とおとふたつめのかたり「サダロウ、山神か仙人が如きマジナヒの屋敷にて災難す」 

 家の玄関に朋彦達が転送されると、いつも通り玄関の明かりが自動で灯った。

「!?」

 いつかのナオヨシの時の様に、チヅコ、ツルオ、サダロウ達は彼等の今迄の生活では見た事も無い様な明る過ぎる照明器具に驚き、一瞬身を竦めた。

「はい、上がった上がった。」

 朋彦に促され、チヅコ達はあちこちを恐る恐る見回しながら草履を脱いで家の奥へと進んだ。

「オレも最初はあんな感じだったっけ。」

 玄関で草履を脱ぎ、ナオヨシはチヅコの達の後ろ姿を見守りながら微笑んだ。

「そうだなー。」

 ナオヨシと共に朋彦も玄関を上がり、廊下の真ん中で戸惑いながら立ち止まっているチヅコ達の所へとやって来た。

「別にお化け屋敷じゃないから、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。」

「う・・・うん・・・。」

 朋彦からの言葉に、ある程度朋彦の不思議な力を見てきたツルオの方が先に落ち着きを取り戻した様だった。

「ぴかぴかとか・・・色々・・・ある?」

 朋彦の持っていた携帯端末や御馳走の詰まった弁当箱等を思い出したのか、ツルオの表情は好奇心に少しずつ輝き始めていた。

「そうだな・・・。多分、あるよ。」

「あるも何も、この家全部がすっげぇもんなんだぜ。」

 朋彦がツルオに控えめに答える横で、ナオヨシが両手を広げて自分の事の様に嬉しそうにツルオに答えた。

「ぴかぴか? 何か光るのでござるか?」

 烏ではない筈なのに何故か、サダロウがチヅコの肩の上から思わず声を上げた。

 何故か光り物に興味がある様だった。

「まあ、取り敢えず今日はもう疲れたから、さっさと夕飯食って寝ようぜ・・・。」

 朋彦はそう言って皆を廊下の右側にある居間へと促した。

 朋彦が襖の横にあるスイッチを入れ、電灯が灯ると幾らかは慣れてきたチヅコとツルオ、サダロウが驚きと好奇心とで声を上げた。

 まだ家具や調度品も整えていないがらんとした畳敷きの六畳間ではあったが、チヅコ達にとっては広々とした大きな部屋の様に感じられた。

 いつもの台所のテーブルはナオヨシとの二人用の大きさだったので、皆で居間で食事が出来る大きさの卓袱台と人数分の座布団を、取り急ぎ朋彦は道具袋の中で作り出した。

「・・・何か、すっげえ昭和だな・・・。」

 新品ではあったが焦げ茶色の木目のはっきりした卓袱台に、紺色の布地に同じ様な色合いで目立たない様に紫陽花の模様が刺繍された座布団。

 朋彦はさして家具や日用品のデザインに興味がある訳ではなかった為、テレビドラマや時代劇等を見た記憶から作り出されたそれらは、畳敷きの六畳間にある意味似合っていた。

「ショウワ・・・?」

 ナオヨシが朋彦の横で首を傾げた。

「あ、いや。・・・夕飯用意するから、ここで待っててくれよ。」

 ナオヨシに曖昧に笑いかけ、朋彦はチヅコ達を卓袱台の所に座らせると襖を開けて隣の台所へと行った。

 しかし一度湧き起った好奇心は止められないのか、

「隣は何の部屋でござるか?」

 サダロウがチヅコの肩から離れてぱたぱたと朋彦の後をついて行った。

 それにつられてチヅコもツルオも隣の台所へとやって来た。

「おいおい・・・。」

 朋彦は呆れて溜息をついた。

