はたち あまりひとつめのかたり 「朋彦、腕輪のマジナヒ思い起こし なお憂しと思いぬ」

 暫くしてチヅコとツルオが泣き止むと、ナオヨシとタリョウゴは二人の手を引いて山を下りる事にした。

 早く帰って村の皆を安心させたいし――何より寝込んでいる朋彦の事がナオヨシは心配だった。

 少し歩いた所で不意にチヅコ達の歩みが遅くなり、引く手が重くなってしまった事にナオヨシとタリョウゴが立ち止まると、二人は眠りかけてふらふらとしていた。

 化生達の恐怖から解放され、疲れが一気にやって来た様だった。

 タリョウゴとナオヨシの手に辛うじてしがみ付きながらも、チヅコとツルオは立ったまま殆ど眠っていた。

 サダロウの方はチヅコの着物の懐で丸まって、こちらもやはり眠ってしまっていた。

「しょうがないな・・・。ナオヨシさン、ツルオの方頼みます。」

 タリョウゴは彼等の様子を微笑ましく眺めながら屈み、眠り込んだチヅコをゆっくりと背負った。

「う、うん。」

 タリョウゴに頼まれるまま、ナオヨシも少しぎこちない動きでゆっくりとツルオを自らの背に乗せた。

 ナギシダ村では誰かの子供を背負うどころか、子供に関わる事すら無かったナオヨシには、背中に乗ったツルオの重さが少し頼り無く感じられた。

 子供と言うものはこんなにも小さくて軽いものなのか。

 こんな小さな子供がほんの先程迄、恐ろしい化生達に脅かされていた事を思い返し、ナオヨシの心にツルオ達への憐みの気持ちが湧いていた。

 先を歩くタリョウゴの持つ電気ランタンの白々とした明かりを追い掛けながら、ナオヨシは急に小さくがさがさと揺れた背後の木々の茂みへと目を向けた。

 化生達と戦ったばかりの為に多少の緊張感がナオヨシとタリョウゴの身を強張らせたが、ランタンの光に驚いた狸か何かの逃げ去る気配があっただけで、すぐに元の静まり返った夜の山へと戻った。

 ランタンの明かりに照らされる木々の重なり合うすぐ向こうには、真っ暗な夜の闇が続いていたけれども、何故かナオヨシは前程には辛く物寂しい気持ちを掻き立てられる事は無くなっていた。

 ほっと安堵の息を吐き、ナオヨシは再び歩き始めたタリョウゴの後ろに続いた。

 誰に告げる訳ではなかったが――ナオヨシはそっと心の中で呟いた。

 何でか、もうそんなに秋の夜の山は嫌じゃなくなったよ・・・。



 夜中に化生達と命懸けで戦ったせいで、村に戻ると流石にタリョウゴとナオヨシも眠気を感じてふらふらになっていた。

 それでも何とか村長やチヅコ達の両親の待つ家迄戻って来ると、タリョウゴとナオヨシが出発した時と全く同じ様子で彼等が待っていた。

 あれから村人の誰一人動いた様子も無く、ただひたすらにチヅコとツルオの無事を祈りながらタリョウゴとナオヨシの帰りを待っていた様だった。

「――!!」

 一晩の内にげっそりと痩せ細ったかの様な生気の失せた顔色で、チヅコ達の母カメヨはナオヨシ達の姿に気付くと慌てて駆け寄って来た。

「・・・あ・・・あ!!」

 タリョウゴとナオヨシに背負われたまま寝息を立てているチヅコとツルオの姿を見て、カメヨは安堵の涙を流した。

「無事だったか!!」

「良かった!本当に!!」

 カメヨの後を追い掛けて来た夫カメタロウや他の村人達も、嬉し涙を流しながら口々にチヅコとツルオの無事を喜んだ。

 チヅコとツルオ――そしてチヅコの懐で丸まったままのサダロウをそっと背中から下ろし、まだ泣き続けている両親に返した。

 礼を言い頭を何度も下げる彼等に恐縮しながら、タリョウゴとナオヨシは駐在所へと戻る事にした。

「・・・。」

 戻る途中、ナオヨシは二、三度チヅコ達の方を嬉しさと寂しさの入り混じる眼差しで振り返っていた。

「ん・・・? どうした・・・ナオヨシさン?」

 そんなナオヨシの様子にタリョウゴが気付き、声を掛けた。

「あ、いや・・・。その、無事助けられて良かったって・・・。それに・・・何か、人にお礼を言われたのが嬉しくて・・・。」

 親無しで学無しの「産めぬ民」かも知れないと、ナギシダの村人達から軽く見られ疑いの目で見られてきたナオヨシにとって、カメヨ達からの心からの感謝の言葉は胸の中に不思議な温かさをもたらすものだった。

