ななつめのかたり「夏過ぎぬ候 川遊びするに 化生と逢ふ」

 翌朝。

 日が上ってすぐにナオヨシは目を覚まし、その気配で朋彦も起き出した。

 この家での生活になって朝早く起きる必要は無くなったものの、長年の生活で身に着いた習慣の為にナオヨシは朝の早い時間に目が覚めてしまうのだった。

「毎朝早いな~。別にゆっくり寝ててもいいんだぜ?」

 朋彦は欠伸をしながら布団から這い出した。

「起こしてごめん・・・。いつもこれ位には起きて畑とか山とかに出てたから・・・。」

 ナオヨシは頭を掻きながら朋彦に謝った。

「朋彦さんはゆっくり寝てていいからさ・・・。」

「あ、いいよ。俺も起きるよ。」

 二人してだらけた生活を送るのも良くないと思い、朋彦は布団を畳むと押入れに仕舞い込んだ。

 ナオヨシが自分の布団を片付けた後、朋彦は二人で連れ立って洗面所へと行った。

 今まできちんとした朝の洗面の習慣はナオヨシには無かったが、ナオヨシも朋彦に倣って顔を洗い歯を磨く様になっていた。

 食事前という事で歯磨き粉は付けなかったが、顔や口の中がさっぱりした感じになるのをナオヨシは喜んでいた様だった。

「何食おうかね・・・。」

 まだ完全には頭が起きていない朋彦は、何度か欠伸をしながらナオヨシと共に洗面所から台所へとやって来た。

 昨日ナオヨシが掘った山芋は既に昨夜の夕食で食べてしまっていた。

「朋彦さんに任せるよ。」

「よし任されよう~。」

 ナオヨシの言葉に朋彦は笑いながらふざけた調子で返し、道具袋の中に手を突っ込んだ。

 ご飯に焼き魚、豆腐とワカメの味噌汁、焼き海苔――と、いつもの朝食メニューを作り出してテーブルの上に並べた。

「いただきま~す」

 朋彦もテーブルの前に腰を下ろし、ナオヨシと共に食事を始めた。

「今日は、もうちょっと奥の方まで探検してみるか。」

 焼き魚を食べながら朋彦は昨日の藪を思い返した。

「そうだね~。地図で見たら川があったみたいだから、そこまでは行ってみたい。」

 勉強熱心なナオヨシは、既にこの近辺の大まかな地理状況は覚えてしまっていた様だった。

「もう地図覚えたのか? 偉い!」

 朋彦はナオヨシの勉強の成果を喜び、がしがしと頭を撫でた。

 食べ終えた食器を洗って片付けた後、朋彦とナオヨシは昨日の続きの山の探検に出発した。

 午前中の山の中は夏も殆ど終わったせいもあり、涼しい空気が木々の香気と混じり合って漂っていた。

 昨日の夕暮れ時には薄暗くて気付かなかったが、遠くに見える山肌にはほんの少し黄や紅に変わり始めた木々が混じり始めていた。

 昨日と同じ様にナオヨシが藪を刈り払って道を開き、朋彦がその後を付いて行くという形で山の奥へ奥へと進んでいった。

「うーん・・・何か、俺、何にもしてない様な・・・。」

 涼しい山の中でも既に汗ばんでいるナオヨシの後ろ姿――特に褌から剥き出しの尻を眺めながら、朋彦は頭を掻いた。

 草を刈ったり横に寄せたりする動きにあわせ、筋肉質な尻が揺れたり踏ん張ったりする様子を朋彦はむらむらしながら楽しんでいたが、ナオヨシばかりに重労働を任せるのも申し訳無い気持ちになっていた。

「あー、じゃあ、朋彦さんはオレが刈った草をどけるの手伝って。」

「おう!」

 ナオヨシにそう言われ、朋彦は自分の刀を道具袋の中に仕舞い込み、両手で抱える様にして刈り払った草の塊を真横の茂みの中へと押しやった。

「あ、これ食べれるヤツだ。」

 時々ナオヨシが刀を振るう手を止め、目に留まった木の実をちぎり取った。

「こっちは生のままでもお湯に浸してお茶になる葉っぱだよ。」

 藪を進みながらナオヨシがそうやって教えてくれる内に、朋彦も知識の参照がし易くなっていき、どの植物が食用や薬用になるのかすぐに判る様になっていった。

「山の恵みとはよく言ったもんだよな~。」

 ナオヨシから受け取った木の実や木の葉の束を道具袋に仕舞い、朋彦は足を止めて一休みした。

 知識を得てから改めて山を眺めると、そこかしこに生活の役に立つ草木が茂っており、公家等の身分の高い者達が趣味で観賞用に栽培する山野草も含めると、ある意味宝の山の中に二人は居た。

