第55話「脱出作戦、決行②」
「よーし、いいか、みんな? 泣くんじゃなくて歌うんだ。海賊の唄、知ってるだろ? なに? 知らないやつもいんのか? 仕方ねぇな。知ってる子は、リードしてやるんだ。知らない子も、いっしょに歌おう。サン、ハイ」
そう言って、ジェイドは子どもたちと歌いはじめる。
「樽のボートで港を出る♪ 腰に差すナイフ一本で、目指すは巨大なガレオン船♪ 俺たちは海のハイエナ──」
ジェイドが大声で歌い出し、赤髪の少女もそれにつづく。泣いていた子どもたちも、それにつられて、一人また一人と大声で歌いはじめた。
歌いながら、ジェイドは、またベリルの待つのぞき窓のそばに寄った。
コツコツ。
壁のむこうに合図を送る。
小さい窓から手がのびてきた。ロープを摘まんでいる。ジェイドは、慎重にそれを受け取った。
そのロープは普通のとちょっと違っていた。その端が燃えているのだ。照明用の油を染み込ませたベリル手作りの火種である。
ジェイドは、見張りの海賊に気づかれないように空いた手で火を隠すと、すばやく牢の柵までもどった。
南京錠のところでは、自由になった赤髪の少女が、両手でなにかを持って、ジェイドを待ち構えていた。それは、ジェイドが首に巻いていたスカーフだった。ジェイドが来ると、少女は、スカーフを広げる。南京錠の鍵穴には、さっきベリルから渡された火薬がすでに込められていた。
この間、ふたりとも大声で歌い続けたままの作業である。
「──火薬を詰めて撃ち放て♪」
歌いながら目で合図を送る。
いくぜ。
ジェイドは、少女とうしろで歌い続ける子どもたちに目配せした。少女がうなずく。歌声がことさら大きくなる。
「──砲列の轟音は、勝利の証! ドーン!!(ドンッ!! ガチャッ!)と撃てよ大砲!」
南京錠から煙が上がる。ジェイドと少女が、あわててスカーフでそれを包んで消した。
歌い続けながらみんなして、窓の奥を見やる。どうやら見張りのふたりは気づかなかったようだ。うまく歌詞に合わせて、火薬に引火して音を紛れ込ませられた。
南京錠の差し込まれている棒を動かすと、すぽりと抜けた。火薬の威力でカギを壊すことに成功したのだ。
何周目かの歌の終わりを歌い上げ、歌声はかき消えた。
静けさが戻る。子どもたちは、声を出しつくし、疲れたような息づかいが、大工長とその手下にまで聞こえていた。
「さ。歌い疲れたでしょ? 今日はもう寝よう。きっとぐっすり眠れるよ」
少女が、子どもたちに、優しく声をかけている。
「さあ、そこのおふたりさん。どうだ? 泣き止ませたぜ? 出してくれんだろうな」
ジェイドがそう言うと、ゴトリと鈍い音がした。
ゴツ。ゴツ。ゴツ……。
義足の大工長がこちらに近づき扉を開ける。
おいおい。こっちに来るんじゃないだろな。
ジェイドは、内心ヒヤヒヤした。壊れた南京錠を見られたら、おしまいだ。
「約束だ。ご褒美をやろう」
大工長は、牢の近くまでは来ず、手に持っていたなにかを放ってよこした。それは、ジェイドの頭に当たった。
「イタッ。なんだこれ?」
芯だけになったリンゴだった。
「ありがたく食え」
そう言うと、手下ともども声を出して笑う。
「牢から出して自由にしてもらえると思ったか。バカが!」
手下は笑いながらそう言った。ジェイドは、深くため息をもらす。
「残念だよ、まったく! 今の歌声は、大きな劇場で披露するに値するって言うのに」
「言っていろ」
どさりと、牢から音がした。
皮肉ばかりの大きな少年も、いよいよ嫌になって横になったらしい。
「あ~あ。もう寝よ。お前らも、泣かないで寝ろよ」
そう言って、ふて寝をはじめたようだ。
「ここは夢の中で、朝になったら夢から覚めたりしないかなぁ」
子どものひとりが、ぽつりとそう言った。
「だといいな。うまくいけば、朝に目が覚めたら、みんな自分ちのベッドで起きれるんじゃないか?」
大きなあくび交じりに、ジェイドがそう言った。
「きっとそうなるから。今日は、もう休もう」
少女が、小さな子をあやすように、そうつぶやいた。大工長は、どかりと自分の椅子に腰を落とす。
「夢の中、ねぇ。夢かどうかは、じきにわかるさ。泣こうがわめこうが、お前らの運命は、もう決まっている。自分の持っている肉体も魂も、すべてを奪われる。あの皮肉屋の懲りないガキも、最後の最後には絶望し、泣きわめくことになる。でもいいさ。死ぬのだから。悪魔からは、だれも、逃れられない」
独り言を言うと、ジョッキに残った酒を一気に飲み干して暗く笑うのだった。
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