第5話「安全な場所へ」

「せめてここが海の上ならよかったのにな。飛び込んで逃げられるし」


 ベリルが小さくため息をもらす。

 でも、ここははるか空の上、月や星にも手が届きそうな雲海の上なのだ。


「よせよ。この嵐の中に海に飛び込んだら一巻の終わりだ」


 ジェイドは、天井まで山積みにされている巨大な樽を見上げた。ロフトが途切れた先の壁は細長くすぼまっている。その形状からして、どうやらここは、船の前方──船首部分のようだった。


 弟を見やると、弟は、船首とは反対の船尾の方向をじっと見つめていた。


──船の中で、一番安全な場所はどこか?


 船乗りであるふたりが考えつく答えはひとつだった。それは、船尾にある隠れ穴とも呼ばれる狭いスペースだ。身を隠すにはうってつけの場所で、船が襲撃されたときなどは、女性や子どもをそのスペースにかくまったりする。


「隠れ穴に移動しようってのか?」


 弟の考えを読んだように、ジェイドが訊く。


「冷静に考えたら、水も食糧もあるここがベストだと思うよ?でも確かに危険も伴う。一番安全な場所はって訊かれたら、隠れ穴しかないだろうね」

「いいね、ベリルくん。いつもみたいに頭回ってきたじゃないか。思うに、あいつらも、いつまでも空の上にはいないだろ?今日みたいに地上まで降りてくることもあるだろうさ。どこか秘密の島に隠れ家があるのかも。生きてこの船から脱出するには、その機会を逃さずに待つしかないんじゃないか?」

「できるだけ、安全な場所でね」


 ベリルは木箱から降りた。どうやら、ベリルも決心を固めたようだ。


「船尾の隠れ穴を目指して、とりあえず動く。それでいいな?」

「とりあえずで動いていいわけないでしょ?動くのは海賊たちが寝静まってからさ」


 ベリルは、神経質な面もあるけれど頭が切れる。ジェイドは、調子を取り戻した弟の様子を見てにやりと笑った。


「それじゃあ、今のうちにお互いの装備をチェックしよう。、な」

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