第43話「油断できない相手」

 身体をつかまれる直前、うずくまっていたジェイドは、その場でコマのように回転した。海賊の足にパンチをお見舞いすると、囲んでいる海賊から逃げるように、ぐるんとでんぐり返しで距離を取った。

 足にパンチをもらった海賊は、その足に痛みをおぼえた。


「……? うぎゃっ!? なんじゃこりゃ!」


 足に、ロープ通しがぐっさりと刺さっていた。引き抜く。黒いどろりとした血が一滴、糸を引きながら落ちた。それ以上の出血はない。もう体内には、血液など残っていないかのようだった。


「まだ、こんな武器を隠してやがったか!」


 ジェイドは相手にせず、背をむけて海賊たちから逃れようとした。


「そぉら♪」


 甲板長が、とっさに、腕に巻きつけていたロープの束をジェイドの頭に投げた。輪っかになっていたロープの束が、輪投げのように、すぽりとジェイドの首におさまる。

 遠慮なく、甲板長がロープを引いた。


「ぐげっ!」


 ジェイドは、苦しげな声をあげて、また床に転がった。


「油断ならねぇガキだな」


 甲板長は、半分呆れ半分感心するように言った。

 フンと鼻を鳴らして、ジェイドが笑う。転んだまんま、自分を見下みおろす海賊たちを見下みくだしたように笑うのだった。


「生意気な!」


 さんざんやられっぱなしの海賊が、ジェイドのロープ通しを逆手に持って、ジェイドに迫った。


「その頭に穴を開けてやろうか!?」


 ジェイドの胸倉をつかむと、ロープ通しを振りあげる。


「待てっ!」


 もうあと数センチでジェイドの頭に鋭い尖端が届くというところで、集団の外から声が飛んだ。


「海兵隊長……。なぜ止めるんです?」


 うらめしそうにロープ通しを持った海賊が訊いた。


「お前は、船長か?」

「なんだって?」

「捕虜の処遇も、処刑の権限も船長が持っている。お前は、船長かと訊いているのだ」


 集団の中に分け入ると、ロープ通しを持つ海賊に迫った。その海賊は、しぶしぶと引っこんだ。


「そう怒るなよ、海兵隊長」


 そう言って甲板長は笑うと、犬の首輪を引っ張る様に、ジェイドをたぐり寄せる。

 その振る舞いに激怒したジェイドは、ロープに腕を絡ませて、体重をかけた。甲板長をよろめかせて、その顔面に蹴りでも食らわせないと気がすまなかった。


 シャッ!!


 鋭い金属の音がして、ジェイドの首筋に刃が当てられた。ジェイドは、びたりと動きをとめた。


 海兵隊長の黄ばんだ眼球には、はっきりとした意思のようなものが感じられた。すすけたような金色の長髪を後頭部で結わえている。なめし革の赤いロングジャケットも肩帯もバックルつきのブーツも、色あせてはいるが、ほかの海賊よりも手入れが行き届いている。


 海兵隊長は、鋭い眼光でジェイドを見据えている。彼の抜き放ったサーベルは、月の光を映し、青白く輝いている。切れ味を保ったサーベルだった。


 こいつは、ほかの海賊と違う。油断できねぇ相手だな……。


 海兵隊長のオーラを感じ取り、ジェイドはそう悟った。

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