第32話「ジェイドの回想②~別の仕事」

 屋敷の仕事をクビになった俺たちは、新しい仕事を見つけなければならなかった。俺は港で積み荷運搬の仕事をはじめ、ベリルは靴磨きで生計を立てはじめた。


「お前、今日の稼ぎはどのくらいだ?」

「いつも通りさ、ホラ」

「……これじゃ、パン一個も買えないな」


 思い返してみると、あの頃は、メシの会話しかしてなかったな。

 ベリルには力地事は無理だ。小さなころから身体も弱かったしな。けど、あいつには学問の才能がある。


 俺もベリルも、小さなころ、じいちゃんから文字の読み書きや算数を習っていた。それと、ヘリオドール王国の簡単な歴史。

 俺は最低限の読み書きくらいしかできないし算数は苦手だ。けれど、ベリルは違った。こいつは、靴磨きなんて仕事をするよりも、ほかの道があるはずなんだ。でも、今日を生きるためにそんなことは言っていられなかった。


 あの頃の俺たちはいつも飢えていた。だから────




 ある日、俺は、数人の男たちに追われていた。バッグには、アイツらの荷車から奪った食べ物が入っていた。手当たり次第に入れたから、何を盗んだかなんて覚えていない。食えりゃあ何でもいいんだ。


 ちらと後ろを確認する。追って来てるのは五人。


 いつもより数が多いな……!


 俺は路地裏に逃げ込んだ。


「あっ!路地に逃げ込みやがった」

「チッ!面倒な!」

「だいじょうぶだ!この辺はよく知ってる!」

「なら、二手に別れるぞ!お前らはあっちに回れ!」

「わかった!」


 くそっ!挟みうちになる前に、どうにかして逃げ切らねぇと。


 そう思ったが、よく知らない路地だったので、逃げているうちに行き止まりに来てしまった。


「くそっ!」

「おい」


 後ろから声がした。

 振り返ると、ふたりの男が、立ちふさがるように立っていた。棒切れを持って、こちらへ近づいてい来る。


「ついに追い詰めたぜ?」

「今日こそは袋叩きにしてやるからな」


「……降参だよ」


 俺は肩をすくめて笑ってみせた。


「は?何が降参だ。そんなことで許してもらえると思ってんのか?」


 一人がすごむ。


「盗んだもんは返す。金も持ってるんだ。前に盗んだ分も払うぜ?ちょっと待ってな」


 バッグに手を突っ込みながら、俺が愛嬌よく笑うと、男たちは、立ち止まって互いの顔を見やった。俺の心中をつかみかねてる様子だ。


 今だ!


 バックの中でつかんでいたものを思いきり投げつける。


 ごつ──!


 男の横っ面に命中した。


「ゔっ!!」


 男がよろけて、尻もちをつく。横にいた男も巻き添えを食って一緒に倒れた。ふたりの前に、へこんだ玉ねぎが転がる。


「ガキが、ふざけやがって!」

「ちゃんと返したぜ」


 俺は、そう言って左右の壁に手を突いた。壁登りだ。上へ上へと登っていく。


「オイ、どうした?なにやってるんだ!」


 残りの追っ手が合流する。


「やられた!ヤツはあそこだ!」


 一人が上を指さす。


「壁登りで逃げやがったか!」

「だいの大人が、ふたりがかりで何やってるんだ!」

「だけどよぉ」

「そんなことは後だ。追うぞ!」

「追うっつったって……」


 俺は、すでに建物の二階以上の高さまで登っていた。


「くそっ!」


 手にしていた棒切れを投げつけてくるが、届きはしない。俺は、屋根に手をかけて、よじ登った。


「どうする?」

「いつかは下に降りてくるはずだ。このまま追うぞ」

「もう、いいんじゃねぇか?捕まえられっこねぇよ」

「ダメだ!盗まれたままじゃ、示しがつかねぇ」

「ああ。一度目をつけられた店は、何度もやられるからな。実際に俺たちも二度目だ。あいつは見せしめにする。良いな?」

「いいぜ。今ので、俺はもう切れた。見つけ次第ぶっ殺してやる」

「身軽な奴は、屋根に上れ。上からと下からで追い詰めるんだ。徹底的にやるぞ」

「まったく、本当に町の厄介者だな。ペレグリンってのは」


 あきらめてねぇか、面倒だな……。


 そう思った俺は、先を急いだ。同じ高さの屋根をいくつも飛び越えて、バルコニーや張り出し窓を経由し、低い位置の屋根に飛び移って逃げた。

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