第17話「初戦闘 切断狂いの船医戦①」

 自分たちが入ってきた扉のすぐ横にハンモック椅子があった。ふたりが気づかなかっただけで、そいつは、ずっとその椅子に腰かけていたのだ。


 長くて細い腕をのばして、ふたりが入ってきた扉を閉めると、その扉の前に立ちふさがった。

 そばのランプにマッチで火をともす。ランプのとろ火が、そいつの姿を不気味に浮き上がらせた。


 黒く染まった包帯を左右の腕に巻き、同じく血塗られたズタボロのエプロンを着ている。顔には、血しぶき跡が残る砂色のマスクを巻いていた。頭には三角巾を巻き、わずかに見える目の部分から、鋭い目線が飛んでいた。

 それは、まぎれもない船医の格好だった。


「新しい患者だな」


 ランプを片手に、大きく一歩、こちらに踏み出す。恐ろしくでかい。二メートルはあるだろう。

 逃げようにも後ろの扉は閉まっている。ふたりは扉に背を押しつけた。


「さあ、どこが膿んでいるのだ?右腕か?それとも左足か?」

「あの。いや、僕らはどこも……」


 ごくりと喉を鳴らし、ベリルは答えた。

 船医が、長い両腕を広げる。素早くふたりに向かって振り下ろす。骨ばった指が二人を捕まえようと襲いかかった。


「逃げろ、ベリル!」


 ジェイドは、横に飛びずさり、その攻撃をなんとか回避した。

 ベリルは、一瞬、行動が遅れる。右の腕を大きな手でつかまれた。とても力が強い。


 船医は、片腕で楽々とベリルの身体を宙に浮かし、そのまま手術台にたたきつけた。


「ぐぅっ!!」


 ベリルが苦しげに息をもらす。

 船医は、テーブルのベルトを、素早くベリルの胴に回して、台に縛りつけた。


「さあ、楽しい手術の時間だ。まずは右腕からちょん切ろうか」


 ベリルは、必死に身体をよじり手足をばたつかせて抵抗した。


「暴れちゃあ、ダメ。必要のない血が噴き出すぞ」


 船医は、いかにも楽しげにそう言うと、低く引きずるような声で笑うのだった。そして、エプロンのポケットからなにかを取りだす。


「ほら、これをくわえろっ!」


 片方の手でベリルの首を押え、もう片方の手でベリルの口に、なにかを無理やり押し込む。

 それは、革の紐を編んで作られた猿轡さるぐつわだった。左右に輪っかがついていて、そこにロープが通っている。

 船医は、ベリルの後頭部にロープを回すときつく縛った。


 そして、その場に立ったまま首をめぐらせて、自分が座っていたハンモック椅子を見やる。腕をのばしてなにかをつかんだ。

 引き寄せたのは、血と油で汚れた巨大なノコギリだった。

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