第42話「追い詰められるジェイド」

 船上甲板は、騒がしかった。


「おい! そっちにいったぞ!」


 海賊たちが走り回っている。


「捕まるかよっ!」


 ジェイドは、帆から垂れ下がったロープをつかむと、マストによじ登る。宙にぶら下がりながら、海賊たちの頭上を飛び越え、囲みを脱した。


「ちょこまかと! 調子に乗りやがって!」

「陣形を崩すな! もう一度囲むんだ! ガキひとりに手こずってどうする!」


 雲の海をゆっくりと進む巨大な木造帆船。上を見あげれば、手が届きそうなほどに空は近く、月と星々が輝いていた。今宵の月は、不思議な琥珀色をしていた。


 幻想的なその空の下で、今ジェイドは海賊たちに追われているのだった。


 上に逃げるしかないか……。


 ジェイドはメインマストを見あげた。


「観念しろ、ネズミ!」


 そう言って、海賊のひとりが突進してくる。ジェイドは、甲板の端に追い詰められた。


 海賊の腕が、ジェイドをつかもうとした瞬間、ジェイドは、あえて後方に大きく飛んだ。甲板の手すりに飛び乗る。少しでもバランスを崩せば転落し雲海に落ちる。空を下へ下へと落下して、やがて下界に叩きつけられるだろう。下が大地でも大海でも関係なく、命はない。


 ジェイドは、迫ってきた海賊に向かってジャンプし、顔面に飛び蹴りを食らわせた。海賊はそっくり返ってしまった。


「うべっ!」


 低い悲鳴を漏らす。ジェイドは、振り向きもせず、メインマストに飛びつくと、ロープをよじ登っていく。


「ネズミ一匹にいつまで手を焼いている」


 下で新手の海賊がそう言った。


「甲板長、すいやせん。なかなか手に負えなくて」

「どいていろ。俺が仕留める」


 ブォン、ブォン、ブォン……!


 下で空気を裂く音が聞こえてきた。ジェイドは、上に登りつつも下を見やった。


「!」


 甲板長と呼ばれた男が、ランタンの取っ手にロープを結び、それをぶんぶんと回していた。

 茶色いもじゃもじゃのヒゲをはやし、上半身は裸で肩帯をかけている大男だった。そのどっしりとした身体でロープを回し、その目は、獲物であるジェイドを見据えていた。


 ブォ、ブォ、ブォ、ブォッブォッブォッブォッ──!!


 回転数が上がっていく。


 まずいと思って、急いで帆に身を隠そうとしたが、風を切る音とともに、猛スピードで、下からランタンが飛んできた。

 甲板長の渾身の一撃が、ジェイドの脇腹に直撃する。クリティカルヒットだ。一瞬で、力が抜けた。


「ぐっ!!」


 マストから手が離れ、ジェイドの身体は真っ逆さま。勢いよく甲板に叩きつけられた。


「さすが甲板長のロープワーク。一撃で仕留めましたね」


 ジェイドを追い続けていた海賊たちが寄ってくる。みんな息が荒い。


「はぁ……。まったく手間をかけさせやがって」

「だらしがないぞ。こんなガキ一匹に何人がかりなんだ?」


 ロープをたぐり寄せながら、甲板長は言った。ロープを片腕に通し、輪っかにしながら見事な手際で、あっという間に束ねていく。


「お前、よくもさっきはやってくれたな。気絶したフリしてないでこっちへ来い!」


 海賊のひとりが、うずくまるジェイドに腕をのばす。先ほど、ジェイドから飛び蹴りを喰らった海賊だった。

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