第10話「隠れろ!」

 あれこれ考えている余裕はなかった。ジェイドとベリルは、そばにある逆さの木桶を持ちあげると、その中に身をひそめた。


 ほぼ同時に、数人分の足音が部屋に入って来る。


「「…………」」

「今日の夕食はなんだろうな?ひさびさの宴会だ」


 ひとりがそう言った。樽のふたを開け、乾燥豆を木桶に移していく。


「今日はステーキだぞ。さっき調理室ギャレーで、コックが、うまそうな厚切り肉を焼いていた」


 もうひとりが、そう応じた。


「ん?おい、だれだよ。ワインをこぼしたやつは」


 さっきジェイドがコルク栓を抜いたワインのことを言っているらしい。栓の抜けたワインボトルをつかむと、海賊は、ごくごくとそれを飲んだ。


「こんがりと焼けたラム肉~。塩気の利いたほくほくのフライドポテト~♪。濃厚なコーンポタージュ~。いい香りのパンとよく冷えたシャンパ~ン♪」


 上機嫌で歌いながら、テーブルに食料を並べていく。


 ドカッ──!!

「「!?」」


 急に、ふたりが隠れている木桶に振動が伝わった。同時に「あいたっ!」と海賊が声をあげた。どうやら足をぶつけたらしい。


「じゃまだな。洗い終わった桶は、もっと隅に置いてオケってんだ。なぁ?」

「なに馬鹿を言ってやがる」


 そう言いながら、桶に手をかけた。

 ベリルは、血の気が引いた。


(ベリル!)

(なに?)

(壁登りだ!)


 ラ・ブランシュの町には、路地裏がたくさんある。子どもたちは、そこでよくその遊びをしていた。

 狭いの壁を、手と足の力だけで登っていくのだ。建物の一階ほどの高さでギブアップする子もいれば(べリルがそうだった)、数十メートル登って大人に怒られるような子(ジェイドがそうだった)までいた。


 今ふたりは、それを桶の中で、死に物狂いでやっていた。手足を突っ張り、落ちないように必死に踏ん張る。ずり落ちて足でも出そうものならアウト。ひっくり返されでもしたら、もちろんアウトだ。


「重いな。まだ乾ききってないのか?」


 海賊が、ブツブツ言いながら、桶をかたむけ、ななめに転がすようにして隅にやった。

 どうやら、ばれなかったようだ。


「残念ながら、そう都合よくはいかないぞ」

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