 当然の事ながらガスコンロや流し台、冷蔵庫等、台所もまた子供達の好奇心を刺激する物ばかりだった。

「・・・! 冷たい・・・!」

 冷蔵庫を開けたチヅコとツルオが、中から漂ってきた冷気に驚いている横で、朋彦は夕飯をどうするか思案していた。 

「取り敢えず夕飯、何食べたい・・・?」

 ナオヨシに尋ねると、無邪気に笑いながら、

「何でもいいよ! 朋彦さんが出してくれる物、何でも美味いから。」

「主婦が献立に困る答えだな~。」

 朋彦は苦笑しながらいつものテーブルの前に立った。

 今日はもう朋彦も疲れていたので、インスタント食品ですらなく完成品を直接作り出す事にしたのだった。

 ご飯に味噌汁(油揚げと舞茸)、蕪の漬物、八宝菜・・・と、元は蛙人形から吐き出された白いゲロではあったが、人形は道具袋の中に仕舞ったままだったので出現過程は皆の目から隠されていた。

「じゃあ、これを向こうに持っていくの、手伝ってくれ。」

 朋彦がナオヨシに声を掛けている下で、道具袋から次々に出現する見た事も聞いた事も無い様な御馳走の数々に、チヅコ達はただ目を見開いて言葉も無く立ち尽くしていた。

「・・・・ッ! マ、まま、まままマジナイ師殿は、何も無い所から食べ物を作れるのでござるかっ!?」

 何とかいち早く正気を取り戻したサダロウが、チヅコの肩の上でぴいぴいと喚き立てた。

 サダロウの鳴き声を聞き流しながら、また道具袋から木目模様のトレーを二枚取り出すと、朋彦は手早く食事を載せてナオヨシに手渡した。

「腹減ったし。ほらさっさと行くぞ。」

 チヅコとツルオに声を掛け、朋彦とナオヨシは先に居間へと食事を運んで行った。

 丸い卓袱台の前に皆が腰を下ろすと、チヅコがおずおずと朋彦へと口を開いた。

「・・・サダロウの分は・・・?」

 チヅコの問いに朋彦はサダロウの分の食事を用意していなかった事にやっと気が付いた。

「あー。忘れてたな、そう言や。悪ィ悪ィ。」

 ごまかす様に笑いながら朋彦は懐の道具袋の中に手を突っ込み、白い陶器の小皿と、小さなビニールパックに入った小鳥の餌を取り出した。

 元の世界のスーパー等で見掛けた事のある小鳥の餌のイメージをそのまま反映し、セキセイインコやブンチョウ等がパッケージに大きく印刷されていた。

 サダロウはそれを見ると火が付いた様に怒り出した。

「ししししし、失敬な! 拙者、雀の姿をしてはいるが、れっきとした精霊の端くれでござる! この様な食事を出されるとは心外でござるよ!」

「そ、そうか・・・。それは悪かった・・・。」

 サダロウの剣幕に朋彦は慌ててもう一人前の食事を道具袋から取り出した。

 慌てていたせいで朋彦達と同じ量の食事を出してしまったが、残飯が出ても蛙人形の力で分解すればいいので無駄にはならなかった。 

「じゃあ、気を取り直して飯にするか。」

 朋彦とナオヨシが箸を取ると、チヅコとツルオもそれに倣って箸を手にした。

「いただきます。」

 ただ、箸の持ち方がツルオの方はまだ頼りない様子だった。

 チヅコもツルオも食べ始めると、空腹だった様で余りゆっくり味わう事も無く、次々に皿を空にしていった。

 シモアサダ村も、ナギシダ村よりは食糧事情は多少ましとは言え、子供達が日々空腹に耐えなければならない状態である――と、知識の参照で朋彦の頭の片隅にシモアサダ村の幾つかの情報が浮かび上がった。