「こんな山奥にはなかなか人が来ないからなあ。」

 ナオヨシも刀を一旦収め、自分で肩を揉み解しながら朋彦と共に山の景色を眺めた。

 しばらくそうして小休止をした後、朋彦とナオヨシは再び藪を刈り払いながら進み始めた。

「川まで出たら昼飯にするか。」

 刈った草をどけながら朋彦が尋ねると、ナオヨシは楽しげに頷いた。

「うん!」

 そうやって歩みは遅いながらも山の奥へ奥へと進んでいき、やがて目の前が少し開け、川のある場所へと辿り着いたのだった。

 大小様々な岩の塊が並び、その隙間を川が縫う様に流れていた。

 緩やかな山の斜面を慣れた足取りでナオヨシは下りて行き、その後ろをへっぴり腰で朋彦が付いていった。

 二人の姿に驚いた小動物――狸の様な黒い小さな塊が何匹か川から走り去って行った。

 平らで歩き易い岩の上を選んで川の方へと進んでいくと、意外と川幅はあり広く浅く流れていた。「朋彦さん、ここだと眺めがいいよ。」

 川のすぐ側の平らで広くなっている大きな岩の上で立ち止まり、ナオヨシがよろよろと後を付いて来る朋彦を振り返った。

「そ・・・そっか・・・。」

 藪の中を進むよりも大小でこぼことした岩場を上り下りする方が意外と体力を使い、朋彦はぜえぜえと言いながらナオヨシに返事をした。

 胡坐をかいて座るナオヨシの隣に朋彦も座り込むと、確かにナオヨシの言う通り岩のすぐ下から浅く緩やかな川の流れが広がる様子が見え、川を挟んで両側に広がるちらちらと黄や紅の差し始めた山の木々の景色が楽しめた。

