後編

「ジュリアおば様、なんでしょうか? 」


 いつもの通り生活をしていると、急にジュリアおばさんに呼び止められた。黙って着いてきなさい、と言うので、ついて行く。この後ろ姿に嫌な記憶が蘇る。待って。この道、は……。


「あなた、最近アンネリーゼに反抗的なんじゃない? 」


 ある部屋の前に来て、突然、後ろの私に向き睨みつける。それだけで、私は足が竦む。


「……申し訳ありません」


 そんなつもりはない。でも、頭を下げて、丁寧に謝らなければいけない。そう教えこまれている。


「私の質問に答えられないの? 」


 怪訝な顔のおばさん。心臓が恐怖でどっくんどっくんうるさい。何をいえばいいのか分からずに黙り込んでしまう。


「はぁ。あなたはそれだから、両親にも見放されたのね」


 だんまりの私を見て、口元を隠していた扇で強めに叩く。


「それに、あの夜何をしていたの? 」


 あの夜?

 思いがけない言葉に戸惑う。


「流し所で私たちへの不満を放っていたでしょう。私は聞いたのだから」


 ヨシュアと話していた時のことだ!

 おばさんに聞かれていたなんて……


「ち、違います」


 不満なんか言ってない。

 必死に否定するが、ジュリアおばさんは聞く耳を持たない。


「とぼけるんじゃないわよ! 」


 声量に、表情に、怒気に、恐怖が畳み掛けてくる。そして後ずさりする私におばさんはこう言った。


「反省として、この部屋にいなさい」


 と。それは、いままで避けようとしていたことだった。


「い、いや」


 それだけは嫌だ。


「あなた分かってるの? 自分の立場」


 分かってる、痛いほど分かっている。

 ずい、と迫るジュリアおばさんの顔を見ることが出来ない。


「私はあなたを消すことも出来るの。でも、この部屋に一定期間入れば、許してあげる、と言っているのよ? さっさと入りなさい」


 嫌だ。そこには私がいるから、前の私が、いるから、どうしても嫌だ。

 頑なに動かない私を見て、自分の意思で入ることがないのが分かると、おばさんは私の腕を掴んで引っ張り始めた。


「いや! それだけはいやなのっ! 」


 大声で抵抗してみても、必死に踏ん張ってみても、おばさんを止めることは出来ない。どうしよう、このままじゃ、前と同じになる!


「いやぁあ! 」


 塵芥を投げ捨てるように勢いよく、不気味な空間へと放り込む。私はどうしても入りたくなかった、その部屋に足を踏み入れさせられた。

 おばさんは直ぐに扉を閉めて、鍵をかける。


「おば様! 私が悪かったです! 謝るから、出して欲しい」

「私がいいって言うまで鍵は開けないから。きちんと反省するのよ」


 そう言って、カツカツと、おばさんの足音が遠ざかっていく。

 どうして、またこうなるの? それを避けるために、必死で色々やってきたの、に。

 ……この扉は開かない。そして、最早ずっと出して貰えない。そして、私は何度もここで

 まただ。私はまた、ここで死ぬんだ。あの辛さをまた、体験しなくちゃいけない。

 周りに私のいくつもの死体が見えるような気がする。時には餓死。時には強姦されて、ボロボロになって死んだ。今度はなんなの?

 絶望して、何もかもが無意味と化す。何も見えなくなって、倒れこむ。すると


「また、こうなるんだね」

「ヨシュア……? 」


 暗闇の中、哀れみの表情の彼だけがなんとなく、見えた。


「知ってたよ、ラフィリアが前の世界から来て、この時間軸をループしていること」


 なんで、知ってるの?


「僕使だから」


 天使? 悪魔じゃなくて?


「うん」


 騙しててごめん、と言う。


「実は、空から眺めてた。ラフィリアのこと。は可哀想って思うだけだったんだけど」


 ああ、この世界に初めて来た時のことだね。


「でも、何度もループするのを見て、これはきっと悪魔が絡んでるなって思ったんだ。だから、今回は助けに来た」


 このループは、悪魔の仕業なの?


「そうだよ」


 そうだったんだ。


「でも、助け出せなかった」


 悲しげなトーンが何も無いこの部屋に響く。でもすぐに違う音が響く。


「だからその代わり、僕と一緒に天界へ行こう? 」


「なにを言っているの……」


 思わず声が出た、この雰囲気に似つかない、呆れた声が。


「君をこのしがらみから救うには浄化しないといけない。浄化は天界でしか出来ないから。……それに」

「それに……? 」


「ラフィリアのこと、気に入っちゃったから」


 それって。


「好きなんだよ、ラフィリア。だから、死なせたくない」


 真剣な、でも少し熱っぽい視線を感じて、絶望に占領されていた心に少しずつ、温かさが広がる。一筋の希望が見えた気がした。


「ヨシュア」


 彼に抱きつく。


「私を、連れてって」


 私はその日、この世界から消えた。そして、第三の世界、天界に行った。

 今までのことは辛すぎて、思い出したくもないけれど、ヨシュアと出会えたことは、本当に良かった。今は天界で穏やかに過ごしている。

 ありがとう、ヨシュア。愛してる。


 私は隣の美しい大天使ヨシュア・ガブリエスにキスをした。

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天使にキスを 野坏三夜 @NoneOfMyLife007878

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