第2話「これが私の夜」

 報告書を出して報酬を受け取り、エリーと一緒に家へ帰る。2人で暮らす家だ。広くもなければ、豪華でもない。しかし、2人で暮らすには十分過ぎるくらいだ。


「じゃあ、お兄ちゃん、私先にお風呂入って寝るね」

「ああ、ゆっくり安めよ」


 私はその間に武器の手入れをしておこう。

 私の武器はトンファーだ。特になんの変哲もない普通のトンファーで、材質は鋼鉄だが、中空構造になっている。

 2年前までは父のお下がりの剣を使っていたが、エリーと一緒に任務に出るようになった頃、自分用に作ったのだ。

 刃のある剣に比べれば手入れなど楽なものだ。表面を磨いて、グリップの加減を調整してお終いである。


 そうこうしているうちに、エリーが浴室から出てきた。キャミソールに短パンという完全なおうちスタイルである。


「上がったよ~。お兄ちゃんもどうぞ~」

「ああ。疲れてるだろうから、早めに寝支度済ませるんだぞ」

「うん~、そうする~」


 疲れているのは確からしく、すでに少し眠そうな雰囲気を感じた。


 私も入浴を済ませ、身体を拭く。やはり討伐任務に行けば多少は負傷するもので、入浴中はあちこちが少し滲みたが、それも慣れたことである。

 私の身体にはまだ大きな傷はない。肩口には小さいながらも数年は消えなさそうな傷があるが、そんなものである。多くの魔物には道具を使う習性がなく、爪や牙による攻撃を受けなければ、あとは大体打撃である。だから、打撲や打ち身はしょっちゅうだが、深い切り傷などは珍しい部類だ。


 浴室から上がると、エリーはベッドに横になって本を読んでいた。小説の類ではない、魔術に関する書物だった。


「勉強熱心なのもいいけど、疲れてるなら早く寝ろよ」

「ん~。だって明日の予習しとかなきゃ……」


 嘱託の人間は、任務のないときは基本的にフリーである。とはいえ、エリーはまだ14歳。能力を買われて嘱託局員になっていなければ、まだ義務教育の対象だ。学生が局員に登用されることは珍しいが前例がないわけではなく、特例として学校へ行く義務も外される。それでもエリーは学校へ行くことを選択し、足りない分は自分で独学しながらも通っている。


「子どものうちからあんまり頑張りすぎるなよ」

「だって、もっとお兄ちゃんの役に立ちたいし……」

「ほら、眠そうな声してるし、予習するにしても明日の朝にしとけ」

「ん~……」


 明らかに眠そうなエリーと会話をしつつ、自分も寝支度を進める。寝間着に着替え、一杯の水と共に薬を飲み、歯を磨く。

 一通り終えてベッドに向かうと、隣のベッドではすでにエリーが寝息を立てていた。寝づらいだろうし、本は取り上げておいてやろう。

 そうして私も床に就く。ほどなくして、眠気が襲ってくる。






 ことはなかった。さっき飲んだ薬は眠気を遠ざけるものだ。まだ私にはすることがある。

 静かに寝間着から普段着に着替え、武器を持つ。そしてそのままエリーに気づかれないように家を出た。


 向かう先は局。討伐部内のある一室を目指す。

 扉を開けると、中には2人の男がいた。2人ともさして大柄ではない。1人はオールバック、もう1人は特にセットもしていない黒の短髪だ。


「よぉ、エーリヒ。今日は任務から帰ってきたばかりなんだよな。お疲れさん」

「あぁ、さすがにキツいよ。アンチレムがなければもう起きてらんないよ」


 短髪の男、ユセフはレイピアを携えながら労ってくれる。


「別に、私達だけに任せてくれてもいいのですよ」

 とクールに言うオールバックはクリストフ。すでに準備は整っているようで、椅子に腰掛けて手の上でボールを転がしている。


「ははっ、でも1人減るだけでも大変だろ?し、俺も稼がなきゃだしな」


 言葉を交わしながら、部屋のロッカーから衣類を取り出して着替える。普段の任務に着ているのとは違う。白を基調としたロングコートだ。靴を履き替え、手袋を付ける。


「さ、行こうか」


 もうお察しだと思うが、これから夜のお仕事だ。





 場所は遠くない。街を出て馬で少し。犯罪者を収容している刑務所だ。


「んー、外から見てもやべぇ雰囲気だなぁ」

「一昨日だったか、黒い雷が落ちたらしい」

「ま、いつものことですね。そろそろ『黒い雷』というのにも、固有名称が欲しいところですが」

「特に長いわけでもねぇし、いいじゃねぇか」


 男3人で駄弁り始めるとなかなか終わりが来ない。

 エリーが目覚める前には帰らなくてはいけないのだ。早く終わらせてしまおう。


「ユセフ、クリス、行こう」


 3人で刑務所内へ入っていく。本来人がいるはずの受付には誰もおらず、床には黒々とした血の跡が残されている。


「屋内で発生すると大変なことになるな……」

「しかし、刑務所なら多少腕に覚えがある人間もいただろうに」

「実際、全滅ではなかったらしいですよ。建物内であることを鑑みれば、奇跡的なくらいの生存率だったとのことです。この血痕も負傷者をここから運び出したときのものでしょう」


 犠牲者が少ない。それは2つの可能性を示す。ひとつは単純に敵が少ないという可能性。もうひとつは……


「おっと、さっそく一団のお出ましのようだぜ」


 現れたのは6人分の人型の影。魔物には2足歩行する獣人型も珍しくない…が。


 今そこにいるのは獣人ではなく、れっきとした人間である。

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