「・・・・・・何か痔になりそう・・・。」

 風流に山と川の風情を楽しんでいたものの、何分も経たない内に朋彦は岩に冷やされた尻を浮かせて中腰になった。

 岩の上は意外と冷たく、褌を締めただけの剥き出しの尻はすぐに冷えてしまっていた。

「昔の人・・・っていうかこの世界の人って大変なんだな・・・。」

 岩の冷たい感触に耐えられず、朋彦は二人分の座布団を作り出して岩の上に置いた。

 二人は改めて腰を下ろし直し、ほっと一息ついた。

 時折短くさえずる山の小鳥達が朋彦達の近くを横切り、川の近くに飛ぶ虫を食べる姿が目に入った。

 さらさらと流れる川の水の音に何かの弾ける音が混ざり、それに目を向けると川魚が跳ねた様だった。

 そうした自然の音は絶え間無く聞こえてはくるものの、何処か穏やかで柔らかく朋彦の耳に届いていた。

「静かだな・・・。」

 ごく自然に朋彦は隣のナオヨシの手を握りながら呟いた。

「うん。」

 ナオヨシが手を握り返して頷いた所で、二人の腹の虫が同時に鳴り始めた。

「・・・昼飯・・・食うか・・・。」

 朋彦は折角の良い雰囲気が台無しになってしまった様に感じてしまい、少しばつが悪そうに苦笑した。

「山の中かなり歩いたから腹減ったもんな~。」

 ナオヨシは腹をさすりながら朋彦に笑い返した。

 朋彦は腹に貼り付けていた道具袋に手を突っ込み、昼食のイメージを思い浮かべた。

 ここに来るまでの道中は藪を切り開きながらの結構大変な道のりだったが、小川の近くで休憩している今になると呑気な行楽気分が頭の中の大半を占めていた。

 そのせいで朋彦が作り出した昼食は、元の世界の幕の内弁当の様な物だった。

「美味そう~!」

 漆塗りの黒い大きな弁当箱を受け取り、ナオヨシは早速蓋を開けた。

 桝目に区切られた中に川魚や山菜の天麩羅や、蕪の漬物、豆や牛蒡の煮付け、人参や茸等が細かく刻まれた炊き込み御飯等が入っていた。

「いただきまーす。」

 ナオヨシと朋彦は割箸を取り食べ始めた。

「毎日こんなにすげぇご馳走で幸せだな~。」

 既に塩味の付いていた川魚の天麩羅を頬張りながら、ナオヨシはうっとりする様に呟いた。

「俺もナオヨシに喜んでもらえて良かったよ。」

 ナオヨシの喜ぶ様子を見て、朋彦も弁当の味がますます美味くなった様な気がした。

 竹筒の水筒を取り出して水を飲んだ所で、朋彦はふと思い付いて道具袋からガスコンロを取り出した。

「さっきのナントカ言う葉っぱでお茶飲んでみようぜ。」

 朋彦はコンロに鍋を置いて水筒から湯を注いだ。

 湯はすぐに沸き、道具袋から木の葉を何枚か取り出して鍋に入れると、ほうじ茶の様な香りがふんわりと広がった。

「いい匂いだな~。」

 ナオヨシは鍋の上に少し顔を近付けた。

 朋彦が鍋に蓋をしてしばらく茶葉を蒸らし、出来上がった所で二つの湯呑みに茶を注いだ。

 朋彦から湯呑みを受け取りナオヨシはそっと口を付けた。

「美味い茶だな~。・・・ほんとに有難う・・・。朋彦さん・・・。」

 村人の目も生活の糧も心配する必要の無い中で、山や川の風景をゆっくりと味わう事の出来る今の生活を、ナオヨシはしみじみと有り難く噛み締めていた様だった。

「いやいや、改めて言われると恥ずかしいなー。」

 ナオヨシの改まった礼の言葉に朋彦はごまかす様に笑い、慌てて茶を飲んだ。

 時々吹く微風に木々が揺れ、幾つかの枯葉が川面や朋彦達の座る岩の上へと落ちて来た。

「ちゃんと紅葉した時期になったらまた来ような。」

「そうだね~。」

 朋彦が食べ終わった弁当箱を道具袋に仕舞いながら言うのに答えながら、ナオヨシは空になった湯呑みを手渡した。

 そこに突然、遠くの山から何羽かの鳥達が悲鳴を上げるようにけたたましく叫びながら飛び立った。

「ん!?」

 鳥達の飛び立った方向に朋彦とナオヨシが目を向けると、その方向から何か低い地鳴りの様な音が響いてきた。

「何だ・・・?」

 地鳴りはすぐに小川に近付いて来て、木々をへし折りながら一つの大きな姿を現した。

「――!!」

 朋彦達の座る岩から小川を挟んだ反対側の茂みから、赤黒い禿頭がぬっと出現した。

 一本の鋭い角が頭頂にあり、顔には四つの血走った目が見開かれ、赤黒い体はごつごつとした岩の様な筋肉に覆われていた。

 全裸ではあったが生殖器は無く、朋彦の受けた印象ではよく出来た動物の皮で作られた着ぐるみのスーツの様にも見えた。

「鬼の化生だ――!!」

 ナオヨシが震えながら叫び、朋彦にしがみ付いた。

「と・・・とにかく逃げよう!!」

 朋彦がナオヨシの手を握り慌てて立ち上がったが、既に鬼の化生は朋彦達を獲物と見定めた様だった。

 笑ったかの様に口を開いて牙を剥き、手にしていた物を小川に投げ捨てると鬼の化生はのそのそと歩き始めた。

 投げ捨てられたのは半分に噛み千切られた猪の様な、殺されたばかりらしい動物の死体だった。血と水の飛沫が川辺に飛び散り、近くの岩肌に赤く濡れた模様が描かれた。

 水飛沫の音に思わず二人が振り返ってしまった隙に鬼は大きく跳び上がり、瞬く間に距離を詰めて二人の近くへと迫った。

「くそー!!」

 慣れない岩場で思う様にも逃げられず、間近に迫った鬼の姿に朋彦はヤケクソの様に叫び声を上げ、刀を抜いて構えた。

「と・・・朋彦さん・・・!」

 腰が引けてはいたがナオヨシも彼なりに朋彦を守ろうとして自分の刀を抜いた。

 鬼の血走った四つの目がぎょろぎょろとばらばらに動き、獲物の二人を睨み付けた。

「!」

 さして間を置かず、鬼は一人ずつ片付けようと岩の塊の様なその拳を握り締め、朋彦の方へと叩き付けて来た。 

 適当な構えの朋彦の刀の前に不可視の防御壁が展開され、鬼の大きな拳を受け止めていたが朋彦は自分が設定していた腕輪の能力も完全に失念してしまっていた。

 眼前の鬼への恐怖にがくがくと震える自分の腕を、何処か他人事の様に朋彦は眺めながらも、とにかく出鱈目に刀を振り回した。

 一般の刀剣並みの設定のままだった為に、朋彦が振り回した刃は鬼の拳や腕の表面に僅かな切り傷を作るにとどまった。

「・・・ッッ!!」

 朋彦は鬼が一瞬だけ怯んで後退した隙に、震える指先に無理矢理力を込めて慌てて刀の鍔の赤いボタンを押した。

 刀が一番よく切れる設定は赤だった筈。多分。きっと。震え続ける手足に無理矢理力を入れて朋彦は再び向かってきた鬼へととにかく刀を力任せに振り下ろした。

「――!!」

 思わず目を閉じてしまった事に気付き、すぐにまた目を開けて前を見ると、視界の片隅に驚きの表情のまま固まっているナオヨシの姿が一番最初に朋彦の頭に認識された。

 次いで、眼前で牙を剥きながら崩れ落ちていく鬼の姿をやっと朋彦は認識した。

 幸いにも赤いボタンが一番よく切れる設定という朋彦の記憶は間違っておらず、鬼の岩の様な巨体を何の手応えも無くあっさりと両断していたのだった。

 鬼は首から腹部にかけて袈裟懸けに斬られ、赤黒い筋肉や臓物の様な物を噴き出しながら倒れていった。

 血や体液らしき物も幾らかは流れ出ていたものの、それらはすぐにどす黒い煙へと変化し――鬼の体もまた黒煙と化して消滅を始めていた。

 ――化生は倒されると再び負の精神エネルギーの残りカスへと分解され、消滅する。

 いつの間にか側に来ていたナオヨシの手を握り締めてがたがたと震えて座り込む朋彦の頭の中に、相変わらず便利なのか不便なのかよく判らないこの世界の知識が半ば勝手に参照され、流れ去った。

