第5話「これが私達の旅路」
4日後。討伐部から任務が発注された。ここからは馬で丸3日ほどかかる場所、中型の個体を中心に形成された魔物の群れが観測されたとのことで、応援に行って欲しいとのことだった。
移動に数日かかるほど離れた場所については、駐在の局員が配備されており、多少の事態にはその人員で対処できるはずであるのだが、今回の群れの規模で村に侵入された場合、犠牲が出る恐れがあるとみなされた。そこで中央からの応援というわけだ。
特に今回のような群れに対しては、1対多の戦闘力、つまり殲滅力が求められる。そう、実質今回白羽の矢が立ったのはエリーなのだ。エリーの魔法攻撃は、数分の詠唱で小型の魔物10体程度を殲滅できる。私のような歩兵ではそもそも10体同時に、というのは守りで精一杯になる。
え?夜はもっと強かっただろうって?あれはワケありだからな。
ということで、やや長めの遠征任務である。移動に丸3日、往復で6日、向こうでの滞在期間も3日から5日にはなるだろう。はぁ。
正直なところ、これくらいの距離になると空路を使わせて欲しいところだ。しかし、気球はコストが高く、そうそうなことでは出してもらえない。加えて数も限られているので、有事の際に使えないということも懸念しているそうだ。
「お兄ちゃん、準備できたよ」
討伐任務用の服、いわば戦闘服を着て杖を携えたエリーが声を掛けてきた。
「ああ、こっちも荷詰めは終わってるぞ」
「馬車、借りられてよかったね」
「さすがに馬車くらいは貸してくれるさ。…気球はともかくな」
向こうに着いてからの食料などは当然用意されているが、道中は野営になる。そんな日数分の食料と水を持って移動などできるものか。
「じゃあ、水分摂ったら出発するか」
「うん」
一晩目を途中の村で宿を借りて過ごし、もうすぐ家を出て二晩目の日が落ちる。この近くには村もなさそうなので、今晩は野営になりそうだ。
「もう何回かやったから大丈夫だけど、やっぱり身体洗えないのは女の子的には辛いなぁ」
ボヤくエリー。
「まぁ、女じゃなくたって嫌だけどな。でも、男でさえ嫌なら尚更、ってことか」
「嫌わないでね、お兄ちゃん…チラッ。なんちゃって」
「フッ、お兄ちゃんは、お前が泥まみれになろうと抱きしめてやれるさ」
声を低くして冗談めかす。
にこやかに笑うエリー。快適とは程遠い環境、歳に見合わない仕事、それでも笑えるこの子の性格は本当に素晴らしい。
しっかりしすぎていて、逆に内に秘めてる暗い思いがないか心配になるときもあるが、自慢の妹である。
日が落ちたので、馬車を止め、火を起こす。積んできた食料を下ろして夕食の準備だ。もちろん大層なものはできないので、単に肉を火にかけて焼き、塩を振って食べる。それだけでは寂しいので、ちゃんと野菜も用意してある。人参や玉ねぎをナイフで切り、これらも軽く火を通して食べる。
「お兄ちゃん、お肉焼くの上手いよね〜」
これまで何度聞いたか分からない褒め言葉をもらう。
「いつもその話だな」
「だってホントだし、とはいえこの料理で他に褒めるところもないし」
「別に無理に褒めなくたって、ちゃんと食べてくれればそれでいいんだぞ?」
「そういえば、そろそろ学校の球技大会が近いんじゃないか?」
「うん、そうだけど」
「何に出るんだよ?」
「私は任務が入ったら出られないし、個人戦のダーツにしてる」
ダーツは球技じゃないだろ……
「いつも言ってるが、別に任務優先しなくてもいいんだぞ?俺は一人でも、別に誰か一緒に来てもらうってこともできるんだから」
「ヒルトさんとか?」
「なんで真っ先に出てくるのが、ヒルトなんだ」
ヒルトというのは、比較的親しい他の討伐部員で、本名はメンヒルトという。エリーと出るようになる前にはしばしば一緒に任務に出ていた。だが、最近は任務も共にしなくなったし、たまに食事に誘われるくらいだ。