「あ、お代わりも沢山あるからな。遠慮すんなよ。」

「オレもお代わり。」

 チヅコとツルオに声を掛けたが、彼等の返事より先にナオヨシが朋彦へと茶碗を差し出した。

 朋彦はナオヨシの茶碗を受け取ると道具袋の中に戻し、お代わりの盛られた新しい茶碗をナオヨシに手渡した。

 朋彦の持つ不思議な道具袋の様子を見て、チヅコもツルオも食料の心配は無さそうだと納得した様で、遠慮がちではあったがお代わりを求めて茶碗や小皿を差し出して来た。

 サダロウの方はやはり精霊ではあっても雀と同じ胃腸の大きさの様で、大匙に一つ程度のご飯と味噌汁を啜っただけで満腹になってしまっていた。

 ただ、朋彦が卓袱台の隅に出しっ放しにしていた小鳥の餌のパックが気になる様で、時々横目でちらちらと見ていた。

 朋彦はその様子を敢えて指摘はせず、明朝の朝食の一皿に加えて出してやろうと少し悪戯心を抱きながらサダロウを眺めた。

 暫くして食事を終えると、すぐにチヅコもツルオもサダロウもそのまま卓袱台の上に突っ伏す様にして眠り込んでしまった。

「疲れてたんだろうな・・・。」

 ナオヨシは邪魔にならない様に彼等の食器をどかすと、朋彦へと手渡した。

「俺も疲れた・・・。」

 ツルオ達の様子に釣られたのか、空になった食器を道具袋の中に戻しながら朋彦も大きな欠伸をした。

 朋彦もそのまま寝転がりたかったが、ツルオ達をそのままにもしておけず、取り敢えず道具袋の中から子供二人分の寝具を取り出した。

「オレも眠い~。」

 ナオヨシも大欠伸をしながら、朋彦と共に子供用の布団を居間に広げると、ツルオの方をそっと抱き上げた。

 すっかり眠り込んでしまっており、ツルオもチヅコも目を覚ます事も無く布団の上に横たえられた。

「・・・こうして見るとただの雀だよな・・・。」

 朋彦はチヅコを布団に寝かせると、卓袱台の上で体を丸めて眠っているサダロウを両手でそっと掬い上げ、チヅコの枕元へと置いた。

「じゃあ、俺達も寝るか。」

 居間の電気を消し、ツルオ達を起こさない様に朋彦とナオヨシはそっと襖を開けて出て行った。



 朋彦とナオヨシは自分達の寝間に戻ると、相変わらず大欠伸をしながら大雑把に布団を敷いた。

「あ~~! すっげー疲れた!」

 ナオヨシは大の字になって布団の上に寝転がると、ほっとした様に大きく息を吐いた。

「ほんとだな・・・。子供助けたり誘拐犯やっつけたり・・・。」

 ナオヨシの真横に倒れ込む様に横になり、朋彦も大きな溜息と欠伸をした。

 旅らしい旅を始めてまだ一日も経っていなかったのに、何やら大冒険の旅をしたかの様な気分を朋彦もナオヨシも感じてしまっていた。

「・・・ほんと・・・だね・・・。」

 既に半ば眠りかけたナオヨシはぼんやりとした口調で朋彦に相槌を打った。

「・・・明日・・・は・・・シモアサダ・・・に・・・。」

 行けるといいな、という言葉の代わりに朋彦の口からは寝息が漏れた。

 寝間の灯りを消す体力も残っておらず、そのまま二人は眠りに落ちていった。



 朋彦が目を覚ましたのは夜の明ける少し前だった。

 二人の敷き布団も掛け布団も、眠っている間に蹴飛ばしたりしたせいか出鱈目に散乱していた。

 朋彦が上半身を起こすと、カーテンを閉め忘れたままの寝間の窓ガラスには、ごく薄く明るくなり始めた空の様子と、消し忘れた電灯に照らされた朋彦の姿とが混ざり合って映し出されていた。

