第7話「浮き上がる赤い文字」

 ベリルが自分の日記帳を開く。白紙に、見開きまで使って船を描いた。


「僕の推理だと、この船は六層になっている」

「なんでそんなことわかるんだ?」

「聞いてなかったの?海賊たちの話?」

「聞いてねぇな。寝てたから」

「そうだった……。隣からスーピー聞こえてたな。寝言を聞かれたらどうしようってヒヤヒヤしてたよ」

「夢を見てたぜ」

「あきれるよ。ちなみに、どんな?」

「町にいたころのことさ。もう忘れたな」

「あっそ」


 ジェイドが見たのは、商船に乗る前の夢だった。船乗りになって長い旅に出ることを決意した、あの日のことだ。




『この樽は、中甲板におろしていいのか?』

『いや、それはすぐに使うから上甲板に運んでおけ!』

『おい!それをオーロップデッキまで降ろしてどうする!?下甲板に運ぶんだろうが!』


 木箱の中で、ベリルは、そんな海賊たちのやり取りを耳にしていた。


「それらから判断すると……」


 そう言いながら、ベリルは、船の図に四本の横線を引いていく。


 通常、甲板と言えば船上の甲板部分を示すが、船内の各層にも、「○○甲板」と名称がつけられている。

 この海賊船は(ベリルの推理では)、『船上甲板・上甲板・中甲板・下甲板・最下甲板(オーロップデッキとも呼ばれる)・船倉』の六層からなっているようだった。


「さらに船尾には船長室があるだろうから、船尾部分に、船で最も高い位置にある最上甲板が乗ってる感じだね」


 最後にそうつけ加える。


「隠れ穴があるのは、船のケツだよな」


 ジェイドが、船尾船倉を指さした。

 ベリルがうなずく。


 ふたりが今いる場所は、真反対の船首部分である。

 同じ船倉だが、直接船倉を移動するのは無理だった。なぜなら、二人の行く手には、樽や木箱が天井まで積み上げられているからだ。それに船倉は、ワンフロアにはなっていない。壁で仕切られていて、食糧や燃料を保管する場所、砲弾や火薬を保管する場所、船を修理するための木材を保管する場所などに別れているのだ。


「海賊たちが寝静まったら、最下甲板オーロップデッキに移動して隠れ穴を目指そう」


 ベリルが、広げていた持ち物をバッグにしまいながらそう言った。

 ジェイドも、ポーチに荷物を押し込む。


「なら、今のうちに水と食料をもう少し補給して──」


 そこでジェイドは言葉を切った。視界の隅に、何かが見えた。


「「!!??」」


『名まえを すてたら いけないよ』


 樽の表面に、赤い文字が浮かび上がったのだ。まるで血で書かれたような文字は、すぐに染み込むように消えていった。


「……見たか?」


 ジェイドは、樽にくぎ付けのまま弟に訊いた。


「うん。なに、今の?」

「わからん」


 目を凝らしてよく見ても、もう樽の表面には何もなかった。


「ったく、すぐに使わないって言うから船倉まで運んだってのに」


 今度は、頭上から声が聞こえてくる。つづけざまに足音が近づいてきた。ふたりは、すばやく木箱のふたを開け、また中に入ろうとした。

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