いつつめのかたり「家屋敷は空に伸びたる先にありて いとをかし 」

 次の瞬間には松明の明かりや村人達の喚く声が全て消え去り、朋彦とナオヨシは真っ暗な山道の途中に出現していた。

 朋彦達の姿に驚いたらしく、梟か何かの鳥が鳴きながら飛び去る音だけが耳に届いた。

 ナオヨシの下敷きになっている朋彦は何とか這い出すと、ナオヨシの様子を確かめようと振り返った。

「おい!! ナオヨシ!!」

 真っ暗闇の中で倒れたままのナオヨシは完全に意識を失っている様で、朋彦の呼び掛けにも答えは無かった。

 とにかく明かりを――と、朋彦は元の世界のホームセンターで見た事のある電球式のランタンを想像し、道具袋の中から取り出した。

「・・・っ!!」

 目の前に照らし出されたナオヨシの姿に朋彦は息を呑んだ。

 電球の明るい光の下で見たナオヨシの体は血まみれになっており、背中には鎌の刃の先端が少し刺さったままだった。

「ナオヨシ!!」

 思わず叫んだ朋彦は、ナオヨシに伸ばそうとした自分の腕や着物にも血がべっとりと付いている事に今更ながら気がついた。

 それは朋彦の出血ではなくナオヨシからのものだった。

 ナオヨシの着ている袖無しの着物もあちこちが破れ、朋彦がときめいていた褌も血で染まってしまっていた。

「・・・ナオヨシ・・・っ!!」

 このままだと本当にナオヨシが死んでしまう。目の前の重傷を負って倒れているナオヨシの姿に、朋彦のランタンを持つ手が小刻みに震え、心臓や胃の芯が緊張にずきずきと疼き始めた。

 背中の鎌は早く取り除いて――いや、この場合は下手に取ると余計出血するんだっけか? いや、どっちだったか?

 止血――何処もかしこも怪我していて出血しまくってるのに、何処を締めて止血するんだ? ガーゼ、タオル、水、消毒薬、・・・何も無い!!