 まだ眠気が残っており、大きな欠伸をしながら朋彦は灯りを消した。

 それからふらふらと、まだ眠っているナオヨシの隣へと這い寄った。

 ナオヨシはまだぐっすりと眠っており、隣に潜り込む朋彦の動きや気配にも目を覚ます事は無かった。

 横になりながらぼんやりと朋彦がナオヨシの方を見ると、着物のズボンの方は脱ぎ捨てられており、着物の上衣に褌といういつもの姿に近い状態になっていた。

 昨夜は商人の着物のまま眠り込んでしまったので、慣れないズボンはナオヨシにとって窮屈だったのだろう。

 当然の様に朋彦はナオヨシの股間へと視線を向けると、そこもまた窮屈そうに張っていた。

 そう言えば昨日は色々と巻き込まれてしまったせいで、ナオヨシとゆっくり致す事も出来なかった。

 半ば毎日の習慣の様にナオヨシと仲良く致していた事を今朝も致そうと、朋彦は当然の様にナオヨシのそこへと手を伸ばした。


(パイライフの検閲により削除)

 朋彦とナオヨシ、襖にマジナヒ掛けし後、騎乗位にて楽しみ、そのかんばせにぶちまけたる



 事が終わってから風呂に行こうと、朋彦もナオヨシも半ば習慣の様に色々と汚れたままの全裸で立ち上がった。

 いつもの様に寝間を出ようと襖に手を掛けた所で、二人共はっと気付いて足を止めた。

 今日はチヅコ達が居たのだった。万一見つかってしまったら・・・。

 朋彦やナオヨシの心配通り、二人の立つ襖の向こうからはぱたぱたと廊下を小走りに行くチヅコ達の足音が聞こえてきた。子供達は既に起きてしまった様だった。

 蛙人形のマジナイでこちら側からの音が漏れない様に防音と鍵を施したが、襖の向こう側の音を遮断する事までは朋彦は頭が回っていなかったのだった。

「どうしよう・・・。まずいよね・・・。」

 朋彦に汚されたせいで右目が開けにくくなったまま、ナオヨシが小さく呟いた。

「しょうがねぇな・・・。」

 朋彦もそう呟いて溜息をついた。

 困った時の蛙人形頼みという訳で、枕元に放り出していた道具袋から蛙人形を取り出し、朋彦は体の洗浄を念じた。

 何か物を実体化させる時とは違い、幸いにもいつもの白いゲロ状の物質を吐き出される事も無く、一瞬の内に朋彦とナオヨシの体の汚れは消え去ったのだった。

「さすが朋彦さん。」

 きちんと目が開けられる様になったナオヨシが朋彦に笑いかけた。

 出来ればこのままいちゃいちゃを続けたかったが、既に起き出してしまっているチヅコ達を放置しておく訳にもいかなかった。

「ほらナオヨシ、今はズボンもはいとけ。」

 急いで褌を締め上衣を羽織りながら、朋彦は自分の足元に散らかっていたナオヨシのズボンを拾い上げた。

「う、うん。」

 まだズボンを身に着ける事に慣れていないナオヨシは、受け取ったものの少し気が進まなさそうに一瞬だけ手を止めてズボンを眺めた。

 しかしまたすぐに気を取り直して身なりを整えると、襖の前に立った朋彦の後ろへと歩み寄った。

「この件が片付いたら、またどっかの山奥で全裸生活でもしようぜ。」

 ナオヨシを振り返り、朋彦はにやにやと笑いながらナオヨシの胸元を軽く小突いた。

「う・・・うん・・・。」

