第5話
喫茶店で軽食をとってから、再び一服して家に戻った。
その後は、いつもとまったく同じだった。ソファーに寝そべる私の側で、椿が黙々と勉強をする。夕食の時間になれば、椿が食事の用意をしてまた二人で少し会話をしながら夕食をとる。そうしているうちに夜は更け、時刻は二十二時になっていた。
椿がいつも眠りにつく時間だ。
「それじゃあ、私は自分部屋に戻るから、適当に寝てて」
「はい、ありがとうございます」
椿は深々と頭を下げてからソファーに横になって、タオルケットにくるまった。
……寝不足になるよりはマシなんだろうけれど、高校生にしては随分と早い就寝時間だ。
私が同じくらいの年の頃は、真由子と遅い時間までメールを交わしていたのに。
――ブーブー
突然、ポケットに入れたスマートフォンが震えた。画面には、三島からのメッセージが通知されている。
「おつかれ! ところで、今日の埋め合わせは、いつしてくれるのかな?」
……突発的な誘いを断ることに、埋め合わせなんて必要なんだろうか?
まあ、拗ねられても面倒くさいから、適当に返信しておこうか。
「時間ができたら、改めて連絡する」
メッセージに既読マークがつき、笑顔で親指を立てる犬のイラストが返ってくる。これで、機嫌を損ねることもないだろう。
スマートフォンから顔を上げると、棚の上においた骨壺が目に入った。
真由子ともよくメールをしたけれど、三島みたいに押しつけがましい内容はなかったな……。マンガやテレビ番組が面白かったとか、学校や家族のちょっとした愚痴とか、そんな他愛ない話題ばかりだった。それでも楽しかったし、ずっとこんなやり取りが続いていくと思っていたのに……。
気がつくと自然と足が動き、骨壺の目の前にいた。
目を閉じると、真由子の笑顔が浮かぶ。
その顔に、昼間見た椿の笑顔が重なる。
どこか幼さの残る笑顔……。
やっぱり、彼女によく似ている。
真由子と別れてから、それなりの数の女性や男性と交際し、中には彼女と容姿が似た人も何人かいた。それでも、あんなに魅力的な笑顔を浮かべるのは、彼女しかいなかった。
真由子のことを思い出しているうちに、自然と目が開いた。
骨壺から視線を反らすと、椿は静かな寝息を立てていた。改めてよく見ると、起きているときよりも、あどけない顔をしている気がする。
……なんだか、胸が苦しい。
ここに横たわっているのは、彼女じゃない。
そう言い聞かせても、胸の苦しさは収まってくれなかった。
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