 二人が幾らか落ち着きを取り戻して呼吸も整う頃には、鬼の体は全て黒い煙へと分解されて消滅していた。

「・・・良かった・・・。助かって・・・。」

「うん・・・うん・・・。」 

 力を込め過ぎてお互いに握った手がぶるぶると震えて強張ってしまっている事に苦笑しながら、朋彦とナオヨシはお互いの冷や汗にまみれた顔を見た。

「ほんと・・・この世界の人も大変だよな・・・。」

 朋彦はもう一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと息を吐いた。

 一拍置いて無理矢理気合を入れると、まだ少し震える足腰に力を入れてゆっくりと立ち上がった。

 鬼の化生は消滅してしまったが、先刻鬼が川辺に投げ付けた猪の死体と血飛沫はそのままあり、朋彦はなるべく見ない様にして刀を道具袋に仕舞い込んだ。

「・・・帰ろうか・・・。」

 額の冷や汗を拭い朋彦はナオヨシに呼び掛けた。

「う、うん・・・。」

 ナオヨシも自分の刀を鞘に戻すと、まだ緊張の解けない硬い表情を残しながら小さく頷いた。

     


 鬼の化生に襲われた恐怖と緊張感からやっと解放されたものの、朋彦もナオヨシも体力と気力をすっかり消耗してしまい、家へ帰る途中の足取りは遅く途中何度もぐったりと座り込んで休憩した。

 二人が家に帰りついた頃には日も傾きかけ、山道も薄暗くなりかけていた。

 木々の茂みの向こうに見慣れた鉄柱の上に聳える中古住宅が見えると、朋彦はほっと一息つき、ナオヨシは朋彦の肩に抱き付く様にもたれかかったのだった。

「やっと帰れたな~。」

 ナオヨシはそう言って朋彦の肩を抱いたまま引きずる様にして鉄柱の側へと歩いていった。

「ホント、すっげえ疲れたな・・・。」

 朋彦も大きな溜息をつき、ナオヨシの腕に巻き付かれるままにして鉄柱へと触れた。

 いつもの様に二人は家の中へと吸い込まれ、玄関へと上がっていった。

 見慣れた玄関の様子に二人は大きな安堵を感じながら、草履を脱いでふらふらとしながら家の中へと上がった。

「あー・・・。怖かった~!!」

 朋彦は思わずそう言いながら寝間にしている六畳間にふらふらと転がり込むと、ひどい緊張感からの解放にぐったりと仰向けになった。まだ刀にぶつかって来た鬼の拳の衝撃が手の中に残っている様な錯覚があった。