 朋彦のいきなりの提案に顔を赤くしながらも、ナオヨシは期待に股間を膨らませかけてしまった。

「ちょ・・・ちょっと待って・・・。半勃ち・・・。」

 ナオヨシは慌ててズボンの前へと手を伸ばし、もぞもぞと位置直しをした。

「あ~、悪い。」

 落ち着いたら後から来いと言い置いて、朋彦は先に部屋を出た。



 朋彦が廊下に出ると、反対側の突き当りに居たチヅコとツルオ、そしてサダロウの姿が目に入った。

 洗面所や居間、押入れや戸棚等、彼等はおっかなびっくりではあったが片端から開けては覗き込み、ちょっとした探検を行なっていた。

「ひと様の屋敷を勝手に歩き回るのは良くないでござるよ!」

 チヅコの肩の上でサダロウがぴいぴいと諌めていたが、きょろきょろと頭を動かして扉の向こうを覗き込む姿には何の説得力も無かった。

「おい・・・。」

 朋彦が声を掛けようとしたが、探検に夢中で聞こえなかったのか、チヅコ達はトイレの扉を開けて中に入っていった。

 この家を創り出した時の朋彦のイメージにより、洋式便器洗浄便座付きというものではあったが、当然の事ながらチヅコ達はそんなものを見た事も聞いた事も無かった。

「何でござるか? 水が溜まっているでござるよ。」

 便器の中に溜まっている水に興味を持ったサダロウが、ぱたぱたと小さく羽ばたきながら便器の縁へと降りてきた。

男性ばかりの住居であった為に便座は上げっ放しだった。

「おおっ!」

 しかし滑らかな表面に足を滑らせ、サダロウは便器の中へと落ちてしまったのだった。

「サダロウ!?」

 チヅコとツルオが思わず声を上げた後ろにやって来た朋彦は、サダロウの様子に呆れながら溜息をついた。

「・・・お前ら・・・。」

 朋彦の声にチヅコとツルオは少し顔を曇らせながら振り返った。

 勝手に家の中をうろうろしていた事を咎められるとでも思ったのだろう。

「お、溺れるでござる・・・っ!」

 便器の中でサダロウはぴいぴいと悲鳴を上げ、ばたばたと羽を動かした。

「うわっ、汚ぇっ!! サダロウ! 動くな!!」

 便器の中の水が辺りに飛び散り、朋彦はチヅコとツルオを慌てて押しのけてサダロウを便器の中から掴み上げた。

「あのな!! お前が溺れたの便器だから!! 便所!! 厠!! 御不浄!! 肥え桶!! 後、何だっけ!?」

 トイレと言っても通じないだろうと思い、朋彦は思い付く限りの便所を指す言葉を叫びながら急いで洗面所へと駆け込んだ。

 どうやらチヅコとツルオには、サダロウが溺れたのは便所の水だった事は通じた様で、二人は反射的に身を竦ませていた。

 朋彦は片手でサダロウを掴んだまま、洗面台の蛇口を捻りざばざばと勢いよく水を出した。

 便器の水と言っても見た目は汚れている訳ではなかったので、サダロウはざっと一通り全身を洗い流されると朋彦の手から解放された。

「・・・サダロウ、大丈夫?」

 洗面所のドアの陰から覗き込んでいたツルオが心配そうに尋ねてきた。チヅコもツルオの肩を抱きながらそっと朋彦の方を見ていた。

「あー、うん。大丈夫。」

 水責め直後で放心しているのか、洗面台の鏡の前でずぶ濡れのまま嘴を開けて立ち尽くしているサダロウを横目で見ながら、朋彦は溜息をついた。

