第76話「戦闘 化けタコ戦~蛸には凧で」

 タコ壺の中に、また人の臭いが届く。さっきも嗅いだ少年たちの臭いだった。

 ここを通してよい幹部たち。エサを運んでくる船員。この船にいるだれとも違う臭いは、つまりは排除すべき外敵ということだ。


 巨大タコが壺から這い出してきた時、ジェイドとベリルは、タコが食べ尽くした骨の墓場のすぐ手前にいた。


 タコが足を暴れ回らせながら近寄ってくる。その吸盤がふたりの身体を捕らえる寸前、ふたりは左右二手に分かれながら、タコにむかって突撃した。

 タコは、体の動きを一瞬止めて太い足をのばし、左右の獲物を同時に捕らえようと動く。ジェイドとベリルは、吹き抜けから身を投げ出さんばかりに走り抜けた。その手には、細いロープが握られていた。ふたりがそのロープを思いきり引っぱる。


 急に、タコの前に大きな布の壁がたち現われた。それは、ロープに通したカーテンだった。カーテンの下は、ベッドのシーツが紐で結びつけられていて、大きな一枚布になっていた。まるで大きな凧だ。


 風を受ける凧のように、カーテンとシーツの一枚布が大きく膨らむ。そして、タコの体に、どさどさとなにかが降り注いだ。それは灰。100個以上ある壺からかき集めた海賊船員たちの灰だった。


 灰を全身に浴び、布におおわれたタコが、のた打ち回る。ところかまわず、足を叩きつけ、墨を吐き散らかした。

 このままロープで縛って、布でくるもうかと考えていた二人だったが、大タコの力には勝てず、ロープを手離してしまった。


 布が胴体に貼りつき、ロープと足が絡まって、タコは、そこらじゅう転げまわって逃げ出そうとする。壁にうがたれた穴を格好の逃げ場所と思ったのか、その中にするすると入っていった。


「ちょ……!!」


 血相を変えてベリルが、それを追う。

 大ダコは、柱や船の側面に吸盤をつけて落ちないようにするが、灰は、タコの表面のぬめりを消し去り、吸盤の張りつく力も奪っていた。


 布とロープに絡まった怪物タコが、すべるように船の側面を落ちていく。船体が、グラグラとかたむいた。


 ジェイドは、あわてて膝をついて揺れに耐えた。


「ジェイド!」


 ベリルは、そう叫ぶと、落ちていくロープの端をつかもうと追いすがった。だが、ロープは、ベリルの手をすり抜け、船外に消えた。


 ジェイドが壁際から下を見ると、大ダコは、雲の海の中へ消えていた。船体の揺れもおさまり、風の音だけが回廊を抜けていく。


「トドメ刺す前に、落ちていきやがったか」

「ああ、そんな……。どうしよ」


 ベリルはそう言って声をふるわせた。


「なに深刻な顔してんだよ? どうしたって言うんだ?」


 ジェイドが首をかしげる。

 ベリルは、急ぎ足でタコ壺へ向かった。タコの体液や臭いも気にせずに、躊躇なく壺の中に入っていく。ジェイドもあとに続く。

 巨大なタコ壺は、底が抜けていて、壁とくっついていた。そして、壺の底の部分に、つぎの部屋へ続く扉があった。大タコは、まさに船長室への門を守る番人だったのだ。


 そして、タコ壺の中には、真っ黒い鉄の大きな箱が置いてあった。

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