「でも助かってよかった。」

 朋彦の隣に寝転がりながらナオヨシは微笑んだ。

「ほんとだな~。助かってよかった。」

 朋彦はまだ少し緊張に震えている自分の左手を眺め――そこに嵌められた木の腕輪を見て、今更ながら思い出した事があった。

「・・・・あ・・・。」

 木の腕輪には常時自動で防御魔法を展開する機能がある――自分で決めて付与していた筈の能力をすっかり忘れてしまっていたのだった。

 朋彦の気付いていない間に防御壁が展開されていた筈だったのだが、鬼と対峙する恐怖感や緊張感で朋彦は全く気付いていなかったのだった。

「腕輪の防御壁のコト、すっかり忘れてたぜ・・・。」

 朋彦の言葉に隣に寝そべっていたナオヨシも笑い声を上げた。

「もぉー! 忘れんぼさんだな朋彦さんは~!!」

「まいったね。自分で考えた事なのになー!」

 つられて朋彦も笑い出し、頭を掻いた。

 正直な所二度と化生には会いたくはないが、もしまた万一襲われる事があってもこの防御魔法を忘れない事で次はもう少し落ち着いて対処出来る・・・と思いたかった。 

 そうして畳の上でごろごろしている内に疲れも出て来た様で、朋彦もナオヨシもいつの間にか寝入ってしまっていた。



「・・・ん・・・?」

 朋彦がはっと目を覚ますと、辺りは薄明るくなっていた。

 この世界に転移してきてからは余り時計は意味が無いと思ってはいたものの、朋彦は腹に貼り付けたままの道具袋の中から板状の携帯端末を取り出して時刻を見た。

 午前六時二十分――この世界では余り意味が無い二十四時間表示の時計だったが、朋彦自身がおおよその時刻を理解するのには役立った。

「うわっ、あのまま寝ちまったのかよ~。」

 反射的に体を起こして薄明るくなり始めている窓の外へと慌てて目を向けて――朋彦は、何を慌てているのかと我に返った。

 生活のリズムを維持する事は大事ではあったけれども――もうこの世界では大学にもバイトにも行く必要は無いから、以前の様に朝慌しく起きる必要も無かったのに。

「どうも条件反射が染み付いてていかんねー。」

 朋彦は自嘲気味に溜息をついた。

 朋彦が起き出した気配にナオヨシもまた目を覚まし、欠伸をしながら起き上がった。

「あ、おはよう。朋彦さん。」

「おはよ。」

 朋彦の横で少しの間ナオヨシはぼんやりと座ったままだったが、すぐに目が覚めた様でいそいそと立ち上がった。

「・・・あ・・・。」

 六畳間を出ようとした体勢のまま、ナオヨシは何かに思い当たった様でそのまま立ち止まってしまった。

「へへへ・・・。もう村の畑仕事とか山仕事とか行かなくてもいいんだっけ。」

 照れ隠しに笑いながらナオヨシはまた朋彦の前に腰を下ろした。

 朝起きて慌てる生活習慣はナオヨシも同じ様だった。

「ナオヨシどんは働き者だもんな。」

 朋彦は先刻の自分を棚に上げてナオヨシをからかった。

「ちょっと早いけど朝飯にするか。」

 朋彦はそう言って立ち上がり、ナオヨシと一緒に台所へと行った。

 朝食作りは、すっかり習慣と化してしまっている蛙人形からの食べ物の創造によるものだったが、ふと朋彦は台所の真新しいガス台の前でナオヨシに尋ねてみた。

「そういや、ナオヨシは何か料理が得意だったりするのか?」

「・・・全然・・・。料理出来る程食べ物も無かったし・・・。」

 朋彦の問いに何処か申し訳無さそうにナオヨシは答えた。

「そうか・・・。ごめんな。変な事訊いて・・・。」

 村の貧しい食生活を今更ながら朋彦は思い出し、ナオヨシに軽く謝った。

 取り敢えず今日も蛙人形から朝食を作り出す事にして、朋彦とナオヨシはテーブルの前に腰を下ろした。

 白米の御飯に、青菜と油揚げの味噌汁、卵焼きに沢庵・・・と、この世界でも豊かな地方では一般的に食べられているメニューを作り出し、朋彦はテーブルの上へと並べた。

「そういや、この料理の卵ってどんな鳥なんだ?」

 食事をしながらふとナオヨシは食べかけの卵焼きの皿を見た。

「うーんと、ニワトリだな。」

 蛙人形から作り出したので厳密には何の卵でもなかったが、元になったイメージは当然の事ながらブロイラーの鶏だった。

 朋彦がそう答えるとナオヨシは不思議そうに首をかしげていた。

「二羽?・・・の鳥?」

 ナギシダ村にはニワトリが居ない様で、ナオヨシは鶏を知らない様だった。

 朋彦が知識を参照すると、元の世界の様な完全に家畜化される前の品種の鶏はこの世界にも居るが、ナギシダ村の様な貧しい村では飼う事は少ないとの事だった。

「んーと・・・こんな鳥だな・・・。」

 腹の道具袋から携帯端末機を取り出してテーブルの隅に置くと、朋彦はこの世界の鶏とその卵を映し出した。

「へえええ!! こんな鳥が居るのかあ・・・。卵も大っきいな~!」

 ナオヨシは箸を持ったまま端末機からの立体映像を覗き込んだ。

 山の小鳥や鶉の卵ぐらいしか見た事の無かったナオヨシには、鶏の卵は衝撃的な様だった。

「まあ、後でゆっくり見ろよ。あー、メシがこぼれてるぞ。」

 鶏の映像をしげしげと見続けるナオヨシを微笑ましく眺めながらも、朋彦はテーブルの上に落ちた御飯粒の塊を自分の空になった茶碗へと片付けた。

「あ、うん!」

 朋彦に注意をされてナオヨシは慌てて向き直り、いつもより急いで食事を掻き込み始めた。

 食事を終えるとナオヨシは自分の分の食器と、ついでに朋彦の分の食器も流し台の方へと持って行った。

「ねえねえ朋彦さん! 他にも見せてよ!」

 すぐに自分の席に戻ると、ナオヨシは映像を映し出したままの携帯端末をテーブルの真ん中へと移動させた。

「あー、はいはい。今日は勉強の日になっちまうな。」

 ナオヨシに急かされるまま、朋彦は笑いながら端末へと手を伸ばした。

 鶏に始まり、鶉や雉等、食用にされる山の鳥達の映像や説明を映し出すと、ナオヨシは食い入る様に見ていた。

「・・・あれ? 」

 ナオヨシに鶏等の写真や動画を見せている横で、朋彦がナオヨシの勉強に役立ちそうな物が他に何か無いかと、端末機の中の情報を何となく適当に漁っている内に教育番組の様な数十分単位の動画が幾つか存在する事に気が付いた。