 取り敢えず道具袋の中の蛙人形からタオルを作り出し、朋彦はサダロウを手に取りそっと水分を拭き取った。

 その内に正気を取り戻したのか、サダロウはまた騒がしく鳴きながらチヅコの肩へと飛んで行った。

「ああ全く!! 死ぬかと思ったでござる!!」

 相変わらずの調子で喚き立てるサダロウの様子に、チヅコもツルオもほっとした様に微笑んだ。

「取り敢えずお前ら、さっきの部屋は便所だから。・・・あ、そうか。説明しとかないとな・・・。」

 チヅコもツルオも幼児とは言え多分、もう自分で排泄は出来るだろうからと、朋彦は彼等を連れて再び便所へと足を運んだ。

「おばあちゃんから聞いた山神様か仙人様のお屋敷みたい・・・。」

 洗面所から出て廊下をまたきょろきょろと見回すチヅコが呟いた。

 その横でツルオもサダロウもうんうんと頷いていた。

「この様な立派な屋敷を持っているとは、室地殿はさぞかし名のある立派なマジナイ師に違いないでござる。」

 サダロウの偉そうではあったが感心している言葉に、横で聞いていたツルオはきらきらとした尊敬の眼差しで朋彦を見上げた。

「・・・いや、全然そんなんじゃないから・・・。」

 朋彦は溜息をつきながらトイレのドアを開けた。

 便座を下ろしたり、レバーを引いて水を流したりして一通り使い方を説明し終えると、朋彦はチヅコとツルオの背を押して居間へと向かった。

「さ、朝飯にしようぜ。腹いっぱい食べろよ~。今日はお前らの村に帰らなきゃならんしな。」

 まだお屋敷の探検をしたかった様で、チヅコとツルオは少し残念そうにトイレや洗面所のドアを振り返っていたが、すぐに機嫌よく廊下を駆け出した。

 昨日の夕食の様な御馳走がまた食べられるのが嬉しい様だった。

 ツルオが勢いよく居間の襖を開けて一番乗りをしている様子を見ながら、朋彦はふと、まだナオヨシが姿を現していない事を思い出した。

 チヅコとツルオに居間で座って待つ様に声を掛けた後、朋彦は自分達の寝間へと戻った。

「おーい、ナオヨシ?」

 何気なく朋彦が襖を開けると、全裸のまま股間をシーツで拭き取っているナオヨシの姿があった。

「と、朋彦さん!! 」

 今更何をという気がしないではなかったが、突然戻ってきた朋彦にナオヨシは顔を真っ赤にしながら慌てて股間をシーツで隠した。

「あー・・・。まあ、気にすんな。飯にするから早く来いよ。」

 シーツの汚れや寝間に漂う臭いから、朋彦はナオヨシが何をしていたかを察したが、深く追及はせずに笑みを向けた。

「う、うん・・・。」

 ナオヨシも照れ隠しに微笑み、急いで散らばった衣類へと手を伸ばした。


(パイライフの検閲により、ナオヨシの致していた事は削除)

ナオヨシ 昨夜の痴態を思い返しつつ 再びぶちまけにけり



 手抜きをしようという訳ではなかったが、朝食も昨夕と同じ様に蛙人形から直接完成品が作り出され、食卓へと並べられた。

 ご飯に山椒と昆布の佃煮、ワカメと油揚げの味噌汁、刻みタマネギとベーコンの入ったオムレツ風卵焼き・・・と、やはりチヅコ達にとっては大変な御馳走が並べられたのだった。