 混乱して考えもまとまらず、そうする内にもナオヨシの命が危ないのではないかと緊張感だけは高まっていき、はあはあと朋彦の呼吸だけが荒くなっていた。

 ランタンの取っ手を握り締める手がびっしょりと汗ばみ、震え続けた。

 何も無い、何も出来ない・・・。朋彦はナオヨシの側で膝立ちのままナオヨシを見つめるだけだった。

「・・・嫌だ・・・!! ナオヨシ!! ナオヨシ!!」

 口の中がからからに渇いてしまい、体の震えが止まらず歯の根も合わなかった。

 いつの間にか溢れる涙が朋彦の視界を曇らせた。

「くそ・・・! 」

 俯いて手の甲で乱暴に目尻を拭った時に、朋彦の目に懐の道具袋が映った。

「――!!!!」

 何も無い、何も出来ない――そんな事はない。今の朋彦には蛙人形の力があった。

 ――想像し、思い描くどんな事でも、出来る。

 今更の様にずきずきと強い疼きを発している頭の痛みを気にする余裕も無く、朋彦は蛙人形を道具袋から引きずり出すときつく握り締めた。

 エリクサー、ハイパーポーション、聖なる霊薬、万能たる万の薬の長――。

 蛙人形を掴み朋彦はそんな薬を想像した。

 しばらくして朋彦の目の前に、蛙人形からいつもの白い物質が吐き出され、万能薬が形成された。

 薬の効能よりも容器のイメージが強かったらしく、透明で宝石の様に繊細にカットされた美しいガラス瓶の中に薄い薔薇色の液体が満たされていた。

 どんな怪我や病気からも忽ち回復する万能薬――この液体には朋彦の想像した通りの効果がある筈だった。

 朋彦はランタンを放り出してガラス瓶を掴むと、緊張にぶるぶると震える手で無理矢理蓋をこじ開けた。

 甘くきつい薔薇の花の様な香りが瓶の中から溢れ出し、辺りの空気に広がっていった。

 倒れているナオヨシの体の上に瓶の口を傾け、朋彦は思い切って中身を一気にぶちまけた。

「――!!」

 ナオヨシの打撲や傷だらけの背中や頭に降り注ぐ薄薔薇色の液体は、ナオヨシの体に触れた瞬間に全ての怪我を消し去っていった。

 さっきまでの苦しげにしかめられたナオヨシの顔は、今はもう穏やかなものに変わっていた。

「・・・良かった・・・。」

 朋彦はそう呟きながらその場にへたり込んでしまった。

 緊張が緩んだ手から万能薬の瓶が滑り落ち、転がっているランタンの光を受けてきらきらと細かな輝きを返した。

 へたり込んだまま朋彦は、そっとナオヨシの頭へと手を伸ばした。

 既に傷一つ無いナオヨシの額や頬に触れる朋彦の掌に、ナオヨシの穏やかな寝息が当たった。

「・・・ん・・・?」

 意識を取り戻したらしいナオヨシが瞼を震わせ、ゆっくりと目を開いた。

「・・・朋彦さん・・・?」

 うつ伏せのままふらふらと体を起こし、ナオヨシはぼんやりと辺りを見回した。

「・・・え・・・? ここは・・・?」

 寄ってたかってナオヨシへと鍬や棒を叩き付けていた村人達の姿が無い事に、ナオヨシは全く理解が出来ずに呆然としていた。

 意識がはっきりしてくるに従い、ナオヨシは自分の体が無傷な事や自分達が山の中に居る事にも気付き始め、ますます混乱している様だった。

「朋彦さん・・・。一体何が・・・?」

 しばらくの間辺りをきょろきょろと見回した後、ナオヨシは泣き出しそうな表情で朋彦を見た。

「ああ・・・ええと・・・。」

 何と説明したものか朋彦も少し困った様にナオヨシを見つめ返した。

「取り敢えず、村からは逃げて来たんだ。・・・で、この薬で怪我を治して・・・。」

 転がっていた万能薬の空き瓶を拾ってナオヨシに見せ、朋彦は説明にもならない様な説明をした。

 当然の事ながらナオヨシは朋彦のそんな中途半端な説明が理解出来る筈も無く、困惑したまま朋彦を見つめるだけだった。

「あ、体の痛みとか、怪我とか・・・大丈夫か?」

「あ・・・うん・・・。」

 朋彦が尋ねると、ナオヨシは今更の様に自分の背中や頭に手を触れ、痛みも傷も全く無くなっている事に目を見開いた。

 あれ程村人達に寄ってたかって殴られ、背中には鎌すら刺さっていたというのに、傷だらけでぼろぼろになっているのはナオヨシの着物だけだった。

「すげえ・・・。全然痛くねえ・・・。」

 ナオヨシは朋彦を庇って背中に叩き付けられた鍬の刃や棒の痛みを思い出したが、完治した今となってはそれらが夢か幻の様な気持ちだった。

「有難う・・・。朋彦さん・・・。こんなすげぇ薬をオレなんかの為に・・・。」

 ナオヨシは朋彦の手にある、施された装飾だけでも高い価値を予想させる薬瓶へと目を向け、申し訳無さそうに俯いた。

「それに・・・オレのせいで村の皆に酷い目に・・・。」

 自分のせいで朋彦が巻き添えになって、村から逃げ出さなければならなくなったと思い込み、ナオヨシはますます俯いて今にも泣き出しそうになっていた。

「――お前のせいなんかじゃないよ!」

 朋彦はどう慰めていいものか戸惑いながらもナオヨシの手を取った。

 しかしナオヨシは俯いたまま頭を横に振り、唇を噛んだ。

「・・・でも・・・。でも・・・オレのせいで、もう村にも戻れないし。・・・オレ・・・皆の言う通り「産めぬ民」だし・・・。」

 そう呟きながら、ナオヨシは段々と認めたくない自覚が胸の内に湧き始めていた。

 見下され、村の労働力としていい様に使われていたものの、それでも一応は村の一員として生きてきた――それが今、完全に無くなってしまった。

 村の外の世界も殆ど知らず、「産めぬ民」故に、他の村に辿り着いたとしてもそこに溶け込む事も出来ない・・・。

 ナオヨシは本当に一人ぼっちになってしまった事を、少しずつ自覚し始め、その恐ろしさに泣き出しそうになってしまっていた。

「あんなイヤな村、戻る必要なんて無いぜ! こっちから捨ててやれ!!」

 ナオヨシの震える右手を両手で握り締め、朋彦はきっぱりとした口調でナオヨシへと言った。

「・・・え・・・?」

 目尻に涙が滲みかけたナオヨシの不安に満ちた目が、朋彦の微笑む顔を捉えた。

「俺も「産めぬ民」とかだしさ!! 」

 明るい調子で言い放つ朋彦を見るナオヨシの両目が、驚きに見開かれた。

 朋彦はへらへらといつもの調子でナオヨシへと笑いかけた。

「俺ってばさ~、ナオヨシのコト、超ぉ~好みなんだよね~!! そもそもあの村に付いてったんだって、ナオヨシが居たからだし!! もう、好みの男子を侍らせてウハウハでアヘアヘってカンジみたいな~!?」