 「いきもの探訪・家畜について」「こどものための理科・うずらの生態」「にわとりの飼い方」等々――試しに二~三分朋彦が視聴してみると、生き物の様子や場所の説明等はこの世界の物に準じていた。

「・・・すっげぇ御都合主義だな・・・。」

 テレビやラジオはおろか書物すら充分には存在していないこの世界で、何故こうした視聴者の存在しえない番組のデータがあるのか。

 朋彦が何となく答えを求めて知識の参照を頭の中で行なうと――パイライフから朋彦へのこの世界の知識の伝授の一環として、脳への負荷の少ない方法も取ってみた・・・とあった。

「・・・・・・・。」

 その答えに朋彦は眉間に深い皺を寄せた。

 既に頭痛も殆ど無く蛙人形の力や知識の参照を使い始めている朋彦にとっては、今更の事でしかなかった。

 どうせならもっと早く――この世界に来た初日にこそ教えてもらいたかったと、朋彦はパイライフへの恨み言を心の中で呟いた。

 小さな溜息をつきながら教養番組関連のデータを端末機の中から検索してみると、元の世界で言う所の国語算数理科社会・・・と言った様々な分野の解説をしたテレビ番組の様な物が大量に示された。

「ん? 何それ? オレにも判る本とかある?」

 向学心に燃えているらしいナオヨシが、目聡く朋彦の手元に表示されているテレビ番組の一覧表を見つけて食い付いてきた。

「・・・ああ。今日はテレビ視聴で勉強の日になりそうだな・・・。」

 朋彦は笑いながらも小さく溜息をつき、適当に目に付いた「山のいきもの・鳥編」の表示に手を触れた。

 暫くしてテーブルの上に擬似的な立体映像のテレビ画面が構成され、動画の再生が始まった。

 


 その番組は二十分程度で終わり、内容も子供向けの判り易い解説付きのものだった。

 目の前で鮮やかな色彩と音とで再現される山の風景や山鳥達の生態に、ナオヨシはすっかり魅了されていた様だった。

「面白かった! オレ、村の年寄りよりも物知りになったみたいだ!」

 知識を吸収する喜びや面白さに、ナオヨシは満面の笑みで朋彦に語りかけてきた。

「そうか~・・・。」

 ナオヨシの笑みに朋彦も嬉しくなったが、ふと大学で碌に向学心も無くだらだらと講義を受けたり受けなかったりしていた自分の学生生活を思い返し、何となく恥ずかしい気持ちも感じてしまっていた。

「次は何か無いのか?」

「ん? あー、うん。」

 ナオヨシの問い掛けに、朋彦は次に「川のいきもの・魚編」を再生する事にした。

「――わたしたちがすむ、このニシガヨリ島にはおおきなかわがよっつあり・・・。」

 そんなナレーションから番組が始まり、ナオヨシは椅子に座ったまま続いて熱心に見始めた。

「へええ・・・。この島にこんな大っきい川があるんだな。」

「へー。俺も知らんかった。」

 そんなナオヨシの呟きに、朋彦の方も一応はこの世界の勉強にはなっていた様だった。

 見始めて数分経ち、朋彦の方は少し飽きてきたので気分転換にお茶を淹れる事した。

 鮎やらヤマメやら様々な川魚の解説を熱心に見続けているナオヨシの邪魔にならない様に、朋彦はそっと椅子から立ち上がると背後のガス台の前へと立った。

 鍋に水を入れて火に掛けると、昨日の川へ行く途中でナオヨシが採った木の葉がまだ残っていたので、朋彦は道具袋からまた何枚か取り出した。

 道具袋の細かい特製を設定はしていなかったが、道具袋の中では一種の時間停止が行なわれている様で、取り出した木の葉は全く萎れておらず瑞々しいままの状態だった。

「下手な冷蔵庫より便利だな・・・。」

 朋彦はそんな独り言を言いながら、昨日と同じ様な手順で沸騰して火を止めた鍋の中に木の葉を入れて蒸らし始めた。

「ナオヨシ~、お前もお茶飲むだろ?」

 朋彦がそう言ってテーブルの方を振り返ると、何故かナオヨシはテレビの画面を食い入る様に――しかし顔を赤くして見つめていた。

「・・・?」

 朋彦が首をかしげながら宙に映し出されているテレビの画面の方に目を向けると、川辺で銛を手に川魚を獲っている褌姿の若い男達が映っていた。

 朋彦やナオヨシと同じ位の年頃の引き締まった体格の殆ど全裸に近い青年達が映し出された画面を見つめているナオヨシの様子に、朋彦も納得した。

「あ、いやっ、その・・・。」

 朋彦が自分を見ている事に気が付き、ナオヨシはますます顔を赤くして俯いた。

「何だよ~。恥かしがんなよ~。いいっていいって。俺も覚えがあるし。」

 朋彦はにやにやと笑いながらテーブルの上の端末機に手を触れ、問題の場面を少しだけ巻き戻した。

 朋彦の好みでもある筋肉質に引き締まりつつも滑らかで張りのある体付きの青年達が、解説されている川魚の実際の生態を紹介する流れで何故か殊更画面にクローズアップされて映し出されていた。