「オレ・・・ナギシダ村じゃそんなコト言われたコト無かったから・・・。」

「そうか・・・。」

 言葉少なに語るナオヨシの様子に、ナギシダ村では余り恵まれた生活ではなかった様子を察しながら、タリョウゴは少し悲しそうにナオヨシを見た。

「そうだよな・・・嬉しいよな・・・。」

 ――お前は次男だから余計な気を回さなくてもいい。

 自分の家族からの言葉がタリョウゴの脳裡に一瞬だけ浮かび、すぐに消え去った。

 人に何かをし、礼を言われる――些細な感謝や気遣いの遣り取りが、どんなにか心を温め明るくするのか、タリョウゴはよく知っていた。



 ナオヨシは疲れ切った体でふらつきながら、駐在所の扉を開けると中へと入っていった。

「あ・・・真っ暗だ・・・。」

 夜中とはいえ外は月明かりがあった為、ナオヨシは急に暗くなった視界に疲れのせいもありふらついてしまった。

「大丈夫か?」

 ナオヨシの後ろに続いたタリョウゴが、預かっていた電気ランタンのスイッチを入れた。

「あ、ありがとう。タリョウゴさん。」

 背後から照らされる電球の光にほっとした様に息を吐き、ナオヨシは朋彦の眠っている寝間へと向かった。 

 朋彦を起こさない様にそっと襖を開けたつもりだったが、朋彦は既に起きていた様だった。

「――お帰り・・・。どうだった・・・?」

「うん。二人共無事に助けたよ。化生もやっつけた。」

 ナオヨシの答えに朋彦も安心した様だった。

「そっか・・・。ほんと良かった・・・。怪我とか・・・無いか・・・?」

 まだ喉の痛みの取れないしわがれた声で尋ねる朋彦の横へと腰を下ろした。

「うん。何とか大丈夫だったよ。」

 ナオヨシはそう答えながら借りていた刀と腕輪、携帯端末を出して朋彦の枕元へと置いた。

「・・・けど、流石に疲れた・・・!!」

 そう言うとナオヨシはそのまま、寝袋も用意せずに朋彦の隣に倒れる様に横になった。 

「ナ、ナオヨシさン・・・!」

 慌てるタリョウゴの声がナオヨシの耳に入りはしたが、疲れ切ったナオヨシはそのまま起き上がろうとはしなかった。

「・・・汗かいてんだろ・・・。俺みたいに風邪ひくぞ・・・。」

 もぞもぞと朋彦が頭をもたげて傍らのナオヨシを見ると、眠りかけているナオヨシの額はうっすらと汗ばんでいた。

「うん・・・。風呂入りたい・・・。でも動けない・・・。」

 半ば寝惚けている様なぼんやりとした口調でナオヨシは答えた。

「・・・オレが風邪ひいたら、朋彦さんに風邪薬作ってもらうから平気・・・。あー、「俺達の家」で広くていい匂いのする風呂に入りたい・・・。」

 入浴剤入りの風呂の事を言っているのかと朋彦には判ったが、横で聞いていたタリョウゴには何の事かは判らなかった。

 タリョウゴもまた緊張と疲れが一気に出てきた為、ナオヨシと同様に寝袋を広げて寝る気力が残ってはいなかった。

 朋彦とナオヨシから少し離れた場所に座り込むと、タリョウゴもまたそのまま横たわった。

「おやすみ・・・。」

 ナオヨシはそれだけ言うと、そのまますやすやと安らかな寝息を立てて眠ってしまったのだった。

「おやすみ――。」

 すぐ横で眠ってしまったナオヨシの頭を労う様にそっと撫でると、朋彦も再び眠る事にした。

 最後の気力でタリョウゴが電気ランタンのスイッチを切ると再び寝間は暗くなり、三人の寝息だけが聞こえていた。


 

