第6話「装備の確認」

 木箱に隠れる前、ふたりは、思い思いに、必要だと思われるものを持って来ていた。ただ、あわてていたので、なにを持ってきたのかも覚えていなかった。


 ジェイドは、腰ベルトに通したポーチのカバーを開けた。革製のベルトポーチで、ふだんは船乗りの作業道具を入れているのだ。


 ジェイドは、まず、ポーチからはみ出しているガラス瓶を引っ張り出した。無意識にポーチに押し込んだものだが、それはきっと、生き残るうえで水が欠かせないことをわかっていたからだろう。そういう抜け目のなさがジェイドなのだ。


 次に出したのは、紙の包みに入ったチーズサンドビスケット(二枚)とキューブ型のミントガム(五個)だった。

 最後に、ポーチの底で見つけたのは、ロープ通しと呼ばれる船乗りの道具だった。千枚通しに似た道具で、ロープをほどくのに使うものだ。


 ロープは、何本もの紐を編んで作られている。千切れたロープと別のロープの端をロープ通しでほぐして、一本に編んでつなぎ合わせるのだ。

 ロープの手入れと補修作業。そして、やぶれた帆を縫い合わせる縫帆ほうはん作業。それは、船乗りのジェイドとベリルにとっては日常的な仕事だった。


 兄に続いて、ベリルも、腰に結びつけていた布バッグから、中身を出していく。


 ベリルがまず取り出したのは一冊の本だった。その次に鉛筆と日記帳。そして、小ぶりなオレンジが二個。


「本に日記帳とは、お前らしいな」

「本も日記も、大切な財産だからね」


 そう言うと、ベリルは本の表紙に目を落とした。ハードカバーの表紙に『世界博物誌』と書かれている。分厚いがコンパクトなサイズの本だった。


 その本は、今より約300年ほど前に、リオネル・ディオ・ランスという下級騎士によって書かれたものだった。

 リオネルは、ふたりが暮らすフラバルト王国テール・フラバルトの最北の辺境伯であり、彼の領地は、様々な国と近接していた。

 本には、リオネルが諸国を巡って知り得た周辺の国々の地理や動植物、鉱物や風物が記載されていた。

 ベリルは、飽きることなく何度も読み返してきた。


「大切なものとは、泣かせやすねぇ旦那」とジェイドがおどけてみせる。


 実は、この本は、前にジェイドがベリルにプレゼントしたものなのだ。ベリルは、その冗談には付き合わなかった。黙って本をバッグにしまう。

 

「けどさ、そんなもん持ってたら重いだろ。本やら日記帳やらは置いていけよ。邪魔になるぜ」

「やだよ。それに、このバッグなら全然詰め込めるしね。元の持ち主のだれかさんと似てがめついんだ」


 ベリルは、兄から譲り受けた布バッグを叩いてみせた。


「なら、もっと食い物を詰めこみゃあよかったんだ。チーズとか、分厚いハムとか」

「ジェイドもね。ちゃんと確認して持ってこないと」


 そう言うと、ベリルは最後に、バッグからジェイドと同じガラス瓶を出した。コルク栓がしてあり、水がたっぷりと入っている。


 ベリルは、水を揺らしながらジェイドを見て笑った。

 実は、ジェイドの瓶は空だったのだ。さらに栓もなくて、水は、底に数滴分たまっているだけだった。こういうところも、またジェイドなのだ。

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