 赤く日焼けした肌はしっとりと水や汗に濡れ、赤や白の褌も少し解けかけたまま彼等の股間に貼り付いていた。

 決して成人向けの番組ではなくとも、ちょっとした水着や着替えの場面等を見て心と体をときめかせる事は朋彦にも覚えがあった。勿論その対象はきわどい水着の綺麗なお姉ちゃん等ではなかったが。 

「イイなコレ~!! マヂエロいっスわ~。」

 朋彦も川で漁をする若者達の場面に興奮してしまっていた。

 銛で川魚を刺す場面も肝心の魚よりも水上の若者達の方が多く映されており、ナオヨシよりも朋彦の方が、銛を振るう若者の腕や腹の筋肉や尻の様子に釘付けになってしまっていた。

「と、朋彦さん~・・・。」

 自分よりも興奮してしまっている朋彦の様子に、ナオヨシは困惑した様に朋彦へと顔を上げた。

 しかし朋彦は最早お茶の事等そっちのけでナオヨシの方をニヤニヤと笑いながら見た。

 画面の中の若者達も魅力的ではあったが、目の前で顔を赤くしたまま困った様に朋彦の方を見たり視線を逸らしたりしているナオヨシもまた、朋彦にとってはとても魅力的だった。

 朋彦は椅子をナオヨシの真横にずらすと、ナオヨシの体にそっと抱き付いた。ナオヨシの体はほんのりと熱を持っており、既に褌の前は大きく勃ち上がっていた。

「――でも、ナオヨシもすっげぇエロくてイイけどな~。」

 朋彦が朋彦にとっての誉め言葉を口にするものの、ナオヨシにはただ恥ずかしく感じてしまい、真っ赤な顔のまま咎める様に朋彦を見るばかりだった。

 朋彦の手がナオヨシの股間へと伸ばされ、ゆっくりと揉みしだかれていくがナオヨシは荒くなる呼吸を我慢するだけで抵抗はしなかった。

 ナオヨシの上着を剥ぎ取り、褌を解くとナオヨシは椅子の上ですぐに全裸になってしまった。

 ナオヨシの口を吸いながら、朋彦も自分の着物を脱ぎ捨て、道具袋を外し、ナオヨシのがっしりとした体に両腕を回してしっかりと抱き付いた。

「と・・・朋彦さん・・・。」

 何処か咎める様にそう呟き、まだ恥ずかしさに俯きがちになるナオヨシに朋彦は笑いかけると、テーブルの上の携帯端末に手を伸ばして川辺の若者達の場面を一時停止にした。

「川原でヤるのも良さそうだよな~。」

 朋彦はそう言いながら、ひくひくと揺れて濡れ始めていたナオヨシの先端をぎゅっと掴んだ。

「!! っ・・・そんな~。恥ずかしいよ、そんなの。」

 先端が圧迫される気持ち良さにナオヨシはぎゅっと目を閉じ、思わず仰け反ってしまった。

「まあ、その内しような~。」

 目を閉じて快感に顔をしかめるナオヨシの顔を愛しげに撫でながら、朋彦はまたナオヨシの唇へと唇を寄せた。

 朋彦がゆっくりとナオヨシの口をこじ開け、舌先を伸ばすとナオヨシもまたぎこちなく自分の舌を絡め始めた。

 既に汗ばみ始めたお互いの胸や背中、尻をまさぐり合い、押し付け合いながらその張りのある筋肉の弾力を感じながら、朋彦もナオヨシもお互いの体に欲情していった。

「・・・朋彦さん・・・。」

 潤んだ目で朋彦の顔やその体を見ながらも、まだナオヨシは何処か申し訳無さそうな表情で俯きがちだった。

「オレ・・・。何か・・・その・・・。」

 決して拒絶している訳ではなかったものの、自分の股間の物を握り締める朋彦の手をナオヨシはそっと押し遣ろうとした。

「・・・恥ずかしがるなよ・・・。」

 朋彦は努めて明るくナオヨシに笑いかけ、硬く熱くなった自分の物の方は隠すどころかぐいぐいとナオヨシの腹へと押し付けて来た。

「・・・何? やっぱ、恥ずかしいか・・・?」

 朋彦の問い掛けに、ナオヨシは小さく俯いた。

「それもあるけど・・・。何か・・・その・・・男の裸見て勃っちまうの、まずいっていう気持ちになるんだ・・・。村の人達にばれたらまずかったから・・・。その・・・。」

「あー・・・。そっか・・・。ずっと隠してたもんな・・・。」

 ナオヨシの答えを聞いて朋彦は小さな溜息をつき、ナオヨシの頭と、そして股間の茂みを順番に撫でた。 

 股間を撫でられナオヨシは一瞬反射的に仰け反ったが、顔を赤くするばかりで特に拒否的ではなかった。

 何故自分だけが男の裸に欲情してしまうのか。そんな疑問に答えが出ないまま、他人に知られてはいけない緊張感の中で生きて来なければならなかった――それは元の世界での朋彦の生活もまた幾らかは似た様なものだった。

