第31話「ジェイドの回想①~流浪の民〈ペレグリン〉」

「はぁ!?」


 目の前の男に対して、俺は不満の声を上げた。


「今日で解雇ってどういうことだよ?問題なんて何も起こしてないだろ?」

「給与は渡したよ。さ、早く屋敷から出て行きなさい」


 俺とは対照的に、あくまで冷静に男は返した。整えられた白い髭の黒服の紳士──ラ・ブランシュに住む貴族クローチコール家に仕える執事だった。


 二年くらい前から、俺は、じいちゃんとクローチコールの屋敷で働いていた。屋敷で働くと言っても庭の手入れなどをする仕事で、屋敷に入れてもらったことは一度もなかった。落ち葉を集めたり、壁のツタを剥がしたり、噴水や水路の泥をかき出す。そんな仕事だ。


 俺とベリルは、じいちゃんに育てられた。親はいない。

 母親は、ベリルを産んですぐに死んだ。父親は、俺がずっと小さなころに出稼ぎで別の町へ行った。巨大な橋を架ける建設現場で、そこで起きた落石事故に巻き込まれて死んだらしい。


 じいちゃんと俺とベリル。ずっと三人で暮らしてきたけど、半年前にそのじいちゃんも死んじまった。寒い冬の日に流行病で。年だったし仕方ない。冬場には多くの人が死ぬ。


 俺は、横のベリルをちらりと見た。表情を固めて、今にも泣きそうな顔をしていた。じいちゃんが死んで、俺は、ベリルとこの庭掃除の仕事を引き継いだ。さすが貴族だ。俺たちが食う分には困らないくらいの金がもらえる。この仕事を失うわけにはいかなかった。


 執事に軽くあしらわれたくらいで引き下がるわけにはいかない。俺は食い下がった。しかし、執事は涼しい顔をして、スタスタと門扉もんぴまで歩いていった。


「クローチコールさんに会わせてくれよ。あんたはただの執事だろ?俺たちをクビにする権限なんてないはずだぜ?」

「使用人のことは私が一任されている」

「ならせめて理由が知りたいぜ。じいちゃんが何年もやってた仕事を急にやめろって言うんだ。それなりの理由があるんだろうな?おい、待てよ。やっぱり、あんたのただの意地悪じゃないのか?俺たちが気に入らないんだろ?な、クローチコールさんに──」

「いい加減にしろ!」


 食い下がる俺に、執事が怒鳴り返す。


「RS・ロードストーン」


 俺たちを見て、執事は吐き捨てるように言った。ロードストーンは、俺たちの家名だ。


「ロードストーンとは、その名の通り“道ばたの石ころ”。それにRSは、母親の家名で、川べりの石ころリバーサイドストーンだそうだな」

「だ、だからなんだよ……」

「ヘリオドール王国では、どちらも最下層の身分だったそうではないか。それを、あのジジイ、こちらが何も知らないことをいいことに、長年このわたしを騙しおって!クローチコールの家名やわたしの顔に泥を塗る気か!!ここは貴様らが入って来てよい場所ではない!!去れっ!!」


 執事は、俺たちを門の外へ追い立てると、門扉を閉ざしてしまった。こうして俺たちは、じいちゃんが長年つづけてきた仕事をあっさりと失った。結局、俺もベリルも、雇い主のクローチコールには、一度も会うことはなかった。




 ヘリオドール王国は、フラバルトから北西に位置し、西の大陸の最北端にあった今は亡き国の名だ。

 森と宝石の国と呼ばれ、国土には美しい森が広がっていたらしい。そして、宝石をはじめとする多くの鉱物が産出し、「世界のすべての鉱物はヘリオドールにある」と言われていたようだ。


 その中でも、ヘリオドールでしか採掘されない特別な鉱物が存在した。魔法石と呼ばれるものだ。魔法の力を宿し、さまざまなことに活用できたらしい。

 そんな鉱物資源によって、ヘリオドール王国は、小さい国土ながら繁栄していたらしい。


 けれど、ヘリオドール王国は、三十年ほど前に一夜にして滅んだ。王家の一族と王家を守る貴族たちが暮らしていたクォーツ城が一夜にして陥落。すべての者たちが殺されたようだ。

 詳しい理由は、田舎町に住んでいたじいちゃんは知らないらしい。

 だけど、その混乱に乗じて、ゾ・バラパネル帝国がヘリオドールに侵攻、それを防ぐ目的で周辺国も参戦し、大きな戦が起こったらしい。

 その後、ヘリオドールは周辺諸国によって分割され、フラバルトも、ヘリオドール南部を併合している。


 ヘリオドールの民は、国を追われて、併合国へと散り散りになった。各地の山間や孤島に集落を作ってひっそりと暮らしているものもいれば、俺たちのように町の片隅で暮らしているものもいる。


 そんなヘリオドールの民は、ペレグリンと呼ばれている。流浪るろうの民という意味だ。俺たちが生まれ育ったのも、ラ・ブランシュの東の隅──ペレグリンが多く居住する地区だった。

 ヘリオドール王国がどんなところだったのか、じいちゃんから聞いただけで、行ったこともなければ見たこともない。

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