」
その声は、静かだがマグマのような怒りを奥底に秘めているようなそんな声だった。
「船長の声だ」
ジェイドが静かにそう言った。
「上甲板にいるのだろう? 上がってくるがいい。船長室に招待しよう。そして、そのまま船上甲板に出て来るのだ。小さなお友だちと、ここで待っているぞ」
その言葉の後に、金属がすれる音が聞こえ、脅すような海賊たちの笑い声が響いた。
小さな子どもたちがおびえ、泣く声がすぐに届く。ジェイドは小さく舌打ちをした。
「捕まっちゃったんだ、あの子たち」
「クリスタルは手に入れたが、肝心の悪魔の名前がまだだぞ」
そこまで手中にしなければ、どうにも分が悪そうに思われた。
「どうする?」
「オラオラ、どうしたぁ!? 早く出てこーい! 一人ずつ首はねちまうぞ!」
海賊のひとりが、面白がって脅し文句を吐く。
「船長室を、ゆっくりと探す時間はなさそうだね」
ベリルはそう言ってジェイドを見た。
「ああ。このクリスタルの瓶を使って、どうにかするしかねぇな」
ふたりは、タコ壺の奥の扉から先に進んだ。そっけない小さな部屋で、上に続く手すりつきの階段だけがそこにはあった。
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