「好みって・・・朋彦さん・・・。」

 何処かほっとした様にナオヨシはそっと息を吐き、朋彦へと微笑み返した。

 朋彦の言葉はナオヨシの強張った心にゆっくりと染み込んでいった様だった。

 うわべは軽い口調だったけれども、朋彦の思い遣りは確かにナオヨシには理解出来ていた。

 微笑みながらも涙を流すナオヨシに、朋彦は溜息をつきながらも、

「何だよ、泣くなよ。」

 ナオヨシを見上げて頭へと手を伸ばし、そっと撫でた。

 あの村での生活では殆ど洗っていないだろう少し油っぽい短髪が、ごわごわとした感触を朋彦の手に返した。

 万能薬の力で既に傷は何処にも残っていなかった。

「村になんて戻らなくても、俺と一緒に行商しながら何処でも行こうぜ? 最初に言ったじゃないか。」

 最初に出会った日の翌朝、苗字持ちの行商人様の荷運び係になったと喜んでいたナオヨシの様子を朋彦は思い出していた。

「・・・うん・・・。」

 朋彦の言葉に何度もナオヨシは泣きながら頷き、その度に間近で見上げる朋彦の顔へと涙が降り注いだ。

 朋彦は撫でていた手を下ろし、そのままそっと両手をナオヨシの背中へと回した。

 ナオヨシのがっしりとした胸板に顔を埋める様に朋彦は体をくっつけ、しばらくそのままナオヨシの背中を撫で続けた。

 ナオヨシもまた朋彦の体を包み込む様に抱き締め、しばらくの間泣き続けていた。


◆ 


 しばらくしてナオヨシが落ち着くと、朋彦はナオヨシの胸から顔を上げた。

「あ・・・ええと。今から色々と不思議な道具を出したり使ったりするんだけどさ・・・。驚かないでくれると有り難いんだけどさ・・・。」

 これから先、ナオヨシと一緒にこの世界で行商したり生活したりするにあたって、蛙人形の力を全く頼らない訳にはいかないだろう。

 奇妙な力や道具を使う朋彦を、ナオヨシはどう思うのかという一抹の不安が朋彦の心の中をよぎった。

「うん! 色々と珍しい道具を遠い国から仕入れたりしてるんだろ?」

 朋彦の両肩に手を回した姿勢のまま、ナオヨシは素直に頷いた。

 村の外の事を何も知らないというナオヨシの自覚が幸いにも、どんな不思議な道具も全て遠い異国の産物という認識で片付けていた様だった。

 ナオヨシの返事に朋彦はほっとして、ナオヨシに両肩を抱かれた体勢のまま懐の中の道具袋へと手を突っ込んだ。

 朋彦は蛙人形の力で板状の携帯端末機械を作り出した。

 元の世界で身近だった物の方が想像し易く、防御魔法や万能薬と違ってすぐに道具袋の中で実体化した。

 朋彦が念じると液晶板の画面の中にこの近辺の地図が映し出され、自分達の現在地と周囲の町や村、山道等も合わせて表示された。

 それによると自分達が居る現在地はあの村――ナギシダ村に繋がるただの山道の途中でしかなかった。

 村人達に襲われた時に、瞬間移動先を朋彦が最初に出現した場所と念じてはいたが、恐らく切羽詰った状況での乱れた精神集中の為に、瞬間移動先がずれてしまったのだと思われた。

 このままここに居れば明日には猟等の用事で山にやって来る村人達と鉢合わせになってしまうだろう。

 他の近くの村も幾つか地図に載っていたが、幸いどの村もお互いに二十キロから三十キロ程離れており、道から離れて山の中へと入れば恐らく見つかる事は無いと思われた。

 ナギシダ村と隣村との中間地点の、山道からも十数キロ程離れた場所を地図の上に示すと、朋彦は改めてナオヨシの手を取った。

 ただ――朋彦は、村人達に殺されかけたこの状況に乗じてナオヨシをさらっていく様な気持ちがしないでもなかった。

 身寄りも無く、村からも追い出されたに等しいとはいえ、本当にこのまま連れて行ってもいいものか・・・朋彦は僅かな時間ではあったけれども迷っていた。

「ナオヨシ・・・。ホントに俺と一緒で・・・いいのか・・・?」

 ナオヨシの手を握る朋彦の掌に、薄く汗が滲んだ。

「うん! オレも朋彦さんと一緒に旅がしたい!!」

 幾らかの緊張に汗ばむ朋彦の手を握り返し、何の迷いも無くナオヨシは笑顔で答えた。

「・・・有難うな・・・。」

 朋彦はナオヨシの手を握ったまま、携帯端末機に込めた瞬間移動の能力を発動させた。

 地図で示した地点への瞬間移動――今度は大した精神集中を必要ともせずに二人は山道から姿を消した。

 辺りの景色が一瞬にして歪んで流れ去り、地図で示していた山の中に二人は現れた。

 足元に道が無いだけで、周囲の景色は木々の聳え立つ夜の山の中という事には変わりは無かったが。

「・・・!?」

 暗がりの中の似た様な木々の連なりと、ほんの少し星が見える曇り空の景色に大した違いは無かったが、それでも一瞬にして異なる場所へと移動した事にナオヨシは呆然と辺りを見回した。

