第12話「兄弟喧嘩」

 テーブルには、ニンジンや玉ねぎ、紐で縛ったベーコンも乗っている。真っ赤なトウガラシが散乱し、切り分けられた大きなホールチーズも置いてあった。


 カットされたチーズを手にすると、ジェイドが躊躇ちゅうちょなくそれをかじった。


「今日は宴会だっつってたな。この上か」


 口をもぐもぐさせながら、ジェイドが天井を見上げる。


調理室ギャレーがあるんだろうね。居住スペースや食事する場所も、この上の層からだね」

「ここまで来たんだ。もう先に進むしかないだろ」


 ジェイドが、食べかけのチーズをベリルに放る。「食え」と言った感じであごをしゃくった。

 ベリルは、歯型のついたチーズを一瞥するとテーブルの上にもどした。


「僕は、船倉にもどって、海賊が寝静まるのを待つほうが賢明だと思うよ?」

「船倉に?あそこにもどるのは危険じゃないか?」

「そこの通路を通るはもっと危険だよ。見つかったら逃げ場がないんだから」


 ベリルは、あごに指を置いて、考えごとをはじめた。

 オーロップデッキを横に貫いている通路は、大工の通路と呼ばれている。船の両側面に渡された道で、その名の通り船を修繕する船大工たちが頻繁に使う通路なのだ。


「見つからないように注意しながら、船尾の隠れ穴に向かうにはどうすればいいか……。どちらにしても、ここにいちゃまずいよな。たぶん、また海賊が来ると思うし」


 ふとベリルが顔をあげると、ジェイドは、テーブルの奥の棚から大きな鉈を手にしていた。


「ちょっと!なに遊んでんの?ジェイドも考えてよ」

「おいおい、ひどい言い草だな。俺が遊んでるように見えるのか?武器を調達してるんだけど。こんなチャンスもうないかもしれないだろ?」


 そう言いながら、ジェイドは、鞘として使えそうなものを探していた。布きれかなにかがあれば、刃の部分をおおい、腰にぶら下げられるだろう。


「ダメだよ!元にもどして」

「なんでだよ?一本くらいなくなっても怪しまれないって。もしもの時に、身を守るためさ。さっきみたいに見つかったときに戦えるようにな」

「なんで見つかる前提なんだよ。見つかったら、そもそもアウトでしょ?あのね。ジェイドも見たでしょ?この船には、百人以上の海賊が乗ってるんだよ。そいつら全員と戦う気なの?そんなのぶら下げてたら、よけいに目立つよ。荷物も重くなるし。いいから置いて!」


 弟の剣幕に、ジェイドは、納得いかなそうに息を吐くと、仕方なく鉈を棚に戻した。


「なあ、ベリル。なにかの本で読んだんだけどさ。人生ってのは、選択の連続なんだとさ」

「ジェイドも本、読むんだね。腕っぷしだけが取り柄の船乗りだと思ってたけど意外だよ。ちなみにそれ、なんて絵本?」

「あとで、あのとき武器を手にしてればって泣きを見ても知らないぜ」

「ご心配なく。それに、武器なら持ってるじゃん」


 そう言われて、ジェイドは大げさに首をかしげた。ベルトポーチからロープ通しを取りだすと、指先でつまんで揺らして見せた。


「まさかと思うけど、これのこと言ってんのか?これでどうやって身を守れってんだよ!?」


 そのまま勢いをつけて、テーブルへ突き刺した。ロープ通しは、テーブルの中央に刺さって、近くの玉ねぎが床に転がった。

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