第1話「これが私達の日常」

「おかえりなさいませ、局員様」

「その呼び方は勘弁してください。私は嘱託ですので…… ひとまず、近くに巣食っていた魔物の群れは退治しました。まだ残党がいるかとは思いますが、帰ってくるまで遭遇もしなかったので決して多くはないでしょう」


 この場合の局というのは、私の雇い主であるところの国家維持・開発局を指す。政府直属の大きな組織であり、国全体の治安維持、研究・開発を広く行っている。


「1匹や2匹なら、村の者だけでもなんとかできます。本当にありがとうございました」

「いえ、役目を果たしたまでです。別の群れや強力な個体が来ないとも限りませんので、念の為2日ほど滞在した後に中央へ帰ります」

「ええ、どうぞゆっくりとしていってください。田舎の小さな村ではありますが」


 人口約200人。中央の街々に比べればもちろん小さいが、特段過疎化しているわけでもない。もっと小さい村は山程ある。

 実際ここまでの道だって、難なく馬で走って来られるくらいには整備されていた。物流だってあるだろうし、緊急時には助けを呼ぶこともできる。そう今回のように……


 それから2日、周囲の見回りもしながら村に滞在したが、これ以上の危険もなさそうだったので、中央へ引き上げることにした。

 何度も「ありがとうございました」と言って硬貨の入った袋を渡そうとしてくる村長に、「いえ、報酬なら局から出ますから。」と断りを入れ、帰路のお供におにぎりだけもらって村を発った。

 村の中で稲作をしているだけあって、美味しい白米だ。今日のうちには着くとはいえ、短くはない旅路、これは助かる。


 エリーと2人、日が落ちるまで馬を歩かせて中央までたどり着いた。エリーは道中も楽しそうに話していたが、さすがに最後の方は疲れて口数も減ってきていた。慣れてはいるが、なにより私は腰にくる。

 馬を厩舎に預けて、局内に入る。向かう場所の正式名称は、『中央国家維持・開発局 討伐部』である。私のように地方まで遠征に行って討伐任務をこなす者の多くは嘱託で、討伐部の窓口で任務の報告を行う。


「ルミエさん、アムス村の討伐任務完了しました」

「あぁ、エーヒリ、おかえりなさい。任務お疲れ様です。いつも通り報告書よろしくね」

 

 受付のルミエさんが笑顔で応対してくれる。

……その報告書がなければ疲れのひとつも癒えるくらいの美人なのにな。


 分かりました。と報告書を受け取り、局内にある多目的室へ向かう。私のような嘱託には個室は与えられないが、局内にいくつかある多目的室をある程度自由に使うことができる。私のように事務仕事のために使う者も多いが、他にはパーティーで任務に向かう前のブリーフィングや、単純に休憩室代わりに使っている者もいる。


『討伐対象は小型の獣人型。オオカミベースで武器はなし。』

『討伐数合計50体程度。うち30体ほどは群れを形成。』


「ふぅ」


 大体1500字くらいだろうか。討伐した魔物の種類、おおよその数、強さ、討伐時の状況、そういった情報を文章にして書き連ねた。普通に数百字の箇条書きでいいだろうとも思うのだが、正直言って面倒な文化である。特に今回のような普通の討伐任務では文量に困ってしまう。だが、しっかり書かないと報酬をケチられるので頑張るしかない。


『エリーは時間をかけて魔力を練り、起こした雷撃で、10体程度の魔物をまとめて消滅させた。』


 エリーの活躍についても書き記す。むしろ、私の戦い方など特筆すべき点もないので、書くまでもない。私がこうしてエリーの優秀さを度々報告に上げているためか、どうやら討伐部の方でも、エリーの将来性には期待がかかっているらしい。

 16歳になるまでは単独での任務が与えられないため、まだ私と行動を共にしているが、時が来れば別々に動くことになるだろう。エリー単独での出撃はもちろん、戦い方の性質上、私よりももっと強いパーティーの一員として、強力な魔物の討伐に行くことも考えられる。

……う〜む、モヤモヤするな。


「お兄ちゃん、お疲れ様」


 などと考えていると、当のエリーが飲み物を持って来てくれた。麦を煎って水出しした飲み物だ。


「あ、また私のこと書いてるでしょ!書かないでって言ってるじゃん!」

「すまん…。でも、他に書くこともなくて…」

「だったら自分のこと書けばいいでしょ?お兄ちゃんのおかげで私は戦えてるようなもんなんだし。最近、局内を一人で歩いてたら、正規の局員の人とかにやたら声かけられて困ってるんだから」


 と、頬を膨らませるエリー。


「そうだったのか。分かった、あまり書かないようにするよ」

「『あまり』じゃなくて、書いちゃダメーっ」

「はいはい。じゃあ、俺はこれ出してくるから」


 そう言って多目的室を後にする。どうやらエリーもついてくるつもりのようだ。


「さっきの話の流れで、なんで一人で行っちゃおうとするかなぁ」

「声かけられる、って言っても、別に悪意があるわけじゃあないんだろ?」

「大体は任務のお誘いだけどね。そういう問題じゃないの。ったくお兄ちゃんは、女心も子供心も分からないんだから」


 さて、あとはいつも通りに報告書を出して、


 いつも通りの夜を過ごそう。

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