「すげぇぇ・・・!! マジナイか? 朋彦さん、マジナイも使えるのか!?」

 マジナイ――この世界では所謂、魔法や超常的能力についてそう称する事が多かった。そうした能力を使う者はマジナイ師と呼ばれる事もあった。

「まあ・・・。そんな所かな・・・。多分。」

 きらきらと目を輝かせ、憧れと好奇心とに満ち溢れたナオヨシの眼差しに朋彦は何と返答したものかと戸惑った。

 ただ、マジナイ師だと理解させていた方が蛙人形の能力を行使するには説明はし易かったので、朋彦はそのままマジナイ師だという事にした。

 ナオヨシから体を離し、携帯端末機を道具袋に仕舞うと、そのまま袋の中で蛙人形を掴んだ。

 幸い人里離れた山奥なので人目に付く心配は無かったので、朋彦は思い切って一軒家を建てる事に決めた。

 朋彦の想像を反映し、蛙人形は片手で掴める位の大きさの玩具の山小屋の様な物を作り出した。

 元の世界の青い狸のマンガで見た事のある、宿泊設備を備えたカプセル状の道具に倣ったイメージで朋彦が作り出した物だった。

 十センチ程の長さの釘の上に玩具の一軒家が付いており、それはよくある中古一戸建ての形をしていた。

 手近な地面にそれを刺すと、それは瞬く間に実際の一戸建ての大きさになっていった。

 家を支える釘も周囲の木々と同じくらいの太さと高さを備え、空中の一軒家を支えていた。

 朋彦とナオヨシ以外には魔法的な目くらましを行ない、家の姿は周囲から見えない様に設定したので、万一近くに誰かが迷い込んで来ても判らない様になっていた。

「え・・・・?」

 呆然と口を開いたまま空中の家を見上げるナオヨシの手を引き、朋彦は釘――と言うよりも今は木の幹程の大きさにもなった鉄柱に触れた。

 朋彦の思念に反応して、上に見える家の土台から一条の光が差し、二人の体を家の中へと吸い上げていった。

 光が消えると、薄灰色掛かった茶色のタイル貼りの玄関に朋彦とナオヨシは立っていた。

 玄関の天井にある電灯が、センサー式なのか二人の姿を捉えると自動的に光を放ち始めた。

「・・・・・。と、朋彦さんのお屋敷・・・なのか・・・?」

 ナオヨシは呆然と朋彦に問い掛けた。

「まあ・・・そんな所、なのかな・・・。」

 自分が作り出したのだから自分の家になるんだろう。朋彦は苦笑しながら曖昧に頷いた。

「取り敢えず、今夜はもう寝ようぜ・・・。色々あって疲れたし。」

 朋彦は急に湧き起こった疲れを感じながら大きな欠伸をした。

「ここなら安全だからな・・・。ゆっくり休もうぜ・・・・・。」

 見慣れた元の世界の中古住宅の様子に朋彦はほっと気が緩み、急激に眠気が強くなり始めていた。

「え・・・? でも・・・。」

 朋彦の眠そうな顔と玄関から続く廊下の奥を交互に見ながら、ナオヨシはどうしてよいのか判らないまま立ち尽くしていた。

「はいはい、上がった上がった!!」

 強い眠気に朦朧となり始めた朋彦は自分の草履を脱ぐと、ナオヨシの草履もひったくるようにして脱がせた。

 そのままナオヨシの手を引き半ば強引に玄関を上がると、すぐ左手にある六畳間へと向かった。

「と、朋彦さん・・・?」

 ナオヨシは朋彦に手を引かれるまま六畳間の中へと入っていった。

 朋彦が蛍光灯のスイッチの紐を引っ張ると、すぐに明かりが灯った。

「!」

 今まで見た事も無い強く明るい光を放つ器具に、ナオヨシは驚きに言葉も無かった。

 だが、朋彦にぐいぐいと手を引かれていた為にゆっくり驚く間も無かった。

 どんどんと強くなる眠気にふらつきかけた足取りで、朋彦はナオヨシの手を引いたまま部屋の押入れを開け、中にあった布団を引っ張り出した。

「はい、敷く。」

 半ば空ろな寝惚けかけた目で、朋彦はナオヨシの手に敷き布団を押し付けた。

「あ・・・。うん・・・。」

 戸惑いながらも取り敢えずは言われるまま、ナオヨシは二人分の敷布団を畳の上に並べて敷いた。

 朋彦はその間に二人分の掛け布団と枕も引っ張り出し、敷き布団の上へと広げた。

「はい、寝る。」

 朋彦はナオヨシの大柄な体を無理矢理布団の上に座らせ、自分は電灯のスイッチを切ると隣の布団の中にさっさと潜り込んでしまった。

「え? え?」

 突然また暗闇の中に戻り、ナオヨシは驚きと戸惑いに辺りを見回した。

「朋彦さん・・・?」

「おやすみ・・・。」

 ナオヨシの問い掛けにも朋彦はそれだけ言うとすぐに眠り込んでしまった様だった。

 真っ暗闇になった部屋の中で朋彦の立てる寝息がナオヨシの耳に届いた。

 生まれて初めて見たふかふかの羽毛布団に敷布団、枕、畳敷きの部屋――これらはナオヨシにしてみれば、公家や大金持ちの豪商が使う様な代物だった。

「こ・・・こんな上等な布団でオレなんかが寝ていいのか・・・!?」

 ナオヨシは思わずそんな独り言を漏らしてしまった。

 ふと手に触れた掛け布団のシーツのさらさらとした手触りに、ナオヨシはそっとシーツを掴んでみた。

 ナオヨシが今まで寝ていたむしろ敷きの板等と、比べるべくもなかった。

 ナオヨシの村の村長ですら、こんな上等な布団で寝た事はおろか、見た事も無いだろう。

 公家や豪商――そんな身分の人達をナオヨシは思い浮かべ、そう言えば朋彦は行商人だが苗字持ちの大商人だったと思い出した。