 それから二、三時間の後――。

 時刻としては夜明けが近付きつつあったが、東の空はまだその気配も遠く暗いままだった。

 浅い眠りを続けていた朋彦は、びっしょりとかいた汗が着物に貼り付く不快感で目を覚ました。

 ただ、昨日から比べるとかなり呼吸するのも楽になり、熱感もだいぶ退いた自覚があった。

「アキノヒラガ草の煎じ薬が効いたのかね・・・。」

 独り言を漏らしながら朋彦はゆっくりと体を起こした。

 暗いのでよく判らなかったが、隣のナオヨシとタリョウゴは時折小さないびきをかきながらも深く眠り込んでいる様だった。

 朋彦は当然の事ながらまだ頭も少しふらつき、怠さも残ってはいたものの、今ならば蛙人形で風邪薬を作り出せそうな気がした。

「――よし。」

 朋彦は懐の蛙人形を掴むと、体調の回復を強く意識して風邪薬の創造を願った。

 朋彦の予想通り、蛙人形がゲロを吐いた時に多少の頭痛があったものの、大した負荷も無く想像通りの瓶入りドリンク剤風の風邪薬を創る事が出来たのだった。

 多分、以前に作り出した時の様に、胡散臭い蛙人形がデザインされたラベルが貼られている気はしたが暗がりの中では判らなかった。

 手探りで蓋を外すと朋彦は早く回復しようと急いで中身を呷った。

 元の世界でのごくありふれたドリンク剤の甘さと薄い薬臭さが喉の中に広がり――次の瞬間には熱感や怠さ、体の痛みも全て消え失せていた。

「――っしゃ!」

 体調の回復を喜びながら、朋彦は空き瓶を懐の道具袋の中に仕舞い込んだ。

 そう言えばナオヨシとタリョウゴに貸していた刀と腕輪、携帯端末を枕元に置きっ放しだったと思い出し、まだ眠っている彼等を起こさない様にそっと辺りをまさぐった。

 ナオヨシの頭の近くにそれらは無造作に置かれており、朋彦はそっと手繰り寄せると道具袋へと押し込んだ。

 ――そう言えば。

 腕輪を袋の中に入れかけた所で、朋彦はふと腕輪のボタンにそれぞれどんな効果を付与していたのか気になった。

 身を守る防御壁の機能ばかりに気を取られて、作り出したものの他の機能は使う機会も無くすっかりと忘れてしまっていた。

 蛙人形に機能の説明を願えば叶えてくれるだろうと、朋彦は蛙人形を片手で首を絞める様に握りながら念じてみた。

 二、三秒の後、蛙人形の互い違いの目玉が淡く輝き、そこから朋彦の手元の空間に画面状の立体映像が投射された。

 映像の中の腕輪に矢印が伸び、それぞれのボタンの説明が表示されていた。

 緑色の石のボタンには通信機能、水色には自分や相手に対しての治療魔法の発動、白には浮遊や飛行の魔法の発動――。

 水色には、治療の魔法。

 その一文を見て、朋彦は徒労感に眩暈がした。

 説明書の、まだこの世界に馴染んでいなかった頃――今もまあ、まだ馴染んでいるとは言い難かったが――の、魔法という言い回しは、今ならばマジナイと言い換えるべきだろう。

