第五章 追い詰められる兄弟

第36話「クリードとの別れ」

「クリード、起きて」


 ベリルが、そっとクリードの身体を揺する。クリードは、目をこすりながら首を起こした。


「どうしたの?」

「僕たち、行くよ」

「行くって、どこに?」

「船長室。そこに、この海賊船の秘密があるかもしれないんだ。それがわかれば、僕らが助かる道が見つかるかもしれない」


 そう言われて、クリードは不安げに眉を寄せた。


「お前は、ここに残るのか?」とジェイドが問う。

「……う、うん。ぼくは、ここにいるよ。今までも、ずっとそうして来たから」

「そっか。ま、あれだ。世話になったな。もしも、気が向いたら助けてやるよ」

「うん」とうなずく。

「クリードは、寂しくはないの?」


 ベリルが訊くと、クリードは首を横にふる。


「だいじょうぶ! 友だちがいるんだ」

「友だち?」

「うん! 太っちょジャックだよ」


 そう言われて、ベリルは、ジェイドと顔を見合わせた。


 クリードは、立ち上がると、壁の前にしゃがんだ。暗がりでよく見えなかったが、小さな板が立てかけてあった。

 クリードが、その板を持ち上げると、丸い穴が開いていた。小さな子どもが這って通れるくらいの穴だ。


 ふたりは驚いた。穴の向こうは、当然、船倉とつながっている。


「ずっとここにいるって言ってたから、食べ物をどうしてるのか不思議だったけど……」

「ああ。こういうことだったのか。けど、この穴の大きさじゃあ、お前が通り抜けるのは無理じゃないか?」

「うん。だから太っちょジャックの出番さ」


 ジェイドがそう訊くと、クリードは自慢げに答えた。


「その太っちょジャックってのは何者なんだ?」

「ネズミだよ」

「「ネズミ!?」」

「うん。この穴から食べ物や飲み物、ほかにも、いろんなものを運んできてくれるんだ。大親友なんだよ?」

「ネズミが、そんなことを?」


 ネズミも教え込めば芸などをするのはベリルも知っている。だが、そこまでのことができるのだろうか? ベリルには、にわかに信じられなかった。


「いや、それよりも、だ。て言うことは、あれか? さっき俺たちが食ったのも……」

「うん! ジャックが運んできてくれたものだよ」


 笑顔でそう言われ、ジェイドは渋い顔になった。


「ジャック以外にも、話し相手がいるからね。だから、平気さ……」

「そうか。じゃあ達者でな」

「元気でね」


 クリードに別れを告げて、ふたりは、梯子を上がっていった。




 ふたりの姿が天井の向こうに消えると、隠れ穴は、しんと静まり返った。

 クリードは、また毛布にくるまって丸くなった。


「平気さ。寂しくなんてないよ……。ジャックもいるし、エリスだって、ね?」


 クリードが、ロウソクの火で照らされた壁を見つめる。すると、『うん』と赤い字が浮き上がった。

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