 実際はナオヨシの思い込みだったが、辺境の山奥の村では見た事も聞いた事も無い様な不思議な道具やマジナイを使う朋彦は、ナオヨシにとっては大商人としか思えなかった。

「・・・・・・・・・。」

 落ち着かずもぞもぞと布団の上で胡坐をかいてナオヨシが座り続けていると、その音や動きで朋彦が中途半端に目を覚ました。

「~~ん? まだ起きてんのか・・・? さっさと寝ろよ・・・。」

 朋彦が自分の布団の中から片手を伸ばし、ナオヨシの腕を掴んで布団の中に引っ張った。

「あ・・・うん・・・。」

 上等な布団に気後れしながらも、朋彦に腕を引っ張られるままナオヨシは自分の布団の中へと潜り込んだ。

 朋彦の方はまたすぐに眠った様で、ナオヨシの腕から手を離すと寝返りを打って反対側を向いてしまった。

 ナオヨシは布団の中に横たわり、真っ暗で見えなかったものの――そこにある筈の朋彦の後頭部へと目を向けた。

 苗字持ちの大商人――見た事も聞いた事もない様な道具やマジナイでナオヨシを助けてくれる朋彦は、本当は一体何者なのだろうか。

 ナオヨシと同じ「産めぬ民」だと言っていたけれども――という事は、朋彦も女と交わる事は出来ない者だという事なのだろうか?

 そう言えば自分の事を気に入ったからナギシダ村にやって来たと言っていた様な・・・。

 次々と湧き起こる疑問にナオヨシは混乱し、しばらくの間寝付けずに布団の中でまんじりともせずに過ごしていた。

 だが、村人達からの殺意や悪意から脱出して――やっと落ち着けるらしい場所にやって来て。

 ナオヨシも、朋彦以上に緊張していた状態からようやく解放された事を漠然と自覚し始めると、急速に眠りの中へと意識が吸い込まれていった。

 朋彦の立てる規則正しい寝息を耳にしながら、ナオヨシは不思議ととても穏やかな心地良さを感じながら眠り始めた。



「んんんんん~~~・・・。」

 翌朝。朋彦は大きな欠伸をしながら目を覚ました。

 ふかふかの布団でゆっくりと眠ったお蔭で朋彦の疲れはすっかり取れていた様だった。

「ふっかーつ!!」

 朋彦は掛け布団を蹴り上げ、上半身を勢いよく起こした。

 既に日は高く上っている様で、カーテンを閉め忘れたままの窓からは明るい光が差し込んでいた。

 窓の向こうには明るい青空と深い山の連なりが見えていた。

 窓の外の景色を別にすれば、やや古びて黄ばんだ畳敷きの六畳間と、天井にはプラスチックの半円の笠の蛍光灯に、朋彦とナオヨシが寝ているのは白いシーツの羽毛布団――と、元の世界での朋彦の実家や近所の友人達の住む中古の建売住宅のイメージそのままの光景は、異世界転移なんてしていないんじゃないかという錯覚を朋彦に抱かせかけた。

「・・・ん・・・。」

 朋彦の起き出した動きにナオヨシも目を覚ました様で、ゆっくりと瞼を開け――次の瞬間には驚いた様に布団の中から跳ね起きた。

「!!」

 ナオヨシは一瞬、自分が何処に居るのかを失念していたが――すぐに昨夜の村からの脱出や朋彦の取り出した不思議な家の事を思い出した。

 隣の朋彦の顔をまじまじと眺めてから、やっとナオヨシはほっと大きく息を吐いて再び布団の上へと座り込んだ。

「良かった~! 夢じゃなかった・・・。」

 村人に殺されかけた事については、良かったとか夢じゃなかったとか言うのはどうかと思うものの――無邪気に笑いながらそう言うナオヨシの言葉に、取り敢えず朋彦はナオヨシへと笑いかけた。 

「取り敢えず、おはよう。」

 朋彦からの挨拶に、ナオヨシも慌てて軽く頭を下げた。 

「あ、・・・お、おはよう・・・ございます・・・。」

 それからお互いに顔を見合わせて、思わず二人共ぷっと吹き出してしまった。

「今更丁寧な言葉使わなくてもいいのに。」

 朋彦がそう言うと、ナオヨシは照れ笑いを浮かべながら俯いた。

「あ! ごめん! 布団、オレの血で汚れたりしてないかな?」

 上等で高価な布団を汚してはいないかと急に心配になり、ナオヨシは慌てて布団から立ち上がった。

 昨夜は疲れやこの家への驚きの為に、体に付いた血や土埃等をナオヨシは気に掛ける余裕が無かったのだった。

「あー、いいって。気にすんな。洗濯するし。」

 布団から離れようとしたナオヨシを、朋彦は呑気に笑いながら手で制した。

 朋彦の想像通りに作り出された家ならば洗濯機もある筈だし、また蛙人形で作り出してもいい。

 それよりも、眠って疲労が取れた今は朋彦は自分達の体の汚れを落としたくなった。

「そうだ! 朝風呂入ろうぜ! 一緒に!!」

 確か廊下の一番奥の位置に風呂がある筈だったと思いながら、朋彦はのろのろと立ち上がった。

「えっ!? ふっ、風呂っっ!?」

 朋彦の提案にナオヨシは思わず裏返った様な声を上げ、朋彦を見上げた。

 ナオヨシの驚き具合を不思議に思いながら、何となくこの辺りの地域の風呂に関する知識の参照を頭の片隅で行なうと――この辺りの貧しい村々では入浴の習慣自体はあったものの、近くに温泉が無い村の場合は井戸や川の水を使っての行水をするぐらいで、湯を沸かす程の薪を調達する事が難しいので頻繁には風呂に入る事はなかった・・・等々という事が判った。

