第35話「船長室へ」

 ジェイドの足元には、たくさんの紐が散らばっていた。もしかしたらクリードの持ち物かもしれないが、隅に落ちていたロープの切れ端をロープ通しでほどいたものだった。

 別になにかに使おうとしたわけではないらしい。さきほどから、無心になってほどいていた。毎日やっていた作業をすると、少し気が紛れたのだ。


 ベリルは、バッグから自分の日記帳を取り出した。船の絵を描いたページをめくる。

 今、ベリルたちがいるのは船倉の船尾部分だ。そして船長室は、この船尾の最上階に位置する。船長の居住スペースであり、執務室なども設けられている。


 海賊の手記によると、クリスタルはそこにある。そのクリスタルが原因で、ここで恐ろしいことが起き、それによって、今も子どもたちが犠牲になっているのだ。


「待てよ。執務室があるってことは……」


 ベリルが顔を上げた。


「考えはまとまったか?」

「僕らが生き延びるための鍵は、手記に書いてあるクリスタルの瓶にある気がする。けど、クリスタルが船に引き上げられたのは、ずっと昔のことだろうから、その瓶が今も船長室にある保証はないんだ」

「ならどうするんだ? 船内を闇雲に探すのは、それこそ危険じゃないか?」

「うん。でも仮に瓶がなくても、船長室には、もっと重要な手掛かりがあるかもしれない」

「もっと重要な? なんだ?」

「船長日誌さ。船長日誌が手に入れば、この船で起こったことが、もっと詳しくわかると思う。クリスタルの正体もね。僕らがこの船から脱出するための、重要な手掛かりがつかめるかもしれないよ」

「なるほど」


 そう言われて、ジェイドは笑ってうなずき返した。


「ところでベリルくん」


 急におかしな口調で言葉をつづける。


「首に、とっても上品なものをぶら下げているじゃないの?」


 何のことかと、ベリルが首に手をやる。


「!」


 なんと、あの革の猿轡さるぐつわが、スカーフに絡まっていた。まるで、首輪のように首にずっと下がっていたのだ。


「早く言えよ!」


 ベリルが思わず声を荒げる。床に投げ捨てた。ジェイドはそれを拾った。


「せっかくなんだから持っておけよ」

「だれが!」

「いや、本当に。持っておいた方がいい。なにが役に立つかわからねぇからな」


 ジェイドが、猿轡をベリルに渡す。その目は割と本気だった。ベリルは、無言で受け取り、乱暴にポケットに突っ込んだ。

 ジェイドも、自分が作った紐を拾い集めると、ベルトポーチにつっこんだ。

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