「さ、食べようぜ。」

 朋彦はまだ少しだけ顔が赤いナオヨシの隣に座り、チヅコとツルオを促した。

「いただきまーす。」

「ちょっと待つでござるよ!」

 皆が箸をつけようとしたところで、チヅコとツルオの間に居たサダロウがぴいぴいと喚いて手を止めさせた。

 サダロウの前には五センチ程の白い陶器の小鉢が二つ並んでいた。

 一つには水、もう一つには昨夕に朋彦が作り出していた小鳥の餌が入っていた。

「拙者を雀扱いするのでござるか!!」

 食卓の上で小さな目を吊り上げてぴいぴいと喚くサダロウの姿は・・・雀そのものだった。

 ナオヨシやチヅコ、ツルオは何と言っていいものか困惑しながらサダロウを見た。

「まあまあ、折角用意したんだし。捨てるのも勿体無いから食べてくれよ。」

 困惑するナオヨシ達をよそに朋彦はへらへらと笑いながら、小鉢をサダロウの前へと寄せた。

 単にサダロウの分の少量の朝食をイメージする事が面倒だったのと、鳥型の精霊は鳥の餌を食べるかどうか試してみたかったというちょっとした悪戯心だったのだが。

「・・・そ、そうでござるな。もったいないでござるな。」

 意外とサダロウは朋彦の説得にあっさりと折れ、小鉢へと嘴を付けた。

「なかなか美味でござるな。」

 チチチッと機嫌よく鳴き、サダロウは小鉢の中の粟やカナリーシードの粒をついばんだ。

 その姿は本当に雀そのもので、喋らなければ精霊には全く見えなかった。

 そんなサダロウの姿を眺めながら朝食を済ませると、シモアサダ村に出発するべく朋彦達は家を出た。

 家の外に瞬間的に送り出され、家を支える鉄柱の根元に現れると、朋彦は家を元の大きさに戻して道具袋に仕舞い込んだ。

「ここで待ってるんだぞ。」

 チヅコ達にそう言うと、朋彦は少し溜息をついた。

「あ、ナオヨシもここに居て、こいつら見といてくれ。」

 自分に付いて来そうだったナオヨシにもそう言い置くと、昨夜盗賊達を放り込んだテントへと足を向けた。

 部下の男達はまだ話は分かるようだったが、憎々しげに自分へと叫んでいたキヨミとかいう女頭目の事を考えると朋彦はとても気が重かった。

「あー・・・。起きてますかね?」

 そう声を掛けながら朋彦がテントの入り口のカーテンを開けると、既にキヨミ達は起きていた。

「――ああ、起きてるよ・・・!!」

 低く唸る様なキヨミの声と敵意に満ちた表情が真っ先に朋彦の目に飛び込んで来た。

 それは手錠と足枷で動きを封じられていたキヨミに出来る唯一の反抗だった。

「あの・・・俺、そんなにひどい事しましたかね・・・?」

 また小さくため息をつき、朋彦は恐る恐るキヨミを見た。

 睨みつけたまま答えないキヨミに代わり、側に居た長髪の優男が口を開いた。

「俺達はマジナイ師が嫌いなんでね。特にキヨミは少し前にひどい目に遭わされたから、マジナイ師と名乗る者は全部嫌いなんだ。」

 この面子の中で一番理性的な様で、優男はキヨミと違って特には激高する事も無く、むしろ気の毒そうに朋彦を見ながら説明してくれた。

「姐さんが嫌いなマジナイ師は俺達も大っ嫌いだ!!」

「そうだそうだ!!」

 他の小太りや痩せぎすの男達はキヨミに同調して朋彦に敵意剥き出しの目を向けた。

「・・・っ! 朋彦さんはいいマジナイ師だよ!オレを助けてくれたり、化生をやっつけたり、いい事にマジナイを使ってるよ!」

 いつの間に来ていたのか、朋彦の背後にいたナオヨシが、少し声を震わせながらもキヨミ達に反論した。

「おい、子供達を見てろって・・・。」

 数メートルしか離れていないとはいえ、幼児二人と精霊一羽を放置するのは・・・と朋彦がナオヨシを咎めようとすると、チヅコ達はナオヨシの後ろにくっついて来ていた。

「うるさいわね!! マジナイ師なんて全部ろくでなしばっかりだよ!!」

 歯を剥いて叫ぶキヨミの剣幕に、ナオヨシは朋彦の背中を掴んで縮こまった。

「――まあ、いいけどね。」

 ナオヨシを落ち着かせる様に頭を軽く撫で、朋彦はキヨミ達の方へと向き直った。

「あー・・・えーと。」