「遠慮すんな! ちょっとくらい贅沢したっていいだろ。」

 そんな事を言いながら朋彦は、まだ戸惑っているナオヨシの手を引いて浴室へと向かった。

 玄関近くの六畳間を出て廊下を一番奥へと歩くと、擦りガラスの引き戸があり、その中が浴室と洗面所になっていた。

 引き戸を開けて中に入ると、洗面台や洗濯機が並び、その奥にある浴室は随分と広い様だった。

 洗面台や洗濯機を物珍しげに見つめるナオヨシへの説明は後でする事にして、朋彦は湯を入れようと浴室の引き戸を開けて奥へと入った。

 浴槽や洗い場の広さは朋彦の実家の倍近い広さになっており、浴槽の真横の壁は厚いガラスの張られた出窓になっていた。

 ガラスの出窓の向こうには、六畳間から見えた景色と余り違いの無い様な深い山々の連なりが続いており、時折鳶らしき鳥が上空を飛んで輪を描いている様子が目に入った。

 朋彦はこの家を作り出す時に浴室の細部の設定はしていなかったが、どうやら無意識の内に広くて眺めの良い浴室を想像していた様だった。

 蛇口を捻って大きな浴槽に湯を勢いよく出し、朋彦は脱衣場のナオヨシの所に戻った。

 洗面台の鏡を不思議そうに覗き込んでいたナオヨシは、朋彦が浴室から戻った事に気付いて顔を上げた。

「すげぇ鏡だな~! これ! こんなにぴかぴかではっきり映る鏡なんて初めてだよ!」

 ナオヨシは飽きもせずにまた鏡に映る自分の顔を覗き込んだ。

 鏡に映ったナオヨシの顔が彼自身の息で白く曇る様子を、朋彦は可愛らしい物でも見る様に微笑んだ。実際、朋彦の価値観ではナオヨシは物凄く可愛らしい存在ではあったが。

「えーと、一応説明しとくな。こっちが洗面台で、こっちが洗濯機――洗濯をしてくれる機械・・・というか道具、かな・・・?」

 朋彦が説明を始めたのでナオヨシも真面目に頷きながら洗面台の鏡や蛇口等を順番に見ていった。

「蛇口は赤いのがお湯で、青いのが水。朝はここで顔洗ったり歯ぁ磨いたりしてだな・・・。」

 一応この辺りの地域も洗面や歯磨きの習慣はある――と、知識の参照で判ったものの、竹や木の棒の先端を解して歯ブラシ代わりにしたり、楊枝で歯の間のゴミを取るぐらいの状態らしかった。