 しかし他人に隠しながらも自分の身の上についての一応の知識を得たり、それなりに「産めぬ民」同士で宜しく交わり遊んできた朋彦とは違い、ナオヨシはそうした知識も方法も得られないままずっと一人で不安な中生きてきたのだった。

「・・・ナオヨシ・・・。」

 元の世界でのネット等での安易な交流の延長でナオヨシの体をがっつこうという意識が結構な割合であったものの、朋彦は少し申し訳無い気持ちになってしまった。

「何も知らないヤツにいきなり裸防具プレイは敷居が高過ぎたな・・・。」

 先日のはしゃぎ過ぎた剣道の立ち合いを思い出し、朋彦は反省した。


(パイライフの検閲により削除)


朋彦とナオヨシ、六畳間に閨をものして交わりたる

朋彦、騎乗位にてぶちまけにけり





「じゃあ風呂でも入るか。」

 朋彦はまだ顔を赤くしているナオヨシの額へと自分の額を押し付け、ぐりぐりと擦り付けた。

「――あ!」

 不意に何かを思い出したのかナオヨシが顔を上げた。

「お茶、入れっ放し!」

 ナオヨシの言葉に朋彦も、火は止めていたものの鍋の中で茶葉を蒸らしていたままだった事をやっと思い出した。

 汗まみれの裸のまま二人は台所へと戻り、ガス台に置いたままの鍋の蓋を開けてみた。

「うわー、真っ黒。」

 朋彦の横からナオヨシは鍋の中の茶を覗き込んだ。

 抽出され過ぎた木の葉は煮浸しの状態になっており、柔らかくなり過ぎた葉が黒い水の中をゆらゆらと漂っていた。

「うわっ、苦っ。」

 一口分を湯呑みに入れて朋彦が口に含んでみたが、苦味と渋味ばかりの液体になっており、とても飲めたものではなかった。

「仕方無い・・・。捨てるか。でも勿体無いな・・・。」

 朋彦は駄目で元々と試しに知識の参照をしてこの木の葉の抽出液の他の使い方を探してみた。

 ――町の裕福な家庭では化粧水や、入浴剤の材料として利用される事もある。

「おっ! ナイスパイライフ!」

「?」

 知識の参照を終えた朋彦の呟きにナオヨシが首をかしげた。

「このお茶――ていうか煮汁、風呂に使えるってさ。お肌つるつる美容液だってさ!」

「へえ・・・?」

 よく判らないままナオヨシも、鍋を手にして浴室に向かう朋彦の後に続いた。

 朋彦はまだ空の湯船に鍋の中身をあけ、蛇口を捻った。

 大量の湯で薄められたお蔭か、湯の色はまた先日飲んだお茶の様に薄赤味を帯びた茶色になり、濃いほうじ茶の様な香りが浴室の中に広がっていった。

「へええ。お茶の風呂かあ。」

 傍らで見ていたナオヨシが面白そうに湯船の中を覗き込んだ。

「ついでだし、このまま風呂に入ろうぜ~。」

 朋彦は鍋を洗面台に置き、浴室へと戻ってきた。

「うん!」

 汗や精を洗い流し、二人がゆっくりと茶で満たされた湯船に浸かると、窓の外には既に夕暮れとなった山の景色が広がっていた。

「このままここで、お屋敷の中で暮らし続けるのもいいなあ~・・・。」 

 浴槽に背中をもたれかけ、窓の外の夕焼けの傾く空を見上げながらナオヨシはのんびりと呟いた。

「お前なあ・・・。引き篭もりの素質があったなんて意外だぞ。」

 朋彦は呆れてナオヨシの湯に濡れた厚い胸板を軽く小突いた。

「だってここなら誰もオレの事を「産めぬ民」だって責めたりしないし・・・。夜中に凍える事も無いし・・・。飯だって美味いもん腹いっぱい食えるし・・・。勉強も教えてくれるし・・・。」

 窓の外の何処までも続く薄青い影の差し始めていた山の木々の連なりを眺めながら、ナオヨシは呟いた。

「それに・・・朋彦さんが居るし・・・。」

 ナオヨシは横に一緒に座る朋彦へと視線を移し、悲しさと嬉しさの入り混じった様な表情で朋彦に抱きついた。

「そうか・・・。」

 あやす様にナオヨシの頭や大きな背中を撫でながら、朋彦はそのままナオヨシの腕の中に納まった。

 硬くがっしりとしたナオヨシの胸板や腹筋の感触や体温、心臓の音を感じながら、朋彦は何故か穏やかで安心する様な気持ちを感じていた。

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