 この世界では、超能力や魔法と言う言葉が無いではなかったが、それらの様な超常の力に対してはマジナイと表現する事が多かった。

 そうした超常の能力を扱う者をマジナイ師と呼んだ。

 腕輪の水色のボタンをさっさと押していれば、一日だけとはいえ体調が悪くて苦しい思いをする事も無かったのだった。

 そして恐らくはチヅコとツルオを攫った化生達の事も、もっと簡単に解決していた筈だった。

 その事実に朋彦は一瞬現実逃避にマジナイの知識のおさらいを行ない――それから思わず声を上げてしまった。

「――治療のマジナイいいいいい?」

 治療の魔法――マジナイ。自分や他人のどんな怪我や病気もたちどころに回復させる。

 説明の続きを読み、朋彦は大きく溜息をついた。

「・・・ん・・・? 朋彦さん・・・?」

 朋彦の声に、隣で寝ていたナオヨシが目を覚ましてしまった様だった。

「あ、いやごめん。何でもない。寝てろ寝てろ。」

「んー・・・。」

 朋彦の言葉に寝惚けたまま軽く頷くと、ナオヨシはまた眠ってしまった。

 今度からは何か道具を作ったら、その機能はきちんと覚えておく事にしよう・・・。

 そう改めて決心すると、朋彦はとてもくたびれた様な気持ちを感じながら再び布団に潜り込んだのだった。



 土間の方から聞こえる、鍋や食器を用意しているらしき音で朋彦は目を覚ました。

 たった一日程度具合が悪かっただけなのに何日も苦しんだ様な錯覚もありながらも、創り出した風邪薬のお蔭で既に体調は完治しており、心身共にすっきりした目覚めだった。

 そこにそっと静かに襖が開けられ、ナオヨシが顔を覗かせた。

「あ、起きてたの? 具合は大丈夫?」

 朋彦を気遣ってそっと寝間に入って来たが、朋彦の顔色がすっかり良くなっている事に気付き、ナオヨシは嬉しそうにしながら朋彦の側に座った。

「おう。こいつで風邪薬作ったから。」

 朋彦は寝たまま蛙人形を布団から覗かせ、ナオヨシに笑い掛けた。

「良かった! それなら安心だね。」

 朋彦の言葉にナオヨシも安心してほっと息を吐いた。

「あ、朝飯、もう少ししたら出来るから。荷箱のレトルトパックのヤツ。」

 朋彦との「俺達の家」での生活で、ナオヨシはコンロで湯を沸かす位は自分で出来る様になっていた。

「おう。ありがとな。」

 そう言って朋彦が布団から体を起こすと、少し湿った布団の中の空気が湧き上がって来た。

 予備の布団や着替えがある訳ではなかったので、熱で汗をたっぷりかいたままそれらは生乾きになってしまっていた。

「・・・。」

 やはりさっさと蛙人形に念じて綺麗にしてもらおうと朋彦が考えていると、ナオヨシが傍らで少し顔を赤くして朋彦を見ていた。

「ん? ごめん、臭かったか。」

 朋彦が謝るとナオヨシは軽く頭を横に振り、伏し目がちに答えた。

「ううん。・・・その、臭いんじゃなくて、何か・・・ちょっとやらしいにおいがしてる・・・。」

「え!?」

 ナオヨシの言葉に朋彦は布団に座ったまま着物の前をはだけ、自分の体臭を確かめてみた。

 しかし自分の臭いはなかなか判らず、ひどく臭っているかどうかは判断出来なかった。

「・・・タリョウゴさんもちょっとだけ、やらしいにおいがしてた・・・。」

 言いながら思い出したのか、ナオヨシはますます顔を赤くしながら俯いた。

「まあ・・・俺達三人共ちゃんと風呂入ってなかったもんな・・・。」

 フェロモン的な物なのか何なのか。ナオヨシが単に汗臭フェチなのか。

 朋彦はそんな事を考えつつ、取り敢えず他人の事を臭いという、当のナオヨシの着物の前をはだけて頭を突っ込んでみた。

「と、朋彦さん!?」

 突然の朋彦の行動にナオヨシは思わず後ずさりしかけたが、朋彦ががっしりとナオヨシの腰を押さえ阻まれてしまった。

「うーむ。ナオヨシも割と汗臭くてヤラシイニオイがしてるぞ。」

 好きな相手であり今迄散々肉体の交わりをしまくった相手である為に、今更少々の汗臭さでは何とも思う事は無かったが。

「もっと言うと少し雄を感じるニオイがする。」

 やはりフェロモン的な物が出ているのだろうかと、朋彦はナオヨシの着物に頭を突っ込んだまま少しむらむらと欲情しかけていた。

「お、お酢?」

 朋彦の言葉にナオヨシはそんなに酸っぱかっただろうかと首をかしげた。

「酢じゃなくて雄、な。すっげ男くせぇぇぇ~。」

 少しふざけた口調で朋彦はナオヨシの臍の辺りの筋肉質な腹を一舐めした。

「くすぐったいよ~。」

 一瞬ナオヨシは背中を震わせ、顔を赤らめた。

「ごめんごめん。」

 笑いながら朋彦はナオヨシの着物の懐から顔を上げた。

 余り時間も無い事だし汗臭プレイはまた今度に取って置くとして。

 また何処かの山道の途中で泊まる時にでも一日くらい風呂に入らずに居て――等と朋彦は妄想しながら、取り敢えず自分の懐から蛙人形を取り出した。

 朋彦の想像した事を叶える力を持つ蛙人形は、物を作り出す以外にも想像した状態や現象を現実に引き起こす事も出来た。

 洗浄や清潔の為の魔法――マジナイとでも言うべきか。この前「俺達の家」にチヅコ達が泊まった時に情事の後始末をした時の様に、今回も風呂に入れないまま汚れた身体が綺麗になる様に朋彦は蛙人形に願う事にした。

「んーと・・・俺とナオヨシの体と着物と、後ついでに布団一式も綺麗になる様に・・・。」

 想像を固めようと朋彦はぶつぶつと呟きながら目を閉じた。

 更についでにタリョウゴへもこっそりと洗浄のマジナイをかけようか。

 今日出発ならば今夜も風呂には入れないだろう。タリョウゴのヤラシイ汗臭さには大変に心惹かれるものはあったが、道中で雄のヤラシイ臭いをぷんぷんさせられたのではこっちの身が持たない――。