 蛇口には蛙人形の力によって、蛇口そのものに水や湯を作り出す能力が与えられていた。どういう理屈によるものか、幾らでも作り出す事が出来る様だった。

 排水についても同様で、排水溝の蓋に排水を塵の様に分解して消滅させる力が付与されており、この家は上下水道を心配する必要が無い様に出来ていた。

 後で元の世界の歯ブラシを作り出す事にして、朋彦は洗濯機の蓋を開けると着ていた物を脱いで放り込んだ。腹に付けていた道具袋は洗面台の引き出しの中に仕舞いこんだ。

 丈の短い浴衣の様な上着とズボンに褌だけだったので、朋彦はすぐに全裸になった。

「汚れた着物はこの中に入れておけよ。後で使い方を教えるから・・・・って。」

 朋彦はそう説明しながらナオヨシを振り返り、ナオヨシの着ていた物がボロ布の様になっていた事を今更ながら思い出した。

 昨夜の村人達からの襲撃で、血や泥が付いている上に破れてぼろぼろになっていたのだった。

 捨てる――と言ってもゴミ収集がある訳でもなく、或いは焼却するか、雑巾か何かで再利用するか。

「取り敢えず後で考えるか・・・。」

 朋彦はそう独り言を言い、ナオヨシに着物を洗濯機に入れる様に言った。

 だがナオヨシは顔を赤くしたまま、もじもじと俯いて立ち尽くしていた。

「あ、その! オレみたいな貧乏人がこんな立派なお屋敷の風呂に入るだなんて・・・! それに・・・その、オレ「産めぬ民」だし・・・・その・・・。」

 最後の言葉の方は段々と小さく尻すぼみになってしまっていた。

 ナオヨシの視線が朋彦の股間へと時々向けられるのを、朋彦はすぐに気付いた。

 両手で褌の前を隠しているナオヨシの様子に朋彦は察し、ナオヨシへとそっと抱き付いた。

「なっ・・・・朋彦さん・・・!?」

 驚いて体を強張らせるナオヨシに構わず、朋彦はナオヨシの厚い胸板に顔を埋めた。

 密着するお互いの肌の温もりや息遣いに戸惑うナオヨシ顔を見上げながら、朋彦は強引にナオヨシの手を取ると自分の股間へと導いた。

「・・・えっ?・・・・っ??」

 突然の朋彦の行動に更にナオヨシは戸惑ったが、自分の手の中に握らされた朋彦の変化に目を見開いた。

「俺も「産めぬ民」だって言っただろ・・・! ナオヨシの事が気に入ったからあの村に行ったって説明したじゃないか!」

 流石の朋彦も顔を赤くしながらナオヨシの顔を見上げて言った。

 その言葉と手の中の証拠にナオヨシはやっと、朋彦がナオヨシをどういう意味で気に入ったと言ったのか理解した。

「・・・そうか・・・。朋彦さんも・・・オレとおんなじだ・・・!!」

「ほんと、でっかい図体して泣き虫だよな・・・。」

 ナオヨシに大事な所を握られたまま、朋彦はナオヨシの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。

「・・・こっ、これは嬉し泣き・・・だよ! おんなじ・・・オレとおんなじで、嬉しいんだ。」

 ナオヨシは泣きながらも朋彦ににこにこと笑いかけた。

 村の中でたった一人、他の皆とは違うという思いを押し隠して生きてきて――揚句に暴力で追い立てられたナオヨシの、生まれて初めての心の底からの笑顔だった。

「いつまで握ってんだよ! ほら、風呂入ろうぜ。」

 朋彦がナオヨシの上着を脱がし褌を解くと、ナオヨシの体と同様に大きなそれが既に準備を整えていた。

「へへへ・・・・。おんなじだな・・・。」

 顔を赤らめながら照れ笑いを浮かべ、ナオヨシは朋彦に手を引かれて風呂場へと入って行った。



(パイライフの検閲により、性行為部分は削除)

 朋彦と ナオヨシ 浴場で 欲情し 性行為をいたしたる



「すぐに体洗えるから風呂場だと便利だよなー。」

 恥ずかしがるナオヨシを朋彦はにやにやと笑みを浮かべて見ながら、近くのシャワーに手を伸ばした。

 最初は冷たい水が出ていたがすぐに程良い温さの湯になり、朋彦はタイルの上に座ったままのナオヨシの頭から湯を浴びせ掛けた。

「あっ! 何すんだよ。」

 湯が目に入ったらしくナオヨシが驚いて顔を手で拭った。

「まあまあ。洗ってやるから。」

 拗ねた様に軽く睨んでくるナオヨシの体にシャワーを向けながら、朋彦は蛇口の近くに置いてあったボディソープのボトルを手に取った。 

 この家を作り出した時に既に一緒に作られていた様で、シャンプー、リンス、ボディソープに・・・ローションまで蛇口の横の作り付けの棚に並べられていた。

「これ・・・何?」

 村では誰もが水か湯だけで体を洗い流すだけだったので、ナオヨシは石鹸の類を見た事が無かった。

「あー、えーと頭や体を洗う道具・・・あ、いや道具じゃないな。・・・石鹸は知ってるか?」

 朋彦の問いにナオヨシは頭を横に振った。

 今まで村に来た行商人も、貧しい村相手の商売という事で石鹸の様な高級品は持って来なかった様だった。

「これをこうやって少し手に取ってだな・・・。」

 朋彦は一旦シャワーの湯を止めると、手の平にボディソープを出し、水を含ませて泡立てた。

 その様子にナオヨシは面白そうに覗き込んだ。

「へええ! すげぇ! 」

 朋彦に倣ってナオヨシもボディソープを泡立てた。

「で、これで体を洗うんだ。」

 朋彦は両手に出来た泡をナオヨシの胸や腹に擦り付けた。

「っ! くすぐったいよ~!!」

 笑いながら体をよじるナオヨシに構わず、朋彦は悪戯染みた手の動きでナオヨシの股間や尻にも泡立った手の平を潜り込ませた。

「じっ、自分でやるから~!!」

 体をよじるナオヨシも本気では嫌がってはいない様で、体ごと絡み付いてくる朋彦の腕を軽く押さえる程度で、されるがままに任せていた。

 一応一通り体を洗い終わると、泡だらけの手で朋彦はシャワーの湯を再び出し、先にナオヨシの体を洗い流した。

「えーと、こっちが頭・・・というか髪の毛を洗う石鹸で・・・。」

「へええ! 石鹸にも種類があるんだ!? すげぇぇ!! ホントに朋彦さんて大金持ちの大商人様だなあ!!」

 朋彦がシャンプーやリンスのボトルを指差して説明していると、ナオヨシは尊敬に目を輝かせて朋彦を見つめた。

 確かにナオヨシの言う通り、石鹸すら見た事も無かった様な暮らし振りでは、洗う場所によって石鹸の種類が違うと言うのは物凄い贅沢な事なのだろう。

 取り敢えずナオヨシにシャンプーやリンスの使い方を教えて自分も洗い終えると、朋彦はナオヨシと二人で浴槽へと浸かる事にした。

 大きな浴槽という朋彦のイメージを反映しており、大柄なナオヨシと入ってもゆっくりと浸かる事が出来た。

「いい眺めだなあ~。」

 浴槽の横の大きな出窓から見える山や空を眺めながら、ナオヨシは嬉しそうに呟いた。

 この辺りの山には広葉樹が多く生えている様で、まだ先ではあったが秋には紅葉の景色も楽しめる様だった。

「何か夢みたいだ・・・。」

 ナオヨシは出窓の外の景色と朋彦の顔を交互に見ながら、何処かしみじみとした様子で呟いた。

「まあ、な・・・。昨日までの生活と違い過ぎるもんな・・・。」

 流石に村人達に殺されかけた事を朋彦は口にはしなかったが、それでも昨夜までのボロ小屋での生活と比べれば、この家はナオヨシにとっては何処かの貴族や王様の屋敷の様にも見えるのだろう。

