第54話「脱出作戦、決行①」

「お母さん……」

「お父さんに会いたいよ」

「帰りたいよぅ……」


 そう言って、子どもが泣いているのだ。手下は、うんざりしたようにため息をもらす。


「またか……。いい加減にしよろ」


 泣き声は止まらず、だんだんと大きくなるばかりだ。


「うるせえ! 黙れっ!」


 怒鳴ると、脅すように壁を蹴り上げた。びくりとして一瞬、泣き声が止む。そして次の瞬間には、とうとう泣き声が爆発した。


「ウワーン!! ウワーン!!」

「お母さーん!!」

「お父さーん!!」

「帰りたいよー!!」

「ぐぅ~っ! うるせーっ!」


 こればかりは、海賊とてどうしようもできない。


「大きな声出さないで!」


 今度は、怒ったような声が届いた。赤髪の女の子だ。


「こんな小さな子どもたちを牢に入れて、足まで縛って。あなたたち、人じゃあないね」


 女の子は続けてそう言った。


「だいじょうぶ。すぐにみんなして帰れるから。泣かないで」


 泣いている子どもたちに語りかけている。


「いや、本当にそう思うよ。人じゃあ、ないよな。どう見ても」


 皮肉交じりの声も届く。ジェイドだ。


「なんだと?」


 いまいましそうに手下が暗がりを睨む。


「泣かせてやりなよ。そのくらいはいいだろ? それが嫌なら、どうだろう? ここから出して自由にしてやるってのはどうだい?」

「ふざけるな。だれが逃がすか」


 手下ははき捨てるように言った。


「逃げるって? じゃあ逆に訊くけど、牢を出たとして、どこに逃げればいいんだ? ここは、はるか空の上だぜ?」

「おうよ。わかってるじゃねぇか。だから、観念してじっとしておけ」

「わかんないやつだなぁ」


 ジェイドはため息をもらす。


「牢に入れなくたって、だれも逃げられやしないって言ってんだよ。つまり、ここに俺たちを閉じ込めて見張るのはムダってもんだ。俺はずっと潜伏してたから知ってるんだけどさ。ほかの連中は、うまそうなもんたくさん食って、酒たらふく飲んで楽しそうにやっていたぜ? こんな地下にこもって俺たちの面倒見るより、そっちで一緒に楽しくやったらどうだって言ってんだよ。どうだ? いい提案だろ?」

「ぐぅ、それは……」

「な? そう思わないか? きっと、どっかのバカが閉じ込めておけって言って、なにも考えずにそれに従っていると思うんだけどさ。する必要のないことなのさ。やめる勇気てのも、必要だぜ?」

「たしかに。どうしやす?」


 手下は、あごをひねりながら、大工長を見た。


「バカ野郎! ガキの口車に乗せられるやつがあるかっ!」


 大工長は、手下を一喝した。


「逃げ回られたら面倒だ。それに、変な気を起こされて飛び降りでもされたらどうする」


 手下は、それを聞いて、あっ、と驚いたように声を漏らした。


「そうだ! お前、コラ。自由になんてさせるか!」


 すると、暗がりから、ジェイドの愉快そうな笑い声が届いた。


「酔って頭回らないと思ったけど、そうはいかなかったか。さすが幹部のお一人だこと。ごめんな、みんな。やっぱり、海賊さんたち、ここから出す気はないんだとさ。まあいい、朝までオーケストラでも聴かせてやりなよ」


 ジェイドの合図に、ふたたび泣き声の大合唱がはじまる。


「だ~! またかっ!」


 手下が手で両耳をふさぐ。


「おい。生意気な小僧!」


 大工長が、イスに座ったまま叫んだ。そして首をめぐらせて、手下を見やる。

「お前は、その中で一番でかいんだ。どうにかして黙らせろ。それができたら、特別待遇だ。お前だけ外に出してやってもいいぞ」


 そう言うと、手下を見たまま暗く笑った。その意図がわかり、手下もにやつく。


「そうですねえ。一人くらいならいいだろう。こっちに来て、ポーカーの相手でもしてくれや。リンゴもあるぞ。食っていけ」


 ジェイドはちょっとだけ黙ると、口を開いた。


「黙らせるのは無理だけど、歌でも歌うってのはどうだい?」

「歌だと?」


 手下が訊き返す。


「そうさ。こんな耳障りな泣き声よりマシかもよ。それに、みんなこんな暗いところに押し込められてストレスがパンパンに溜まってるんだ。それを解消すれば、案外、大人しくなるんじゃあないか?」

「なにが歌える?」


 大工長が問う。


「そうだなあ。海賊の唄はどうだい? 有名だし、こんな夜にはぴったりだ」

「海賊に捕まったやつが、海賊の唄だあ?」


 手下は、ふきだして笑った。


「皮肉だな。いいだろう、面白い。聞かせてみろ」


 大工長もそう言って笑う。

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