「よし。」

 概ねイメージが頭の中で整理され、朋彦は蛙人形を手に立ち上がった。

「えー・・・。」

 そんな朋彦の様子をナオヨシは少し残念そうに見上げていた。

「えー、って、そんな残念そうに言わなくても。」

 朋彦は苦笑しながら胡坐をかいたままのナオヨシを見下ろした。

 まだ少し顔を赤らめているナオヨシのはだけられた着物の間からは、少し盛り上がりかけている褌の股間が見えていた。

「気持ちは判るけどさー・・・。」

 朋彦もまた、欲情に上と下の頭に血が上るのを感じながらごくりと唾を飲み込んだ。

 そう言えばシモアサダ村に来てからは自分もナオヨシもナニを抜いていなかった。

 村での行商やキヨミ達の事、化生の事等があって毎日疲れていた事もあり、ナニをする間も無かったのだが。

 改めて下半身の血の巡りを意識してしまうと、どうにも我慢が辛く感じてしまうのだった。

「うん・・・。我慢するよ・・・。」

 お預けを食らった犬そのままの様子で、ナオヨシはほんのり目を潤ませながらも着物の乱れを直した。

 今は我慢するしかない――朋彦も無理矢理自分を納得させ、蛙人形を構え直した。

「いや――待てよ!!」

 朋彦の頭の中では無意識の内に、凄まじい量の思考が重ねられていたのだろう。

 一つの(朋彦にとっては)素晴らしい考えが閃いていた。

「何か思い付いたの?」

 ナオヨシが顔を赤くしながら朋彦を見上げた。

 座っていたナオヨシの前に立つ朋彦の既に勃ちきった股間が、丁度ナオヨシの顔の前にあったのだった。

 元の世界で読んだ漫画の中に、外部とは時間の流れが異なる部屋というものがあったと朋彦は思い出した。

「喜べナオヨシ! 久々にいちゃつくぞ!」

 着物から覗く褌の硬さを最早隠しもせずに朋彦は蛙人形を掲げ、思い付いた事をナオヨシに説明した。

「部屋の外での一分は、部屋の中で一時間! 鍵付、防音! さあ実現しろ!!」 

 朋彦の願いに応え、手の中の蛙人形は項垂れていた頭をしゃっきりと上げ、互い違いの目から不思議な光を辺りに放った。

 物を作り出す時とは違い白いゲロを放つ訳ではなかったのですぐには判りにくかったが、蛙人形の持ち主である朋彦には願いが叶ったのだと感じ取れた。

 入口の襖に手を掛け、固定されて動かない事を確認すると朋彦は満面の笑みで着ている物と蛙人形を放り出した。

「やったー!!」

 蛙人形の力が問題無く発揮された事と朋彦とイチャイチャ出来る事をナオヨシは無邪気に喜び、自分もまた着物と褌を急いで脱ぎ捨てて朋彦へと抱き着いた。


(パイライフの検閲により、性行為部分は削除)  

 朋彦とナオヨシ、汗にまむるる中、ぺろぺろしにけり


 致し終える迄に三十分くらいだろうか。

 一度欲情に燃え上がって弾みがついたせいもあり、二人が精を吐き終えるのはあっという間の事だった。

「・・・ふう・・・。」

 口の中に放たれたナオヨシのものを何処かうっとりとした表情で飲み下し、朋彦は一息ついた。

 布団の上で座って抱き合ったまま、朋彦とナオヨシはしばらくそのままでいた。

 正直やり足りない気持ちはあったがきりが無いので、朋彦は自分の首筋に顔を埋めたままのナオヨシをそっと離した。

「も、もうちょっとだけ・・・。」

 名残惜しそうにナオヨシは朋彦を抱く腕に力を込め、これ以上無い位に体を密着させた。

 二人の流した汗や汁がにちゃにちゃと音を立てて胸や腹を滑り、その感触と音に朋彦もナオヨシも再び滾りそうになってしまった。

「おいおい・・・。」

 朋彦が抗いきれずに困った様にナオヨシの顔を見上げると、ナオヨシは朋彦の顔中を舐め回しながら、

「部屋の外はまだ一分も経ってないんでしょ? 五時間居ても五分だし。慌てなくても大丈夫だよ。」

「それはそうだけど・・・。」

 朋彦を呼びに行って五分位戻って来なくてもタリョウゴに不審に思われる事も無いだろう。

 というか、五時間もこの部屋でナニをするつもりなのだろうか――朋彦はそんな事を考えながらも、圧し掛かって来たナオヨシの体を受け止める内に何も考えられなくなっていった。

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