「だってお兄ちゃんひr
「シッ、唸り声が聞こえる」
木々のさざめきに紛れて低い唸り声が聞こえることに気づいた。別に魔物とは限らない、ただの動物かもしれないが、どちらにせよ警戒が必要だ。
「うん、瘴気を感じる。魔物だね。小型が数体いるみたい」
ある程度の魔力が使える者には、魔物の瘴気を感じることができる。エリーは魔力も大きいので、そこそこの精度で探知することができる。
「数体程度なら倒しておくか。その方が安心して休めるだろう」
「了解。明かりは任せて」
夜の屋外はかなり暗い。今日は晴れているから月と星の明かりがあるが、それでも木々の下ではまともに物が見えない。エリーの杖に魔力で光を灯してもらって、奴らのいる方へ進む。
姿を捉えた。小型動物型3体。私が不意をつけばすぐ片付きそうだ。
エリーにはその場にいるように合図する。エリーがうなずいたのを確認して、3,2,1
私は草陰から飛び出して魔物の背後から急襲をかけた。魔力を乗せたトンファーで1体の首の後ろを突く。翻ってもう1体を回転させたトンファーで薙ぎ払う。2体は霧になった。3体目は私から距離を取ったが、すぐに飛びかかって噛みつこうとしてくる。私はそれを正面から叩きはせず、一度避けて背後から強打を食らわせる。
3体とも霧となって消えた。これで安心だろうと振り返ってエリーに歩み寄ろうとした時
「お兄ちゃん!後ろ!」
叫んだエリーの声に後ろを振り向く。そこには中型の獣型魔物が1体。さっきのデカイ版だ。
「こんなときにレアケースかよ」
一度霧散した瘴気は時間を経てまた魔物になる。そこにかかる時間とは一定ではないのだ。集まってもすぐには魔物にならない場合もあれば、今のように…
「エリー!もう少し離れろ!俺とあいつの直線上に入るな」
エリーに指示を出しつつ、私自身も距離を取る。体躯がデカくなった分、初動が速い。距離を取らないと避けきれない可能性がある。
「…!」
敵は一瞬構えると、ためらわずに突っ込んできた。それを横方向に避け、改めて距離を取る。中途半端に攻めに出ても反撃を食らうだけだ。足止めできるだけの一撃を入れられるまで隙を伺う。
幾度かの攻撃と回避。獣型は取れる行動のパターンが多くないので、突進や飛びかかりに対して避けては距離を取ることの繰り返しだ。エリーが警戒を払いつつも、心配の眼差しを送ってくる。
正直、そろそろ攻勢に移りたい。ここで一手、なにか…
そうだエリーがいる。明かりが必要な以上、魔法攻撃は撃てない。敵はおそらく暗闇でも目が利く。そうなったらこちらが不利どころの問題ではない。だが
「エリー!強い光を!」
一瞬エリーの方を振り向いて目線を送る。エリーと目が合ったのを確信し、カウントダウンする。
「3」
「2」
「1」
その瞬間、エリーの杖の先の光が何倍にも強く輝く。目を閉じていても視界が真っ白になるくらいに。
光が落ち着いた。瞬間、目を開けて敵に突っ込む。
「ハァッ!!」
怯んだヤツの眉間にトンファーを叩き込む。確かな手応え。だが、ヤツは消滅しない。
マズイ、と思ったが、退かずに2発目を叩き込む。
次の一撃は魔力を込めて…!
そうして無事に敵は霧と化し、消え去った。
「いやはや、エリーがいなかったらキツかったなぁ」
「役に立てたならなにより♪」
「やっぱ夜は怖いな」
そうして、馬車のあるテントへ戻り、休息を取る。ゆっくりとは休めないが、あと1日で目的地には着くだろう。
すでに溜まった疲労感に先を憂いながらも、私達の旅路は続くのだった。
タイトル未定(仮題: いずれ消えゆく表裏一体) pにゃおんq @p_nyaon_q
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