 取り敢えず話が分かりそうな優男へと呼び掛けようとして、まだキヨミ以外の名前を聞いていなかった事に朋彦は気が付いた。

「ああ・・・俺はテルヒサ。こっちから、スエハチ、タケハル、シチゴロウ・・・。」

 朋彦の様子を察した優男――テルヒサが、順番に顎で示して仲間の名前を告げた。

 ナオヨシ程ではないが背の高い男がスエハチ、小柄で痩せた男がタケハル、小柄でやや太めの男がシチゴロウという事だった。

 幸いなのか残念なのか、テルヒサを初めどの男も見た感じとしては二十二、三歳で顔立ちも体格も朋彦の好みには全く合っていなかった。

 年齢はともかく、もっと可愛げがあって純朴な顔立ちだったら良かったのに――等と、少し余計な事を考えながらも、朋彦は取り敢えずテルヒサへと声を掛け直した。

「えーと、テルヒサさんだっけ。あんたらには悪いけど、朝飯食べ終わったらシモアサダ村まで送るから。そこでお役人にでも引き取ってもらうから・・・。」

 朋彦の言葉にキヨミやテルヒサ達も表情を硬くして俯いた。

 昨夜の漏れ聞いた会話から、何らかの事情はあるのだろうけれども――。

 朋彦は無責任に深入りする事はしたくなかったので、道具袋から彼等の朝食代わりの栄養素入り小箱のビスケット(商標名は自粛)や水の入った竹筒を取り出すと、素っ気無く彼等の前へと置いていった。

「面倒だから自分で食べてくれ。少しだけ緩めるから。」

 懐の道具袋へと片手を突っ込み蛙人形を掴むと、キヨミ達を押さえていた手錠や足枷がゴムの様に変化してぐんにゃりと緩くなった。

 スエハチ達が驚きながら手足を伸ばしている横で、キヨミは素早く立ち上がって朋彦へと飛びかかって来た。

「姐さん!」

「!!」

 手下の誰かが驚いて声を上げた。

 蛙人形を握ったままの朋彦は、反射的に元に戻れと念じ、元の大きさと固さに戻った手錠と足枷に阻まれたキヨミはそのまま前へと大きく倒れ込んだ。

「姐さん、無茶するなよ・・・。」

 シチゴロウがおろおろとしながら声を掛けた。

「うるさい! ちょっとでもこいつにやり返さないと気が済まないんだよ!」

 キヨミの叫び声を聞きながら、朋彦はまた溜息をついた。

 マジナイ師というだけでここまで恨まれるなんて、キヨミ達にそのマジナイ師は何をしたのだろうか・・・。

「もうっ! マジナイ師に恵んでもらわなくてもいいよ!こんなもん!」

 何とか両手をついて体を起こすと、腹立ち紛れにキヨミは自分の近くに置かれていた竹筒とビスケットの小箱を蹴り飛ばした。

 それを見たスエハチ達も、小箱に伸ばしかけていた手を止め、

「姐さんが食わねえんなら、俺達もいらねえ!」

 スエハチ達は小箱と竹筒から顔を背けた。

「随分慕われてるんだな・・・。」

 やはり根は大した悪人達ではないのだろうと思いながら、朋彦はどうしたものかと困惑した。

「――キヨミ・・・。張らなくていい所で意地は張るな・・・。なかなか食べ物が手に入らなくて、ここの所余り食べてないじゃないか。」

 優しくも何処か厳しく言い聞かせる様にテルヒサが声を掛けた。

 それから率先して自ら箱を開けてビスケットを取り出した――所で手が止まった。

「ん・・・土・・・?」

 ビスケットはヨモアシナラにはまだ無く、テルヒサ達には土か砂を押し固めた塊の様にしか見えなかった。

「ああ、説明してなかったっけ。ちゃんと食べ物だから。」

 朋彦の言葉を聞きながら、土の様な物の塊をテルヒサは恐る恐る口に運んだ。

「――! なかなか甘くて美味いな!」

 驚きながらも、一つ、また一つとビスケットを口にするテルヒサの様子に、最初は意地を張って顔を背けていたキヨミ達もやっと自分達の分へと手を伸ばした。

「・・・あの何かの塊もなかなか美味そうでござるな。」

 朋彦の背中に隠れているナオヨシの、更に後ろに立っているチヅコの頭の上でサダロウはビスケットを食べているキヨミ達の様子を伺っていた。

 今度は小鉢にビスケット屑かパン屑でも盛ってやろうかと、サダロウの呟きを聞きながら朋彦には次の悪戯心が湧いてきた様だった。

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