 ナオヨシは湯の中に肩まで浸かり、ゆっくりと背伸びをした。

「あぁー! 風呂ってあったかくて気持ちいいな~!」

「そうだな~。」

 ナオヨシのくつろぐ様子を微笑ましく眺めながら、朋彦は出窓に片腕をかけてもたれかかった。

 先刻見た鳶がまだゆったりと輪を描きながら飛んでいた。



「・・・の、のぼせた・・・。」

 あれからしばらくの間湯船に浸かってくつろいでいた朋彦は、すっかりとのぼせてしまっていた。

 赤い顔でふらふらしながら浴室を出て、廊下を挟んで向かい側にある台所に入るとテーブルの前の椅子によろよろと倒れこむ様に座った。

「オレも・・・何か暑い・・・。」

 朋彦に作ってもらったバスタオルを腰に巻き、ナオヨシも赤い顔をしてふらふらしながら朋彦の後に続いて台所にやって来た。

 明るい茶色の板張りの台所には備え付けの流し台と大型冷蔵庫、それに朋彦達が今座っているテーブルセットがあるだけで、食材も食器もまだ何も無い状態だった。

 少しして落ち着くと、朋彦は何か飲み物が入っていないかと冷蔵庫を開けた。

「・・・やっぱり中まではイメージしてなかったからな・・・。」

 何処から電気が発生しているのか判らなかったが、ひんやりとした庫内の冷気が朋彦の顔に流れて来たが、冷蔵庫の中には何も入っていなかった。

 仕方無く朋彦は風呂場を出る時に持って来た道具袋へと手を突っ込み、竹筒の水筒と茶碗を取り出した。

「喉渇いただろ?」

 水筒を傾けると冷たい水がすぐに溢れ、二つの茶碗をすぐに満杯にした。

「ありがと!!」

 嬉しそうにナオヨシは茶碗を受け取り、美味しそうにごくごくと飲み干した。

 しばらくして体の熱も引き、朋彦は服を着ようとして――洗濯機に放り込んだ一着しか着る物が無かった事を思い出した。

「あ・・・。服どうするかな・・・。」

 人里離れた山奥なので家の中だけ裸族で通すというのも楽しそうだなどと、一瞬朋彦の頭に浮かんだが、取り敢えずその案はまた後で検討する事にして、蛙人形の力で新しい着物を作り出す事にした。

「オレは服が乾くまでこのままでもいいけど・・・。」

「いやいや、もうぼろぼろで着れないだろ・・・。新しいやつ出すよ。」

 ナオヨシの言葉に朋彦は苦笑した。

 道具袋の中に手を突っ込んで蛙人形を掴んだ所で、

「あ~・・・。そうか。後で修繕すればいいんだ。」

 修繕というよりは復元というべきか。どんな願いも現実化するのだからナオヨシの破れた着物も後で直せばいい事に朋彦は気が付いた。

「あ、着物は俺とお揃いでいいよな?」

「うん。何でもいいよ?」

 朋彦の問いにナオヨシは頷いた。 

 朋彦のイメージ通りに蛙人形は道具袋の中で、僅かの時間の内に上着と褌を作り出した。

 丈の短い袖無しの着物は、ナオヨシが村で着ていた物と同じだった。

 ただ色柄だけが違い、今回は薄い青色に縦の筋模様が入っており涼しげな色合いの物だった。

 褌は木綿の白の六尺で、さらりとした手触りをしていた。

「新品だ!! 」

 テーブルの上に道具袋から出されたお揃いの二着の着物と褌にナオヨシは驚いた様だった。

「朋彦さんとお揃いだな!」

 ナオヨシは笑顔で着物を手に取って広げてみた。

「でも、ほんとに貰っていいのか? こんな上等な布地の着物・・・。」

 少し申し訳無さそうにナオヨシは朋彦を見たが、朋彦は実に嬉しそうにナオヨシの分の褌を手に取って背後に回り込んだ。

「いいっていいって! 気にすんな。それより、俺が締めてやるからさ~。」

 ナオヨシの背中にくっつく様に体を寄せると、朋彦はナオヨシの腰に巻かれていたバスタオルを外した。

「いいよ! 自分で締めるよ!」

 恥ずかしさに顔を赤らめ、ナオヨシは朋彦の手から褌を奪い取ると少し離れて自分で締め始めた。

「遠慮しなくていいのに。」

 にやにやと笑いながら朋彦がそう言うと、ナオヨシはますます顔を赤くした。

「何か子供みたいで恥ずかしいからいいよ! 」

 そんなナオヨシの様子を朋彦は楽しげに眺めながら、自分の分の着物と褌を身に着けていった。

 今日から始まるナオヨシとの生活に心躍らせながら、朋彦は自分とナオヨシのお揃いの着物と褌を交互に見て満足そうに頷いた。

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