第3話「これが私の仕事」
目の前の1体を左のトンファーで突き飛ばし、振り返りざまに右のトンファーを返して後ろにいた対象に叩き込む。
しかしながら、その一撃は防がれてしまったので、一度距離を取って立て直す。
「追加が来る前に終わらせよう」
右手に意識を集中して、トンファーに魔力を送る。送った魔力はトンファー全体ではなく、先端に集中させる。
さっきの敵が手に持ったガラス瓶を振り回しながら突っ込んでくる。
「ッ…!」
襲い掛かるガラス瓶を避け、敵の腹部にトンファーを打ち込んだ。胴体を貫通する、なんてことはないが、腹の中では大変なことになっているはずだ。
その男はダメージを負った腹を手で押さえることもなく、そのまま倒れ込んだ。
「よし、奥へ行きましょう」
クリストフが表情を変えずに言う。その手前では、私がさっき突き飛ばした敵の喉にユセフがレイピアを突き立てていた。
そう、私達は人間を殺したのである。
魔物というのは、どこからともなく現れる瘴気が固まり、肉体を形成することで発生する。倒せば多くの場合は黒い霧になり、文字通り霧散する。そしてその霧がまた集まり、新たな魔物となる。
しかし、今回の場合は違う。相手は生身の人間だ。切れば赤い血が出るし、殺せば死体が残る。
「まだこんなもんじゃあないだろう。ましてや刑務所だぜ、屈強な奴とかいたらイヤだなぁ」
「ま、知能は低いかもしれませんけどね」
2人とも慣れたものである。もちろんそれは私もだ。もはやこうする他ないことを知っているし、仕事として数をこなすに従って、感情の振れ幅も小さくなってきた。
道中、数回、それぞれ2,3体ずつの敵に遭遇しつつも、建物の要所と見られる頑丈そうな扉にたどり着いた。
「ここからが元々収容区画だったところのようですね」
クリストフの言う通りだろう。そして、おそらく脱出できた生存者たちはここを閉じることで大群に追われずに済んだ。
「どうする?ここを開ければおそらく奥にいる奴らが押し寄せてくるだろう。10体やそこらなら良いが、20も30も出てきたらヤバいとは思うぞ」
「ふむ。他に入り込める場所を探して、少数ずつ撃破した方が安全ではありますね」
「でもよエーリヒ、お前時間ないんだろう?」
「まぁ…とはいえ、怪我して帰るわけにもいかないんだけどな」
だがまぁ、刑務所という特性上、他に出入りできる場所があるとも限らない。そうであれば、奴らも出てきていてもおかしくないのだ。
「じゃあ、開けるぞ」
扉の外鍵を外して手をかける。そのままゆっくりと開いていく。
そこには正気を失った人間が約10人、こちらを見つめていた。
こちらを見つけたそいつらは雄叫びを上げながらまとまって襲いかかってくる。
「…ッ!」「ハッ!」
直線的に突っ込んで来ただけなので、薙ぎ払って防ぐことは容易だ。しかし…
「グガアアアァ!」
一度吹き飛ばしたくらいなら、すぐに起き上がって再度襲いかかってくる。ある程度ダメージを与えて、止めを刺さなくては。
「ユセフ!エーヒリ!次が来ます!」
クリストフの声で扉の奥を見やると、階段からぞろぞろと集団が降りてきているのが見えた。今ここにいる10数体なんて数じゃない。見えているだけで同数、まだまだ降りてくる勢いだ。
「マズいな、一旦下がるか?!」
「ええ、そうしましょう」
3人でタイミングを合わせ、目の前の敵に強めの一撃を入れる。そして、一斉にもと来た道へ駆け出した。
遅れてやつらも後ろを追ってくる。狭い空間であの数を相手にするのは危険だ。一度外へ出るか?
「2人とも。確か途中に体育館がありましたよね。私は奴らの後方20〜30体くらい連れてあそこへ向かいます。あそこなら私は戦いやすい」
クリストフが提案する。当然この状況下で単独行動をするのは危険である。が、しかし、クリストフの戦闘スタイルであればその方が良いのは、何度も戦場を共にしてきた私達には理解できる。
「分かった!大丈夫だとは思うが、気をつけてな!」
「ちゃんと片付けたら、こっち手伝いに来いよ!」
追われながら曲がり角を曲がり、そのタイミングでクリストフは部屋に飛び込んで息を潜めた。さて、我々2人は戦いやすい屋外までこいつらを誘導することにしよう。
ユセフも同じことを考えていたのか、特に示し合わせることもなく走り続け、屋外に出た。
屋外は屋外だが、我々が入ってきた入り口ではない。中庭である。せっかく建物内に閉じ込めていたこいつらを、もし取りこぼしでもして外に出してしまうのはよろしくない。
「よし。ここで迎え討つ」
ユセフと2人肩を並べて武器を構える。小細工はしている余裕もなければ、さして出来るようなこともない。正面から叩くしかない。
追手が到着するまでの間に少し息を整える。連中だって疲れ知らずじゃない。追いついてすぐのタイミングはこちらから一気に攻められるはずだ。
「「ウォオオオオオオ!!!」」
先頭集団が中庭の出入り口に差し掛かったタイミングを見て、こちらも攻撃にかかる。トンファーに魔力を乗せて、なるべく顔面に叩き込む。狙えるなら顎だ。
すぐ近くでユセフもレイピアで敵を滅多刺しにしていく。細い刀身では急所以外は一撃必殺にならないが、1体あたり3,4突きで仕留めていく。
「フッ!ハァッ!」
10…20…倒した数も増えていくが、まだ結構な数が残っている。どんどん押し寄せてくるため徐々に押されつつも、後退しながら数を減らしていく。
「そろそろまとめて叩けるか」
「やるかい?だったら時間稼ぐぜ」
「頼む!」
ユセフに時間稼ぎを頼んで大きく後ろへ下がる。ユセフはあまり大きな魔力を使えるタイプではないが、レイピアの先端に魔力を溜め、一撃一殺、効率よく敵を潰していく。
私はコートのポケットからチャーム状のアイテムを取り出して握りしめる。そこに少量の魔力を送ってやると、チャームの水晶部分が強く光を放つ。そしてそこから大量の魔力が私の身体に流れ込んでくる。
「ユセフ、準備OKだ!下がってくれ!」
チャームを手放し、トンファーを持ち直す。身体に有り余る魔力を両手のトンファーに送り込んでいく。
ユセフが安全圏に引いたのを確認してから、両腕を斜め下に下ろし、大技の構えを取る。
「うおおぉぉぉぉ!!!」
下ろした両腕を右、左と連続して斜めに振り上げる。同時にトンファーから巨大な風の刃が生じる。直撃を受けた敵は被弾した箇所が真っ二つに、直撃しなくともほとんどが建物側に吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。
静寂。
目の前には血の水たまりと、動かなくなった敵の群れ。大技の後、起き上がってきた数体はユセフが止めを刺した。
「もう少し早く来ていれば私まで巻き込まれるところでした。危なかったです」
私達が来たのと同じ中庭の出入り口からクリストフが入ってきた。衣服は血まみれだが、破れていたり傷があったりもしないので、どうやらすべて返り血のようだ。
「すまない。正直こんなに早く来るとは」
「しかも、わざわざ敵がわんさかいる方から入ってくるなんて思わねぇしな」
ともあれ、これで一段落だろう。あとはあの扉の奥や他の部屋を一通り見て回って、残党の確認をすれば帰れる。
今日もエリーが起きる前には帰れそうだ。
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