第30話「破れたページ」
ジェイドが竜骨に手記を広げる。そして、何を思ったのか白いページに黒鉛を塗付けはじめた。黒鉛の側面で軽くなでるように、ページを黒く塗りつぶしていく。
「まさか……!」
ジェイドの意図を理解し、ベリルが驚く。兄の横から手記をのぞき込んだ。クリードも首をのばした。
やがて、前のページに書かれた文字が、うっすらと浮き上がってくる。跡がついていたのだ。
「う~ん、なんて読むんだ?」
読み書きがあまり得意でないジェイドが首をひねる。
「貸して」
ベリルが見ると、文字のほとんどがかすれていて、何と書いてあるのかわからなかった。そこで、ベリルは、手記を目線の高さに持って来て横にしてみた。ランプに近づけると、さらに陰影が増し、いくらかの文字が読み取れるようになった。
目を細めながら読んでいく。
『失敗だ…。あれから…狂いはじ……逃げ……多くは殺され……魂も縛り……。我々は……。……人ではなくなって……すべては、あのクリスタル……解いてしまった。…………沈めておくべきだったのだ。あの中にいたのは……』
手記から顔を上げて、ベリルが不安げに兄を見やる。
ジェイドは、どっかと腰を下ろし、深々とため息をもらした。その顔をクリードに向ける。
「なあ、クリード。お前、この船について何か知ってるか?」
「う、ううん……。ぼくなんにも知らない」
「それじゃあ、海賊たちについてはどうだ?あの海賊たちが一体何者なのか知らねぇか?」
「わ、わかんない」
「けどよ、ずっと空を飛んでるわけでもないんだろ?どこかの島に降りるとか、地上にもどる時間帯があるんじゃないか?」
「う~ん、わかんない」
「使えねぇな!何年ここにいるんだよ!?」
ジェイドが急に声を荒げたので、クリードがびくりと肩をふるわせた。
「ちょっとジェイド!やめなよ」と、ベリルがたしなめる。
ジェイドは、鼻から短く息をつくと、天井を見たまま黙ってしまった。
「ごめん……」
クリードがしゅんとしてうつむく。ベリルは、クリードの肩に優しく手を置いた。
「だいじょうぶ。けど、僕ら、ずっとここにはいられないじゃない?みんなで脱出しようよ。何でもいいんだ。何か知らないかな?海賊たちが何か話してるのを聞いたとか、何か思い出せないかな?」
「わかんない。けど、ぼくが海賊に捕まったとき、ほかにも、たくさんの子たちがいたよ。いろんなところから連れて来られてた。ぼくたちは自分の村からだけど、ほかにも島にすんでた子や孤児院から連れて来られた子たちもいたよ」
「そんなにたくさんの子どもを……。何が理由なんだろう?ね、ジェイド」
ぶすっとしている兄に、わざとベリルが水を向ける。
「さあな。どこかで売り飛ばすんじゃないか?人さらいなんて、海賊がやりそうなことじゃないか」
「本当にそうかな……」
「じゃあ、ほかにどんな目的があるってんだよ?乗組員にでもしようってのか?」
「それは分からないけど、そんなことが理由じゃない気がするんだ。それに、まさに今も子どもたちはこの船に乗ってる。よね?」
「ああ。捕虜牢のガキがどうのって、さっき、確かに言ってたな。それに、儀式がどうだとかも」
「うん。儀式が終われば、元通りになるって……」
儀式という言葉を耳にして、急に、クリードが自分の腕を抱いて身体を丸くした。身体が小さくふるえだす。
「儀式?そうだ。捕まえられた子は牢に入れられるんだ……。そして儀式に使われるんだ」
「その儀式ってなんのことか分かる?」とベリルが訊く。
「わかんないよ。でも、あいつらがそう言ってた。空に浮かぶ島があるって。そこで儀式をおこなうって。きっと。きっと怖いことなんだ……!」
「空に浮かぶ島?なら、今この船は、まさにそこを目指して進んでるってことか」とジェイドが独り言のようにつぶやく。
「ほ、ほかに何か思い出せない?クリスタルについてとかは?何でもいいんだ」
ベリルが、クリードの両肩を抱いて顔をのぞき込む。
「知らないよ。ずっと昔のことだから。知らない!知らないよう……!」
クリードが、いよいよぶるぶるとふるえだす。毛布をかぶると、隅っこで丸くなってしまった。
「島に連れていかれたら、もうもどってこれないんだ。エリスももどらなかった。ほかの子たちも。だれも、もどらなかった」
ふるえる声でそう言うと、クリードは泣き出した。もうクリードからは何も訊けないだろう。
ベリルは、困ったように視線をさまよわせて、最後にジェイドを見やる。ジェイドが肩をすくめた。
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